【Side】一条 守美(悟の母)
私は一条 守美。
一条家の前当主として、【嫁いできた】女。
そして……元・霊亀の転生体。
場所は、悟の霊廟内。
悟とレイさんは、今、記憶を巡るたびに出かけたところ。
「はぁい、すみぺ」
私の前に、露出過多な美女と、ふわふわもこもこの羊が現れる。
鵺の、つぐみさん。
そして饕餮の、タオさん。
「つぐみさん、タオさん。お久しぶりですね」
「すみぺもお久~」「……めえ」
つぐみさんとタオさんは私の側へとやってくる。
そして、私が作り出した本を見る。
「あいっかわらず、桁外れの結界術ね。まさか、他人の心の中に、1つの世界を作ってしまうなんて」
この砂漠は、悟の心の中に構築された、特異空間。
この中でなら、私の思うように、世界を書き換えることができる。
それこそ、記憶を本にして、彼らに追体験させることも。
「……めえ」
タオさんが私のそばへとやってくる。
なるほど。
「幸子さんを心配されてるのですね」
タオさんは人語をしゃべれない。けれど、この結界空間のなかでなら、しゃべらずとも、思いを読み取ることができる。
タオさんは悟達と一緒に旅に出た、幸子さんの身を案じていた。
本当に、お二人は仲良しだ。
「すみぺはさぁ、なんで言ってあげないの? さとるちんの過去を」
……私の口から、何があったのか、語ることは簡単だ。
でも……。
「必要なのは私の主観ではなく、悟の過去なので」
私視点で物を語ると、どうしても、あの人への気持ちが入り交じってしまう。
「そっか。……すみぺは、まだ気にしてるんだ。自分のせいで、家嗣の居場所を奪ってしまったって」
「…………」
家嗣。私が、人間だった頃、番った相手。私の夫。
彼には霊力が無かった。そして、体内妖魔が居なかった。
そのせいで、彼はこの極東で、迫害されていた。だれもが持ってる霊力、そして、体内妖魔を持っていなかったのだから。
……その原因は、私にある。
私のせいで、悟、そして、家嗣の運命をねじ曲げてしまった。
「その負い目があるせいで、上手く過去を語れないって?」
「……ええ」
霊亀。一条家が、代々世襲するはずだった妖魔。
その転生体が……私、守美。
だから……。
「……めえ」
タオさんが近づいてきて、自分のふわふわの毛皮をこすりつけてきた。
……気に病む必要はないと、タオさんはそう、私を慰めてくれてる。
「お姉さんも、タオと同意見だよ。別に、すみぺが悪い訳じゃあないよ」
「でも……私がいなければ……だれも不幸には……」
すると、鵺さんが言う。
「すみぺが居なかったら、さとるちんが生まれなかった。彼がいなかったら……レイちんは、死んでたよ」
……悟はどうやら、レイさんととても上手くやれてるらしい。
レイさんの心を、あの子は救った。そのことは、わかってる。
悟の中で、あの子の活躍を、見てきたから。
「確かに、すみぺは家嗣の運命をねじ曲げたかもしれない。不幸を1つ作ったかも知れない。でもすみぺは幸福を2つ以上、作って見せた」
……幸と不幸の数を、比較するなんて、ナンセンスだ。
どっちの数が多いから、いいとか、わるいとか、そういうのはない。
……でも、レイさんが、極東にきたことで、この国は……変わった。
不幸な運命に嘆くだけだった、寄生型の能力者達が、レイさんのおかげで救われた。
そして……悟の心も、救って見せた。そして、息子を救ってくれたことで、母である……私も……。
……でも。
どうしても思ってしまう。周りが皆幸せになってるからこそ……。
私のせいで、家嗣を……。
「ままならないものだね、人生って」
ぽんっ、とつぐみさんが私の肩を叩く。
「こうなってほしい、こういう展開がベストなのにな。……そう願っても……決してその通りには進まない」
……目を閉じると、私の脳裏には、ベストの未来が思い浮かぶ。
家嗣は、グレることなく、悟には、可愛くて素敵なお嫁さんが。
家族四人で、幸せに暮らしてる……。
そんな、アリエナイ未来の姿が。
「家嗣をどう処理するかは、今を生きるさとるちんとレイちんが決めることだよ。お姉さん達、体内妖魔の、出る幕じゃあない」
そう……妖魔はこの世の物ではない。
人間社会の陰に潜む……闇の住人。
光の世界のことは、彼ら人間が決めるべきことなのだ。
「それにしてもさぁ、さっちんを連れてくのって、正直どう? 大丈夫なの? あの子、ちゃんと導けると思う?」
……そこはちょっと不安だった。
「できれば、タオさんに任せようと思っていたのですが……幸子さんが自分がやると」
……悟達は、過去を追体験する旅に出てる。 追体験。それは、ただ眺めることではない。
「すみぺの追体験は、リアルすぎるからね。攻撃を受けたら、ダメージが入る。無論肉体は傷つかないけど、心が傷つく」
……もしも過去の世界で、再起不能な傷を心に負ってしまったら、戻ってきてもトラウマを抱えて生きることになる。
……怖い。本当のことを言うと、レイさんはともかく、悟にはこの旅に、いかせたくなかった。
「悟は……心の弱い子だから」
「ならさ、行くなって、言ってあげればよかったのに」
「……それでは、あの子の本当の意味で、ためになりませんので」
悟の力は、私……霊亀に由来する。
霊亀の守る力は、【守りたい】という強い力があればあるほど、強くなる。
「この旅を通じて、悟とレイさんには、もっと絆を深めてもらいたいのです」
「そうすれば……レイたんを守りたい、っていう強い力が、そのまま強さとなって帰ってくる……と」
……ヒントは、あの子に与えた。
あの子なら、ううん、あの子達なら必ず、過去を乗り越え、一回りも二回りも強くなって帰ってくる。
私は、そう信じてる。




