24.
その聖剣らしきものを持った人物が目撃されるのは必ず夜なのだと言う。
「飲んだ帰りってのがちょっと信憑性に欠けるんだけどな」
と、本当に信憑性を欠く前置きから始まったミハイルの話。
ミハイルの同僚――ドミトリ(臨場感を出すために取りあえず仮名を付ける)は飲み屋を出た路地裏でフードを目深に被った背の高い人物が佇んでいるのを見たそうだ。
――ということで以下ドミトリ(仮名)の回想。
若干屈んだ様子に気分でも悪いのかと、声を掛けるべきか迷っていたドミトリは、でも相手の様子が少しおかしい事に気づいた。
その人物は手に長い棒のようなものを持っている。そしてそれは月明かりに反射してキラリと光を放った。
( ……剣か? )
杖のように地面に突き立てられた白刃。しかもその剣からは不思議な力を感じる。
当然神殿騎士であるドミトリは一般人にはない力を持っていて、その抜き身の剣からは聖なる気配を感じた。
( …え、もしかして聖剣? …てことは、この人は )
だから勇者パーヴェルなのかと思ったが、今その人物は首都にはいないということも思い出す。そして最近聞こえてきた噂も。
聖剣らしきものを持った、勇者らしき者が現れる――と。
それならば真相を確かめねばと、俄然やる気になったドミトリは声を掛けるのを止めて、闇に紛れるようにその人物へと近づいた。すると、何か小さな呟きが聞こえたあと突き立てられた剣の先が淡く発光するのが見えた。
それは鮮烈な神聖なる気。それなのに。
急に辺りを支配しだしたのは、それとは反対の気配。そして発光する地面を飲み込むように黒い闇が広がりトプンと揺れた。
「…は…、…瘴気?」
思わず零してしまった声は向こうへも届いた。
だけども、驚くでもなく焦るでもなく、こちらを一瞥した人物は剣を地面から引き抜くと、夜目にも輝いているのがわかる鞘へとそれを収め、スッと闇へと姿を溶かした。
「――あっ、ちょっと待て!」
追おうとしたドミトリだったが、黒く揺れる地面の方が気になった。
あれは淀みであり瘴気。放っておくことは出来ない。なので剣が刺さっていた場所で立ち止まる――が。
「何もない…?」
そこには淀みなんてものはなく少し欠けた石畳があるだけで、もちろんそれを為しただろう人物の姿も既になかった。
「――要するに、ドミトリは何の収穫も得られなかったわけだね」
私の率直な感想にミハイルは「ん?」と首を傾げる。
「ドミトリ?」
「あ、や、その同僚の人、やっぱり酔ってたんじゃない?」
「どうだろう? ジョッキで五杯ほどしか飲んでないって言ってたから、それが本当ならまだしらふだと思う」
いや、五杯しかって…とニーチカは呆れる。
「じゃあそのドミ…じゃなく同僚がしらふで、言うように見たものが事実だとすれば、その人物は聖剣らしきもので瘴気を消滅させたってことじゃないの? …というか、聖剣って他にもあるとか?」
「ああ、聖剣って呼ばれるものは確かに他にもある。けど勇者が持つ聖剣は特別だから」
「へえ」
「それと、調べたら順序が逆なんだよなぁ」
「順序?」
ミハイルが零した声を繰り返す。順序とは何のことだろう?
だけど続いた話はまた別のもので。
「最近さ、この首都でも小規模な瘴気が湧き出てるって知ってるか?」
「えっ、あ、そうなんだ。私 城からあまり出ないから全然知らないや。…でも大丈夫なの、それって?」
「俺たちが見つけた場合は対処するけど、割りと数が多いから気づかない場合もあるな」
「ええっ、駄目じゃない!」
「まあ、ごく僅かだから大きな被害が起きるわけじゃあないんだよ。ただその場所でケガ人が続出するとか、気分が悪くなるとか」
「やっぱり駄目じゃない」
それならば神殿騎士団様々である。そして彼らがまだ帰らないのにはそういった理由もあるのかもしれない。
――それで、とミハイルは続けた。
「同僚がそんなのを見たからさ、ちょっと調べてみたんだよ」
「調べる?」
それが先ほどの『順序』という言葉に繋がるのだろうか。ミハイルは今度は話を変えることなくニーチカの疑問に答えた。
「そのらしきな人物の出現場所と、瘴気の発生場所を調べた」
「重なったとか?」
「ああ…」
ならやっぱり聖剣の人物は瘴気を消滅ないし防御でもしようとしてたのではないかとミハイルを見るが、私を見返すミハイルの顔は浮かない。
そう言えば、そこで返されたのだった。
「順序が、逆?」
意味がわからぬままに零した言葉にミハイルが大きく頷く。
「そう。聖剣の目撃が先で瘴気による被害が後なんだよ」
「――えっ?」
ニーチカは目を見開く。そんな私に「自分が言ったんだろ?」とミハイルは言うけど、最初に言ったのはそっちだから。 ――それよりも。
「いやっ、…え? どういうこと?」
「だからそのままだろ? どうやってかは知らないけど瘴気を発生させたのが、その聖剣の人物ってことだ」
「え、なんのために?」
さあ?とミハイルは肩を竦めるが、ちょっとだけ難しい顔つきになる。
「ただ、今はそれを関連付ける人はいないけれど、何れ言い出す人が出るかもしれない」
「言い出すって…?」
「俺がさっき言ったことだよ、聖剣の人物が瘴気を発生させてるって」
「…え」
「そして俺たちは勇者様がこの場にいないことは知っているけど、全員が知ってるわけじゃない」
「……」
ミハイルが何を言いたいのかは流石にわかった。聖剣の人物として直ぐに皆が思い浮かべるのはパーヴェル様だってこと。じゃあ、そこに瘴気の発生が関わってくるとしたら?
ニーチカは一度きゅっと唇を噛んだあと口を開く。
「ね、ミハイル、今夜ちょっと付き合ってよ」
「は? …付き合うって?」
「町で聖剣の人物を探すから」
ニーチカのその言葉に大きく声を挟んできたのはスヴェートさん。
「ニーチカ様!? 駄目に決まってるでしょう!」
当然そう言われるとは思っていた。
だから負けじとニーチカも言い返す。
「じゃあ説明してくれますか? スヴェートさんは知ってるでしょ?」
「それは…、」
黄金のたてがみを持つ獅子はヒゲをへにょりと下げる。同じネコ科だからか猫の時と動作は変わらない。
そんなスヴェートさんが今の今まで何も言わなかったのは、知らないからではなく、言えない方の部類だったから。要するに、契約上の秘守義務が発生した。
だったら、自分で動くしかしょうがないじゃないか。
「ミハイル、やっぱり今夜決行ね」
「ニーチカ様!?」
慌てるスヴェートさんをまるっと無視してミハイルにもう一度念押しする。が、ミハイルの方がスヴェートさんを気にするかのようにチラチラと視線をやる。
「ちょっと、聞いてる? ミハイル」
「…いや、聞いてるけど…、それはどうだろ?」
「何がよ」
「精霊様も止めてるし、勇者様に知れたらヤバくね?( …主に俺が )」
ニーチカは視線を据わらせた。
「……じゃあ一人で行く」
「ニーチカ様!?」
「は、馬鹿言うな!」
その後も攻防戦は続き。精霊さんたちを連れて行くから大丈夫だと言うと、夜は光の精霊たちは活動休止すると言われ。それならやっぱり一人で行くとごねると、最終的には二人ともに折れた。
「そう言えばこういうやつだった…」
しみじみと呟くミハイルに同意するように獅子も深く頷く。何でスヴェートさんまで?と思うけど、ルーシェンカ様時代かもしれない。けど、そんなとこで類似点を見つけられても…。
そして、その夜――、
「ニーチカ様、その不審者を見つけたとしても決して近づかないように」
精霊さんたちはお休み中でも精霊王は関係なく、獅子じゃ目立ち過ぎるからと猫の姿でついて来ている。曰く、「当然一緒に行くに決まってるでしょう」って。
よくわからないが当然らしい。
「でもスヴェートさん、近づかないと確認出来ないじゃないですか」
「それはその男に確認させればいいでしょう」
と、スヴェートさんが顎をしゃくった先にいる幼馴染――、渋々ながらもメンバー入りしたミハイルは私を見て眉を寄せる。
「確認するとかは別にいいんだけど…、それより、この広い町でどうやって探すつもりだ?」
「あ…」
「…おい、そこは考えてなかったのかよ」
口を丸く開けたニーチカに、ミハイルは呆れたように言う。確かに、何のあてもなかった。
まあ、でも、取りあえず。
「何とかなるでしょ」
ニーチカの何の根拠もない断言に、ミハイルはやっぱり呆れ顔で。「お前は昔からそういうやつだったよ…」とまた宣い、スヴェートさんはスヴェートさんでやっぱり深く頷いた。




