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竹本美月の公理8  作者: 日野ねぎ
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珈琲と公費 或る生徒会の問題について

 秋風が冷たくなってきた九月の終わりこと。星陽高校は、文化祭後の疲労と倦怠に包まれていた。退屈な授業を終え、生徒たちが校内を思い思いに移動する。


 金紗の髪をさらさらと揺らし、青い瞳できょろきょろ周囲を見渡す女子生徒がひとり。



 ――わたし、竹本美月は、こういう光景を見ると、こおりを思い浮かべてしまいます。物体は分子によって構成されています。氷は水分子の集合体です。もちろん水やお湯も、湯気も水の分子の集合体なのですが。


 では何が違うのかと言えば、温度に他なりません。分子は、温度が低いほど動かなくなります。0度を下回ると、結晶化して固定されます。そのため、氷は個体なのです。


 常温の水は、分子どうしはちょうど砂のようにお互いとくっ付きます。これが液体です。湯気になって水蒸気、つまり気体になると、分子は活発に動き回ります。もうお互いを結びつけることはしません。なので、空気中に逃げていくのです。


 授業中の生徒たちは、きっとカチンコチンの氷のように、ルールとマナーに縛られて机にかじり付いています。けれど、放課後になって自由になると、熱を持った気体のようにあちこちへ飛び出すのです。


 なぜわたしが氷の例を持ち出したか? それはわたしが理系の人間だからです。では理系のわたしが、なぜ文系クラスにいるのか? それは本編を読んでいただくしかありません。この作者が書いている別の作品を。なぜなら、この小説は、本編のPRにすぎないのですから。


「授業中は氷のようにカチンコチン、ですか。いい喩えですね」


 隣に並んで爽やかな笑顔を浮かべる彼は、ノエルくんです。中性的な顔立ちに、子犬のような笑顔。引き締まった肉体。一学年後輩で、わたしがお世話になっている部活に所属している方です。手には青いビニールのようなものを抱えています。


 こうして独り言を盗み聞きして、つまらない下ネタをぶち込んでくることを除けば、いわゆる「イケメン」くんなのかもしれません。あ、あとわたしより十センチも身長が低い、残念なチビであることを除けば(でも実際、なんだか彼は年上や同学年からモテるようです)。


「ノエルくん。これから、生物室へ向かうのですか?」

「そうっすよ。一旦離れていたんですけどね、今、部室では俺のスペシャルなコーヒーを淹れているんです」


 生物室は、教室がある本棟とは別の特別棟の三階にあります。そこでは、部長の「みよりん」さんとノエルくんが、二人で部活をやっていらっしゃるのです。わたしも時々お邪魔します。


「コーヒー、ですか?」

「そうです。俺コーヒー好きなんですよ。先輩も好きですか?」

「嫌いです」

「あ、なるほど」


 彼は苦い顔をしました。ごめんなさい。


「わたし、カフェインがダメなんです」

「まじすか」


 日曜日の朝の中〇くんみたいなことを言わないでください。コンプラ違反です。


「先輩にも飲ませたかったです」

「いえ、飲みたくありません。飲むと気分が悪くなるので」

「あ、まあそうなんですけどね。でもいいコーヒーメーカーを買ったんです。直火焙煎ですよ」


 ノエルくんはカッコイイとか、話し上手とか、そうおっしゃる女子も多いですが、わたしは特にそう思いません。ペラペラ喋るわりに、中身はペラペラです。やはりわたしには、あの方のお話や、態度や、仕草や、行動が大好きで、目が離せないのです。


「生物室では、今頃コーヒーの匂いが充満してそうなんですが、大丈夫ですか?」

「匂いは平気です。でも、わざわざコーヒーメーカーを学校まで持ち込んだんですか?」

「ええ。だって、コーヒー好きが多いでしょう?」


 確かにみよりんさんも、あの方もコーヒー派です。ちなみにノエルくんがどうやってコーヒーメーカーを学校まで持って来たか、知りたい方はやはり本編を読んでもらうほかないようです……(露骨な宣伝行為)。


 わたしたちは、生物室のある三階までたどり着きました。ノエルくんが先回りしてドアを開けてくださいます。身の程を弁えた良い心がけです。


 言われてみると――いや、言われずともコーヒーの香りが生物室には満ちていました。見慣れた教室と、廊下に比べて温かい室内にほっとします。


「ホットコーヒーだけに、ですか?」

「ノエルくん、うるさいです」

「ほっとけ、ということですね」


 そう言ってノエルくんはクスクス笑います。わたしは真ん中の席に座りました。ノエルくんは、先生が立つ教壇の前の机にいきます。見たところ、立派な黒いコーヒーメーカーがずでん、と置いてあります。その横にはコーヒーカップが一つ。


 ノエルくんはそのカップを持ち上げました。すると、


「あれ、無い!」


「ノエルくん、うるさいです」

「そうじゃなくて、中身がないんですよ!」


 どうやらコーヒーの中身が無くなっていたようでした。


「自分で飲んだのではないでしょうか?」

「いいえ。一口も飲んでいません。用事があって飲まずに抜け出したんです。なんで」

 


 さて、コーヒーはどうして無くなったのでしょうか? わたしにはわかりません。

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