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おかえり、ニーチカ  作者: 乃東生
〜さよなら、勇者〜
33/40

33.


 私たちが黒泥に閉じ込められた外では、スヴェートさんとリディア様を筆頭にした神殿騎士団の面々が頑張ったようで。建物は幾つか沈み傾いてしまったが、人に関しては死者が出るまでには至らなかった。


 そしてこちら側で起こったこと――、


 首謀者の死、聖剣の消失については、リディア様に尋ねられたパーヴェル様がさらりと話す。



「あの文官だった男と、男が手にしていた聖剣は瘴気の中に沈んだ」

「………」



 その説明はちょっとどうかと。無言のままリディア様の視線が私へと向く。…ですよね、なので代わりに説明する。



「文官の、…アントンさんが首謀者でした」

「オルロフ大臣の?」

「はい」

「……そう。――で、何と言っていました?」

「自分が勇者になるべき存在だったって。この国を瘴気に沈めて滅ぼすつもりだったそうです」

「それは勇者様への嫉妬からかしら?」

「…どうでしょう」



 どこまで話していいかわからずにニーチカは言葉を濁す。

 はっきりとしていることは、本来召喚される者がすり替わったこと、そしてその召喚された勇者であるパーヴェル様が魔王の器だってこと。

 ただ、それが真実なのかはわからないし、パーヴェル様の状況が悪くなることは言いたくない。

 困って黙ったニーチカの続きを、小さく嘆息したパーヴェル様が答える。



「狂ったやつの思考なんてこちらがわかるわけないだろ」

「…まあ確かに」

「それと、聖剣を失った責任を取って俺は勇者を降りる」

「――えっ!?」



 さも当然とばかりに言われた宣言に、驚きの声を上げたのはもちろんニーチカだ。しかも、そんな殊勝なことをパーヴェル様が言うなんて。

 目を丸くするニーチカにパーヴェル様が言う。



「アンタは、俺が別に勇者でなくても気にしないだろ?」

「え、…まあ、…ですね。パーヴェル様はパーヴェル様ですし」

「なら勇者は辞める」

「それは駄目ですわ」



 ニコリと微笑んだリディア様からの間髪入れず却下の声にパーヴェル様の眉が山を築く。



「別に誰の承諾も必要ない。ニーチカが勇者でなくていいと言った、それがすべてだ」

「ええっ!?」

 


( 言った覚えはないですけど!? )



 話を振られたので頷いただけだ。ひとかけらもそんなことは言っていない。

 柔らかな笑みをたたえたまま、リディア様がこちらを見て、ニーチカは手と首をブンブンと振る。



「ニーチカさん」

「は、はいっ! …あのっ、私そんなこと言ってませんので!」

「ええそれはわかってます、ではなくて。…ニーチカさんはこの国が好きかしら?」

「え? …はい、まあ…?」

「じゃあこれからもこの国で暮らすわよね?」

「? …そうですね、引っ越す予定はないですし、住みやすいですし」

「そう。 なら国は平和でなくてはならないわね?」

「それは、まあ…」

「であれば、当然瘴気で蝕まれてしまうなんて以ての外…よね?」



 そう言って、リディア様はそれはそれは綺麗に微笑む。



「あー…、ですねー…」



 流石のニーチカにもリディア様の意図が理解出来た。パーヴェル様が「――ちっ!」と盛大な舌打ちをする。



「いい性格してるな、お前」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておきますわ。それに――、貴方に辞められると(わたくし)が辞め難いでしょう?」



 ニーチカはパチリと目を瞬く。…なるほど。



「…ホントいい性格してるな」

「貴方ほどでは」



 パーヴェル様の剣呑な眼差しを笑顔でさらりと流すリディア様。同じ拗らせ同士、二人は意外と相性が良いのでは?

 ニーチカは「はは…」と乾いた笑いを漏らし、少し離れた場所からは、後始末をしてるのだろう幼馴染の大きなくしゃみが聞こえた。




**




 色々あった一日を終えた次の日、無残に荒れ果てた洗濯広場を前にションボリとしているニーチカを見かねたのか、パーヴェル様が広場をあっという間に元の姿に戻してくれた。魔法って凄い。私も頑張ろう。

 そして直ぐに、青空の下シーツがはためき始めたこの場で、パーヴェル様は「じゃあ話の続きをしようか」と言った。


 ニーチカはピシリと固まる。でもシーツの波から何とか視線を外すと、物凄くゆっくりとパーヴェル様を振り返る。

 話の続きと言われて直ぐに思い出すのは、微妙に理不尽に怒られた件。

 その続きかと思ったけれど、どうやら違うようだ。



「あの男が言ったことだが」

「え、あ…、はい…?」

「魔王の、…器だと言ってただろ?」

「ああ…、はい」



 私が振り向いた時からパーヴェル様は視線を落としている。その俯けた顔はどこか苦しそうで。一度閉ざした口をグッと噛みしめるようにしたあとゆっくりと開く。

 


「確かに、俺は向こうの世界にいた時、魔王と呼ばれてもしょうがない存在だった」

「えっ!」

「だから勇者だなんて本当に名ばかりで、聖剣だって力で従わせてたようなもんだ」

「え? え? でも、ルーシェンカ様は聖女様ですよね? なのにパーヴェル様が魔王じゃ…」



 敵対関係になってしまうじゃないか。混乱するニーチカにパーヴェル様は視線を合わせぬままに説明してくれた。



「順番が違うんだよ。ルーシェンカを、…アンタを失ったから俺は魔王になった」

「――ああ…」

「前に言ったろ? 神に喧嘩を売ったって。そこで無理やりアンタがいる世界に召喚されるように組み込ませた。その時に魔王としての大半の力を失ったから、今の俺は厳密にいえば魔王とは呼べないけどな」

「ええぇ…」



 今のパーヴェル様で力の大半を失ってるって…。魔王の時のパーヴェル様ってどれだけなの…?

 慄くニーチカ。だけどそこはどうでもよく。


 パーヴェル様がずっと私に隠していたことがこれなのだろう。

 私の横でくつろぐ獅子の姿のスヴェートさんが「グルル…」と唸り、パーヴェル様がチラリと視線をやる。


 私とは目を合わさないのにスヴェートさんとは意味ありげに視線を交わすパーヴェル様。

 当然、スヴェートさんはパーヴェルが魔王だったということは知っている。だからこそ言えないように契約させられたのだ。


 そう、私に話さないように。私にだけ知られないように。

 

 ニーチカはぎゅっと拳を握り、パーヴェル様との距離を一気に詰めて言う。



「パーヴェル様は私を舐めすぎです!」



 身長差から、距離を詰めると俯こうとも私が視界に入り込み、少しだけ見開かれた緑琥珀(グリーンアンバー)にムッとした顔の私が映る。

 そのパーヴェル様といえば戸惑った様子だ。



「私、言いましたよね、パーヴェル様はパーヴェル様だって」

「あ? ああ…」

「それにもっと前にも言ったはずです。『貴方が勇者でも魔王でも私はパーヴェル様側に立つ』って」



 それは割りと前の、出会った頃近くにパーヴェル様と交わした会話。パーヴェル様は眉尻を下げた。



「……言ってたな」

「思い出しました? そんな私がパーヴェル様が魔王だと知って態度を変えるとでも?」

「………」

「だから顔をあげて、私を見てちゃんと言ってください」



 蚊帳の外に置かれる方が寂しいし悲しい。


 最後は懇願のようになってしまったが、言い切ったニーチカは満足してしかめっ面を解く。

 だけど、俯くことを止めたパーヴェル様はまだ戸惑った顔のままだ。納得してないのだろうか?


 軽く眉を寄せたパーヴェル様が口を開く。



「アンタを見て言えったって…、俺は魔王だ、って宣言するのか?」



 ニーチカは一度目を瞬いてから眉を寄せた。



「……それはちょっと」

「だろ?」



 まあそういうことじゃないってのはわかってるけど、とパーヴェル様。


 言うように、そういうことではない。しかもそんな自分をそうだと決めつける強い自己主張は、そうなり得なかった時に自分自身を壊してしまう可能性だってある。…そう、あの人のように。


 私が言うことではないけれど、勇者じゃなくたって、ただの文官だって良かったじゃないか。オルロフ様に頼られるくらいには優秀だったじゃないか。それに――、

 ……友達になれると、思っていたのに。


 眉を寄せたまま今度は逆に俯いたニーチカにパーヴェル様が仕方ないなというように小さく息を吐く。



「言う気はなかったが…、アンタが気に入ってた()と今回の()は別もんだぞ」

「……、…え?」

「途中で魂の質が変わった。元々二つ持っていたのか入れ替わったのか乗っ取られたのかは知らないが、最初の頃にいた魂とは変わってた」

「え…、…じゃあ、アントンさんじゃなかったって…」

「肉体は同じだから、じゃないとは言えないし、死んだことに変わりはないからな」

「……」



 相変わらず容赦のない言い方である。そしてパーヴェル様の言葉は突拍子もないものだけど、わざわざそんな気休めを言うことはないと知っているからそれは真実なのだろう。

 だからとて、言うように彼は…アントンさんは、もういない。

 


 荒れ果てていた様子など微塵もない広場で、青空を背景にはためく色は白。

 その意味は、純粋さ、清潔さ、無垢さ、新しさ、始まり。そして無であり、――リセット。

 アントンさんが眠る大地の上では毎日こうやって白いシーツが舞うのだ。だったら、いつの日かきっと。




 

 一人シーツの海に進み出て黙祷するニーチカ。なので離れた二人の会話は聞こえない。



「随分と端折ったな」

「は、でも嘘はついてない」

「どこがだ。お前、チェムノータからの瘴気を吸収して以前の力まで取り戻しただろ?」

「あれは不可抗力だ、仕方ない。それに実際ここでは魔王でないからな、そうは呼べないだろう」

「詭弁だな」

「ニーチカがそれで納得してるのだからそれでいい。だから余計なことは言うなよ。…ああ、言えないけどな」

「くっ!」


「――パーヴェル様? スヴェートさん? どうかしました?」



 振り返ると、険しい表情の二人。ニーチカは首を傾げる。



「何でもありませんよ、ニーチカ様。そろそろお昼ですし部屋に戻りましょう」



 たてがみを揺らしスヴェートさんが言う。確かに青空にある太陽が随分と高い位置にある。

 だからその提案に頷き建物の方へと足を向けると、背後から「ああ、そうだ」というパーヴェル様の声がした。



「話――、続きがあったんだったよな?」



 一瞬にして固まったニーチカはギギギと音が聞こえそうな感じでパーヴェル様の方を振り返る。

 その振り返った先にいたパーヴェル様はさっきとは打って変わって見惚れるような笑顔だ。



「…えっと、今、終わりましたよね…?」

「それとはまた別の話だ」

「別なんて、…ありましたっけ?」

「思い出ださないなら、行動で示してやろうか?」

「こ、行動?」



 スヴェートさんは話がまだ長くなると感じたのか「お昼用意しときますね」と若干呆れた声を残して先に戻って行き、私の返事を待つパーヴェル様は清々しいほどの笑顔でその場に留まる。


 行動うんぬんとは閉じ込める的な…?

 続きの話であればそうなる。もちろん覚えてる。

 それは流石に遠慮したいけど理不尽に言い詰められるのもなぁ…と悩んでる間にパーヴェル様が距離を詰めて来て。

 

 え?と思う間もなく伸びた手に顎を捉えられ、超至近距離に揺らめく緑琥珀(グリーンアンバー)


 そして、唇を熱が掠めた。



「……ニーチカ、キスの時は普通目を瞑るもんだぞ」



 やっぱりいつもよりも至近距離の、甘やかに目を細めたパーヴェル様は、そんなことを少しだけ意地悪そうに言う。



「……え? ………え……? ……て―――ええっ!? 」



 パーヴェル様が普通を語ることの違和感はさておき、その意味を理解してニーチカは瞬時にボンッと赤くなる。



「なななな、なにしてるんですかっ! パーヴェル様!!」

「キスだな」

「いやっ…、――そ、そうですけどっ! な、なんで!?」

「行動で示すって言ったろ?」

「行動って!」



 確かに行動は行動だ。だけど。



「こ、心構えが必要だって言ったじゃないですかー!」

「不意をつくことも必要だ、とも言ったぞ」

「そうですけどっ! …でも、初めてだったのに…」

「俺もだが?」

「――え!?」


 

 驚きで素に戻ったニーチカ。パーヴェル様は当然という顔をする。



「アンタ以外とどうこうしたいと思うはずないだろ」

「あ…、いえ、そう…ですね」



 そう言い切られてどういった反応をしていいのか。

 嬉しいと恥ずかしいが大半。もちろんパーヴェル様とのキスが嫌なはずがない。ただ余りにも突然で。もうちょっと、こう、雰囲気的なものが欲しかったり…って、いや…、ほら、ね…。


 でもここでそんなことを言おうものなら仕切り直されそうで…と考えて、思い出し再びボンッと赤面する。


 うん、やっぱり心構えは必要だ。




 そしてその後、パーヴェル様を見る度に赤面して脱兎のごとく逃げだすニーチカを見て、パーヴェル様も心構えは必要だと思ったとか思わなかったとか…。





また一旦終わります。


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