【挿話】母が帰ってきた日
《Side:サトル》
話は、少し戻る。
レイが呪禁存思で、守美を蘇生させた。
力を使った瞬間、レイは気を失ってしまう。
俺はレイをおんぶして、母、守美とともに、一条家を目指して歩いていた。
「…………」
母は浮かない顔をしていた。
「どうなされましたか、母上?」
「……いえ。なんでもありません」
普段の俺だったら、これ以上、母に何も聞かなかった。
何でも無いといったら、何でも無いのだと。それ以上はなにもないと、踏み込んだことは聞かなかった。
……でも。
レイを通して、俺は……母への理解を深めた。
母は、俺が思うよりも、色々考えているおかたなのだ。
「何か、ご不安なことがあるのでしたら、言ってください。俺にできることなら、何でもしますよ」
「……大人になりましたね、悟」
母上が小さく微笑む。
「これも、レイさんがもたらした変化でしょうね」
「はい。レイが俺を変えてくれました」
……かつて母の死が、俺を変えてくれたことがある。
手の付けられない悪ガキだった俺は、母が死んで、母のような立派な人になろうとした。
背伸び、してたんだ。でも……レイと出会って、俺は変わったんだ。
昔の悪ガキでもなく、かといって、無理して母のマネをするようなことも、しなくなった。
ただ自然体に、あるがままに、振る舞えるようになった。
「わたくしが心配なのは……朱乃たちのことです」
「黒服達のことですか?」
「ええ。死人が帰ってきたのです。みな……気味悪がってしまわないかと……」
はぁ?
何を言ってるんだろうか、母上は。
「ただでさえわたくしは、皆に嫌われているのに……」
……ええと。
「母上は、もしかして……自分が黒服達から嫌われてると、本気で思ってるんですか?」
「ええ。だって……わたくし、皆に厳しく接していたでしょう?」
確かに、記憶の中の母上は、いつだって厳しい。
俺に訓練を付けてるときも、一切手を抜かなかったし。
黒服達への教育も、ビシバシやっていた。
「今更わたくしが帰ってきたところで、皆、嫌がるのではないかと……」
「母上って……前から思っていたんですが」
「なんですか?」
「天然ぼけなんですか?」
「なっ!? ぶ、無礼ですよ悟……! だ、だれが天然ぼけですかっ」
ぷんすか怒る母上が、なんだかおかしくて、俺は笑ってしまう。
「何を笑ってるんですっ」
「すみません。大丈夫ですよ。母上の心配は、杞憂です」
「何を根拠に……?」
「帰ればわかりますよ」
母上は、自分が黒服達から嫌われてると、勘違いしてるようだ。
バカだなぁ……母上。
……いや、バカは俺か。
母上が、どういう人となりをしてるのかなんて、幼い頃の俺は知ろうともしなかったしな。
ややあって。
一条家へと帰ってきた俺たち。
母上は俺の陰に隠れるようにして立っている。
「母上。大丈夫ですって」
「し、しかし……」
門の前で、大あくびしてる、小さな子がいた。
「ふぁあー……。はれ? 悟にいちゃん?」
百目鬼家の末っ子、蒼次郎が門番をしていた。
俺を、そして……後ろに立っている母上を見て、目を丸くする。
「あ、あわ、あわわわわ!」
「そ、蒼次郎……久しぶりですね……」
ぴゅっ、と蒼次郎が屋敷の中へ戻ってしまった。
母上はその場にしゃがみ込んで、露骨にへこんでいた。
「……悟の嘘つき」
「いや、いや。大丈夫ですって。嫌われてませんって」
「気休めはいりません……」
すると……。
ドドドドドッ! と屋敷の中から、黒服達が駆けつけてきたのだ。
「「「「守美さまぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」」」」
百目鬼家をはじめとした、黒服達全員が、母上を取り囲む。
「守美さま!?」「なんでスミ様が!?」「そっくりさんですか!?」
一斉に質問攻めを喰らう、母上。
「この御方は、本物の母上だ。詳細は省くが、レイが、秘術で復活させてくれたのだ」
一瞬の静寂の後……。
ワッ……! と黒服達が歓声を上げる。
「守美さま!」「おかえりなさぁい!」「うぐ……ぐす……うわぁあああああああん! スミ様ぁあああああああああああ!」
皆泣きながら、母上に抱きついてる。
本気で、みんなうれし涙を流していた。
「ど、どうして……?」
母上がわかっていない様子なので、説明する。
「母上は、行き場のない寄生型能力者たちを、保護していたではありませんか」
この極東において、寄生型の能力者たちは、異形として迫害されていた。
でも……そんな彼らを、母は快く、うちに迎え入れてくれたのだ。
「皆わかってるんですよ。母が、厳しくも……優しい人ってことを」
だから、母が死んだとき、みんな本気で悲しんでいた。
……だから、母が生き返った今、みんな……喜んでいるのだ。
「守美さまぁ……! おかえりなさい!」
朱乃が子供のように泣きじゃくりながら、けれど、笑顔で……言う。
母上は目に涙を浮かべながら、朱乃の頭を撫でていう。
「ただいま、皆さん」
こうして、一条家に、母上が帰ってきたのだった。




