29 記憶巡りの旅 4
私たちは一条家の屋敷へと戻ってきた。
10年前の屋敷は、今とそれほど、外観が変化していない。
「悟様!」
……面を付けた、百目鬼兄姉がやってくる。そうか、まだこの時代では、異能を制御できていないんだった。
少し背の低い朱乃さんが、サトル様に言う。
「心配したんですよ! 何処行ってたんですか?」
「うるせえ! あけののガミガミ婆!」
たっ、とサトル様が駆けだしていく。
残された朱乃さんは、はあ……とため息をついた。……罵倒されても、怒っていない。わかってるんだ。サトル様が、今どんな気持ちか。
式神の守美さんは、頭を下げると、ぼんっ、と煙と供に消える。
あとには一枚の呪符が残された。
……放っておくのもあれだったので、私は呪符を拾い上げる。
「あんな完璧な分身が作れるなんて……そういえば、白夜さまも」
「びゃくや。すみのじゅふ。つかってた」
「あ、そうなんですね」
ということは、この呪符を使えれば、自分そっくりの分身が作れると言うこと。
呪符には色んな文字や模様が書き込まれてる。
「あの」
朱乃さんが私に話しかけてきた。
「あなたは……?」
「えっと……守美さまから、ここへ来るように言われた、その……旅人です」
朱乃さんがこちらをじっと見つめる。
「わかりました。こちらへ」
と言って、屋敷へと通してくれた。……信じてくれたのかな?
朱乃さんの後についていく私。
「あの、信じるのですか? 嘘ついてるかも……」
「守美さまがお許しになられたのでしょう? ここへの立ち入りを」
「はい、で、でも……それが嘘かも……」
「大丈夫です」
朱乃さんが立ち止まって言う。
「この極東で、守美さまの言葉を騙る阿呆はおりませんよ」
それほどまでに、守美さまは極東で、恐れられてる……ってことだろうか。
確かに、守美さまは凄い異能者だ。
異空間を一人で作り出せるし、自分そっくりの分身まで作り出してしまう。
……それでも、まだ彼女は本気を出してるようには思えない。
「つきました。このお部屋を使ってください」
奇しくも、私が現代で使っているお部屋だった。
「案内ありがとうございます。……その、サトル様は?」
「……修業の時間ですが、おそらくはサボってるでしょう……はぁ」
……その様子から、サボりが一度や二度のことじゃあないということがうかがえた。
サボることで、母親の気を引きたいんだろう。
……悲しく、それでいてゆがんだ親子関係だ。
どうにかしてあげられないだろうか。
「それでは……」
朱乃さんが去っていく。
私は一人取り残される。
「サトル様……」
「れい。どーした?」
私の腕を、幸子ちゃんがくいくいと引っ張る。
「サトル様が、お可哀想で」
「すみのむすこ。かわいそう?」
「はい……だって……ほんとは守美さまにいっぱい甘えたいはずなのに……」
母親が忙しくて、甘えることができないなんて。
……少しくらい、甘えさせてあげてもいいのに。
「…………」
どうにかしたい、と思っている自分がいる。この世界に居る、サトル様と、スミ様を、結びつけてあげたいって。
サトル様の過去を知って……強くそう思う。そのときだ。
カッ……! と私の目の前に、一本の美しい刀が出現する。
「え!? こ、これって……霊剣・荒鷹!? な、なんで……だってこれって……サトル様とキスしないと出てこないのに……」
霊剣が、空中で止まる。まるで握れと言ってるかのようだ。
私は……霊剣を手に取る。体が……強く輝く。これは……そうだ。この光は……転移の……。
一瞬、視界がぶれる。
そして……。
「うわあああ! な、なんだぁ……!?」
私の前には、幼いサトル様がいた。
「サトル様」
「あ、なんだ姉ちゃんか……。ど、どうやってここに……?」
気づけば、ここはサトル様のお部屋のようだ。
え、ど、どういう……?
「霊道の術、だ」
「れいどう……?」
「霊のとおりみち。れいどう。そこを、とおり、いっしゅんでいどうする、術」
瞬間移動の術ってことだろうか。
「でも、どうしてそんなことが……?」
「れいどうのじゅつ。てんせいがた異能者。だれでもつかえる」
霊道の術は私のような、妖魔を前世に持つ人間ならだれでも、元々使える技術だったらしい。
「でも……どうして今使えるように……?」
「それは。しらぬ」
とにかく、私は霊道を使って、一瞬で行きたい場所へ行けるようになったらしい。
……なら。
「サトル様」
「な、なんだよぅ……」
「お母様のところへ、いきたくないですか?」
「!?」
霊道を使い、瞬間移動ができるなら、彼女の元へ行ける。
「で、でも……お母様は、仕事で忙しいから……」
「でも、会いたいんでしょう? 構って欲しいんでしょう?」
「……うん」
なら、と私は続ける。
「今すぐ行って、そう言いましょう。お母さん、遊んでって」
「で、でも……迷惑じゃ……」
「迷惑なんて、一言でも、あの御方はあなたに言いましたか?」
サトル様が顔を上げる。ふるふる、と首を横に振るった。
そうだろうとも。あの人は……優しい御方だから。
「では……参りましょう。そして……言うのです」
「う、うん……わかった」
私は片手で霊剣を、もう片方の手で、サトル様の手を握る。
やり方は……今ので理解した。
何処へ飛ぶ?
無論……守美様の場所!
「うぉ!? な、なんだぁ……!?」
気づけば、私たちはまた別の場所にいた。
ここは……極東城。
「悟……それに……貴女は……」
見覚えがある。ここは、謁見の間だ。
目の前には……若い白夜さまがいる。
そして、守美さまも。
「ははうえ……」
「………………」
ぎろり、と守美さまが悟様をにらみつける。
「何をやってるのです。今は修業を……」
「あの!」
私はサトル様と守美さまの前に立つ。
「修業も、大事です。ですが……親子の会話も、必要だと思います」
「…………あなたには関係の無いことです」
すっ、と守美さまが私の手にある、霊剣を見やる。
「なるほど……。霊剣を使った、霊道の術ですか。なかなかの異能者のようですね」
「え、あ、恐縮です……じゃなくて。今は、サトル様との時間を大事にしてあげて欲しいんです」
守美さまは、まっすぐに私を見てくる。
その目には迫力があって、ともすれば、怯えてしまい、何も言えなくなっていたかもしれない。
でも……サトル様のためなら。
だって……守美さまはこの後死んでしまうんだ。
その前に……思い出をしっかり残してあげてほしい。
「…………そう」
え?
守美さまが小さくつぶやく。そして、言う。
「わかりました」
「はへ……?」
「悟」
守美さまが、私の後ろで隠れているサトル様に言う。
「何処へ行きたいのですか?」
「え? え? え?」
困惑するサトル様……。これって、もしかして……。
「サトル様! 良かったですね、守美さまが遊んでくれるようですよ!」
「え、ま、マジ?!」
「はいっ!」
ぱぁ……! とサトル様の表情が明るくなる。
一方、守美様は私を見つめる。
「遊ぶ条件として……貴女」
「は、はい……。レイと申します」
「そう……レイ。あなたも付いてきなさい」
え、ええー……。
「そ、そんな……せっかく親子水入らずの外出なのに……」
すると守美さまはちょっと目をそらす。もにょもにょ、と口ごもっている。
え……っと?
「すみ。ぶきよー」
ぴょこっ、と幸子ちゃんがいつの間にか、私の隣に立っていた。
「すみ。むすこ。どーせっすればいいか。わからぬ。だから……たすけて。へるぷみー」
な、なるほど……。
というか、え、守美さまって……人に助けを求めるようなこと、するんだ……。
「すみ。つよいいのーしゃ。れべる999。でも……ははおや。れべる。1。ざこ」
「な、なるほど……」
要するに、子供の扱いがわからないってことみたい。
だから付いてきてほしいと。……それをどうして私に頼むのかは、わからない。でも……それで二人が楽しく遊べるというのなら。
「わかりました!」
「よろしい。それで、悟。どこへいきたいのですか?」
するとサトル様は笑顔で答える。
「花屋敷!」




