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おかえり、ニーチカ  作者: 乃東生
〜夢で逢えたら〜
40/40

40.


 パーヴェル様とスヴェートさんの収集のつかなそうな言い合いは、心臓の鼓動を落ち着けたニーチカが説明も交えて何とか止めて。不機嫌顔のパーヴェル様はそのままベッドの上で胡座をかき、私は文机の椅子に腰を落ち着け横に立つスヴェートさんを見上げる。


 ちなみに言い合いの中で発覚したが、パーヴェル様がスヴェートさんに押し付けた用事とは、今回の計画――夢の中ご訪問のため、スヴェートさんを遠ざけるだけのとってもどうでもいい用事だったようだ。




「…そうですか、ルーシェンカと会ったのですか」

「ええ、はい。私の思いが強すぎて引きずられたって言っていました」

「なるほど…、夢の中とは言え正直羨ましいです」



 と、スヴェートさんは少しだけ寂しそうに笑う。

 でもそりゃそうだ、スヴェートさんはルーシェンカ様が生まれた時から側にいたのだもの。どうしようもないこととはいえ、何となく申し訳なく感じる。



「ごめんなさいスヴェートさん」

「ニーチカ様が謝ることは一切ないですよ。貴方の呼びかけだからこそルーシェンカは応えた。それなのに、のこのこと顔を出すなんて…」



 最後の言葉は私にではなく。夢で見たルーシェンカ様と同じ、スヴェートさんの金色の目が皿のようになってパーヴェル様へと向き、それを受けたパーヴェル様は短く鼻を鳴らす。



「自分だけ仲間外れで悔しいって正直に言えよ」

「おい、飛躍するな。そんなことは言ってないし思ってもない」

「だが羨ましいってのはそういうことだろ」

「そ――、それは違うぞ」



 スヴェートさんは否定するが見方を変えればそういうことだとはニーチカも思う。だけどルーシェンカ様はたった一度と言っていたので、もう夢の中でさえ会うことは叶わないのだろう。やはり申し訳ない。

 

 パーヴェル様はスヴェートさんの解答をフンと鼻であしらい、今度は少しだけ眉尻を下げたニーチカへと話を振る。



「それで、ルーシェンカに何か言われたか?」

「え? …や、普通に話をしてただけで。……あ、でも、二人のことは家族だって言ってましたよ」



 正確には言ってはいないけど「確かに…」とは認めた。それでスヴェートさんの寂しそうな顔がちょっとでも綻んだのだからそんなのは些細なこと。

 そしてもうひとつ。



「それと、パーヴェル様のことは大好きだって」



 それもまた正確ではないけれど、やはり細かいことはどうでもよくて、その事実だけが大事なのだ。

 私のその言葉にパーヴェル様は軽く目を瞬かせたあとフッと口の端をあげた。



「知ってる」

「え?」

「それにしても、ルーシェンカは馬鹿だ」

「ええ!?」



 どういう話の流れだ、これ?

 でも私の困惑を解消する気はないらしくパーヴェル様はさっさと話を変えた。



「他に何か聞いたか? たとえば向こうでのこととか」

「え、向こう? 向こうの世界のことですか?」

「ああ」



 向こうの世界……、とニーチカは視線を上にあげる。思い出すのはルーシェンカ様の哀しみと絶望と、隠そうとして隠しきれなかった怒りを滲ませた声。



「大しては聞いてはないですけど…、碌な世界でなさそうだなって」

「碌な…」

「あっ、や、そうか! すみません、二人が元いた世界で――」

「いや、それはいい」



 私の声を遮ったパーヴェル様。自分の元いた世界の悪口を言われた割にはその顔に浮かぶのは安堵で、横にいるスヴェートさんからもそんな雰囲気が伝わる。

 それはたぶん私に隠したいことがある。

 けれど全てを知ることが絶対だとはもう思わない。


 話は変わるが、結局、何を知ろうが何を思おうが、私は私。ルーシェンカ様にはなれないし、当然他の誰にもなれない。改めてそう心に刻んだ。


 その上で、それでもなお私を好きになってくれる人がいるならば、それで十分じゃないか?

 過剰な望みは今ある幸せも失いそうな気がする。何となくだけど。

 

 ニーチカは小さく息を吐く。



「取りあえず、大きな魔法を使うことはあきらめます」

「は? …いや、それは最初から無理だって言ったろ?」

「でも何とかイケるかもって思うじゃないですか」

「無理だな」



 相変わらずバッサリだ。「そんなのわかってます」と抗議の声を零すと、追随するようにグゥーとお腹がなった。…ホント空気を読め、私のお腹。とてもきまりが悪い。

 スヴェートさんが小さく笑う。



「朝食の用意をしてきましょう。ニーチカ様も仕度が終わりましたらお越しください」

 


 そう言ってスヴェートさんは部屋を出て行く。その際に「ニーチカ様が仕度出来ないからお前も早く部屋を出ろ」とパーヴェル様に言い残したが、その本人といえばどこ吹く風でゴロリとベッドに寝転ぶ有様。出て行く気はさらさら無さそうである。これでは流石に仕度は出来ない。

 ベッドの上に寝転ぶパーヴェル様は目を瞑っている。このまま寝るつもりだろうか?



「…パーヴェル様…?」



 覗き込み小さく声をかけるとパチリと目を開けた。



「ニーチカ」



 と、名を呼ぶパーヴェル様の、差し込む朝日に眩しげに細められた緑琥珀が私を見上げる。光を受けるそれはいつもより明るくキラキラしていてとても綺麗で、思わず伸ばしてしまっていた手をパーヴェル様がぎゅっと握った。



「ニーチカ、アンタは、どこにも行かないよな」



 随分と弱々しく感じる声。パーヴェル様らしくない。



「前にも言ったと思いますけど? どこにも行かないって」

「ああ、うん…、まあ、だな」

「何です? 歯切れが悪い…。信じないんですか?」

「いや、信じる…信じたい」



 でも――、


 声には出さなかったけど、パーヴェル様の口元は確かに『でも』と言った。

 私はベッドの端に腰をおろすと握られたままの手をパーヴェル様の胸に置く。



「パーヴェル様、良く考えてくだい。ルーシェンカ様のような力を持たない私がパーヴェル様を出し抜いて…、いえ、出し抜くつもりはないですけど、どこかに姿を消すなんて出来ると思います?」

「……でも、自発的でなく他者が干渉する場合もある」

「……」



 それはまた話が別だろう。ちょっと面倒くさい。



「だからそのためにパーヴェル様が私に色々付けたじゃないですか」

「付けてるだけで、それを活用する気は無さそうだけどな。名前も呼ばないし」

「うっ…、…それは謝ります」



 半眼を向けるパーヴェル様に私は少しだけ視線を泳がせる。何せ身に覚えがあり過ぎる。二度あることは三度あるって言うし、ラスト一回は何とか回避せねば。じゃないと全身緑琥珀で飾られそうだ。

 ニーチカはコホンと咳をつく。



「パーヴェル様とルーシェンカ様の間に何があったかは知りません。だからパーヴェル様が何を気にしてるかはわかりませんが、私からパーヴェル様の元を離れてゆくなんてことはありませんから」



 掴まれてない方の手でささやかな己の胸をトンと叩く。

 でも時たま、稀には、ちょっと離れて欲しいなぁーと思うかもしれないが、ややこしくなるので言わないでおこう。

 そんなニーチカの微妙な心情は読まれていたのかパーヴェル様の半眼は解けない。



「じゃあその根拠は?」

「え?」

「離れていかないって、根拠」

「ええぇ…」



 うわぁ面倒くさい。大体そんなことに根拠だなんて。そんなもの本人のその意思だけだろう。なんてことは言えずにニーチカは視線を一度宙にやったあとに「それじゃあ…」と。



「私がパーヴェル様を好きだから――、…じゃあダメですかね?」

 


 これしかないし、これしか言えない。一番単純な解答だ。



「……」



 無言で、ちょっとだけ見開いた目をパチリと瞬かせたパーヴェル様は小さく息を漏らし目を閉じた。

 答えをお気に召さなかったのだろうか?

 覗うように屈むと繋いだ手を引かれパーヴェル様の胸に飛び込む。



「――わっ!」



 そのまま直ぐにもう片方の腕が私の背に回り動きを封じた。



「ちょっ、パーヴェル様!?」

「ダメじゃない」

「え?」

「ダメじゃないから離れるな」

「や、あの…」



 そりゃあ今は物理的に離れられないですが…と、口の中でモゴモゴと呟く。

 一気に火照った顔が押し付けられた硬い胸板は呼吸の度に上下に小さく揺れ、トクトクと規則正しい音が聞こえる。

 私の顔が熱いのかシャツ一枚から感じるパーヴェル様の体温が高いのか、たぶんその両方。ならバレることはないかと、パーヴェル様の言葉に従う。



 いつの間にか、背中に回っていた手は拘束の役目を放棄し、今度は私の髪を梳くその心地よさにうっとりとしているとパーヴェル様が少し身じろぎをして、つむじ辺りで小さなリップ音が鳴る。

 ゆっくりと顔をあげると、甘く緩やかに私を見つめるパーヴェル様と視線が合う。


 引き寄せられるように、自然に身を乗り出したのは私で、最後の誘導を整えたのはパーヴェル様。

 そのまま唇が重なる。

 擽ったくなるようなとても甘やかな時間(とき)


 だけど――、

 そう思ってたのは私だけで。

 

 パーヴェル様の口づけが深くなり髪を梳いていた手に力がこもったところでニーチカはハッとした。



( ちょっと待った、これはマズい! )

 


「…ッ、パ……ヴェ、パーヴェル様!」



 バンバンと硬い胸板を叩くと割りと直ぐに後頭部にあった手は緩み、ニーチカは素早く身を起こす。が、変わらずに手は繋がったままだったので完全には起きられない。でも突っ張るように体を離すと、下に見えるのはとてもいい笑顔のパーヴェル様。



「残念」

「――ざ、残念って!?」

「そのまま流されるかなって」

「なが…っ!!」

「ふ、真っ赤だな」

「誰のせい―――っわ!?」



 再び引っ張られて幾度目になるかわからない突っ伏し。学習能力ないのか私。今度は顔面からいったので鼻をしたたか打ったが、おかげで先ほどの甘やかな雰囲気は吹き飛んだ。

 私はパーヴェル様の胸板に頬を押し当て大きなため息を吐き、頭上からは楽しげな笑い声。


 お互い初めての、同じスタートラインからの一歩だというのに、この差。有能な人は何をさせても有能なのか。

 このことで悔しいと感じるのはちょっと違うと思うけど、悔しいものは悔しい。


 でも、さっき聞いていた心音よりも、今の心音の方がほんの少し早く聞こえることに、ニーチカはちょっとだけ頬を緩めた。




終わりです。続けるかどうかはちょっと保留中です。

読んでいただきありがとうございました。


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