30 淺草の花屋敷 1
……サトル様の要望で、花屋敷という場所へ行くことになった。
「ここが……花屋敷、ですか?」
朝。私たちは淺草の繁華街へとやってきた。
淺草寺からほど近い場所に、そこはあった。
「そう! ここが、花屋敷! 異能を使った、遊園地だぜ!」
大きな門があって、そこにはたくさんの親子連れが並んでいる。
守美さまが首をかしげる。
「花屋敷は、ただの庭園だった記憶があるのですが……」
「いつの話してるのですか、ははうえ! 確かに昔はただの花が置いてあるだけの、つまらぬ場所でした。でも、近年四月一日家と三雲家が協賛となって、異能と科学技術を使い、色んな遊びを提供する遊園地となったのです!」
「「へえ……」」
遊園地というものが、どういうものなのかはわからない。
けれど……この門の向こうからは、子ども達の楽しそうな声が聞こえてくる。
「いのーぎじゅつのおかげ。りあるはなやしき。さいげん。なう」
幸子ちゃんがわくわくした顔で言う。
「なんて?」
「たのしいとこっ」
幸子ちゃんも、花屋敷に来るのが楽しみだったそうだ。
「いきましょう! ははうえ!」
「え、ええ……」
守美さまが立ち止まっている。
「どうしたんですか?」
「……わたくしは、子供とその、遊んだことがないので……。上手く遊んでやれるかと……」
「大丈夫ですよ。サトル様と一緒に時間を過ごせば、それだけで」
そう、それだけで楽しいのだ。好きな人と、一緒にいるだけで。
「ははうえ! はやくー!」
サトル様が手を振ってる。私は、守美さまの背中を押してあげる。
「さぁ、お早く」
「え、ええ……」
守美さまと一緒にサトル様のもとへとやってくる。
ゲートをくぐると……。
「「「おおー!」」」
私たちは、思わず感嘆の声を上げてしまう。
そこには、観たことのない建造物が、いくつもあった。
「あの、レールはなんでしょうか? その上を箱が動いてますが」
「じぇっとこーすたー。スリルあっておもろい」
「あ、くるくる回ってる馬たちは?」
「めりーごーらんど。おこさま人気ぐんばつ」
「あ、あの巨大なタワーはいったい……?」
「BEEタワー。あのぶらさがった箱の中にはいって、くるくるまわる。すりるまんてん。おもろい」
……全部、幸子ちゃんが解説してくれた。
「あの、幸子ちゃん? なんであなたが知ってるの?」
「しってる。いったことあるから」
「そうなんだ……」
「だーりんと」
だ、ダーリン……?
幸子ちゃんは本当に、ミステリアスだ。
「ははうえっ。あのジェットコースターとやらに乗りましょう!」
サトル様がコースターを指さす。
どういう原理かわからないけど、箱がものすごい勢いで動いてる。
確かに楽しそう……って、あれ?
守美さまが固まってる……?
「守美様……?」
「まさかこのわたくしが? 極東最強の異能者であるわたくしが、あんな児戯に臆するとでもおおおおもいでしゅか?」
めちゃくちゃびびってる……!
「ははうえ?」
二の足を踏む守美さま。
一方で、サトル様はもうあのジェットコースターに乗りたくて仕方ない様子。
……無理強いはよくないかな。
「あのね、サトル様。守美さまは……」
すると、守美さまは一歩前に出る。
「悟、乗りますよ」
「はいっ!」
守美さまがジェットコースターの列に並ぶ。(ちなみに、彼女たちは今、認識阻害の呪具を身につけていた。一条の人たちはとても有名人だから)
「あの……守美さま。大丈夫なのですか?」
いちおう、私は守美さまに尋ねる。
「怖いのでしたら、私がサトル様と乗ってきますけど?」
「……ご心配には及びません。悟が、乗りたがってるのですから」
……悪いお母さんじゃあ、ないんだなって、私は思った。
ちょっと、不器用だけど。でも……息子が乗りたいものに、一緒に乗ろうとしてくれてるし。
「きゃーーーーー!」
子供の楽しそうな悲鳴。
びくぅうん! と守美さまが体をこわばらせる。
「す、守美さま……? 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。大丈夫ですとも。確かに高いところは苦手ですが大丈夫ですとも」
そ、それは大丈夫って言えるのでしょうか……。
そして、私たちの番になる。
「三名様ですか?」
と、切符を確認してるお姉さんが尋ねてくる。
三名……?
私、サトル様、守美様、そして……幸子ちゃんの四人……。
あ。
「ふっふっふ、うち、ひとからみえない」
幸子ちゃんはすでに、座席に座っていた。あの子……。
「む、無賃乗車ですよっ!」
「ふふふ。うち。よーま。にんげんじゃないゆえ。こどもりょーきん。はらわなくてよき。くやしかったら、ようまりょーきん、せっていせよ」
「へ、へりくつ」
私たちはジェットコースターに乗り込む。
幸子ちゃんの隣に私。
サトル様たち親子は、私たちの前に座っている。
……守美さまの顔が、真っ青だった。
「だいじょうぶだいじょうぶこわくないこわくないだいじょうぶだいじょうぶ……」
全然大丈夫に見えない……。
私はサトル様の頭を、ちょんちょん、と突く。
「なに?」
「守美さまの手を、握ってさしあげてくださいまし」
そうすれば、ちょっと恐怖は和らいでくれるかもしれないし。
サトル様は素直にうなずいて、守美さまの手を握る。
「わ! ははうえ、手が冷たいです! まさか……怖いんじゃ?」
「ば、莫迦を言うんじゃあありません! わたくしをだれと心得ます! 極東最強の……」
虚勢を張る守美さま。
「では、はっしゃしまーす!」
「ぴぃ……」
ぴぃ? 守美さまの横顔を見やる。
……死刑執行を言い渡された、死刑囚みたいな顔の、守美さまがいらした。
「やっぱり! ははうえ、怖いんだ! 大丈夫だよ! 俺が……ついてるからね!」
「悟……」
サトル様は幼いときでも、優しい人だ。だからこそ、大好きなんだけど……。
「れい」
隣に座る、幸子ちゃんが青ざめた顔をしてる。
「どうしたの?」
「うち……しんちょー。たりなかった」
「え……?」
座席には、安全バーというものがあった。
このバーが私たちを座席に固定して、コースターから落ちないようにしてくれてる。
……でも。
幸子ちゃん、明らかに身長が足りてなかった。
バーが体を、固定していない!
「い、今すぐ降りて!」
「もうおそいかも……」
「幸子ちゃん!」
「ぐっばい、まいふれんど」
幸子ちゃんは全てを諦めた表情で言う!
コースターはものすごいスピードで走り出す!
私は慌てて幸子ちゃんの体を片手で押さえる!
「「きゃぁあああああああああああああああああああああ!」」
……守美さまの可愛らしい悲鳴と、私の悲鳴とが重なり合う。
幸子ちゃんが吹っ飛ばされそうになる恐怖に耐えながら、私はコースターに乗るのだった。




