珈琲と公費9 エルメロイ先生だって、拙(cv.上田麗奈さん)に癒されていたんだ
「Oh, SHIT ! What the duty fact is it!」
シュータさんはふざけています。一人で歓喜の様子です。
「いや、まあふざけているんだけど、美月が言ったように、コーヒーで何かを汚したいっていうのが犯人の狙いかもしれないと思っている」
「ですが、何かを汚したい。それは何でもいい。なら、生物室にあるコーヒーを使おう。そんな思考回路は理解できません」
これもまた、コーヒーを飲んだとか捨てたとか、そういうのと同レベルの可能性しかないのではないでしょうか。ノエルくんは腕組みをします。
「お二人の言いたいことはよくわかります。今までの案に比べたら、状況を考え併せても格段に自然な結論に至ったと思いますが、かと言って完全にしっくり来る結論でもないっす」
また行き止まりでしょうか。わたしたち凡人では、議論が進んだと思っても座礁してしまいます。ですがここで、シュータさんは立ち上がったまま、身を乗り出します。
「YES、ノエルの言う通り。だから、ここから先は本格的に犯人を捜す。ワットダニットは解決した。次はホワイダニットとフーダニット。この学校で誰が容疑者たり得るか、調べ上げるんだよ」
誰がなぜ、そういうことまでわかれば、シュータさんの案も不自然ではないと立証できるかもしれません。まさか、コーヒーが無くなっただけで、ここまで大掛かりになるとは思いもしませんでしたが。
「でも、どうやって調べるんでしょう。この学校の生徒は、三学年で八百人近く……。先生や事務員も入れると容疑者は九百人ほどいると思うのですが」
「心配ないよ、美月。どこかに取っ掛かりがあるはずだ。ちょっと待ってくれ」
シュータさんは再びシンキングタイムに入ります。わたしは喉が渇いたので、持って来たマイボトルでミネラル麦茶を飲みます。
「一人ひとりに聞き込みをしていたら、日が暮れちゃいますよ」
ノエルくんが話し掛けます。人が飲み物を飲んでいるときに話し掛けるなんて、マナーがなっていません。本当にこの豚犬はどうしようもないです。その横っ面にミネラルを吹きかけてやろうかと思いました。
「――ごくり。でも、シュータさんなら安心です。あの方、稀代の面倒臭がりですから、きっと最小限に動かない方法を考えます」
シュータさんを見ると、にわかにこちらを向きました。
「なあ、質問なんだが、俺たちが放課後どう行動していたか確認しないか?」
「いいっすけど、そんなんでわかりますか?」
「俺たち三人の目撃証言があれば、それだけで必要な半分の聞き込みは終わったようなものだ」
すごいです! シュータさんによると、この学校にいる九百人の半分に値する証言をこの場の三人から抽出できるというのです。つまり、450人に聞いて回るのと同じ対価。3人から150倍の成果を上げようとしていらっしゃいます……。
「半分っていうのは、モノの喩えなんだが。まあいいや」
「それで、先輩は何を訊きたいんですか?」
ノエルくんがシュータさんの方を窺います。
「まずさ、なんでお前は俺たちより先に放課後を迎えて、コーヒーまで作っていたんだ?」
……あ、あ、それです! 何かおかしいと思っていたのです。ノエルくんは、わたしと会う前には確実に生物室でコーヒーを作り終えていました。コーヒーメーカーや豆やカップを持ち込み、コーヒーを豆から挽いて三杯分ほど作ったのですよね? なぜそんなに時間があったのでしょう。
「ちなみにノエル、コーヒーを作るのにかかる時間は?」
「豆や水をセットして起動すれば、五分もかからないでしょう。でも、慣れてなくて調整に手間取ったから、ちょうど五分くらいかな?」
そんなにすぐできるものなのですね。ノエルくんの行動表はシュータさんが黒板に書いたものを参考にすると、こうなります。
放課後 → 自宅 → 生物室 → コーヒーメーカーの下準備 → ごみ捨て → 用務室でゴミ袋入手→ 美月と会う →生物室
「美月は、放課後ほとんどすぐに生物室に向かったんだよな?」とシュータさん。
「はい。放課後になって、帰宅や部活の生徒があちこち行き交っている時間帯でした」
シュータさんとわたしは同じクラスなので、放課後の時間は共有できています。
「ノエルは、『ゴミ捨て』から『生物室に戻る』まで10分くらい掛かっている。コーヒーを作るのに5分。その前の準備に5分~10分掛かったとしよう。お前ら、20分くらい前に放課後になっていたな?」
「そうですね。1年生と2年生は、比較的早く放課後になったかもしれません。いやむしろ、3年生が遅かったのではないっすか?」
さて、再び話が動き始めたみたいです。