表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかえり、ニーチカ  作者: 乃東生
〜 聖女と勇者 〜
17/40

17.


 取りあえず私の幼馴染が聖アティニアの神殿騎士になっていて、今度の使節団の出迎えのあとの歓迎会で叙爵するのだと話す。その上で身内枠として私も出席することになったと伝えると深い深いため息が向かいから零された。


 ソファーに座ったパーヴェル様は腕を組み、眉間に高い山を築いたままゆっくりと口を開く。



「…幼馴染ね」

「はい、完全に、純粋に、ただの幼馴染ですから」

「…は…、そこまで言い切らないといけない理由が?」

「いいえっ、全くこれっぽっちもないです!」



 強いて言うなら、貴方に変な誤解をされないためです! ――とは心の中だけで。



「…まあ俺が()()前の、アンタと他人との関わり合いに口を出すつもりはないさ」

「えっ」

「ただし、これからの全てについては俺に口を出す権利があるから」

「え…」

「そりゃそうだろ、恋人なんだから」

「ああ…」



 珍しく殊勝な態度を見せた思ったのだけど、権利って何? 口を出すって?

 パーヴェル様の後光を背負ったような笑顔が怖いんですけど?



「おい小僧、お前なんかにニーチカ様をどうこうする権利はない」

「――は? そっちこそ、そんなことを口にする権利はないだろうが」

「そんなこと? 私はほぼ身内と言っても差し障りはない存在だぞ。なんたってルーシェンカが生まれた時からずっと一緒だからな」

「はっ、馬鹿かお前? 今はニーチカの話をしてるんだよ。だから出会ったのでいけば俺の方が先だ」

「ぐっ…」



 いやいやいや、何の話ですか。


 急に始まった言い合いは、今は人型に戻ったスヴェートさんとパーヴェル様のものだ。

 結局、猫より人の方がマシ(何が?)という結論になったらしく、人前に出ない時は金髪美男に戻らされている。


 スヴェートさんは美女とも見まがう容貌を悔しそうに歪め、パーヴェル様はフンと鼻を鳴らす。

 相変わらず子供のケンカにしか思えない二人の会話。そんなやり取りを終えたあと、パーヴェル様はニーチカへと視線を戻し、再び深いため息が零された。今度のはちょっとこれ見よがしなやつだ。


 

「どっちにしろ、アンタが出るなら俺も出なきゃいけないだろ」

「………( 出なきゃいけないんだぁ… )」



 どういう理屈だろう?

 スヴェートさんからは「ホラ見たことか」と視線がくる。パーヴェル様は少しだけ声を低くして続けた。



「ただ、そんな提案をして来たのは大方あの男の方だろ? そこが腹立たしいな」

「…えっと…、あの、男?」

「アントンとか言う文官の男、一緒だったろ?」

「えっ! ――あ…、や、はい…」



 本当にバレてた。一体どこまで把握されてるのか。

 


「あのっ、でも幼馴染と会ったのは本当に偶然ですから」

「…偶然ね…。…まあそれはいい。確かに怪し気な気配はしなかったから」

「え…、気配?」

「ああ。アンタを中心とした周辺の気配は粗方わかる」

「ええぇ…、じゃあもしかして、話した内容とかも…?」

「いや、そこまではしていないが…、」



 パーヴェル様は一度言葉を切り、私を見て緑琥珀(グリーンアンバー)な目を細めた。



「何か、聞かれたら困ることでもあるのか?」



 と、笑顔のパーヴェル様。私はブンブンと首を振る。

 でも今、パーヴェル様は()()()()()って言った。



( ――え、やろうと思えば出来るってこと? )



 微かに慄くニーチカによそに、スヴェートさんがコホンと軽く咳をつく。たぶん促されている。今が話すタイミングだと言いたいのだろう。それはもちろん、ミハイルと孤児院に行く件だ。

 確かにそういう感じではあるけれど、そういうふうに持ってこられてる感もあり、私は笑顔のパーヴェル様をそろりと見やる。

 

 うん、読めない。

 読めないけど、ここを逃すとさらなる窮地に陥りそうな気がする。

 それならばと、ニーチカは『ヨシッ』とひとつ気合を入れて口を開く。



「あのですね、パーヴェル様」

「ん」

「その幼馴染と明日孤児院の方に出向く予定でして」

「……」

「パーヴェル様が私の場所を把握出来るとしても、言っておいた方がいいかなぁって」

「……」

「一応そんなに長居するつもりはないんですけど、ここからだと距離もあるので一日出かけてることになるかと思いまして」

「……」



 最初以降は見事な沈黙。沈黙過ぎて怖いです。



「……あの、パーヴェル様?」



 恐る恐る名前を呼ぶと、パーヴェル様は膝に肘を付き上体を伏せて「はぁ…」と息を吐いた。ニーチカはビクッと体を揺らす。

 呆れているのか、怒っているのか。パーヴェル様の表情が見えないために、ため息の出処がわからない。



「……その幼馴染は、当然男だな」

「ですね…」



 その状態から声が零される。

 ――が、抑揚のない声でやはり判断はつかない。


 聞かれなかったので話してはなかった。でも騎士という話からすれば九割方は男だと誰もが思うだろう。だからこその当然で、敢えて言わなかった。…まあ避けた、とも言うかも。

 パーヴェル様はまだ下を向いたまま続ける。



「…孤児院…」

「え?」

「孤児院ってのはアンタが育った場所だよな」

「ええはい、二年と数ヶ月前ではそこにいました、…けど?」

「……」



 再び沈黙したパーヴェル様だったが、程なくして体を元へと戻して言う。



「じゃあ俺も行く」

「えっ! ……あの…、行くって?」

「孤児院について行く」

「ええっ!? ――いえ、でもっ、別に面白いこともないですし、遠いですし綺麗なとこでもないですしっ」

「だから?」

「え、いや、だから…って」



 やっと確認出来たパーヴェル様の表情は呆れてもいないし怒ってもいない。どちらかと言うとどこか挑戦的にも見え楽しそうにも見える。…え、なんか不穏。

 眉をひそめる私にパーヴェル様はニコリと笑った。



「…ああそれとも、ついてこられるとマズいことが?」


 

 ニーチカは再びブンブンと首を振る。



「いいえっ、そんなことは全く! …でも、」

「権利」

「――え?」

「口を出す権利」

「権利…」

「幼馴染だといえ、男と二人で出かけるなんて看過出来ないよな、恋人としては」

「あー…、いえ…、そう、ですね」



 その言葉には一理ある。私とミハイルの心情がどうであれ他の人からはそれは見えないものだから。――でも。



( そこで権利とか使っちゃうんですね… )



 いや、用途的には間違ってはいないのか? でもそれってどうなの?


 悶々としながら意見を求めるようにスヴェートさんへと視線を流せば。始めから二人で行かすなど言語道断と思っていた光の精霊王は、牽制としても盾もしても勇者(魔王)がいる方がマシと判断して軽く肩を竦める。

 そして二人に決定だとされてしまえばニーチカにはそれを覆すほどの胆力はないわけで。



( …ミハイルになんて言おう… )



 明日顔を合わせた時の幼馴染の顔を想像して、ニーチカは「はあ…」と小さなため息をついた。




**




「………え……?」

「うん、おはようミハイル」

「いや…、………え…?」



 今日は私服姿のミハイルは空色の目を大きく見開き、その目は私を通り越して完全に後ろに注がれている。思った通りの唖然とした顔だ。



「え…、なんで勇者様が…?」



 わけがわからないといった体でミハイルが零す。当然の如くの即バレ。蒼天祭での顔見せのあと、瞬く間にパーヴェル様の顔は知れ渡ってしまっている。そりゃもちろんこの容姿だもの。なんなら絵姿だってバンバン飛ぶように売れている。



「しかも…、なんでニーチカと?」



 次にそう呟いたミハイルの視線が、やっと私へと向けられた、けど。さて、どう話せばいいのか。

 そのまま答えに詰まっていると、背後からさくりと声が降った。



「それは俺がニーチカの恋人だから」



 ボヤかすことのない、ある意味非情な。私の背後の人物――パーヴェル様からの回答に、ミハイルの目が限界まで見開かれた。



「――はあ!?!」

「――ふわ!?」

「…なんで、ニーチカまで驚く?」

「えっ、いえ、あの…、つられました…」



 思わずあげてしまった声をパーヴェル様に咎められ、ニーチカは視線をうろつかす。だってそんなにハッキリと言われるとは思わなかったから。


 完全に固まっていたミハイルが「ハッ…!」と意識を戻し、パーヴェル様とこちらを交互に見て最後に私で視線を止めた。    

 その幼馴染の物凄く何か言いたげな視線に、取りあえずへらりと笑って大きく頷く。



( うん、言いたいことは何となくわかるよ。でも事実だから )

( おいホントかよ… 、――あ、勇者が偽物とか? )

( こんな容姿の人間が二人もいると思う? )

( まあ…、だよな。いやー…、でもさぁ )



 表情と視線だけで語り合う。たぶんこんな感じで大体あってるはずだ。

 そんなふうにミハイルと顔を見合わせて無言で頷きあっていると、後ろから伸びた腕が私の視界を覆った。

 おそらく、…いや確実に、パーヴェル様だ。理由は言わずもがな。



「ホントに…ホントなのかよ…」



 遮られた視界の向こうからは、呆れと驚きに満ちた、そしてしみじみとした、思わず零れてしまったのだろうミハイルのそんな声が聞こえた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ