35.
薬草園にあったガゼボへと移動して備え付けのテーブルセットへと腰を落ち着けると、どこから取り出したのかスヴェートさんがティーセットまで用意する。
コポコポと注がれたお茶は綺麗な紅色。「先ほどのローズヒップのお茶ですよ」と、私の目の前にカップを置いたあと自らも席についた。
「でも、初めてですよね?」
「え?」
「ニーチカ様がルーシェンカの話を聞いくるのは」
「あー…、そう…、ですね」
ニーチカは曖昧に笑う。だって二人には絶対にそうだと言われていても、私の心の底ではやはり疑う気持ちが残っていたから。もちろん私がルーシェンカ様だということについてだ。
だけど――。
「ちょっと気持ちの変化といいますか…」
「なるほど。 で、どのようなことが聞きたいのですか?」
「え、あ、うーん…」
改めて尋ねられニーチカは首を捻る。言ったのはいいが何も考えてなかった。
「えっと、じゃあ家族は?」
「両親と弟妹の五人家族でしたね、両親は薬師をしていましたよ」
「ああ、それで薬草に詳しいって」
「はい、ルーシェンカも本当は薬師になりたかったそうですが…」
「ならなかったんですか?」
「生まれ落ちた瞬間には私がいてましたので」
「ああ…」
そうだった、ルーシェンカ様は愛し子だった。けどそれは私も。
尚且つ、愛し子とは関係ないがニーチカもランドリーメイドを辞めることとなったので、何とも複雑な気持ちになる。
そんなこちらの心情には気づかず、スヴェートさんは目を細めどこか遠くを見るように続けた。
「ルーシェンカは十二歳になった時に愛し子として神殿に移りました。歴代の愛し子と呼ばれた人間の中でも飛び抜けて魔力が多く、それを惜しみなく使って各地で治療や災害支援と救助、その他色んなことに従事していたので慕う人間も多かったです。ただ――」
「ただ?」
「それを良く思わない者も多かったですね」
「あー…それは…」
どこの世界でもいつの時代でもそれは変わらない。人を妬んだり羨んだりしたところで自分の益にはならないっていうのに…。
「貴方ならそう言うでしょうね」
とのスヴェートさんの声に、口に出してしまってたことに気づく。
老若男女誰もが目を奪われる金髪金目の美貌の主に柔らかく微笑まれては、ニーチカだとてドギマギしてしまう。眼福だけど目に毒だという矛盾。
紛らわすために話を変える。
「その弟妹の弟――ていうのがパーヴェル様、ってことですか?」
「だから姉弟などではないです」
途端スヴェートさんは表情を苦々しいものにする。
「弟というのは本当にルーシェンカの血縁者で、あいつは無理やり押し付けられた便宜上の弟です」
いや、弟って言っちゃてますけど、スヴェートさん。
「でもルーシェンカ様は神殿住みだったんですよね? パーヴェル様が魔王だったならそれは難しいんじゃ?」
「その頃のあいつはまだただの子供でしたからね」
「子供のパーヴェル様…、…想像つきません」
「大して変わりませんよ」
「ええぇ…」
「貴方のことだって。…ルーシェンカは生まれた時から見てましたが、大人になっても、それから今のニーチカ様になっても変わりません。私にとっては大切で愛しい存在です」
破壊力抜群の笑み再びにニーチカは「うっ…」と胸を押さえるが、だけど直ぐに目に毒はおさめられ今度は軽く眉が寄せられた。
「国と神殿が決めたのですよ、あいつの導き手として貴方がいいと」
「導き手?」
「ええ。あいつは、パーヴェルは、魔王にも英雄にもなれるという神託を受けた子供だったんです。そのために正しく導くために、ルーシェンカが選ばれた」
「えっ!? じゃあ、もしかして私が失敗して――」
と、言ってから思い出す。パーヴェル様の言葉。
『アンタを失ったから魔王になった』
その時のパーヴェル様の苦しそうな顔。目の前のスヴェートさんも今は同じような顔つきだ。
その全ての原因がルーシェンカ様の喪失。ニーチカは小さく唇を噛む。
( …ルーシェンカ様、貴方は絶対に勝手に消えちゃいけない人だったのに… )
どんな思いだったのだろうか。大切な者を、残していくことを。
私だと言うのに、ニーチカにはわからない。
「あいつのことはあいつ自身に聞いた方がいいですね。ただ素直に話すかは不明ですが」
「そう、…ですね」
ニーチカは頷く。そうだ、今知りたいのはルーシェンカ様のこと。
「で、やっぱり似てますか? 私とルーシェンカ様は」
「ええ、色は違っても外見はそのままですよ。…まあ、あいつは今の貴方より十歳ほど上のルーシェンカからしか知らないので気づかないかったようですが」
「あはは…」
ドヤ顔のスヴェートさん。あいつとはもちろんパーヴェル様のこと。確かに出会った頃のパーヴェル様は私をルーシェンカ様の末裔だと思っていた。今でもこれを言うととても渋い顔をする。
「そうしたら中身も似てますか?」
「中身…、性格ですか。うーん、…そうですね」
スヴェートさんは軽く首を傾け顎に手を当てる。
直ぐに答えれないということは性格は違うということか。
「ニーチカ様と同じ年頃までなら似ていると言えますが、それからは割りと感情を表に出さなくなりましたね」
「大人になったって落ち着いたってことですか?」
「それは少し違うような…。でもその変化の変わり目頃にあいつがやって来たのでそう思ったのかもしれませんね」
「ふーん…」
ニーチカは何となくな声を零す――が、スヴェートさんの言葉を反芻して気づいた。え、私って感情ダダ漏れってこと?
「……あの、私って、もしかしてわかりやすい…?」
尋ねるニーチカに、スヴェートさんは眉尻を下げた少し困ったような顔で微笑む。
「感情を素直に出せることは悪いことではありませんよ、大変可愛らしいと思います」
「………」
いや、それって…、『可愛い』ってことでは…?
まあ別に感情を読まれて困ることはないと思うけど…。
ムムと唸るニーチカにスヴェートさんは小さく笑う(当然読まれてる)。
「そろそろ風が冷たくなってきたので部屋に戻りましょうか」
「え、でもまだ…」
「別に急いで全てを知る必要はないでしょう、時間は幾らでもあります」
「あ、うーん、…まあ、そうですよね」
秋の気配を漂わせた空は日を落とすのが早く。随分と傾いた太陽を見てニーチカも頷いた。
言うように、今はまだちょっとした寝不足気味なだけだから焦ることはないか、と。
**
今日もまた夢を、――見る。
夢の中で、ブルーグレーの髪色の少年がこちらへと駆けてくる。
まだあどけなさを残すがとても綺麗な顔立ちの少年は、あまり表情を変えることはないけれど、その緑琥珀の双眸にはっきりとした感情を浮かべて駆けてくる。
真っ直ぐな、疑うことのない思慕。
そう仕向けるようにしたのは私。
――そしてその結果の果てに、私はこの少年に殺されなければならない。
「ルーシェンカ!」
少年特有の繊細で高い声が私の名を呼ぶ。その声を受けて私は金の目を細めた。
だけどまだその時ではない。だから。
駆けてきた体を抱きとめて、優しく言う。
「おかえりなさい、パーヴェル」




