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竹本美月の公理8  作者: 日野ねぎ
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珈琲と公費2 探偵は1話遅れてやって来る

 ノエルくんはカップを何度も眺めます。しかし、無いものは無いのです。教卓として使われる、生物室の広くて長い黒テーブル。黒板と同じくらいの幅があります。その上にはコーヒーマシンとカップのみ。


「なぜ、無くなった? 俺は一瞬しか席を外していないのに」


 こうして後輩がショックを受けているのを見ると、わたしとしても気の毒になります。教壇に上らないと、テーブルの上は眺められないので状況がよくわかりませんが、そんなことあり得るのでしょうか?


「蒸発してしまったのではないですか?」

「何カ月経ったらそうなるんですか。俺が離れていたのは、せいぜい10分です」


 ノエルくんは不満そうにコーヒーメーカーを眺めました。ここからカップに注いで、席を離れた。その10分にコーヒーが消えた。


「離れている間に、誰かが飲んでしまったのではないですか?」


「誰かが?」


 わたしが咄嗟に思い付くのは、それくらいです。だってコーヒーをわざわざ捨てる人がいるとは思えませんし。


「この生物室、鍵は開いていたんですよね?」

「ええ。俺が生物室の鍵を保有しています。ほら」


 ノエルくんは鍵を見せます。確かにそのようです。


「放課後、俺は鍵を開けてコーヒーメーカーを持ち込みました。一人でコーヒーを淹れたんです」

「生物室を一旦離れたんですね? そしてさっき、わたしと会った」

「はい、そうです」

「楽しみにしていた淹れたてコーヒーを飲まず、離れたんですか?」


 ノエルくんはなぜ、生物室を離れたのでしょう?


「ゴミ袋ですよ」

「は、はぁ。なるほ、ど……?」

「ゴミ袋が無くなっていたんです。生物室のゴミ箱のことなんですが、――授業で使ったんでしょう。ゴミ袋を縛っておいて、そのままにされていたんです。しかも替えの新しいゴミ袋が一つも残っていない。まあ、ゴミ袋が無いからそのまま放置したんでしょうけど」


「ノエルくんは、ゴミ袋の入れ替えをしてくれたんですか?」


 ノエルくんは頷きました。


「新しいゴミ袋は、職員室の横の、用務室まで取りに行く必要がある。俺はゴミを捨てた後、用務室へ寄って新しいゴミ袋をもらって、戻って来たと。そういう流れです」


 ノエルくんは言う通り、何かを持っていました。あれがゴミ袋だったのですね。


「では、もしかしたら何者かが、ノエルくんが生物室を離れている隙を見計らって、生物室に忍び込み、コーヒーを勝手に飲んだのではないでしょうか?」

「そんなことあり得ますか?」


 あり得なくはない、と思います。あの方がいつも仰るように、可能性を検討することは意味のないことではありません。


「だって、先輩なら飲みますか? 生物室にコーヒーが置いてあったら……」

「飲みません」

「でしょう?」

「カフェインが苦手ですから」

「そ、そうじゃなくて。知らない人が淹れた、誰のものとも知れないコーヒーを飲むんですか?」


 言われてみればそうです。誰かが口をつけた可能性もあります。毒が入っている……ことは無いにしても、他人の飲食物に手をつけるのはマナーとしても最悪です。美味しそうなコーヒーと言えど、気がそそられるとは思えません。


「では、ノエルくんがコーヒーを淹れることを知っていた人はいますか?」

「います。タコちゃん。あと美月先輩の同級生である、チャラ田先輩、福岡先輩ですね。三人には試飲していただく予定でしたから」


 ではその三人なら、少なくともノエルくんが淹れたという事実を把握していた。つまり、誰が淹れたコーヒーかということは理解していたのではないでしょうか。


 ちなみに、いきなり登場したお三方――阿部さん、チャラ田さん、福岡さんについて知らない方は、もう言わずともおわかりでしょうが、やはり本編をお読みいただくしかないでしょう。


 阿部さんは「タコちゃん」と呼ばれる演劇部の2年生で、ノエルくんの同級生。チャラ田さんは、本名を冨田さんという、わたしと同じクラスの男子。福岡さんはチャラ田さんとお付き合いしている同じクラスの女子生徒です。皆さん、わたしとはかなり親密なお友達です。


「ですが、俺が後で試飲させると言っているのに、なぜ先に飲むんです?」

「理由はわかりません。まずは三人に連絡を取ってみたらどうです?」

「それもそうだ」


 ノエルくんはスマホを取り出し、三人と連絡を取りました。連絡が終わったのは5分後でした。


「三人は別々に生物室に来ていたようです」

「では……」

「しかし、コーヒーは確かにあったと同じ証言をしています」

「では、誰かが嘘をついている?」

「あるいは三人とは別の、第四の人間がいるってことっすね」


 どなたかが名乗り出てくれたら、解決したのに、これでは余計複雑な問題になってしまいました。


「ところで、なぜ三人はここにいないのですか? 一度来たのですよね」

「タコちゃんは、演劇部に呼ばれて。チャラ田先輩と福岡先輩は、生物室に誰もいなかったので、お互いを探して一度本棟の方へ戻ったそうです。もうすぐ二人は来ます」


 やましいことがあるから逃げたのではないかと勘繰ってしまいましたが、駄目ですね。よく考えてみたら、コーヒーを振る舞われる予定だったのですから、飲んだことを恥じて隠すのが変なのです。三人は隠す必要も無かったはずです。


「あれ、でも、なんで誰もコーヒーを飲んでいないのに……?」

「嘘をつかれたのかもしれませんね」


 わたしの知り合いで、勝手にコーヒーを飲み干すような人物というと、心当たりは、部長のみよりんさんくらいです。でも、みよりんさんはいらっしゃらないようですし。もし外部の人なら、少し嫌だなと思ってしまいます。勝手に入ってイタズラをするなんて、気味が悪いです。



「確認だけどさ、コーヒーカップは洗われていたか?」


 そのときです。低くて少し間延びして、でも大人びた男性的な声が生物室の入り口から聞こえました。目を輝かせて振り向くと、そこには第一ボタンを開けて、タイを緩め、腕組みをした男子生徒が立っています。眠たそうな目、癖のある重ための黒髪――わたしの、いや皆のヒーロー、相田周太郎さんです。


「シュータさん!」

「なあ、美月。めちゃくちゃな説明をしていないか? 買い被られても困る」


 シュータさんは頭を掻きながら、照れ臭そうに言います。ノエルくんも笑顔になりました。


「名探偵は遅れてやって来るんですね」


「いや、〈あらすじ〉で嘘偽りを並べ立ててんじゃねえよ、ノエル! 俺、名探偵になったことねえから。そもそも『たけもとみつきのこうり』って何だよ! 『ピ〇ルの定理』みたいなさ。あと『7』って何だよ! 俺『6』があったことも知らねえよ!」


 シュータさんは謙虚です。実際は、数々の難事件を解決してきた東の名探偵なのです。加えて、東のツッコミ王でもあります。シュータさんのツッコミ名(迷)場面は、本編でご確認ください。


「いや、美月さん。俺は――」

「シュータさんは誰が何と言おうと、名探偵です。ここではそういうことになっているのです」


 ノエルくんも援護射撃です。


「もしかして先輩、スピンオフとか公式アンソロジーを絶対に認めない系のオタクですか?」

「もういいぜ」

 シュータさんは観念したようでした。ここに、名探偵の誕生です。


「でも、本当にいくつかの事件を頭脳で解決してきたではないですか」

「はー、まあね」

「それに、主人公として最終章ラストに、ufo作画でないとアニメ化不可な圧倒的バトルシーンを演じてくれたじゃないですか」(掲載日時点で、本編の最終章は公開されていません)


「乗っかればいいんだろ? どうせ、作者の暇つぶしで始まった続くかもわからんこの企画に」


 大真面目に頷くと、シュータさんは溜息をついてわたしの隣に来ました。なんだかんだ言って、わたしに甘くて優しいのがシュータさんなのです。そういう所がいいんです。


「じゃ、そのコーヒーの話に戻るけどさ、コーヒーは捨てられたわけでも、飲まれたわけでもないんじゃないか?」

「なら、どうして無くなるんですか」


「そのコーヒーは、誰かが誤ってこぼしたんじゃないか?」

「あ」


 ノエルくんが固まりました。なるほ、ど? でも、ほんとうにそうなのでしょうか?

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