霊道の中 4
「なんで日車の異能が貉に効いてるわけ……?」
「貉は取り憑いた本【人】の方向感覚を狂わせるからでしょう」
周囲を見渡すと、貉はこの場に居る人間の頭上に座っている。
一方で、日車さんの頭の上には乗っていない。
……恐らく貉は人に取り憑くタイプの妖魔なんだろう。
だから、取り憑かれていない日車さんは、方向感覚を狂わされなかった。
「貉に取り憑かれてるレイが異能を使ってるんじゃあなくて、日車本人が異能の力を使ってるから、正しく異能を当てられたのね」
日車さんが尻尾に力を込める。
そのまま異能の爆炎で貉を滅しようとしてる。
「日車さん、少し、話させてもらえないでしょうか」
『レイちゃん……あんた甘いわ。全員が全員、わいらみたいな妖魔やないで』
私は、妖魔=悪だとは思わない。
この貉だって、何らかの理由があって、私たちに襲いかかってきたのかも知れない。
事情も知らずに、滅するのは嫌だった。
日車さんがため息をつくと、尻尾を動かして、貉を私の前に持ってくる。
「どうして……人を襲うんですか?」
すると貉が、突然私に顔を近づけてきて、噛みつこうとする。
がきん!
「俺のれいたんに何をする」
サトル様が霊亀の異能で、私を守ってくれたようだ。
貉はまるで野生の獣のように、私に噛みつこうと暴れている。
「落ち着いてください。私は対話を望んでいます」
しかし、貉はシャーシャーと吠えるばかりで、こちらの呼びかけに応じてくれない……。
『レイちゃん、仕方あらへんのや』
日車さんがため息をつきながら言う。
『人を襲うのは妖魔の本能や。襲うことで人から、負の感情……陰の気を絞り出している』
……妖魔は陰の気をエネルギーとして生きている。
だから……妖魔は人を襲ったり、怖がらせたりする。
「でも……生きるために、仕方なくやってるんじゃ……」
スッ……とサトル様が貉を指さす。
「あれが、本当に仕方なく人を襲っているようにみえるかい?」
「…………」
貉の目には理性をまるで感じられなかった。
目の前の餌を欲しくてたまらない、肉食獣のような、目。
「無理よ。こいつらは飢えた獣なんだから」
私は霊力を手に貯めて、それを貉に流し込む。
餌である、霊力を。
「レイ、無駄よ。異能者が自発的に放出する霊力は、妖魔にとって毒でしかないの。異能と同じ。妖魔を滅する力になってしまうのよ」
だから、霊力を与えても、無駄……と。
『う……が……なんだ……これは……? 体に……力がみなぎる……』
貉が驚いたような顔をする。
「!? 霊力によって、貉が滅せられてない!? どうなってるの!?」
「呪禁を使いました」
呪禁。陽の気をながすことで、他者を癒やす術だ。
「でも陽の気は妖魔にとって天敵……。陰の気以上に、妖魔は苦手なはず」
「はい。なので、陽の気としてアウトプットしたモノを、貉の体内で陰の気に変換して、癒やしました」
私の中で陰の気同士をかけあわせ、陽の気としてアウトプット。
その後、陽の気を陰の気に変換する……という。
妖魔を癒やす、呪禁を使ったのだ。
「なんかもう、人間業じゃあなさすぎて……」
「ここまで繊細な霊力操作ができるのは、レイお嬢様くらいでしょうね」




