14.
新しい章は全八話です
毎日更新予定です
この世界を創った神――創世神スヴィスタールは、雄雄しい人間の体に獣の王の顔を持ち、背には空を駆ける翼、そして海に生きるものの鱗を持つ神だ。
何もなかった世界に大地と海と空を創ったスヴィスタールは、次に自らの体から、自らが持つ一部を切り取り、人を、獣を、鳥を、魚を、生み出しその世界へと放った。
彼らは自らの身に適した場で生を育み瞬く間に数を増やし、スヴィスタールは自分の思い描いた通りに進む世界に満足していた。満足していたが――、
ひとつ瞬いた後に見た光景にスヴィスタールは愕然とした。
牙も爪も持たず、空を飛ぶ翼もなく、豊かな海に潜ることも出来ない、地を這うことしか出来ない脆弱な人間という生き物には、神が持つ知恵を与えた。
その人間たちが、同じ種族同士で争いを始め、殺し合い、完璧であった世界を壊し始めたからだ。
気高く、高潔で、完璧であることを常に求めたスヴィスタール。その自分が持つ知恵を授けた人間たちのそのような有り様に驚き嘆き、そして思い知った。
だからこそ、スヴィスタール自身も己の中にあるものをもう一度見直して、良からぬと判断したものを、大きな穴を穿ち捨てることにした。
それが『チェムノータの淵』
「……それでですね、人が争う原因となる負の感情もその穴、チェムノータの淵に吸収されて戦争は終わり平和が築かれた――ていう話です」
「へえ」
「はあ」
私の説明に気の抜けたような返事が二つ返る。
片方は、ブルーグレーの前髪の下、緑琥珀な目を半眼にして、うっすらと口の端を皮肉げに上げる見目の良い男性――、この世界に召喚された勇者であるパーヴェル様で。
もう片方は、緩くウェーブのかかった長い金髪に同色の輝く金の目をもつ、女性とも見まがう美貌の男性(?)、光の精霊王のスヴェートさん。ただし現在は諸事情で金茶色の猫の姿をとっている。
パーヴェル様は当然のことながらスヴェートさんにまで興味のなさそうな返事をされ、ニーチカはきゅっと眉を寄せる。――と、それに気づいたスヴェートさんが肉球のある前足でソファーに座る私の膝の上に乗り上げて慌てて取り繕う。
「要するに、そのスヴィスタールというのがこの世界で信仰される神ってことですね」
「……です」
物凄く要約された。これまでの説明をまるっとなかったことにされて。でも実際言いたかったことはそれだけだ。
「どこにでもありそうな取って付けた話だが、つまりは今の穴だか何だかの部分は全く必要なかったってことだな」
と、わざわざ追い打ちをかけてくるのはパーヴェル様。向かいのソファーで手すり部分を寄りかかり座面に足を投げ出した格好でフッと笑う。だらしない格好だというのにそんな姿でさえもドキッとしてしまう自分よ。
ただし言われてることはムッとするものだ。
「話の流れ的に説明をいれただけですっ」
「ふうん」
「確かに全然関係ないですけど」
「だな」
割りと酷いと思う。これが恋人に対する返事かと。
……そう、今私はパーヴェル様のお気に入りから昇格して、恋人という立場にいる。別にそれを公に広めてるわけではないが、「互いに思い合ってるならそういうことだろ」とは、パーヴェル様談。
そんな簡単に言われても…、と思うけど、好きだと告白してしまったのは私の方だ。
嘘ではないし撤回するつもりもないけど、今の今まで弟だと思ってた人を、急にそんなふうに切り替えるのは中々難しい。その見た目が良すぎるのも難点だ。
そしてどうなるかと思った、突発的な告白からの恋人に昇格した日々だが、それほど劇的に変わったということはない。パーヴェル様の言葉は相変わらず辛辣だし、だけどその眼差しは辛辣とは真逆の方向を向いていることも同じだ。ただ私の心の持ち様が変わっただけ。
それでも一応手加減はしてくれてるのだろう、パーヴェル様との触れ合いはハグまでで留まる。その緑琥珀に宿る熱を、私が知らぬ存ぜんで通せてるうちは。
軽く頭を振り脱線してしまった思考を元へと戻し、ニーチカは話を続ける。
「絶対的にというわけではないですけど、スヴィスタール様を信仰してる国は多いです。その中心にあるのが聖アティニア市国。国と呼ばれてますけど、スヴィスタール大神殿がある、規模的には街くらいの大きさの独立都市ですね」
「そこがスヴィスタールを信仰する大本山ですか」
「はいそうです」
私の横にちょこんと座る金茶色の猫、ススヴェートさんの猫らしかぬ艶のある人語に違和感を覚えながらも、頷いたニーチカは更に続けた。
「そして現在その神殿で筆頭聖女として仕えている方がこの国の第二王女様なんです」
「ああ、なるほど、それで…」
スヴェートさんは半分呆れたような声を零し、パーヴェル様はチッと舌打ちをする。
パーヴェル様の機嫌がすこぶる低下した理由。そして私が何でこんな話をしているかというと。
昨日の午後にパーヴェル様によってダイエットに成功した偉い人、国務大臣のオルロフ様が直々にこの部屋へと訪れた。そこでされた話が。
「一週間後にアティニアからの使節団がやって来るのですが、出来れば勇者様もその出迎えの場とそのあと続く行事に参加していただければと考えているのですが」
「………」
「あの、ただいてくれるだけでも構いません」
「………」
「えー…っと、どう、ですかね…?」
「………」
無言を貫くパーヴェル様に耐え兼ねたのか、オルロフ様の視線が部屋の隅に避難した私に向けられる。
でも、私に説得なんて無理ですよ?
特にそんな国主体の催しなんてものにパーヴェル様が興味をもつわけないじゃないですか。と、ニーチカはブンブンと首を振る。――が。
こちら側は始終無言で終わった会見のあと、やっぱりか、というようにオルロフ様に呼び出された。
「……と、言うわけだ」
開口一番そう言われても…。
オルロフ様は流石にもう私に威圧的な言動を取ることは止めたけれど、絶対的に拭えない身分というものはある。パーヴェル様はそんなことは気にしないだろうけど私は気にする。
「出来るかどうかわかりませんが…」
「いや、出来ないとマズい」
「ええ…、そんな…」
苦い顔で言い切るオルロフ様の無茶振りに思わずそんな声を漏らしてしまったが、咎められることはなく。オルロフ様もわかって言ってるのだろう。なんたってパーヴェル様の被害(?)を一番受けているのは、私とオルロフ様だ。
先ほどは身分といったがそれを越えた連帯感さえ生まれつつある。
痩せてから運動に目覚めたのか最近は体を鍛えているオルロフ様は、今度は違う意味で太くなりだした腕で額の汗を拭う。
「取りあえず何とか出席してもらわねばならん。 向こうからは大神官様と筆頭聖女様が来られるのだ。それも神殿騎士団を引き連れてな。もちろん目的は勇者様に会うことだ」
ですよね、とニーチカは思う。従来通りなら喚び出された勇者や聖女は大神殿の移り住むのが普通だ。そこで勇者は心身を鍛えて、本来神殿に納められている聖剣を手にする。今回の勇者、パーヴェル様がちょっと色々と規格外なのだ。
「そういえば筆頭聖女様って…」
「ああそうだ、第二王女のリディア様だ。聖女様の地位についてからは初めての里帰りになる。それで陛下も何とかしてくれと私に頼み込んできたのだ」
オルロフ様は深く息を吐く。陛下とはこの国の王様、筆頭聖女であるリディア様の父親だ。親心か、勇者の立ち会いを拒否を何とか回避したいのだろう。
だとしても「そう言われても…」としかニーチカは言えない。
「一応こちらも対策を練るが、お前も何とか勇者様を説得してくれ」
「…はい」
「必要があればこちらからも人を回す」
「……頑張ってみます」
「……ああ、頼んだ」
オルロフ様と私は同時にため息を吐く。そして育まれてゆく連帯感。
実際、この国で暮らしてる限り断れる選択肢はない。
なので出来る限りパーヴェル様を説得してみたのだけど、色よい返事はまだひとつも貰えていない。
「そもそも国の威信やら見栄のために何で俺が動かないといけない?」
「いや、でも、勇者様ですから…」
「その勇者の役割は瘴気を断つことだろ」
「…ですね」
「おい小僧、ニーチカ様を追い詰めてどうする。お前がただ人を出迎えればいいだけだろ」
「権力を持つものの頼みは二度聞かないと決めてるんだよ」
「今のはニーチカ様の頼みだろ」
「ニーチカのだろうが、その後ろに誰かがいる限り聞く気はない」
けんもほろろである。二度と――と、パーヴェル様が言ったとこをみるに、一度目に相当酷い目にあったのだろう。たぶんこのままでいってもずっと平行線だ。
眉尻を下げた私にスヴェートさんが慰めるように体を擦り寄せる。実物は美人の男性であっても今は美猫、動物セラピー的な感じでそのしなやかな体をひざの上に乗せ、きゅっと抱いた。
「――は?」
剣呑な声が降る。あり得ないという顔で眉をキツく寄せたパーヴェル様が、ソファーの手すりから体を起こしこちらを見据えた。
「…ニーチカ、それはスヴェートだぞ」
「え? そう…ですけど?」
「何で抱きしめてるんだ?」
「えっ、 抱きしっ!? …て、スヴェートさんは今 猫ちゃんですよ!?」
「だから? スヴェートであることに違いはないだろ」
「いやっ、…まあ、そうですけど。 でもパーヴェル様が言ったんじゃないですか。人の姿は駄目だから猫でいいって…」
そうだ、スヴェートさんが猫になっているという諸事情はパーヴェル様が言ったからだ。
――というのも。
蒼天祭が終わったあと、これからはずっと私の側にいることを望んだスヴェートさんに、パーヴェル様が冷たく否定の言葉を伝えたことが発端である。
「はあ? 『ニーチカ様の側にいるな』と? …馬鹿言うな、私が愛し子であるニーチカ様の側を離れるなんて許されるはずないだろ」
「は、許すも許さないも、それを決めるのはお前じゃない」
「それではニーチカ様は?」
「え? 私は別に…」
「ニーチカでもないぞ? お前をこの世界に連れて来てやったのは誰だ?」
「ぐぅ…」
皮肉る姿勢のパーヴェル様に、スヴェート様は美貌を歪める。話の流れからすると、パーヴェル様がスヴェート様をこちらに連れてきたらしい。
だがしかし、パーヴェル様が相変わらず悪役っぽい。勇者のはずなのに…。
私がどうこう言える様子でなかったので成り行きを見守る。「それに――」とパーヴェル様。
「お前自身はどういう設定でニーチカの側にいるつもりだ?」
「は?」
「不自然だろ、ニーチカの側にルーシェンカ役だったお前が常にいるなんて。だから、どうするつもりだ?」
なるほど確かに。と、ニーチカも思う。
パーヴェル様だけでなく、こんな美貌の人…ではないけど、人がいたら目立ち過ぎる。それじゃなくても色々と腫れ物扱いを受けている状態だし、それはちょっと困る。
パーヴェル様の真っ当な指摘にスヴェートさんは迷ったすえに答えた。
「そ…、それは、身内だと言えば、」
「似てなさ過ぎる、却下だ」
え、それをパーヴェル様が言う?
と、思うけど言葉には出さない。何となく藪蛇になりそうな気がするから。その間にも却下案件は続き。
「それじゃあ、光の聖獣である獅子の――」
「デカいから無理。 ……ああ、そうか、そうだな」
何か名案を思いついたのかパーヴェル様はやたらと綺麗な笑顔を浮かべた。
「なら猫でいいだろ」
「猫?」
「獅子も猫も同じだ」
「お前、聖獣である獅子を猫とっ――」
「ニーチカの側にいたいんだろ?」
「ぐっ…」
「じゃあ猫で決まりだな」
笑顔でそう言い切ったのはパーヴェル様である。猫好きな私にもちろん異論はなく、むしろ無条件で愛でれる猫ちゃんに約得とさえも思った。
今さらそれを取り上げられまいと私は腕の中にあるスヴェートさん(猫)をぎゅっと抱きしめる。ちなみに長毛種なのでもふもふだ。
パーヴェル様が据わった目を向ける。
「……浮気だな」
「は!?」
「しかも目の前で堂々と」
「なっ、ちょっ、パーヴェル様!?」
思わぬ発言に焦ってスヴェートさんを手放し、解放された金茶の猫はヤレヤレというように首を振った。
( いやいや、浮気って? )
ニーチカは唖然と口を開く。
恋人としてでさえいまいちピンと来ていないというのに浮気って…。
( 流石に飛躍しすぎです! ちょっとどうかと思います! )
結局そのあとも「あり得ない」「浮気だ」とパーヴェル様に散々言い詰められて。――結果、使節団についての話はこれっぽっちも進まなかった。(それが狙いか?)
何にせよ、もう時間がないのでオルロフ様に一度相談してみよう。




