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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「蛙茶番」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/09/12


落語声劇「蛙茶番(かわずちゃばん)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約40分


必要演者数:5名

      (0:0:5)

      (5:0:0)【性別準拠人数比率】

      (4:1:0)

      (3:2:0)

      (2:3:0)

      (1:4:0)

      (0:5:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


大旦那(おおだんな):番頭(ばんとう)、定吉(さだきち)らが奉公(ほうこう)する店の大旦那(おおだんな)。

    定期的に芝居(しばい)を上演している。


番頭(ばんとう):お店の番頭(ばんとう)さん。

   普段の業務の他に芝居(しばい)の手配(てはい)を整えなければならない苦労人。


定吉(さだきち):お店で奉公(ほうこう)する丁稚(でっち)さん。

   伊勢屋(いせや)の若旦那(わかだんな)が芝居(しばい)の配役を嫌がった事で、

   急遽(きゅうきょ)小遣(こづか)いもらって代役に。


半次(はんじ):町内で建具屋(たてぐや)を営(いとな)んでいる男。

   大旦那(おおだんな)に容姿(ようし)をけなされ、芝居(しばい)の役を振(ふ)ってもらえなかったことに

   怒って芝居(しばい)をボイコットしようとする。

   あんまり頭が良くないせいか、バカ半と呼ばれることも。


番台(ばんだい):町内のお湯屋(ゆや)の番台(ばんだい)。


兄貴:半次(はんじ)の兄貴分。


客1:芝居(しばい)を見に来た客その1。


客2:芝居(しばい)を見に来た客その2。


語り:雰囲気を大事に。


●配役例


大旦那・番台:

番頭・客1:

定吉・客2:

半次:

兄貴・語り・枕:




枕:芝居(しばい)を演(や)る際に避(さ)けては通れないのは配役ですな。

  皆それぞれ、演(や)りたい役をやれるのが一番いいんですが、

  どうしても人気の役ってぇものには希望が集中する。

  皆さんにも覚えがあるんじゃあないでしょうか。

  むかし、仮名手本忠臣蔵(かなてほんちゅうしんぐら)ってぇ芝居(しばい)の五段目に、

  通称「鉄砲殺しの場」という場面があるんですが、ここでは早野勘平(はやのかんぺい)

  という役がたいそう人気で、毎回希望が殺到(さっとう)するとか。

  ある時なんかは、全員が勘平(かんぺい)役を希望してしまい、にっちもさっちも

  行かなくなってしまった座頭(ざがしら)は、なんと志願者(しがんしゃ)全員に勘平(かんぺい)役を振(ふ)って

  しまったんだそうで。

  いざ当日舞台の幕があくってぇと、そこにいたのは我こそ早野勘平(はやのかんぺい)と

  胸を張る役者が30人ばかりずらーっと並んでいる。

  客は驚いて「なんだなんだ、全員(ぜんいん)勘平(かんぺい)って、あれは何です?」

  すると誰かが、「ああ、さしずめ、勘平式(かんぺいしき)でしょう。」と

  軍隊を総覧(そうらん)する観兵式(かんぺいしき)とかけた洒落(しゃれ)が残ってます。

  そして、人気な役があれば不人気な役も当然存在します。

  セリフが少ない、カッコ悪いだなんて、敬遠(けいえん)される不遇(ふぐう)な役ですな。

  それらの役すべてがあるからこそ、芝居(しばい)は成立(せいりつ)するものなのですが。


大旦那:番頭(ばんとう)さんや! 番頭(ばんとう)さん!

    ちょいとこっち来ておくれ!


番頭;は、はい旦那(だんな)様!

   お呼びでございますか。


大旦那:お呼びも何もないよ、ちっとも幕が上がらないじゃないか。

    お客様が大勢(おおぜい)押しかけて、みんなお待ちなんだよ。


番頭:も、申し訳ありません。

   急に役者が一人足りなくなりましたもので。


大旦那:役者が足りない?

    誰が来ないんだね?


番頭:伊勢屋(いせや)の若旦那(わかだんな)なんでございます。


大旦那:伊勢屋(いせや)の若旦那(わかだんな)?

    あの人は芝居好(しばいず)きで、いざとなると自分が先に立って皆を引っ張

    っていくっていうような人だよ?

    それが来ないってのはおかしいじゃないか。


番頭:いえ、それがどうも今度は、役が気に入らないのではないかと…。


大旦那:【溜息】

    また始まったよ…。

    そういうことのないように、今度はくじ引きで決めたんだろう?

    それで今までずっと稽古(けいこ)してて、当日になって急に来ないっての

    は困るじゃないか。

    役で揉(も)めたって…ちょっと待っておくれよ。

    序幕(じょまく)はたしか、天竺徳兵衛(てんじくとくべえ)忍術譲(にんじゅつゆず)り場(ば)だな。


番頭:さようでございます。


大旦那:他の役ってったら…、

    あぁ、じゃあ端(はな)で出てくる、仕出(しだ)しの船頭(せんどう)の役かい?


番頭:いえ旦那(だんな)様。

   伊勢屋(いせや)の若旦那(わかだんな)は芝居(しばい)好きでございますんで、

   もう仕出(しだ)しの役でも役と名がつけば、色々と自分で趣向(しゅこう)を凝(こ)らして

   出てくるんでございますよ。


大旦那:でもお前、あとは役って言ったら主役の天竺徳兵衛(てんじくとくべえ)と赤松満祐(あかまつまんゆう)て

    おじいさんくらいだよ?

    いったい何だい?    


番頭:え~それが…、

   いちばん終(しま)いに出てくる、ガマの役なんでございますよ。


大旦那:なに、ガマぁ!?

    【溜息】

    番頭(ばんとう)さん…お前、あれまでくじに入れておいたのかい?

    まったく…四十(しじゅう)だの五十だの重箱(じゅうばこ)みたいに無駄(むだ)に年を重ねて、

    気がきかないにもほどがありますよ。

    あんなものはね、小僧(こぞう)に小遣(こづか)いでもやってぬいぐるみの中に

    入ってもらえば、それで済むんじゃないか。

    いくら待ってたって若旦那(わかだんな)は来(き)やしないよ!


番頭:へ、へい、申し訳ありません、旦那(だんな)様!


大旦那:うーん、しかしこのままには…、

    お、あれはうちの小僧(こぞう)の定吉(さだきち)じゃないか。

    あれはたしか芝居(しばい)が好きだろ、あれにやらせな。


番頭:わ、わかりました、さっそく! 


   定(さだ)どん!

   定吉(さだきち)!

   定(さだ)やー!


定吉:へーーい!


   へい、番頭(ばんとう)さん、お呼びでございますか?


番頭:ああ定吉(さだきち)、お前、今日うちで芝居(しばい)があるのは知っているかい?


定吉:えぇへへへ、楽しみですね。


番頭:たいそう芝居好(しばいず)きだそうじゃないか。


定吉:へへそりゃもう!

   大好きなんですよぅあたしは!

   もう三度のおまんまを四度いただいても好きなんですよぅ!


番頭:じゃあおまんまの方が好きなんじゃないか。

   実はね、急に役者が一人足りなくなったんだよ。

   どうだ定吉(さだきち)、やる気は無いかい?


定吉:! えっ、今なんておっしゃったんですか番頭(ばんとう)さん。

   あたっ、あたしっ、役者っ、いっぺん演(や)りたいと思ってたんですよ

   、やらしてください!

   それで、誰が来ないんです?


番頭:伊勢屋(いせや)の若旦那(わかだんな)が急に来られなくなったんだよ。


定吉:へぇぇ、伊勢屋(いせや)の若旦那(わかだんな)さん!

   いい役なんでしょうねえ…どんな役です?


番頭:あんまり喜ばれても困るんだがな…。

   天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)の忍術譲(にんじゅつゆず)り場(ば)という場面に出てくる…ガマの役だ。


定吉:がま…がまさん…がまさんってな、男ですか女ですか?


番頭:お前、ガマ知らないのかい?

   ガマガエルのガマだよ。


定吉:ガマガエルのガマ!?

   ゲロゲロっ、てアレですか!?

   嫌(や)ですよ番頭(ばんとう)さん、知り合いの小僧(こぞう)だって大ぜい見に来てんですよ

   。そんなもの演(や)ったら、定(さだ)どーんなんて呼んでくれませんよ。

   ガマどーんとかガマ吉どーんとか言われちまいます。


番頭:ははは、なんだお前、そんなこと気にしているのかい?

   大丈夫だよ、ぬいぐるみの中に入るんだから。

   誰がガマ演(や)ってるか、分かりゃしないよ。


定吉:あ、そうなんですか、へえ、ぬいぐるみ。

   じゃあ演(や)ってみようかな。


番頭:あぁやっとくれ、頼むよ。

   皆(みんな)に内緒(ないしょ)でお小遣(こづか)いをあげるから。


定吉:へへへ、ありがとうございます。

   あ、それじゃ番頭(ばんとう)さん、あの、きっかけを教えてくださいな。


番頭:ほぉ、えらいなお前は。

   きっかけを聞くところなんざ、なかなか感心だな。

   まぁ、きっかけと言ってもさして難しいものじゃ無いんだがな。

   赤松満祐(あかまつまんゆう)ておじいさんの幽霊から、天竺徳兵衛(てんじくとくべえ)が忍術(にんじゅつ)を譲(ゆず)り受ける

   起きよ徳兵衛(とくべえ)、起きよ徳兵衛(とくべえ)、大日丸(だいにちまる)。

   徳兵衛(とくべえ)が、

   はて心得(こころえ)ぬ、井手(いで)の玉川(たまがわ)冬枯(ふゆが)れて、

   げに厳寒(げんかん)の理(ことわり)や、梢(こずえ)を払(はろ)う風の音(おと)。

   ましらの叫ぶ声ならで、まさに我が名を呼びつるは、

   狐狸(こり)の類(たぐい)か、はて、何やつなるぞ。

   不思議は道理(どうり)、我こそはーー

   っと、ここから長いセリフのやり取りがあるんだが、

   まあそれはどうでもいいんだ。

   その忍術(にんじゅつ)を譲(ゆず)り受ける時に、

   かく忍術(にんじゅつ)を受け継(つ)ぐからは、足利一家(あしかがいっけ)を滅ぼすは瞬(またたく)くうちと

   九字(くじ)を切る。

   すると楽屋(がくや)からドロという太鼓(たいこ)が、

   どろーんどろーんどろろろぉーんっと鳴って、

   いちばん終(しま)いに徳兵衛(とくべえ)が印(いん)を結ぶ。

   ここで大ドロって太鼓(たいこ)の音が大きくなる。

   そしたらお前がぴょこぴょこっと這(は)い出すんだ。


定吉:はぁ~…いろいろ何だか、難(むずか)しい責任があるんで。

   まぁ早い話がどろどろっ、と来たら、ぴょこぴょこっと這(は)い出せば

   、それでいいんですか。

   へへへ…どろぴょこってやつですね…へへへ…。

   嘘(うそ)つきはどろぴょこの始まり、なんてーー


番頭:【↑の語尾に被せて】

   つまんない洒落(しゃれ)を言うんじゃないよ。


   旦那(だんな)様! 旦那(だんな)様!

   定吉(さだきち)がやってくれます!


大旦那:おお番頭(ばんとう)さん、首尾(しゅび)よくいったか。

    定吉(さだきち)、頼んだよ。

    よし、すぐに幕(まく)を開けーー


番頭:【↑の語尾に喰い気味に】

   だ、旦那(だんな)様!

   建具屋(たてぐや)の半次(はんじ)もまだ来ていないそうです!


大旦那:なに、半次(はんじ)もかい!?

    あれも役が気に入らないとか言うんじゃないだろうね!?


番頭:いえ、半次(はんじ)は舞台番(ぶたいばん)でして。


大旦那:それじゃ、役者のほうをやりたかったとか?

    舞台番(ぶたいばん)じゃ気に入らないってんで、ヘソ曲げて来ないのかい?

    困ったね…、

    ああ定吉(さだきち)、待ちな待ちな、ぬいぐるみに入るの待ちな。


定吉:え、やっぱり若旦那(わかだんな)さん来ました?


番頭:そうじゃないよ。

   建具屋(たてぐや)の半次(はんじ)の家(うち)を知ってるな?

   舞台番(ぶたいばん)を頼んでるんだ。

   本来は舞台番(ぶたいばん)は必要ないんだが、今回は旦那(だんな)様の意向(いこう)でな。

   ひとっ走(ぱし)り行って、番頭(ばんとう)さんが呼んでるから来てくれ、

   半(はん)さんが来ませんと幕が開(あ)きませんから、よろしくお願い致します

   、と言ってな。


大旦那:道草(みちくさ)を食うんじゃないよ、まっつぐ行っておいで!


定吉:へーーい!

   

   【二拍】


   えぇと、確かこの辺で…あ、あったあった、あの家だ。

   【戸を叩きながら】

   半さん、半さーん! はーんーさーん!!


半次:ぺぃッ、俺が行かねえもんだから呼びに来やがったな。ふんッ。

   【ドスを聞かせて】

   半さんは留守(るす)でぃッ。


定吉:ふふふ、留守(るす)でぃっ、てそこに座って煙草(たばこ)飲んでるじゃな

   いですか。


半次:でもいねえんだッ。


定吉:そんな事言わないで、番頭(ばんとう)さんが呼んでますよ。

   すぐ来てくださいって。

   半さんが来ないとね、お芝居(しばい)が始まらないんだって。


半次:てやんでぇッ、テメェんとこの芝居(しばい)なんざァな、

   こちとら行きたくもねェんだ!

   おめェにこんな事言ってもしゃあねェがな、

   言わなきゃわからねェから聞かしてやる。

   そこを開けてこっちへ入(へぇ)れこっち!


   おう、こないだな、テメェんところの旦那(だんな)に往来(おうらい)でばったり出くわ

   したんだ。

   こっちァ盆暮(ぼんく)れに腐(くさ)れ半纏(はんてん)の一枚ももらったってェんで、

   ほんの世辞(せじ)のつもりで旦那(だんな)、今度ァ芝居(しばい)があるそうですね、

   ひとつ、あっしにも一役(ひとやく)おくんなせェとこう言ったら、

   テメェんとこの旦那(だんな)、なんつったと思う?

   人の顔を穴のあくほどじーーーっと見やがって、


大旦那:おい半次(はんじ)、お前は鏡を見た事があるのかい?

    うちは化物芝居(ばけものしばい)はやらないんだ。

    こんど化物(ばけもの)がふんだんに出てくる芝居(しばい)があったらお前を座頭(ざがしら)にす

    るよ。


半次:こうぬかしやがったんだ、っざけやがって!

   こんな事言われてよ、さようでございますかってノコノコ出かけら

   れるかってんだこんちきしょうめ!

   帰(けぇ)ってテメェんとこの旦那(だんな)に言っとけ!

   建具屋(たてぐや)の半次(はんじ)は血の通(かよ)った人間でござんすと、ちきしょうめ。

   あんまバカにしてっと、頭から塩ぶっかけて齧(かじ)っちまうぞってよ!

   ほれ、帰(けぇ)った帰(けぇ)った!!


定吉:わ、分かりましたよォ、そう伝えときます。


   【二拍】


   頭から塩ぶっかけて齧(かじ)っちゃうだって…。

   山姥(やまんば)じゃねえんだからこっちは…ははは…。

   あ、番頭(ばんとう)さーん、言ってきました。


番頭:あぁ戻ったか、定吉(さだきち)。

   すぐ来るって言ってたかい?


定吉:ぁー…ダメです。

   来ませんよォあれ。

   真っ赤になって怒ってましたから。


番頭:えぇ? 怒ってたって?

   いったい何に腹を立ててたんだい?


定吉:それが、旦那(だんな)にですね、

   化物芝居(ばけものしばい)の時はお前を座頭(ざがしら)にする、って言われたんですって。

   それで怒って来ないんですよ。


番頭:何を言ってるんだあいつは…ものが分からないねぇ。

   あの半次(はんじ)はね、うち一軒(いっけん)でおまんま食べてんだよ。

   うちの旦那(だんな)がしくじっちまったら人間の干物(ひもの)が一枚できあがるって

   、そういう理屈(りくつ)が分からないかねあいつは…。


定吉:いい年して、呆(あき)れたもんですねえ。


番頭:しかしね、舞台番(ぶたいばん)を置けってのは旦那(だんな)の命令なんだよ。

   ここで半次(はんじ)に来てもらわないと、あたしが小言(こごと)をくらっちまうんだ

   。

   なんとかして引きずり出す手立(てだ)てはないかね…。

   あ、そういえばこの間ちょいと小耳(こみみ)にはさんだんだがね、

   半次(はんじ)は小間物屋(こまものや)のみぃ坊(ぼう)にバカな惚(ほ)れ方をしてるそうじゃないか。


定吉:へへへ、そうなんですよ、よく知ってますねえ番頭(ばんとう)さん。

   さすが地獄耳(じごくみみ)だ。

   そうなんですよォ、もうバッカ惚(ぼ)れのベタ惚(ぼ)れ。

   もうね、半さんにみーちゃんって一言(ひとこと)言っただけで鼻の下のばして

   涎(よだれ)たらしちゃう、だらしがないったらないや。

   皆(みんな)言ってますよ。

   あれは足袋屋(たびや)の看板(かんばん)だって。


番頭:なんだいその、足袋屋(たびや)の看板(かんばん)って。


定吉:片(かた)っぽだけできている。


番頭:うまいなぁこらぁ。

   なるほど、足袋屋(たびや)の看板(かんばん)片(かた)っぽだけできているってか。

   ははは…じゃあ、みぃ坊(ぼう)のほうはまるっきり相手にしてないのか。


定吉:当たり前ですよ。

   みぃちゃんは半さんの事なんか気にしてませんよ。


番頭:そりゃそうだろうな。

   …そうか!

   じゃあ定吉(さだきち)、もういっぺん半次(はんじ)の家(うち)へ行ってな、

   今そこで小間物屋(こまものや)のみぃちゃんに会ったと、一言(ひとこと)ポーンとぶつけて

   みろ。

   野郎ノコノコと這(は)い出して来るからな。

   俺の事なんか言ってたかくらいの事は聞くだろうから、

   「あら小僧(こぞう)さん、どこ行くの。」と言うから、

   「今日はお店(たな)でもってお芝居(しばい)があるから、半さんを呼びに行くとこ

   ろ」

   「あら、半さんもお役者様?」

   「いや、半さんは役者じゃなくて舞台番(ぶたいばん)」ってこう言え。

   あいつ怒るからな。

   「なんだって余計なこと喋(しゃべ)るんだ」ってな。

   そしたら、

   「みぃちゃん褒(ほ)めてたよ。素人(しろうと)が白粉(おしろい)ぬって舞台の上でギクリバッ

   タリやるのはいい形じゃない。

   そこを半さんは舞台番(ぶたいばん)と逃げたところが、あの人の利口(りこう)な所。

   粋(いき)でいなせな半さんの舞台番(ぶたいばん)をひと目見たいわ」

   ってお店(たな)の方へ駆(か)け出してったけど、半さんどうする、

   と、こう言ってみろ。

   あいつ間違いなく出てくる。


定吉:うまいなぁ…さすが古狸(ふるだぬき)だなぁ…。

   ぁいや、きっと来ますよ。

   じゃあ行ってきます!


   【二拍】


   これは面白(おもしろ)くなってきたぞ~。

   半さん、半さーん!


半次:けっ、まだそんなとこにいやがったのか!

   帰(けぇ)れってんだよ!!


定吉:今ねー!


半次:帰(けぇ)れよ!


定吉:そこでさー!


半次:帰(けぇ)れ!!


定吉:小間物屋(こまものや)のみぃちゃんに会ったよ!


半次:【態度が180度変わる】

   こっちへ入(へぇ)れ。

   はははは…今なんつったおめェ。

   こまものやのォ、みぃぼうにィ、あったのかァ?

   んへァ…


定吉:大丈夫かい半さん!?

   ホントに涎(よだれ)たらすんだぁ…。

   あぁうん、会ったよ。

   小僧(こぞう)さん、どこ行くのーって言うからね、

   今日はお店(たな)でもってお芝居(しばい)があってね、半さん呼びに行くところ、

   ったら、あら、半さんもお役者様?って言うから、

   半さんは役者じゃなくて舞台番(ぶたいばん)、って言っといたよ。


半次:…こンのお喋(しゃべ)り小僧(こぞう)、ろくな事言わねえな!

   なんだって舞台番(ぶたいばん)だなんて、間抜(まぬ)けな事言いやがったんだ!


定吉:でもね、みぃちゃん褒(ほ)めてたよ。


半次:何が?


定吉:素人(しろうと)が白粉(おしろい)ぬって舞台(ぶたい)の上でギクリバッタリやるのは、

   あんまりいい形じゃない。

   そこを半さんは舞台番(ぶたいばん)と逃げたところが、あの人の利口(りこう)な所。

   粋(いき)でいなせな半さんの舞台番(ぶたいばん)をひと目見たいわ。

   って今お店(たな)の方へ駆(か)け出してったけど、どうする半さん?

   舞台番(ぶたいばん)だったらね、吉太(きちた)も芳(よし)さんも皆(みんな)やりたがってたよ。

   珍しいからって。

   どうする、半さん?

   ね、どうするの?

   来るの? 来ないの?


半次:ちょっと待て、この野郎!

   人の急所(きゅうしょ)えぐりやがったなぁちきしょうめ。


   ………行く。

   行くよォおめェ、当たり前じゃねぇか。

   そらそうだ、みぃ坊(ぼう)の言う通りだ。

   素人(しろうと)が白粉(おしろい)ぬって舞台(ぶたい)の上でギクリバッタリやったって、

   いい形なもんじゃねえ。

   っお俺ァね、舞台番(ぶたいばん)をやりてえなと思ってたんだよォ、ハハハ…。


定吉:ハハ…なるほど、うまく持ち上がった。


半次:?なんでぇ、持ち上がったってな。


定吉:んんん何でもないよぉ!

   っじゃあさ、すぐ行こうよ!


半次:ちょっちょっ、ちょっちょっ、ちょっと待ちな。

   お前(め)ぇは舞台番(ぶたいばん)てものを知らねえだろうがな、

   舞台番(ぶたいばん)ってェのは花道(はなみち)と本舞台(ほんぶたい)の付(つ)け根(ね)に、畳半畳(たたみはんじょう)だ。

   ここに威勢(いせい)よくクルっとケツを捲(まく)って座る。

   んでもって、客が騒(さわ)いだり赤ん坊が泣いたりしたら静かにさせる、

   これが舞台番(ぶたいばん)の役割(やくわり)だ。

   いま言った通り、カッと威勢(いせい)よくケツを捲(まく)るんだ。

   フンドシが見えらァ、フンドシが。


定吉:ふんふんふん…フンドシがね。


半次:並のフンドシじゃあしょうがねェだろ、な。

   で、今ひょいと考え付いたんだ。

   去年の祭りに神輿(みこし)を担(かつ)いだ時、俺がしてたフンドシ覚えてるか?


定吉:【手を叩く】

   覚えてるよ半さん、アレ目立(めだ)ってたねぇ、あの真っ赤な奴。


半次:おう、緋縮緬(ひぢりめん)のフンドシだ。


定吉:へェ…あれ、緋縮緬(ひぢりめん)っての。

   あれ良かったよォ、半さんがいっちばん目立(めだ)ってたよ!

   あの真っ赤な奴、いいね!

   じゃ、あれして行こうよ!


半次:ん~~…ちょいとこのところ懐都合(ふところつごう)が悪くてなァ、

   質(しち)に入れちまったんだよ。


定吉:あら~…フンドシまで質(しち)に入れちゃうの?

   じゃあ、入れ替える物も無いの?


半次:何にもねえんだ。

   台所に釜(かま)が一つあるっきりよ。


定吉:いいじゃない、フンドシの入れ替えにお釜(かま)なんぞよく似合(にあ)うよ。


半次:ませたガキだなこの野郎。

   よーし、わかったわかった!

   いいか、いいか!?

   必ず行くから、みぃ坊を帰しちゃいけねェぞ!

   ぅ分(わ)かったな!!


語り:さて半次(はんじ)、どこをどう都合(つごう)を付けましたか、

   質屋(しちや)から緋縮緬(ひぢりめん)のフンドシを受け出して来るってぇとこいつを締(し)め

   、まっつぐお店(たな)や行きゃ別にどうという事もないんですが、

   そこはもう根(ね)が剽軽者(ひょうきんもの)でございますから、ちょいとひとっ風呂(ぷろ)

   浴びて色男に、なんてんで町内のお湯屋(ゆや)に駆(か)け込んだんでございます。


半次:おう、邪魔するぜィ!


番台:へぃらっしゃい!

   あれ、半さんじゃねえか?

   何だい、今時分(いまじぶん)。


半次:ああ、店(たな)でもって芝居(しばい)があるんだよ。


番台:ああ、聞いてるよ。

   半さんもお役者さんなのかい?


半次:冗談(じょうだん)言うなよォ。

   役者なんぞにおなんぞ付けねえでくれ!奉(たてまつ)らねえでもらいてぇな!

   素人(しろうと)が白粉(おしろい)ぬって、舞台(ぶたい)の上でギクリバッタリやるってなぁ

   あまりいい形じゃねえ。

   こちとら粋(いき)に舞台番(ぶたいばん)に逃げたんだ。


番台:舞台番(ぶたいばん)!

   へぇ、あの旦那(だんな)もまたずいぶん凝(こ)るねぇ。

   しかし半さん、舞台番(ぶたいばん)にしてはちょいとなりが地味(じみ)じゃねえかい?


半次:へへ、確かになり地味(じみ)よ。

   地味(じみ)だけど一箇所(いっかしょ)、派手(はで)な所があって、

   そこでオチを取ろうってんだ。

   おうおう、どうよこれこれこれこれ!

   これを見てくれってんだよ!

   よっ!

   どうだよ、派手(はで)だろこれァ!


番台:おぉこら派手(はで)だ、真っ赤じゃねぇか。

   見事(みごと)なもんだ、こいつァ緋縮緬(ひぢりめん)だな!


半次:おっ、分かるかい?

   へへへ、町内(ちょうない)広しといえども、これだけのものを持ってる奴ァいね

   えだろ!


番台:ああ、いねえだろうな。


半次:物(もの)がいいんでよ、ずっしり目方(めかた)がかかってんだ!


番台:たしかに、こいつはなかなか重そうだ。


半次:本物でぇ!


番台:おう間違いなく本物だ。

   いい品だ、染め直せばヘコ帯(おび)にでもなる。


半次:俺ァ、女子供に見せて驚かしてやろうってんだよ。

   物はしっかりしてるんだ、嘘(うそ)だと思うんならちょいと咥(くわ)えて

   引っ張ってみてくんな。

   チリチリっと音がして縮(ちぢ)むからよ。


番台:嫌なこと言うね。

   誰が咥(くわ)えるってんだよ。


半次:おっそうだ、すまねえけど油(あぶら)っ紙(かみ)貸してくんねぇか?


番台:いや、そんなもの置いてないよ。

   どうしようってぇんだい?


半次:これだけの物だ、盗まれたら芝居(しばい)に行けなくなっちまう。

   油(あぶら)っ紙(かみ)に包んで頭の上に括(くく)り付けるんだよ。


番台:そんな川越(かわご)しみたいなことしなくても、

   大事(だいじ)なものなら番台(ばんだい)で預(あず)かってやるよ。


半次:おう、そうしてくれるかい!?

   滅多(めった)なとこへ置いちゃいけねえよ。

   うしろの神棚(かみだな)かどっかへ上げといてくんな!


番台:バカ言っちゃいけないよ。

   そんなの聞いた事もねえ。


語り:なんてやってる間にも舞台(ぶたい)の方では、半次(はんじ)が来るのを今か今かと

   待っていた番頭(ばんとう)さん、ついにしびれを切らして定吉(さだきち)を呼び立てまし

   た。


番頭:定吉(さだきち)、定吉(さだきち)!


定吉:へーい番頭(ばんとう)さん、ご用ですか?


番頭:ご用か何かじゃないよ、半次(はんじ)はどうなってるんだい?

   まだ来ないんだ、お前もう一度行って見てきておくれ!


定吉:えっ、まだ来ないんです?

   ほんとしょうがないですね、行ってきます。


   【二拍】


   まったくいい年して世話(せわ)が焼けるなぁ。

   どうしちゃったんだろう、来るって言ってたのに。


   半さーん、半さーん!


   あれ、留守(るす)だ。

   あ、すいません、お隣(となり)のおばさん、半さん知りませんか?

   えっ、手ぬぐいぶら下げてお湯屋(ゆや)行った?

   あららら…ははは…色っぽいんだからなぁ。

   あの顔、お湯で洗って綺麗(きれい)になると思ってんのかな?

   顔の造作(ぞうさく)間違(まちが)っちゃってるんだからさ、どうしようもないんだよ。

   そういう事が分からないんだよなぁ半さんて人は。

   だから皆(みんな)にバカ半(はん)、バカ半(はん)って呼ばれるんだよ。


   あ、こんちわー!

   建具屋(たてぐや)の半ちゃん来てますかー?


番台:おぅ小僧(こぞう)かい。

   跳(は)ねっ返りの半(はん)ならほら、えーと、左から四つ目の、

   般若(はんにゃ)の彫(ほ)ってあるケツが、半次(はんじ)のおケツだ。


定吉:あ、あれが半さんのおケツ?

   半さんのおケツで半ケツ?

   毛むくじゃらの汚いおケツだよ。

   山ん中で出したら鉄砲で撃たれちまうね。

   これで痔(じ)でも患(わずら)いかけてたら半”痔(じ)”のおケツだよ。

   しかも男の癖(くせ)に糠袋(ぬかぶくろ)使って…おしゃれしてどうしようってんだろ。

   って、じっくり観察してる場合じゃないや。   


   ちょっと半さん、何ぐずぐずやってんだよ!

   早くしないと、みーちゃん帰っちゃうよ!


半次:!あっあっ、ダメだッ帰しちまっちゃあ!

   す、すぐ行くからよッッ!


語り:さぁ半次(はんじ)、みぃ坊の名前がポーンと耳に飛び込むと、

   慌(あわ)てて湯からポーンと飛び出した。

   体を拭(ふ)く暇(ひま)もあらばこそ、着物ひっかけてダーッと表(おもて)に駆(か)け出す。

   肝心(かんじん)の番台(ばんだい)へ預(あず)けてあるフンドシもすっかり忘れる有様(ありさま)。


半次:いけねぇいけねぇ、急がねえとッ!


兄貴:おう、半次(はんじ)じゃあねぇか!

   どうした、頭から湯気(ゆげ)ェ出してケンカか?


半次:あっ、こいつァ兄貴!

   いや、ケンカじゃねえんですよ、店(たな)でもって芝居(しばい)があるんでさァ!


兄貴:おう聞いてるぜ!

   俺も後で行ってみようかなって思ってんだ。

   てェ事ァ半次(はんじ)、おめえ役者かい?


半次:冗談(じょうだん)言っちゃあいけねェよ!

   兄貴の前(めぇ)だけどね、素人(しろうと)が白粉(おしろい)ぬって、

   舞台(ぶたい)でギクリバッタリやるのはあまりいい形じゃねえ。

   こちとら粋(いき)に、舞台番(ぶたいばん)と逃げたんだ!


兄貴:ほぉ舞台番(ぶたいばん)か、オメェにしちゃあ上出来(じょうでき)だな。

   ?おい、舞台番(ぶたいばん)にしちゃあ、ちょいとなりが地味(じみ)じゃねえか?


半次:確かになりァ地味(じみ)ですよ、なりァ。

   でもね兄貴、一箇所(いっかしょ)だけ派手(はで)な所があって、

   そいつでオチを取ろうってんだ。

   まぁまぁまぁ見てくれ見てくれよこいつを!

   ぃよッ、とォ!!


   どうだぃ兄貴、これよ!

   派手(はで)だろ?


兄貴:ぉ、おいおいよせよ、そういうのを往来(おうらい)で出すのは。


半次:へへへどうでぃ、立派(りっぱ)なもんだろ、兄貴!


兄貴:ま、まあその、立派(りっぱ)、まぁそのだから、よくわかったから、

   もうやめときな、そのぁ、早くしまえ。


半次:町内(ちょうない)広しといえども、これだけのものを持ってる奴ァいませんぜ!

   目方(めかた)もあるんでさ!


兄貴:そ、そらぁ、町内どころじゃねえよな。

   それだけのものったら、おめぇ、八丁(はっちょう)まわり探したって、

   いやしねえよ。

   わ、わかったわかった、だからそういうのはしまっとけって…。


半次:んな事ァ言わねえでよう!

   もっと顔を傍(そば)へ持ってきて、よく見てくれよ!


兄貴:だ、誰が顔持ってくかい!


半次:咥(くわ)えて引っ張ってみてくれよ!


兄貴:バカ言うんじゃねえ!

   誰が咥(くわ)えて引っ張る奴があるかよ!


半次:こいつで俺ァ町内(ちょうない)の奴らをびっくりさせてやるんでさァ!


兄貴:んなもん見たら、気の弱い娘(こ)は目を回しちまうぞ!


半次:わかったよォ!

   へへ、兄貴、待ってるからねー!


   【二拍】


兄貴:バカだねあいつァ!

   ケツまくったまま駆(か)けてったよ。


   【二拍】


定吉:番頭(ばんとう)さーん!

   半さん連れて来ましたよー!!


大旦那:おぉやっと半次(はんじ)が来たか!


番頭:じゃあすぐ幕を上げとくれ!


語り:さあ最後の面子(めんつ)、半次(はんじ)は舞台(ぶたい)に駆(か)け込むや、隅(すみ)に設置さ

   れてる半畳(はんじょう)に飛び乗り、小手(こて)かざして客席をぐるりと見渡す。


半次:みぃちゃんみぃちゃんみぃちゃんみぃちゃんみぃちゃんみぃちゃん

   みぃちゃんみぃちゃんみぃちゃんみぃちゃん………、

   【↑だんだん尻すぼみになっていく】


定吉:【つぶやく】

   うわぁ…血眼(ちまなこ)になって探してるよ。

   これ、バレた時にやばいんじゃないの…?

   

半次:…チッ、いねえや…帰(けえ)っちゃったか…。

   あんの与太小僧(よたこぞう)、あれほど帰(けえ)しちゃいけねえって言っといたのによ

   …!

   何のために俺ァこんだけの苦労をしたんだかわからねえや、

   ちきしょうめ、後で張り倒してやろうか?

   くやしいが…まあいいや。

   他の女の子に見てもらおうじゃねえか。


   …ダメだ、みんな芝居(しばい)の方を見てやがる。

   ちったぁこっちを見ろっての、こっちを、ちきしょうめ。

   こちとらァ、今日は色々と銭(ぜに)がかかってんでぇ。

   ん”、ん”っ、ん”ん”ッ!

   さぁさぁさぁ、あんま騒(さわ)いじゃいけねえよ! 静かに静かにッ!

   さぁさぁさぁ、さぁー静かに静かに、し ず か に!


客1:うーむ、いやぁなかなか見せてくれるじゃありませんか。

   恐れ入りましたね。


客2:確かに、これだけ魅(み)せてくれるってのは久しぶりだ。

   大概(たいがい)どっかで、つまづいたりするもんなんですがね。


客1:役者がいいよ。

   あの赤松満祐(あかまつまんゆう)は、誰がやってるんです?


客2:ああ、駿河屋(するがや)の若旦那(わかだんな)らしいよ。


客1:えっ、駿河屋(するがや)の!?

   へええ、達者(たっしゃ)なもんだねえ。

   玄人(くろうと)はだしってぇのはこの事だ。

   じゃあこっちの天竺徳兵衛(てんじくとくべえ)は?


客2:聞いて驚け。

   …なんと源(げん)ちゃんだ。


客1:えっ源(げん)ちゃん!!?

   源(げん)ちゃんがこんなに化(ば)けちゃったのかい!?

   いや驚いたねぇこらぁ…、たいしたもんだよ、うん。

   楽しませてくれるんだけど、ちょっと騒(そうぞう)々しいね…なんです?


客2:ああ、舞台番(ぶたいばん)が騒いでるんだよ。


客1:舞台番(ぶたいばん)てな、客が騒(さわ)いだり、子供が走り回ったりしたら静かにさせ

   る役だろ。

   客が静かに舞台(ぶたい)をじーっと見てるのに、一人でぱーぱー騒(さわ)いで

   どうするんだ。

   たしか、舞台番(ぶたいばん)は…。


客2:建具屋(たてぐや)の半次(はんじ)だよ。


客1:半次(はんじ)ィ? あんのバカ半!

   呆(あき)れかえった奴だ、ほんと物が分からないんだからね、あれは。

   ……ん? んんん?

   お、おい、ち、ちょっと、ちょっと見なさい舞台番(ぶたいばん)を、

   あの、バカ半を。


客2:いやいや、あんなもの見たってしょうがないよ。


客1:い、いやね、目の錯覚(さっかく)かね、ほら、ちょっと見なさいよ。


客2:なにが…っって、ぉおぉおぉお!!?


   【三拍】


   本物かね? あれ。


   糝粉細工(しんこざいく)かなんかでこしらえたんじゃないのあれ?

   あ、ほんもの…ぶっ、ははは…。

   ははぁ、あいつぁアレを見せたいばっかりに、

   さっきからぱーぱーぱーぱー騒(さわ)いでるのかい?


客1:なるほどねぇ、あそこまでやるんなら粋(いき)なもんだ。

   せっかくのご趣向(しゅこう)だ、誉(ほ)めてやろうじゃないか!


客2:いよッ! 半次(はんじ)!


客1:半ちゃん! ご趣向(しゅこう)! 日本一(にっぽんいち)!


客2:見事(みごと)な鎌首(かまくび)ッ!

   大道具(おおどうぐ)ッ!


半次:おッ、やぁっと俺の了見(りょうけん)が上がりやがったな!

   へへへ、ありがたいねェ!

   そうこなくっちゃあよ!!

   

語り:すっかり調子(ちょうし)に乗った半次(はんじ)、

   ズルズルズルズル前にせり出してくる始末(しまつ)。

   さあ客席(きゃくせき)はざわつく。

   笑い出すのもあれば女子供(おんなこども)は逃げ出すのもいるで

   すっかり混乱してしまうが、そこは素人芝居(しろうとしばい)の悲しさ、

   自分のセリフを言うのが精一杯(せいいっぱい)で、なんで客席(きゃくせき)がざわついているの

   か気が付かない。

   それでも芝居(しばい)はトントントントン進み、いよいよ忍術譲(にんじゅつゆず)り場(ば)、

   楽屋(がくや)から大(おお)どろの太鼓(たいこ)が、

   どろーんどろーんどろろろぉーんっと鳴り響(ひび)く。

   天竺徳兵衛役(てんじくとくべえやく)が精一杯(せいいっぱい)気取(きど)ったんですが、肝心(かんじん)のガマが出て来ない。


大旦那:おい、ガマだよ、ガマガマ。

    ガマが出て来なくちゃ幕(まく)が下(お)ろせないよ!

    早くガマを出しな!


番頭:しょうがないな、定吉(さだきち)は何をして…ってあ、

   こんなとこにうずくまっていて、おいおい定(さだ)、何をしてるんだい!

   あたしが言っただろう。

   どろどろっと大きく鳴ったら出るんだって!

   今が出時(でどき)だよ! 早く出なさい!


定吉:いぇ…出られませんん…。


番頭:そんなこと言ってないで、早く出なさい!


定吉:【↑の語尾に被せて】

   いぃえ番頭(ばんとう)さん、出られません。

   あそこで青大将(あおだいしょう)が狙(ねら)ってますから。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭小遊三

柳家小三治(十代目)

三遊亭圓生(六代目)



※用語解説



糝粉細工(しんこざいく):うるち米を洗って乾かし、ひいて粉にしたもの。上質のもの

     を上糝(じょうしん)・上用粉(じょうようこ)という。





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