珈琲と公費7 探偵は女にモテるが、それ以上に男にモテる
「だが、まず一旦落ち着こう。このコーヒーサーバーに入ってるやつは飲んでもいいんだな?」
シュータさんはコーヒーメーカーの下にある、透明の目盛り付きポットを取り出しました。それはコーヒーサーバーと呼ぶのですね。今は目盛りの半分くらいまで、黒い液体が溜まっています。
コーヒーメーカーで作ったコーヒーがドリップする容器のようです。わたしはコーヒーが苦手で飲まないので知らなかったですが、流石に一杯ずつ淹れるわけではないですよね。
シュータさんはサーバーを持ち上げます。そしてテーブルの下を見て固まります。……? それから顔を上げてキョロキョロしました。
「ああ、注ぐためのカップですよね。別のものはこちらに」
ノエルくんはバッグから新聞紙にくるまれたカップを出します。五つも。さっきのと合わせると、六つ持って来ていたのですね。準備がよろしいこと。
「美月は飲まないよな?」
「はい、コーヒーはいいです」
シュータさんは、わたしの好みを把握してくれています。ミスター・ホームズのように紳士です。
「じゃあ、ノエルと俺の分だけ注ぐから」
「流石に冷めてしまったと思いますよ。保温にしておきましたが、少しぬるいはず」
「いや、いい」
ノエルくんが注いでから、かなり時間が経ったようですね。それでも、シュータさんがカップにコーヒーを注ぐと、コーヒー豆の芳ばしい香りが教室中に広がりました。
「うん、いいコーヒーだ。苦すぎなくて、酸味がある。すっきりした味わいだ」
シュータさんは、いつも先生が座る回転椅子に座って、ゆったりとコーヒーを嗜みます。大人です。
「いいコーヒーメーカーだから、細かく豆を挽いているんだろ?」
「いいえ。普通コーヒーは細かく挽くと、エスプレッソのように苦みが強くなります。反対に、粗挽きにするほど酸味が強くなるのですが、これは機械の設定としてはその中間くらいですね」
ノエルくんが冷静に解説しました。
「確かに、その中間くらいの味わいだ」
シュータさん、子供です。
「だが、確実にわかったことがある。生物室に入ったやつは、咄嗟にコーヒーがあることに気付く」
ええ、シュータさんの仰る通り。この匂いは誤魔化しきれません。
「つまり、『捨てた』/『別の目的に使用した』のどちらにせよ、犯人は偶然入ったこの教室でコーヒーの存在に気付いた。そして当該の行動を起こした」
ノエルくんはカップを持って、わたしの向かい側に腰掛けます。そして、コーヒーと一緒にいただくはずだったのでしょう、ビスコを差し出して下さいました。ありがとうございます(本当に気が利く人ならば、ウェットティッシュとゴミ箱を近くに置いてくださるものですが、わたしはレディなのでワガママは言いません)。
「なるほど。でも、『捨てた』って。俺のスペシャルなコーヒーになんてことを」
「うん、『捨てた』ってのはおかしな話だ。なあ、美月。捨てたとしたらなんでだろう?」
シュータさんの質問です。うーん。
「たとえばですが、虫が入っていたとか」
「余計なお世話だけどな。一理ある。他にもゴミが入っていたとか」シュータさんは頷きます。
「どこに捨てたと思います?」ノエルくんが言います。
「十中八九、生物室の水道だろう」
わたしも窓の外や、教室外の水道に流したとは思えません。
「美月、他の可能性は?」
「え、ええと。その入って来た方が、コーヒーマニアで、ノエルくんのコーヒーは本物のコーヒーとは認められない、捨ててしまえと怒ったから、とか?」
顔が真っ赤になってしまいます。二人にも笑われました。だって、思いつかないんですもの。
「でも、そうだな。コーヒーに憎しみを抱く人間かもしれない。案外、教師が犯人でさ、学生の分際で高いコーヒーメーカーをオモチャみたいに遊びやがって、クソって怒って捨てられたかも」
でも、わたしカフェインもコーヒーも苦手ですが、コーヒーを捨ててやろうなんて思いません。
「ま、人のコーヒーを勝手に捨てるような輩が犯人だったら、不運だったと諦めるほかないな」
シュータさんは苦笑いでカップをテーブルに置きました。そして再び黒板の前を歩きます。
「俺の本命は、『別の目的に使用した』だ。『こぼす』も『飲む』も『捨てる』も合理的な理由づけができない以上、通常では考えられない目的でコーヒーが使われてしまったと考えればいい」
でも、そんなことあり得るのでしょうか? コーヒーなんて飲む以外に何に使えるんですか?
「それを考えるのさ、美月。これは頭の体操なんだから」
まあ、考えるのは主にシュータさんと作者さんなので、わたしは一向に構わないのですが。