珈琲と公費5 君は二次的接触を極端に好むね
「さあ、美月。また推理の時間だよ」
シュータさんはカッコつけます。ようやく名探偵のエンジンがかかってきました!
「……美月とノエルは、俺を乗り気にさせるのが上手いな」
さて、シュータさんが乗り気のうちに突き止めてしまうとしましょう。わたしは長丁場になりそうなので、とりあえず最前の席に座りました。黒板の前に立つシュータさんがよく見えます。
「さて、第三者が犯人だと仮定した場合だ。大前提の問題がある」
「なぜ、その人が生物室に来たか、っすね」
この教室は授業で使うことはあっても、放課後に来る場所ではありません。特別棟の三階はアクセスも悪いです。
「この場所を部室にしているSF研も、今日は活動日ではないっす」
となれば、第三者さんはどうしてここに来たのでしょう。ノエルくんがコーヒーを淹れることも、知らなかったはずですよね。
「放課後の清掃が行われたのは、もっと前か。すると、特別棟に部室を持つ大所帯の部活は、確かPC部と演劇部。演劇部は阿部が所属していて、今は別の場所で何かやっているんだったか?」
人の出入りが全くないわけではないでしょうね。
「まあいいや。考えてもわからない所に手掛かりは無い。他を当たろう」
シュータさんが黒板を睨みます。四つの項目が書かれています。
「まず、何者かが入って来て間違えて『こぼした』、という可能性について考えようか」
はい、それについては先週掲載した場面でおおよそ検討しました。間違えてこぼした。こぼしたコーヒーは綺麗さっぱり拭き取るも、カップは洗わずに戻したのです。
シュータさんは眉間にしわを寄せます。
「なあ美月、第三者が侵入してきたことはあり得るとしよう。だが、彼もしくは彼女が間違えてこぼし、それを拭いて逃げることはあり得るだろうか?」
どうでしょうか。こぼしたら拭くというのは、当たり前です。前回も言いましたが、わたしならカップも綺麗にします。そして、教室に誰もいなくても、誰かが戻って来るまで待って謝罪します。
「うん、そうだね。でもまず、こぼすだろうか?」
はて。
「コーヒーカップは教卓にあった。コーヒーメーカーと共に。入って来たやつは、黒板に用事でもあったのか?」
シュータさんの言う通りかもしれません。間違ってこぼすにしても、どうしてこぼすのでしょうか? 仮に黒板の前で何かの作業を始めても、コーヒーカップに気付かないことはないでしょう。ではカップを移動しようと、持ち上げてこぼしたのですか? なんのために?
「人間だから、何をしでかしても不思議ではない。だが、偶然入った教室で、偶然置いてあったコーヒーカップを、偶然にもこぼすなんてことは、あまりに偶然が重なり過ぎている」
ノエルくんは微笑を漏らします。
「それに時間の問題もありますね。俺が外していたのは、せいぜい10分。福岡先輩、チャラ田先輩、タコちゃんの三人が訪れ、コーヒーはまだあった。その後に第三者が来たならば、時間的余裕もない」
つまり……どういうことでしょう?
「偶然じゃないんだよ、美月。犯人は、生物室に入って来てすぐ、コーヒーの中身を空にしたんだ。それを終えると、すぐにまた出て行った」
な、なんでそんなことになってしまうのでしょうか?
「こうなると、俺が最初にした質問がやはり鍵になってきたな。俺の勘は正しかった」
シュータさんの最初の質問――『コーヒーカップは洗われていたか?』でした。