10 一条家の人々 4
お風呂から上がると、黒服の皆さんが、私の体をタオルで拭いてくださった。
自分でできるから、というと、朱乃さんに「仕事を取らないで上げてください」と言われた。
私(当主の妻)の身の回りのお世話をするのも、黒服さんたちの仕事らしい。
仕事を取るのは申し訳なかったので、私は、身を委ねることにした。
「お嬢様。髪の毛、いかがいたしましょう」
洗面台の前に座る私に、背後に立つ朱乃さんが、尋ねてくる。
「髪の毛が長すぎて、邪魔なようでしたら、僭越ながら散髪させていただきますが」
確かに私の髪の毛は無駄に長い。
特に前髪。完全に目に掛かってる。
「…………」
切ってくださるなら、ぜひと言いかける。
……脳裏に浮かぶのは、サトル様の笑顔だった。
「サトル様は……その……髪の長い方がお好きでしょうか。それとも、短いほうが?」
朱乃さんが少し口元緩ませる。
「気になるのですか?」
「は、はい。気になり……ます」
これからサトル様のお側に長く居ることになる。
少しでも、お見苦しくないほうが、いいかなと思ったのだ。
「恋する乙女……ですね!」
「わ、、? 私なんかがサトル様に恋心なんて! 恐れ多すぎます……!」
「いいのですよ、自分の気持ちを否定しなくてもっ」
なんだか楽しそうな朱乃さん。
でも……そんな……恋って……そんな……。
私はまだサトル様と会ったばかりだし……。
悟様はこんな魔力なしの女にも優しくしてくださる。
本当に素敵な男性で、だからこそ私なんかじゃ釣り合わない……
「そうですねえ……悟様は長い方がお好きかと」
「あ、じゃ、じゃあ……長い方が」
「わかりました。とはいえ、前髪は切らせてもらいますね」
朱乃さんが後ろから手を伸ばし、はさみでチョキチョキと切っていく。
「本当に綺麗な御髪ですねぇ。切るのがもったいないくらいですよ」
「す、すみません……切ってもらってしまって……」
「いいんです、むしろ光栄ですよ! 未来の一条家を支える家長の髪をいじらさせていただけるんですからっ」
……家長。
そうだ。
「朱乃さん。質問してもよろしいでしょうか?」
「もちろんっ、何でも聞いてくださいねっ」
「じゃあ……サトル様のお母様とお父様について、伺いたく存じます」
ぴた、と朱乃さんが手を止める。
鏡に映る彼女を、見る。
布面で顔が隠れているから、表情は窺えない。
けれど、彼女の雰囲気が、先ほどまでとがらりと変わった気がした。
「……どうして、悟様のご両親のことを聞くのですか?」
……朱乃さんの声のトーンが低い。
もしかして……怒らせてしまった?
「ごめんなさい、気に障るようなことを言ってしまって!」
「あ、いえ! 大丈夫ですよ。怒ってないですからっ」
朱乃さんが慌てた調子で言う。
「二人とも、すでに……おりませぬ」
「いない……?」
「はい。お母様……【守美】様は、お亡くなりになりました」
「!? そう……だったんですね」
私は、なんてデリカシーに欠けたことを聞いてしまったのだろう。
「知らなくて当然ですよ。異国から嫁いできたわけですし」
きちんと、聞いておこう。
これからご厄介になるかたの、家庭環境を。
「お母様はスミ様と言うのですね」
「はい。とても、綺麗なかたでした。そして優しい御方でした。悟様だけでなく、我々使用人にも……特別に。家族のように、扱ってくださりました」
布面から少し覗く、朱乃さんの口元は、ほころんでいた。
スミ様のことが好きだったのだろう。
「スミ様がお亡くなりになり、次の当主として、サトル様が一条家を継ぎました」
「…………え?」
それは、オカシイ。絶対オカシイ。
「あの……」
「申し訳ありません、レイお嬢様」
私の言葉を遮るように、朱乃さんが言う。
「この屋敷において、【一条 家嗣】の話題を出さないことを……強くおすすめします」
「イエツグ……さま?」
一条家の名字が着いてる、ということは……。
まさか、サトル様の、お父様だろうか……?
聞いてはいけない雰囲気を、朱乃さんが出してる。
父親の話題は、この家のタブー……なのだろうか。
「一条 家嗣の名はこの家では禁忌。特に……悟様の前では、決して口にしてはなりません」
とにかく、今は、御尊父様のことは、言わないでおこう。
こんな私に優しくしてくださってる、あの御方を、ご不快にさせたくないから。
「忠告、ありがとうございました」
「いえ、どういたしまして。っと、雑談してる間に、散髪終わりましたよ」
ぱっ、と朱乃さんが私の前からどく。
「…………え? えええっ!?」
鏡に映る【私】を見て……思わず、はしたなく叫んでしまった。
コンコン。
「朱乃、入るぞ」
「あ、はーい! どうぞ悟様!」
えっ、さ、サトル様が入ってくるっ?
「風呂からなかなか帰ってこんから心配したぞ……どうした、レイよ?」
朱乃さんを盾に、サトル様から隠れる私。
「だ、だって……こんな姿、とても見せられないです……」
「どういうことだ?」
朱乃さんが「髪を切らせていただいたのです」とお答えになられる。
「ほぅ、どれ。見せてみろ」
「い、いやです……」
「いいから、ほらっ」
サトル様が、朱乃さん越しに、私を見てきた。
……彼の赤い瞳が、まん丸に、見開かれる。
そこに映る私は……別人だった。
綺麗にセットされた、長い紫紺の髪。
頬には薄くおしろい、口には紅がさしてある。
そして、身につけているのは、極東の皆さんが着ている、着物というもの。
藍に染められた着物に身を包み、髪を切って、お化粧した私は……別人みたいになってる。
「私ごときが、このような高い服を着てしまって申し訳ないです!」
「…………」
「私みたいなのが、おめかしして、調子乗って……すみません!」
「…………」
「あの……? サトル様……?」
顔を、上げる。
サトル様のお顔が……。
なぜだろう、頬に……朱が、さしていた。
「いや……すまん。あまりの、その……なんだ……なんでもない」
サトル様がきびすを返して、部屋を出て行ってしまった。
「わ、私なにか粗相をしたでしょうかっ。ねえ、朱乃さん?」
彼女は口を大きく開いて、固まっていた。
ど、どうしたのだろううか……?
「スッゴく驚いた! ねえ! 皆もそう思うでしょ!?」
うんうんうん! と黒服の皆さんがうなずいてる。
「私なにかしちゃいましたでしょうか……?」
すると朱乃さんが言う。
「お嬢様は、悟様から、大変なものを盗んでしまったのです」
「盗み!?」
「ええ……悟様の、心をです!」
……………………はい?
【★☆大切なお願いがあります☆★】
少しでも、
「面白そう!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から、
ポイントを入れてくださると嬉しいです!
★の数は皆さんの判断ですが、
★5をつけてもらえるとモチベがめちゃくちゃあがって、
最高の応援になります!
なにとぞ、ご協力お願いします!




