山の神 2
九頭竜様から、信濃が大変なことになってると、聞いた。一体何が来てるというのだろう……。
「山の神さまが、体調を崩されたそうなのだ」
「山の神……神霊のことですか?」
神霊。魂のうち、選ばれて特別に扱われてる魂をそういう。
前に、淺草にきた、井氷鹿さまがそうだ。
「そのとおり。ただ、山の神は、井氷鹿さまより、神格……神としての格が上の存在なのです」
「神にも上下があるんですね」
「はい。山の神は、山の怪たちを制御するほどに、強いチカラを持つ神霊です」
「山の怪……?」
また、初めて聞く単語だ。
「山の怪とは、山に住む妖魔のことを言います。特別な呼び方が着いてるのは、それだけ、特別なそんざいだからです」
特別な存在……。
今度は、サトル様が言う。
「山に住む妖魔は、通常の妖魔よりも強く、厄介な奴が多いのだ」
「どうしてですか?」
「山は、陰の気が貯まりやすいからな」
陰の気……。妖魔たちにとっての、エネルギー源だ。
夜が、もっとも陰の気が高まると言われてる。……なるほど。
「山は、日中でも、夜みたいに暗い。一日中暗い場所……。だから、陰の気が貯まりやすい……ということですね」
「れいたんの言うとおりだ。やっぱりおまえは飲み込みが早いし、頭の回転が速いな。好きだ」
……も、もう……サトル様ってば……。もう……まじめな話をしてるのに……もう……。
「れいたん、ふにゃふにゃ笑いすぎだぞ。真面目な話をしてる最中なのに」
「だ、だれのせいだとっ!」
もう、最近のサトル様は、意地悪ばかりしてきますっ。
そこがかっこいい……。けど、それを指摘すると、調子乗るから、言わない。
「話を戻しますが……。山の怪は通常の妖魔よりも強い。信濃は、山に囲まれた土地……というより、山と山の間にできた土地なのです」
「なるほど……さらに陰の気がたまりやすそうですね」
四方を山に囲まれてるのなら、陰の気の逃げ場がない。
「はい。そのせいで、大妖魔の出現率が、東都等の平地と比べると、格段に跳ね上がる。信濃は、通常なら人の住めぬ場所なのです」
「でも……住んでいる人はいるんですよね?」
人が居ないのなら、ほっとけば良いとなりそうだし。
「はい。信濃は、山の怪が多い一方で、神霊もまた日本で一番多く存在するのです」
「神霊が……?」
「はい。神霊にとって、人の居ない土地、人の立ち入れない土地が、もっとも暮らしやすいとされているのです」
確かに、井氷鹿さまも、治療を終えたら、すぐに帰ってしまわれたし。
神様にとって、人の住みやすい環境は、あまり好きじゃあないってことなのだろう。
「今回、依頼があったのは、信濃に住む神……山の神さまからでした。現在、山の怪たちが組織的に動き、山の神の御所を破壊してるそうなのです」
「妖魔が……組織的に……」
すぱんっ、とふすまが開く。
「白面のしわざですね」
「お義母さま!」
守美さまが私たちの隣へと移動して、スッ……と座る。
彼女の表情からは、明確な怒りが見て取れた。
サトル様も同様だ。……白面と一条家には、因縁が存在する。
白面は、サトル様のお義母さまである、守美さまを殺したのだ。
……実の父親である、一条家継を、使って。
「守美の言うとおりです。白面は、山の怪を使い、山の神殺害を試みている。このまま放置すると……トンデモナイ事態になる」
トンデモナイ……事態……。
「さっき言ったとおり、山の怪は恐ろしい存在です。ですが、山の神霊たちが、その活動を抑えているのです」
なるほど……。手強い山の怪たちが、自由に悪さしないように、山の神々たちが押さえ込んでいる……。
彼らが、抑止力となっているのだ。
……信濃の神霊達の長たる、山の神が死んだら……。
神霊たちのチカラが低下。そして……押さえていた山の怪たちが、活発に動き出す……。
「山の神が死ねば、被害が信濃にとどまらず、極東全土に広がりかねません。なんとしても、山の神殺害を阻止しなければ……国が滅びます」
そんな切迫した状況だったんだ。
……だから、私たちに、協力を要請したいと。




