21.
里帰りを済ませた次の日。何食わぬ顔で今来ましたという態度のリディア様たち、使節団を迎える式は勇者を抜きにもつつが無く終えて。このあと始まる歓迎会、もとい歓迎式典の準備に取り掛かる。
……いや、取り掛かられている。
「やっぱり若いからかしら? 大して手を加えなくても肌に張りがあるし艶々ね。羨ましいわ〜」
「でも髪は駄目だわ。ちょっと誰か香油オイル持ってきて」
「嫌だ、何この子? ちゃんとご飯食べてるの? 腰ほっそいわね〜、コルセットいらないわ」
「ねぇねぇ、髪飾りはどうする? やっぱりここは、緑琥珀のものでいいかしら?」
全てお任せ状態のニーチカは半分意識を飛ばしつつ、周りを忙しく動き回る人たちに囲まれ鏡の前に座る。
リディア様の好意(?)というはからいで、先ほどから上級使用人のベテランお姉様方に飾り付けられてる最中な私です、…はい。
「すみません、私なんかのために」
「あら、あらあらあら、私なんかって…。でも貴方じゃなきゃあの勇者様は御せないのよ」
「御せ、」
「だってあの勇者様よ。流石に無理だわ」
「そうよね〜、あの勇者様だものねぇ」
全員に『あの』と付けられるって…。
パーヴェル様本当に何したの?(何言ったの?)
とは言え、知りたいけど知りたくない気持ちの方が勝る。向けられる同情の眼差しがちょっといたたまれなくて。
そしてそのパーヴェル様だが、こうやって私が他の人たちに囲まれていても、いつものように乱入しては来ない。……うん、よく考えればそれもおかしなことだけど、取りあえず今はいい。
要するにこの一連の流れはパーヴェル様も了承済みなのだ。
孤児院での私との会話を終えたあとに、リディア様はパーヴェル様とも何か話をしていた。私は子供たちに捕まったために聞いてはいないが、そこで何らかのやり取りがあったのだと思われる。
まあ実際、着飾ることに対してはやぶさかではない。だってこんな機会そうそうないのだし。鏡の中で徐々に変わってゆく自分を見ていると「あれ?私もちょっとはイケてるんじゃない?」などど思ってしまう。
「出来たわ! これは中々いい出来栄えじゃないかしら!」
やり切ったと満足そうにお姉様方が頷き、それを見てニーチカもほくほくとした気持ちで口を開く。
「ですよね〜、まるでお姫さ――」
「これで勇者様と並んでも月とスッポンにはならないわね」
「――ま、」
「ええそうね、月とスポンジくらいかしら」
「ちょっとー、それじゃあただの語呂合わせでしょ。重要なのは形よ、つまりは月とジャガイモって感じかしら?」
「………」
「…あら? ニーチカさん、せっかく化粧を施したのだから目を擦っては駄目よ」
何だろう、慣れない化粧のせいかな? 視界が滲むんですけど…。
**
「確かにさ、同性から見ても格好良いなって思うよな」
「……」
「まあちょっと、性格と趣味はどうかとも思うけど ……――って、 ニーチカ? 聞いてるか?」
「……聴こえてる。悪かったわね、ジャガイモで」
「え、ジャガイモ?」
軽い気持ちで言っただろうミハイルは「何でジャガイモ?」と首を傾げ、それをひと睨みしたニーチカは玉座の前の一段高くなった場所に立つパーヴェル様を見る。
会場のシャンデリアの明かりがパーヴェル様のブルーグレーの髪を少し黄色く染めていて、あちらはまさに『月』。
ミハイルが言うように、皆が言うように、パーヴェル様の見た目はとても良い。だから私がどれだけ着飾ろうとも、そしてジャガイモ呼ばわりされようとも、きっとたぶん仕方ない。
「…なんか、やさぐれてない?」
「………」
ニーチカは「ふう…」と小さく息を吐く。
そうだ、今日は幼馴染の晴れ舞台なのだからそんな態度ではいけない。
「ううん、そんなことないよ。こんな綺麗な格好してるし場所も場所だからちょっと緊張してるだけ」
「そうか?」
「それよりミハイルはあんまり緊張してないね」
と、ニーチカは今日はきちんと騎士服を来たミハイル見上げる。
今私たちがいる場所はパーヴェル様やリディア様、そして王族様たちがいる場所の一段下、オルロフ様のような偉い役職に就く人たちの末席にいる。会場を埋めるその他大勢の人たちとは対面している状態。そりゃあ緊張する、と思うのにミハイルは割りと平気な顔だ。
「こういう式典とかは警護で立つからな」
「あ…、そっか、そうだよね」
「でも警護でない立場で立つのは微妙っちゃ微妙だな。まあ剣が携帯出来ないのが一番落ち着かないというか…」
「ふーん、そんなもの?」
「そんなもだろ、騎士にとっては」
ミハイルが手持ち無沙汰で腰辺りを探る。そういえば孤児院に行く時も剣を携帯してたなと。その一方でパーヴェル様の聖剣を最近見ていないとも。
そんなニーチカの心が伝染したのかミハイルが言う。
「勇者様は聖剣を持たないんだな?」
「うん、私も今そう思ってた。 でもパーヴェル様の場合は魔法があるし…、それに聖剣ならいつも見てるんだけどね、パーヴェル様の部屋に置きっぱなしだから」
「いつも? …え、部屋に、…ってお前…」
急に驚愕の表情を浮かべたミハイルを「何?」と眺めてから、暫くしてパチリと目を瞬き、
それから直ぐに理解した。
「な――っ、に考えてるのよ!?」
「何って…、まあ、恋人だっていうなら別に、」
「だから違うってっ! 勝手に私の部屋がパーヴェル様の部屋に繋げられていてっ!」
「うん、わけがわからん」
「――だっ、だからっ」
「ああ、ああ、大丈夫だ。お前のその反応を見てたらわかる。 勇者様も攻めあぐねてるんだって」
「攻めっ、…え? 攻めあぐ……何?」
聞き損ねた言葉を尋ね返すニーチカの肩をポンポンと叩き、独り納得したように頷くミハイル。でも唐突に肩からパッと手を離す。
突然なその動きにニーチカは訝しげな顔するが、遅ればせながら気づいた。何だか視線が突き刺ってるって。誰からなんて言うまでもない。
振り向いた先には思った通り不機嫌顔のパーヴェル様。だけどそのあと直ぐにミハイルの名が呼び上げられて、誤魔化すように笑って何となくうやむやにした。
それより――、横にいるリディア様が少し悔しげな顔なのは何でだろう?
ミハイルを主役に粛々と進められる叙爵の儀。幼馴染のまさに大出世だ。出来ればこの光景を孤児院の皆んなにも見せてあげたいところだがそれは無理なので、一部始終見逃す事なくニーチカは目に焼き付ける。
王様からの言葉と、与えられた剣への忠誠を誓い、立ち上がったミハイルの胸元に今度はリディア様が記章を授ける流れ。
今は聖女と神殿騎士としてでなく、この国の王女と騎士爵を賜った貴族として壇上に立つ二人。リディア様はさることながら、騎士服を着たミハイルも見た目は悪くないので中々絵になる。月とスッポンではない。……うん。
二人は何度か会話を交わし、ミハイルがフッと笑って。それを受けたリディア様が少しだけ頬を染め、俯くように小さくはにかんだ笑みを零す。
( …――ん? )
ニーチカは見間違えかと目を細める。
壇上のリディア様は、先ほどまでの王女然としたものとは違い、まるで恋する乙女のような態度だ。……いや、ようなでなく、まさにそれそのもの。
( ああ、そっか… )
なるほどと頷く。
色々と納得がいった。そう、色々と。
「アンタも割りと鈍いと思うが、アイツも相当だな」
さっきまでミハイルがいた場所から急にそんな声がかかり一瞬ビクッと身を竦めるが、その声から直ぐに誰かはわかった。
この前と同じ騎士の正装をしたパーヴェル様がいつの間にか横にいて、眩し過ぎるその姿に距離を取ろうとしたらスッと腰に手が回された。
「何で離れる?」
「え、――や、私はジャガイモなので…」
「ジャガイモ?」
「…あ、いえ、何でもないです…」
いい加減このやり取りもどうなんだと、へらりと苦笑いで首を振ると、腰に回った手とは反対側の手がニーチカの手をすくい上げた。
自分が身に着ける装飾品と同じ色の緑琥珀な目が、シャンデリアの光を受けて甘く煌めき、次に柔らかく細められる。
「よく似合ってる」
「え」
「そのまま会場に連れていかれたからちゃんと見れなかっただろ」
「あ…、いえ、そんな見せるほどのものでは…」
「何言ってる? まあ別にいつもの格好でもアンタがアンタならばそれでいいと思ってたけど。……なるほど、着飾った姿も良いもんだな」
そう言ってこちらを見下ろしたパーヴェル様は緩やかな綻ぶような笑みを見せ、そのまま私の手の甲へと口づけを落とした。
「……………」
人間って、驚き過ぎると瞬間無になるもんなんだね。
「………―――っっっ!?!」
たっぷりと時間を置いて、脳みそがやっと現状へと追いついた。叫ばなかった自分を褒めたたえたい。
「パ…ッ! パ、パーヴェル様!? 何して――」
「ほら、行くぞ」
「は!? いやっ、えっ、行くってっ?」
パーヴェル様に腰を取られ、向かう先には満面の笑みのリディア様。――と、ちょっと呆れた様子のミハイル。口元が何か言葉を刻む。
( ……え…、ご愁傷、さま…? )
え?
そこで、ニーチカは異様に周りが静まり返っていることに気づく。
…や…、そう…、そうだった。
今は式典の最中で、周りには沢山の衆人。そこまで思い出したことで今度こそはっきりと感じることが出来た。
振り向かなくてもわかるけど振り向いてしまって見た、驚きと興味に彩られた人たちの顔、顔、顔…、そして顔。
( ――ああぁ――… )
感情突破で再び無になったニーチカはそのままパーヴェル様に壇上へと連れ去られ、
「皆様紹介いたします。見ての通り勇者パーヴェル様の大切な方、光の精霊の加護を持つ愛し子、聖女ニーチカですわ!」
リディア様が高らかとそんな声をあげた。
( ……………え…?
……え……、今…、なんて…? )
今 何か、とっても重要なことを聞き逃した気がする。
一瞬静まり返った会場から今度はザワザワとした声が広がり、ニーチカが聞き逃してしまった言葉を誰とはなく教えてくれた。
「…え、聖女…?」
「今…聖女って言った?」
「あの子が…?」
「リディア様はそう言ったよな…?」
「………は……? 私が…聖女…?」
ニーチカは確認するようにバッと発言主に顔を向ければ、リディア様は「大丈夫」というよう大きく頷く。
「ただし、聖女ニーチカは神殿付きではなくあくまでも勇者付きとなります」
「…いや…え、は?」
そんなニーチカの呟きはざわつく会場では誰にも届くことなく掻き消えて。
「この世界を守ってくれる勇者様を癒す者、としての聖女。ニーチカさんはこれからそういう方向で活動していただく予定です」
「は……」
「だから皆様もそういった心づもりでお願いしますわ」
と、リディア様は話を締めくくり。「…え、どういうこと?」という困惑と戸惑いが会場内を占める中、壇上の直ぐ下、お偉い人たち辺りから強制的に起こされた拍手につられて徐々に拍手が起こる。
私は、唖然と隣りのパーヴェル様を見上げた。
「………え…?」
これまでの間に口を挟んでくることがなかったということはパーヴェル様もこの流れを知っていたってことだ。
「あの女とちょっとだけ取引をした」
「取引…」
「ニーチカが何も気にせず俺といれる立場をつくると言うから、それならばと、こちらもサボってた瘴気の件に手をつけることにした」
「…いや、サボってたんですね…」
「別にどうでもよかったからな」
「はあ…」
もう何か…、色々と、何だそれ…?と思う。
リディア様は私の憂いを取り払うためと言ったけど、窺った見方をすれば私ってば体のいいスケープゴートだよね。
ただ、差し出された先がパーヴェル様の元であるからこそ、そこに不満はないけれど。
「これで常に一緒にいてもいいと認められたな」
( 常に…、なんだぁ )
でも別に認められなくてもパーヴェル様は気にしないじゃないか。と思えど、そのいつもより少しだけ得意げな笑顔に何も突っ込むことは出来ない。
結局、図らずしも一番始めにアントンさんが言っていた状況になっている現在。アントンさんてば預言者か。
まあそれよりも、今はただ一言言いたい。
別に誰にというわけではないが。
あのっ、私、ランドリーメイドなんですけどっ!
また一旦終わります。
書き上げ次第アップします。




