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おかえり、ニーチカ  作者: 乃東生
〜 出会いは突然に 〜
7/40

7.


 その後の話。


 私は王様から直々に謝罪を受けた。公の場ではなく私的な場所でのものであったけど、それでも充分キラキラとしたところで、しかもあり得ない程偉い方との謁見、てんぱったまま何がなんだかわからない内に全てが終わっていた。

 私、「はい」しか言えてないと思う。

 まあパーヴェル様が横で話してたので大丈夫だろう、…たぶん。


 そして私はまだランドリーメイドをしている。性に合ってる上に、結局この仕事が好きなのだ。

 同僚たちの関係については、元に戻った、というか微妙に腫れ物扱いを受けてる気がする。それに、同情的なものさえ見受けられる。

 その代わりにパーヴェル様を見る彼女たちの目には若干の恐怖が滲んでいるので、パーヴェル様が何かしちゃったんだろうなと。

 まあパーヴェル様がこれっぽっちも気にしてないのでいいか。

 

 最後に、あの何かわからないものを飲み込んでしまった大臣様だが。

 飲み込んだものは言うように本当に毒などでははなく。



「味がなくなるんですか?」

「ああ。 何を食べても砂を食ってるようだろうな」

「それはちょっと可哀想な気が…」

「…だからアンタは…」



 ジジ鳥のもも肉が乗ったフライパンを器用に返しながらパーヴェル様は微妙に残念な眼差しをニーチカに向ける。

 あの日は結局別の食事内容となってしまい今日がリベンジなのだ。

 王城にあるような立派な厨房でない一般人家庭にある小さなキッチンで、パーヴェル様はフライパンを持ち、私は鍋を見守る。

 別に王城から引っ越したわけじゃなく、パーヴェル様の客間に新たな扉を設けて、そこらか別の空間に繋げたのだと説明された。「手っ取り早いだろ」とのこと。

 ……ともかくそういうことなので、深く考えるのは止めた。

 そしてついでに言えば、私が寝起きする小さな部屋もパーヴェル様の部屋に繋がっている。むしろそこを経由しないと廊下にさえ出れない仕様だ。………うん、考えない。

 

 もも肉には綺麗な焦げ目がつき、いい匂いで食欲をそそる。やはり食は大事だ。だからどうしても気の毒だと思ってしまう。 

 鍋を覗き込みながら眉を寄せるニーチカに、ため息と共にパーヴェル様が言う。



「あの男の体型が標準的なものになれば味覚も戻る」

「え、そうなんですか」

「…仕事を、しやすくするって言っただろ」

「ああ、なるほど。 そういえば歩くのも大儀そうでしたもんね」

「………」



 本当は全く解く気もなかったし、仕事の件に関しても、食事に興味がなくなれば仕事が捗るだろうという皮肉だったのだが、別にそれはニーチカが知る必要はない。


 キッチンには小さなダイニングテーブルもあり出来上がった食事を並べる。ジジ鳥の香草焼きグリルと根野菜のクリームパスタ、あの時言ったものとはグレードアップしてる昼食は全てパーヴェル様が作った。私は本当に鍋を焦げないように見守っていただけ。パンだけは厨房から貰ってきたがパーヴェル様ならそれさえも焼けるかもしれない。しかも。



「美味しい…」

「それは何より」

「しかも物凄く好みの味」

「そりゃあまあ努力したから」

「努力?」



 パーヴェル様には似合わなさそうな言葉に首を傾げると「何でもない」と小さく笑った。


 食後のお茶はニーチカが入れた。紅茶派の私にはテンションが上がるほどある茶葉の中からひとつを選びパーヴェル様の前にも置く。

 テーブルは小さくて向かいに座っても随分と近い。膝が触れるか触れないかの距離。パーヴェル様は視線をカップへと落としていて、伏せられたまつ毛がよく見える。本当にとても綺麗な顔だ。

 じっと見ていたらまつ毛が上がり目が合った。緑琥珀が緩く滲む。



「……なに?」

「綺麗だなぁって思いまして」

「そう」

 


 随分と砕けたものになってきたとしても、こんなに綺麗であれば敬語になってしまっても仕方ない。たとえ姉弟であったとしても。

 ……そう、私たちは姉弟であるのだ。



「でも、似てませんよね? 私たち」



 パーヴェル様によると、年齢差と色の違いはあれど私の見た目はほぼルーシェンカ様らしい。だというのに、悲しくなるほどパーヴェル様には似ていない。

 せめて、その顔の十分の一くらいでも似ていれば…、と思ってしまう。

 

 パーヴェル様は私の言葉に一度目を瞬かせてから「だろうな」と言う。



( ……ん? 『だろうな』? )



 その言葉にニーチカは引っかかりを覚える。

 どういうことだ。似てなくて当たり前ってことか?



「あの…、どういう意味です?」

「どうって、そのままの意味」

「え?」

「今はまだ言えない。 もう少し…、進んだら教える」

「進む?」

「そう、親しくなれたら」

「………」



 そう話すパーヴェルの表情は笑っているのにどこか影があるように見えて。詮索したいわけではないが、『もしかして』と、ある考えが浮かぶ。


 もしかして、片親だけが同じなのかなと。

 そのせいで実はあまり関係が良くなかったのかもと。

 

 でもルーシェンカ()を追って世界を跨ぐくらいだからパーヴェル様はそれでも姉が好きだったのだろう。

 なら大丈夫だ、私には確執なんてものはない。記憶にないのだからパーヴェル様とはいくらでも親しく出来る。ちょっと顔が良すぎて時間がかかるかもだけど、慣れればいける。……はずだ。


 納得の答えを導き終えたニーチカは意識を戻す。こちらをジッと見つめていたパーヴェル様からは、いつの間にか影は見えなくなっていて、今度はとても緩い気配が漂ってる。言葉に出したから気が楽になったのかな?

 まあ、みなまで言う必要はないだろうが、こちらもきちんと伝えておこう。



「わかりましたパーヴェル様、これから仲良くしていきましょう!」

「……ああ、そうだな…」




**




 そして今日も今日とて快晴で洗濯日和だ。

 青空に白いシーツが映える。


 金の光たちを引き連れたニーチカがじゃぶじゃぶと洗濯物を洗ってる横の木陰で、パーヴェル様はまた難しげな本を読みながら時折いくつかの魔法陣を浮かべては消しを繰り返してる。

 前に何をしてるかと尋ねたらこの世界にある魔法を自分の知ってるものと擦り合わせているのだと教えてくれた。

 今もパーヴェル様の周りにはいくつもの魔法陣が浮かんで淡く光る。

 あの時見た空につくほどのものでもなく、それが浮かぶ中心にいるパーヴェル様も圧倒的な威圧感はなくどこか気の抜けた様子であるが、パーヴェル様の色をした光のイリュージョンはやはり綺麗だ。洗濯をしながらも思わず見入ってしまう。



「…凄いですね」

「ん? ああ、魔法陣(これ)か…」

「そんなにも沢山出せるものなんですか?」

「さあ? この世界の魔法のレベルを知らないから何とも」

「ふーん」



 頑張れば私も出来るだろうか?

 そんな私の考えを読んだのかパーヴェル様がちょっとだけ眉をしかめて言う。



「アンタの魔力では無理だからな」

「え、ルーシェンカ様みたいな魔力には戻らないんですか?」

「戻らなくていい」

「え?」

「…何でもない。でも知識は人が持てる最大の武器だ。吸収出来るものはしとくに越したことはない」



 と、パーヴェル様は何だか重そうな本をドサリと私の足元に置いた。……濡れますけど。



「こんなの、読み終わるまで一生掛かりますよ」

「なら一生無理だな」



 パーヴェル様はそれはそれは素敵な笑顔で言う。前から思ってたけどパーヴェル様はとても良い性格をしてると思う。だから、



「パーヴェル様って『勇者』というよりどちらかと言えば『魔王』ですよね」



 ムッとした顔で非難を込めて言えばパーヴェル様の表情が固まった。……え?


 

「あっ、いや、あの…、ただの軽口ですよ…?」



 固まったパーヴェル様を見て慌てて取り繕う。流石に勇者様に対して魔王はいけなかったか。  

 焦るニーチカの目の前、パーヴェル様は硬直を解くと顔を伏せて深く息を吐いた。



「…本質を見抜くのは聖女ならではの特権か…」

「――え?」



 ボソッと零された声がよく聞こえなくて聞き返すが、パーヴェル様は何でもないというように緩く頭を振り、そして再び上がった顔には怒りではなく自嘲のようなものが浮かぶ。



「…魔王では駄目か?」

「え」

「勇者じゃないと、…善なる者じゃないと、駄目か?」

「ええっ」



 急な話に「何て?」となる。でもそれは本当に切実な懇願に聞こえて。ニーチカは戸惑いながらも真面目に考えを巡らせて口を開く。



「えーっと…、まあ確かに、『魔王』よりは『勇者』の方がと思いますよ。だって、魔王は世界を滅ぼすとか国を滅ぼすとか言うじゃな――……ん?」



 あれ?前にパーヴェル様もそんなことを言ってたような?

 え、でも、それじゃあやっぱりパーヴェル様は魔王? 


 そんなことを思いながらパーヴェル様を見やると、端正な顔がズンと暗く沈む。なので慌てて手を横に振った。



「あっ、でもそういうのって、結局はただの肩書きじゃないですか。 ホラっ『勇者』とか『魔王』って」

「…肩書き」

「そうですよ! そんなの、神様とか国とか人が決めたものであって自分が決めたものじゃない、ですよね? ……え、パーヴェル様も自分でなんて、言ってないですよね…?」

「ああ、自分で名乗ることなんて絶対にない」



 思わぬ強い口調に少しだけ驚くが、それならばと、タンッとささやかな胸を叩く。



「じゃあいいじゃないですか、勇者でも魔王でもただの一般人でも。パーヴェル様がそうだと思うものを名乗ればいいんです」

「………なら、善と悪については?」

「――へ? 善と悪? そんな話してましたっけ?」

「……」



 無言で訴える緑琥珀の眼差しにニーチカは目を瞬かせる。

 あれかな? 勇者は善で、魔王は悪な発想からかな?

 まあ私も魔王は国を滅ぼす悪的なことを言っちゃったしと、頬を掻く。



「あー…、あの、それも結局は自分の立っている場所、だと思うんですよね」

「立っている場所?」

「はい、立っている側、の方が分かりやすいですかね? 要するにこちら側とあちら側みたいな」

「ああ、言いたいことはわかった。どちらともなりうるってことか」

「はい。自分が善と思えば向こうは悪で、向こうが善ならこちらは悪になる。 だから、前にパーヴェル様が言った彼女たちの『悪意』だって、彼女たちの中でそれが『善意』の気持ちからであるなら、対象である私が悪なわけですよ」



 その例えにパーヴェル様は顔をしかめる。



「いや、嫌がらせはどうしたって悪意でしかないだろう」

「それはパーヴェル様が私側にいるからそう言うんですよ」



 「つまりはそういうことです」とニーチカは笑う。



「これからは仲良くするって言いましたよね。だから私はパーヴェル様側です。

 貴方が勇者でも魔王でも、善でも悪でも、私はこれからもパーヴェル様側に立ちますので」



 きっぱりはっきり言い切ると、パーヴェル様は目を見開きゆっくりと片手で口元を覆い、再び下を向いた。



「……は、はは…」



 零れた声と揺れる肩は喜びからだろうか?

 全く役に立つとは思わないけど、私という味方がいるのだとわかってもらえたならいい。




「………ああ、本当に…。全て忘れてたとしても、アンタはやっぱりそう言ってくれる。……俺の、唯一無二…、」




 その声は口元を覆っているのでニーチカまでは届かない。狂気にも似た歓喜に満ちた表情も、俯いているので然り。


 ニーチカはただ純粋にパーヴェル様が喜んでくれてるのだと思い話を続ける。



「なんたって姉弟ですからねっ、任せて下さい」



 そう、しかも私は姉な立場だ。今はどう見てもパーヴェル様の方が年上であろうとも。


 どこに反応したのか、パーヴェル様の肩がビクッと大きく揺れて顔が上がる。口元は覆われたままだけどニーチカを見る目は何とも複雑そうである。

 まだ不安があるのだろうか?

 でもよくよく考えれば、パーヴェル様はちゃんとした()()()であるのだから、魔王だとかの不安を覚える必要はないし、そもそもこの世界に『魔王』という存在はいない。


 孤児院にいる時も、そういった理由のない不安に怯えて泣き出す子供たちはいた。その時は不安が取れるまでぎゅっと抱きしめてあげたのだけど。

 流石にそれをパーヴェル様にするのは…と、躊躇うニーチカを伸びた手がぐっと引き寄せて、パーヴェル様との距離がゼロになる。



「…へ?」



 見上げた近すぎる顔には、不安だろうと認識した憂いなど全くなく、どこか甘さをたたえた麗しい笑みが全面にある。



「パ…、パパパパーヴェル様!?」



 動揺しながらも密着する硬い胸板に手を当て離れようとするが腰に回された腕がそれを許さない。



( ――ど、どうゆう状況!? )



 焦るニーチカの肩にパーヴェル様の頭が落ちた。頬を髪がくすぐる。



「………ありがとう」

「へ?」

「ずっと言いたかった」

「は、はあ」



 お礼を言われても何がなんだかわからない。わからないが、そういうことなら無碍に突き放すことも出来ない。

 ニーチカの激しく鳴る心臓の音は密着してるパーヴェル様にも伝わってるはずだ。出来ればそれが限界を迎えて停止する前に放して欲しい。

 せっかく出会えたというのに姉弟としての親交を深める前に終わってしまっては本末転倒だ。

 

 しょうがないと、ニーチカはため息を漏らし、パーヴェル様は愉悦を含んだ吐息を漏らす。

 二人共に違う思考に囚われていても気づかなければ破綻はない。…いや、片方は気づいてでのことだとしてもだ。


 パーヴェル様の肩越しに見える青い空を、洗濯途中なんだけどなぁ…と遠い目で眺めながら、ニーチカはもう一度深いため息を吐いた。





***





 感謝の気持ちを伝えること。愛情を示す言葉を伝えること。それを出来ないままにルーシェンカを…アンタを失ったことを、俺はずっと、…ずっと後悔した。


 怒りと絶望で世界を壊してしまうほどに。

  



『運命の子、予言の子、正邪を天秤に乗せた移ろう魂。 悪しきものに染まればこの世を滅ぼす魔王となり、善なる者の導きがあれば勇者を経て、この世に安寧をもたらす覇者となる』



 そんな神託が自分の身に突き付けられたのは、大きすぎる力により母体を死に至らしめた果てに産まれ落ちて、――八年。

 そのせいで家族に疎まれ、最低限の施ししかされぬまま年相応にも満たないガリガリでボロボロだった俺の、その手を取ったのは暖かな金色の光を纏った人間。


 金色の髪、金色の瞳、光の精霊に愛された人、善なる心の主。

 皆が自分に向けるものとは違う柔らかな表情で己を指差し『ルーシェンカ』だと言い、こちらを指差し『パーヴェル』だと言った。

 

 ――パーヴェル、それが自分の名前なのだと知ったのもその時。

 便宜上つけられたのだろうが誰も呼ばなかった名。

 その名を呼び、パーヴェルという自分の個を確立させたのはルーシェンカだった。


 

 心臓に刃を立てようとも食事を絶とうとも死なない身体。内蔵する力が身体を生かす。

 それならば善なる方向に導くしかない、と選ばれたルーシェンカ。



 『そんな大層な人間ではないんだけどね。泣くし怒るし文句も言うし。ていうか今は貴方の家族に文句を言いたい。 家族失格だって』

『家族…?』

『あ…、えーっとね、家族っていうのは同じ家に住んでいて…』

『ああ、大きな声をあげたり、ぶったりする人』


 ルーシェンカは驚いたよう目を見開き次にぐっと顔しかめた。そのあと、クシャリと表情を崩す。

 よく動く顔だと眺めていたらいつの間にか胸の中に閉じ込められていた。

 ビクリと体を強張らせる。だけど何も痛いことは起こらない。それに何だか心地よくていい匂いがした。



『…家族っていうのはずっと一緒にいてくれる人だよ。 寄り添って貴方の側にいてくれる人。何が起ころうとも貴方の味方になってくれる人』

『……よく、わからない』

『うん、いいよそれで。 だから…だったら、私と家族になろう。私が貴方の側にいる、貴方は今から私の弟よ』

『弟…?』



 その言葉もよくわからなくて尋ねるように呟くと、体を離したルーシェンカは視線の高さを合わせて「時間はいくらでもあるから追々ね」と零れるような笑顔を見せる。

 伝えられる、もたらされる、何もかもがわからない。でも離された体を少し寒いな、とは思った。



 凍って止まっていた思考や感情はルーシェンカによってひとつずつ丁寧に解きほぐされていった。――だから。

 今まで与えられなかったものが、自分ではどうにも出来ない理不尽な理由で奪われていたものが、その理由が、わかるにつれて荒れに荒れた。力を暴走させることも何度も。


 でも、それさえ全てルーシェンカが受け止めて解いてくれたのだ。

 

 そんな存在を慕わないはずがない。

 

 ルーシェンカが傷つくから力の暴走を押さえ、制御するすべを覚え。

 ルーシェンカが凄いと言ってくれるから色んな知識を得て力を付けた。

 ルーシェンカが喜ぶから、ルーシェンカが笑うから、ルーシェンカが泣くから。

 全てがルーシェンカの為に。



 自分が善なる方向に進むことで、ルーシェンカの評価も上がるのだと考え、彼女以外の他人と関わる時も表面上取り繕うすべを覚えた。


 でもそれが、それこそが、全ての後悔の原因。


 数日離れただけだった。それをこなせばルーシェンカの為になると思ったから。


 そして彼女はあっけなく消えた。何も残さず。

 


 俺が出て直ぐに、ルーシェンカにも要請があったのだと言う。魔物の大量発生の平定。自分に出されたものとはまた別の場所のもの。俺がいないからとルーシェンカに泣き付いたのだ。

 金の愛し子、善なる者。一連の流れ全てに作為があったとしても、彼女が断るはずがない。


 ルーシェンカはもう邪魔だと見なされた。俺が善の方向へ歩んだのならもう用済みだと。

 たとえ愛し子でも覇者が手に入るのなら、それを握る手綱はひとつでよいと、馬鹿なやつらが判断した。


 だから世界を終わらせた。


 関係ない人間も巻き込んだ? 

 そんなのどうでもいい。

 だっていらないだろう? アンタのいない世界なんて。



 そして最後に、自分を終わらせようとして、もうひとつやり忘れたことを思い出した。

 クソみたいな神託を出した神を殺すこと。


 そこで知ったんだ。なんの罪もなかったアンタが肉体と魂を伴って違う世界に行ったってことを。


 


 ちょっとした手違いはあったけど、本当にアンタに会えた。代償で半分ほど力を失ったが、そんなことはどうでもいい。

 

 金色をなくしたのに、それでもほのかに金に輝くアンタは年下になった上に記憶もない。

 でもくれる言葉はやっぱり変わらずに、無作為に無自覚に俺を縛りつける。愛しい唯一の存在。


 本当に、問答無用で神を殺さなくて良かった。



 小さな頃から接したせいか、ルーシェンカが俺に向ける愛情は家族としての域を出ることはなかった。こちらがそれとは違ったものを抱えていても、抱きしめられる度に聞こえた鼓動はとても優しい音しか刻んでいなかった。


 ――だけど。

 

 今、腕の中に囲った体から伝わる鼓動は、大丈夫か?と思うほどに早くて激しい。

 姉であると話してしまった為に色々と勝手な思い違いをしているようだけど、誤解はまだ解かなくてもいいだろう。変にぎこちなくなっても困る。

 時間はいくらでもあるのだからそれこそ追々だ。

 


 今度こそ、間違えはしない。


 もう二度と離しはしない。



「…おかえり、ニーチカ…」



 俺の愛しい唯一。



 

続ける予定ですが、一旦終わります。


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