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竹本美月の公理8  作者: 日野ねぎ
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珈琲と公費3 ジブリ作画は色褪せないなぁー

 シュータさんは、持ち前の明晰な頭脳を披露します。


「意図せずこぼしてしまった、そう考えられないか?」

「盲点っすね」


 ノエルくんは頷きます。


「確かに、こぼした跡がなかったら、そういう考えに至らなかったとしても仕方ない。だけど、誰も飲んでいない、故意に捨てたとも考えられないのなら、残りはこぼしたくらいしか考えられん」


「でも、こぼしたら、こぼしてしまったと謝りますよね?」

「まあ、普通はそうだ。誰も謝ってこなかったのか?」

「そうっす」


 先ほどは、チャラ田さん、福岡さん、阿部さんと連絡を取りましたが、三人とも自分が来たときにはコーヒーはあったと証言していました。


「なに、美月? 三人は『自分は飲んでいない』ではなく、間違いなくそう言ったのか?」

「ええと、わたしは詳しくは知りません。ノエルくんが電話したから」


「ええ、その通りですよ。三人は自分が来たときには、コーヒーがあったと証言しました」

「なら話は変わってくる。三人とも、自分が部室に来たときには、コーヒーを見ているんだ。それなら犯人の目星もつくぞ」


 なぜでしょう? シュータさんの思考はいつも回転が早くて付いていけません。シュータさんは考えているとき、その場でふらふらと適度に歩く癖があります。歩くことで、思考が進むのだとか。今も、生物室の机の周りをぐるりと移動しました。


「三人が来た順序はわかるか?」

「わかんないっす。三人は別々の時間に来たから」

「じゃあそれを割り出せ。最後に来たやつが、こぼした人間だ」


「な、なんで、なんでそうなるんですか!」

 わたしが詰め寄ると、シュータさんは顔を赤くしてのけ反りました。シュータさん、あまりわたしに近付かれることが好きではないようなのです。なぜでしょう。かなしいです。


「だ、だって仮に一番目に来たやつがこぼしたとしよう。二番目と三番目に来たやつは、なぜ『コーヒーがあった』と嘘を吐く必要があるんだ? 二番目に来たやつがこぼしたと考えても同じ。三番目のやつが嘘を吐く必要がない。ゆえに、三番目にきたやつが、こぼして誤魔化したんだ」


 早口すぎます。でも、言いたいことはわかった気がします。


「なんで誤魔化す必要があったんすか?」

「ホワイダニット。それは本人に訊かなきゃハッキリ言えんが、スペシャルなコーヒーを振る舞うと伝えていたんだろう? この世には一杯数千円の高級コーヒーなんてものもある。本人はそういうものと勘違いしたのかもな。特別なコーヒーを台無しにした申し訳なさで、素直に言い出せなかったみたいな?」


 ノエルくんは神妙な表情で考え込みます。確かにあり得ない話ではなさそうです。


「そう考えると、最後に来たのは阿部かな。アイツはお前のカノジョだろ?」

「違いますよ」


 ノエルくんは早速否定しますが、実質お二人は付き合っているようなもんです。絶対一回くらいヤッてます(美月個人の見解です)。最近は手を繋ぐだけでなく、腕を組んで歩いています(わたしはシュータさんと一章に一回くらいしか手を握らせてもらえないのに)。若い連中は血気盛んで羨ましいです。


「阿部はお前を傷付けるようなことはしたがらない。だから、すぐにはこぼしたことを言い出せなかった。そういう風に考えるのが、今のところ穏当だと思う」


 シュータさんはそう結論づけました。


「あのタコちゃんがね……。まあこの後、演劇部の用事で体育館に行ったようですから、こぼしてしまった、すまないと説明する時間もなかったでしょうし」

 ノエルくんは複雑そうな様子です。わたしには、一個質問があるのですが。シュータさんを振り向かせます。


「では、阿部さんはこの教室に来て、この広いテーブル、――教卓のことですが――、ここににあったカップを誤って倒してしまった。そして、コーヒーが流れ出てしまったのですね?」

「そうだろう。俺の説明に則るならね」


 シュータさんは頷きます。


「こぼした後は、どうしたのでしょう?」

「簡単だ。こぼしたことを隠すためにティッシュペーパーか何かで拭き取った。そしてカップを空の状態で元に戻した。そうだろ?」


 いや、それでは納得できません。


「二つ問題があります」


 シュータさんは初めて、わたしの目をきちんと見返しました。これは怠け者のシュータさんが一章ごとに何回かしかしない、真剣な顔です。


「一つ、ゴミ箱はノエルくんが片付けをしている最中のため、ゴミ袋が入っていませんでした。コーヒーで濡れたティッシュペーパーを室内に捨てることは不可能でした」

「確かに」

「雑巾で拭き取れば、コーヒーは確実に染みになります。しかし、室内に染みの付着した雑巾などは見当たりません。あったら気が付くでしょう。ありますか?」


 シュータさんとノエルくんは室内を見渡します。――ありません。もちろん雑巾を水で揉み洗いしてから、どこか目につかない場所に隠している可能性もあります。ですが、臭いの付いた濡れ雑巾は日光に当てて乾かさないと大惨事です。わざわざ遠くまで隠すために運んだのでしょうか? どうしてコーヒーをこぼしたくらいでそこまでの証拠隠滅を? あまり納得できる結論にはなりません。


「同様に、コーヒーを吸い取ったティッシュペーパーやキッチンペーパーを、他の教室のゴミ箱に持って行くことも手間のかかることです」


「他の教室はカギが掛かっている所が多いですしね」ノエルくんの援護です。


「コーヒーは()()()()()のか。少なくとも拭き取られていない」

 シュータさんも納得したようです。ちなみに、窓の外に雑巾やティッシュペーパーが投げられている可能性は? それも難しいです。この下は昇降口とグラウンドを繋ぐ道になっています。部活動に向かう生徒が常に行き交う場所です。


「いや、待て。トイレットペーパーで拭き取って水洗トイレに流した。これはどうだ?」

 シュータさんの頭の回転には驚かされます。きっとこの人、完全犯罪だってやれるでしょう。


「シュータさん、流石です。しかし第二の理由で、そもそも『こぼして証拠隠滅した説』は否定されると思います」

「なぜ?」鋭い眼光です。


「コーヒーは、()()()()()()()()()()のです」

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