落語声劇「蛙茶番」
落語声劇「蛙茶番」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約40分
必要演者数:5名
(0:0:5)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
大旦那:番頭、定吉らが奉公する店の大旦那。
定期的に芝居を上演している。
番頭:お店の番頭さん。
普段の業務の他に芝居の手配を整えなければならない苦労人。
定吉:お店で奉公する丁稚さん。
伊勢屋の若旦那が芝居の配役を嫌がった事で、
急遽小遣いもらって代役に。
半次:町内で建具屋を営んでいる男。
大旦那に容姿をけなされ、芝居の役を振ってもらえなかったことに
怒って芝居をボイコットしようとする。
あんまり頭が良くないせいか、バカ半と呼ばれることも。
番台:町内のお湯屋の番台。
兄貴:半次の兄貴分。
客1:芝居を見に来た客その1。
客2:芝居を見に来た客その2。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
大旦那・番台:
番頭・客1:
定吉・客2:
半次:
兄貴・語り・枕:
枕:芝居を演る際に避けては通れないのは配役ですな。
皆それぞれ、演りたい役をやれるのが一番いいんですが、
どうしても人気の役ってぇものには希望が集中する。
皆さんにも覚えがあるんじゃあないでしょうか。
むかし、仮名手本忠臣蔵ってぇ芝居の五段目に、
通称「鉄砲殺しの場」という場面があるんですが、ここでは早野勘平
という役がたいそう人気で、毎回希望が殺到するとか。
ある時なんかは、全員が勘平役を希望してしまい、にっちもさっちも
行かなくなってしまった座頭は、なんと志願者全員に勘平役を振って
しまったんだそうで。
いざ当日舞台の幕があくってぇと、そこにいたのは我こそ早野勘平と
胸を張る役者が30人ばかりずらーっと並んでいる。
客は驚いて「なんだなんだ、全員勘平って、あれは何です?」
すると誰かが、「ああ、さしずめ、勘平式でしょう。」と
軍隊を総覧する観兵式とかけた洒落が残ってます。
そして、人気な役があれば不人気な役も当然存在します。
セリフが少ない、カッコ悪いだなんて、敬遠される不遇な役ですな。
それらの役すべてがあるからこそ、芝居は成立するものなのですが。
大旦那:番頭さんや! 番頭さん!
ちょいとこっち来ておくれ!
番頭;は、はい旦那様!
お呼びでございますか。
大旦那:お呼びも何もないよ、ちっとも幕が上がらないじゃないか。
お客様が大勢押しかけて、みんなお待ちなんだよ。
番頭:も、申し訳ありません。
急に役者が一人足りなくなりましたもので。
大旦那:役者が足りない?
誰が来ないんだね?
番頭:伊勢屋の若旦那なんでございます。
大旦那:伊勢屋の若旦那?
あの人は芝居好きで、いざとなると自分が先に立って皆を引っ張
っていくっていうような人だよ?
それが来ないってのはおかしいじゃないか。
番頭:いえ、それがどうも今度は、役が気に入らないのではないかと…。
大旦那:【溜息】
また始まったよ…。
そういうことのないように、今度はくじ引きで決めたんだろう?
それで今までずっと稽古してて、当日になって急に来ないっての
は困るじゃないか。
役で揉めたって…ちょっと待っておくれよ。
序幕はたしか、天竺徳兵衛忍術譲り場だな。
番頭:さようでございます。
大旦那:他の役ってったら…、
あぁ、じゃあ端で出てくる、仕出しの船頭の役かい?
番頭:いえ旦那様。
伊勢屋の若旦那は芝居好きでございますんで、
もう仕出しの役でも役と名がつけば、色々と自分で趣向を凝らして
出てくるんでございますよ。
大旦那:でもお前、あとは役って言ったら主役の天竺徳兵衛と赤松満祐て
おじいさんくらいだよ?
いったい何だい?
番頭:え~それが…、
いちばん終いに出てくる、ガマの役なんでございますよ。
大旦那:なに、ガマぁ!?
【溜息】
番頭さん…お前、あれまでくじに入れておいたのかい?
まったく…四十だの五十だの重箱みたいに無駄に年を重ねて、
気がきかないにもほどがありますよ。
あんなものはね、小僧に小遣いでもやってぬいぐるみの中に
入ってもらえば、それで済むんじゃないか。
いくら待ってたって若旦那は来やしないよ!
番頭:へ、へい、申し訳ありません、旦那様!
大旦那:うーん、しかしこのままには…、
お、あれはうちの小僧の定吉じゃないか。
あれはたしか芝居が好きだろ、あれにやらせな。
番頭:わ、わかりました、さっそく!
定どん!
定吉!
定やー!
定吉:へーーい!
へい、番頭さん、お呼びでございますか?
番頭:ああ定吉、お前、今日うちで芝居があるのは知っているかい?
定吉:えぇへへへ、楽しみですね。
番頭:たいそう芝居好きだそうじゃないか。
定吉:へへそりゃもう!
大好きなんですよぅあたしは!
もう三度のおまんまを四度いただいても好きなんですよぅ!
番頭:じゃあおまんまの方が好きなんじゃないか。
実はね、急に役者が一人足りなくなったんだよ。
どうだ定吉、やる気は無いかい?
定吉:! えっ、今なんておっしゃったんですか番頭さん。
あたっ、あたしっ、役者っ、いっぺん演りたいと思ってたんですよ
、やらしてください!
それで、誰が来ないんです?
番頭:伊勢屋の若旦那が急に来られなくなったんだよ。
定吉:へぇぇ、伊勢屋の若旦那さん!
いい役なんでしょうねえ…どんな役です?
番頭:あんまり喜ばれても困るんだがな…。
天竺徳兵衛韓噺の忍術譲り場という場面に出てくる…ガマの役だ。
定吉:がま…がまさん…がまさんってな、男ですか女ですか?
番頭:お前、ガマ知らないのかい?
ガマガエルのガマだよ。
定吉:ガマガエルのガマ!?
ゲロゲロっ、てアレですか!?
嫌ですよ番頭さん、知り合いの小僧だって大ぜい見に来てんですよ
。そんなもの演ったら、定どーんなんて呼んでくれませんよ。
ガマどーんとかガマ吉どーんとか言われちまいます。
番頭:ははは、なんだお前、そんなこと気にしているのかい?
大丈夫だよ、ぬいぐるみの中に入るんだから。
誰がガマ演ってるか、分かりゃしないよ。
定吉:あ、そうなんですか、へえ、ぬいぐるみ。
じゃあ演ってみようかな。
番頭:あぁやっとくれ、頼むよ。
皆に内緒でお小遣いをあげるから。
定吉:へへへ、ありがとうございます。
あ、それじゃ番頭さん、あの、きっかけを教えてくださいな。
番頭:ほぉ、えらいなお前は。
きっかけを聞くところなんざ、なかなか感心だな。
まぁ、きっかけと言ってもさして難しいものじゃ無いんだがな。
赤松満祐ておじいさんの幽霊から、天竺徳兵衛が忍術を譲り受ける
起きよ徳兵衛、起きよ徳兵衛、大日丸。
徳兵衛が、
はて心得ぬ、井手の玉川冬枯れて、
げに厳寒の理や、梢を払う風の音。
ましらの叫ぶ声ならで、まさに我が名を呼びつるは、
狐狸の類か、はて、何やつなるぞ。
不思議は道理、我こそはーー
っと、ここから長いセリフのやり取りがあるんだが、
まあそれはどうでもいいんだ。
その忍術を譲り受ける時に、
かく忍術を受け継ぐからは、足利一家を滅ぼすは瞬くうちと
九字を切る。
すると楽屋からドロという太鼓が、
どろーんどろーんどろろろぉーんっと鳴って、
いちばん終いに徳兵衛が印を結ぶ。
ここで大ドロって太鼓の音が大きくなる。
そしたらお前がぴょこぴょこっと這い出すんだ。
定吉:はぁ~…いろいろ何だか、難しい責任があるんで。
まぁ早い話がどろどろっ、と来たら、ぴょこぴょこっと這い出せば
、それでいいんですか。
へへへ…どろぴょこってやつですね…へへへ…。
嘘つきはどろぴょこの始まり、なんてーー
番頭:【↑の語尾に被せて】
つまんない洒落を言うんじゃないよ。
旦那様! 旦那様!
定吉がやってくれます!
大旦那:おお番頭さん、首尾よくいったか。
定吉、頼んだよ。
よし、すぐに幕を開けーー
番頭:【↑の語尾に喰い気味に】
だ、旦那様!
建具屋の半次もまだ来ていないそうです!
大旦那:なに、半次もかい!?
あれも役が気に入らないとか言うんじゃないだろうね!?
番頭:いえ、半次は舞台番でして。
大旦那:それじゃ、役者のほうをやりたかったとか?
舞台番じゃ気に入らないってんで、ヘソ曲げて来ないのかい?
困ったね…、
ああ定吉、待ちな待ちな、ぬいぐるみに入るの待ちな。
定吉:え、やっぱり若旦那さん来ました?
番頭:そうじゃないよ。
建具屋の半次の家を知ってるな?
舞台番を頼んでるんだ。
本来は舞台番は必要ないんだが、今回は旦那様の意向でな。
ひとっ走り行って、番頭さんが呼んでるから来てくれ、
半さんが来ませんと幕が開きませんから、よろしくお願い致します
、と言ってな。
大旦那:道草を食うんじゃないよ、まっつぐ行っておいで!
定吉:へーーい!
【二拍】
えぇと、確かこの辺で…あ、あったあった、あの家だ。
【戸を叩きながら】
半さん、半さーん! はーんーさーん!!
半次:ぺぃッ、俺が行かねえもんだから呼びに来やがったな。ふんッ。
【ドスを聞かせて】
半さんは留守でぃッ。
定吉:ふふふ、留守でぃっ、てそこに座って煙草飲んでるじゃな
いですか。
半次:でもいねえんだッ。
定吉:そんな事言わないで、番頭さんが呼んでますよ。
すぐ来てくださいって。
半さんが来ないとね、お芝居が始まらないんだって。
半次:てやんでぇッ、テメェんとこの芝居なんざァな、
こちとら行きたくもねェんだ!
おめェにこんな事言ってもしゃあねェがな、
言わなきゃわからねェから聞かしてやる。
そこを開けてこっちへ入れこっち!
おう、こないだな、テメェんところの旦那に往来でばったり出くわ
したんだ。
こっちァ盆暮れに腐れ半纏の一枚ももらったってェんで、
ほんの世辞のつもりで旦那、今度ァ芝居があるそうですね、
ひとつ、あっしにも一役おくんなせェとこう言ったら、
テメェんとこの旦那、なんつったと思う?
人の顔を穴のあくほどじーーーっと見やがって、
大旦那:おい半次、お前は鏡を見た事があるのかい?
うちは化物芝居はやらないんだ。
こんど化物がふんだんに出てくる芝居があったらお前を座頭にす
るよ。
半次:こうぬかしやがったんだ、っざけやがって!
こんな事言われてよ、さようでございますかってノコノコ出かけら
れるかってんだこんちきしょうめ!
帰ってテメェんとこの旦那に言っとけ!
建具屋の半次は血の通った人間でござんすと、ちきしょうめ。
あんまバカにしてっと、頭から塩ぶっかけて齧っちまうぞってよ!
ほれ、帰った帰った!!
定吉:わ、分かりましたよォ、そう伝えときます。
【二拍】
頭から塩ぶっかけて齧っちゃうだって…。
山姥じゃねえんだからこっちは…ははは…。
あ、番頭さーん、言ってきました。
番頭:あぁ戻ったか、定吉。
すぐ来るって言ってたかい?
定吉:ぁー…ダメです。
来ませんよォあれ。
真っ赤になって怒ってましたから。
番頭:えぇ? 怒ってたって?
いったい何に腹を立ててたんだい?
定吉:それが、旦那にですね、
化物芝居の時はお前を座頭にする、って言われたんですって。
それで怒って来ないんですよ。
番頭:何を言ってるんだあいつは…ものが分からないねぇ。
あの半次はね、うち一軒でおまんま食べてんだよ。
うちの旦那がしくじっちまったら人間の干物が一枚できあがるって
、そういう理屈が分からないかねあいつは…。
定吉:いい年して、呆れたもんですねえ。
番頭:しかしね、舞台番を置けってのは旦那の命令なんだよ。
ここで半次に来てもらわないと、あたしが小言をくらっちまうんだ
。
なんとかして引きずり出す手立てはないかね…。
あ、そういえばこの間ちょいと小耳にはさんだんだがね、
半次は小間物屋のみぃ坊にバカな惚れ方をしてるそうじゃないか。
定吉:へへへ、そうなんですよ、よく知ってますねえ番頭さん。
さすが地獄耳だ。
そうなんですよォ、もうバッカ惚れのベタ惚れ。
もうね、半さんにみーちゃんって一言言っただけで鼻の下のばして
涎たらしちゃう、だらしがないったらないや。
皆言ってますよ。
あれは足袋屋の看板だって。
番頭:なんだいその、足袋屋の看板って。
定吉:片っぽだけできている。
番頭:うまいなぁこらぁ。
なるほど、足袋屋の看板片っぽだけできているってか。
ははは…じゃあ、みぃ坊のほうはまるっきり相手にしてないのか。
定吉:当たり前ですよ。
みぃちゃんは半さんの事なんか気にしてませんよ。
番頭:そりゃそうだろうな。
…そうか!
じゃあ定吉、もういっぺん半次の家へ行ってな、
今そこで小間物屋のみぃちゃんに会ったと、一言ポーンとぶつけて
みろ。
野郎ノコノコと這い出して来るからな。
俺の事なんか言ってたかくらいの事は聞くだろうから、
「あら小僧さん、どこ行くの。」と言うから、
「今日はお店でもってお芝居があるから、半さんを呼びに行くとこ
ろ」
「あら、半さんもお役者様?」
「いや、半さんは役者じゃなくて舞台番」ってこう言え。
あいつ怒るからな。
「なんだって余計なこと喋るんだ」ってな。
そしたら、
「みぃちゃん褒めてたよ。素人が白粉ぬって舞台の上でギクリバッ
タリやるのはいい形じゃない。
そこを半さんは舞台番と逃げたところが、あの人の利口な所。
粋でいなせな半さんの舞台番をひと目見たいわ」
ってお店の方へ駆け出してったけど、半さんどうする、
と、こう言ってみろ。
あいつ間違いなく出てくる。
定吉:うまいなぁ…さすが古狸だなぁ…。
ぁいや、きっと来ますよ。
じゃあ行ってきます!
【二拍】
これは面白くなってきたぞ~。
半さん、半さーん!
半次:けっ、まだそんなとこにいやがったのか!
帰れってんだよ!!
定吉:今ねー!
半次:帰れよ!
定吉:そこでさー!
半次:帰れ!!
定吉:小間物屋のみぃちゃんに会ったよ!
半次:【態度が180度変わる】
こっちへ入れ。
はははは…今なんつったおめェ。
こまものやのォ、みぃぼうにィ、あったのかァ?
んへァ…
定吉:大丈夫かい半さん!?
ホントに涎たらすんだぁ…。
あぁうん、会ったよ。
小僧さん、どこ行くのーって言うからね、
今日はお店でもってお芝居があってね、半さん呼びに行くところ、
ったら、あら、半さんもお役者様?って言うから、
半さんは役者じゃなくて舞台番、って言っといたよ。
半次:…こンのお喋り小僧、ろくな事言わねえな!
なんだって舞台番だなんて、間抜けな事言いやがったんだ!
定吉:でもね、みぃちゃん褒めてたよ。
半次:何が?
定吉:素人が白粉ぬって舞台の上でギクリバッタリやるのは、
あんまりいい形じゃない。
そこを半さんは舞台番と逃げたところが、あの人の利口な所。
粋でいなせな半さんの舞台番をひと目見たいわ。
って今お店の方へ駆け出してったけど、どうする半さん?
舞台番だったらね、吉太も芳さんも皆やりたがってたよ。
珍しいからって。
どうする、半さん?
ね、どうするの?
来るの? 来ないの?
半次:ちょっと待て、この野郎!
人の急所えぐりやがったなぁちきしょうめ。
………行く。
行くよォおめェ、当たり前じゃねぇか。
そらそうだ、みぃ坊の言う通りだ。
素人が白粉ぬって舞台の上でギクリバッタリやったって、
いい形なもんじゃねえ。
っお俺ァね、舞台番をやりてえなと思ってたんだよォ、ハハハ…。
定吉:ハハ…なるほど、うまく持ち上がった。
半次:?なんでぇ、持ち上がったってな。
定吉:んんん何でもないよぉ!
っじゃあさ、すぐ行こうよ!
半次:ちょっちょっ、ちょっちょっ、ちょっと待ちな。
お前ぇは舞台番てものを知らねえだろうがな、
舞台番ってェのは花道と本舞台の付け根に、畳半畳だ。
ここに威勢よくクルっとケツを捲って座る。
んでもって、客が騒いだり赤ん坊が泣いたりしたら静かにさせる、
これが舞台番の役割だ。
いま言った通り、カッと威勢よくケツを捲るんだ。
フンドシが見えらァ、フンドシが。
定吉:ふんふんふん…フンドシがね。
半次:並のフンドシじゃあしょうがねェだろ、な。
で、今ひょいと考え付いたんだ。
去年の祭りに神輿を担いだ時、俺がしてたフンドシ覚えてるか?
定吉:【手を叩く】
覚えてるよ半さん、アレ目立ってたねぇ、あの真っ赤な奴。
半次:おう、緋縮緬のフンドシだ。
定吉:へェ…あれ、緋縮緬っての。
あれ良かったよォ、半さんがいっちばん目立ってたよ!
あの真っ赤な奴、いいね!
じゃ、あれして行こうよ!
半次:ん~~…ちょいとこのところ懐都合が悪くてなァ、
質に入れちまったんだよ。
定吉:あら~…フンドシまで質に入れちゃうの?
じゃあ、入れ替える物も無いの?
半次:何にもねえんだ。
台所に釜が一つあるっきりよ。
定吉:いいじゃない、フンドシの入れ替えにお釜なんぞよく似合うよ。
半次:ませたガキだなこの野郎。
よーし、わかったわかった!
いいか、いいか!?
必ず行くから、みぃ坊を帰しちゃいけねェぞ!
ぅ分かったな!!
語り:さて半次、どこをどう都合を付けましたか、
質屋から緋縮緬のフンドシを受け出して来るってぇとこいつを締め
、まっつぐお店や行きゃ別にどうという事もないんですが、
そこはもう根が剽軽者でございますから、ちょいとひとっ風呂
浴びて色男に、なんてんで町内のお湯屋に駆け込んだんでございます。
半次:おう、邪魔するぜィ!
番台:へぃらっしゃい!
あれ、半さんじゃねえか?
何だい、今時分。
半次:ああ、店でもって芝居があるんだよ。
番台:ああ、聞いてるよ。
半さんもお役者さんなのかい?
半次:冗談言うなよォ。
役者なんぞにおなんぞ付けねえでくれ!奉らねえでもらいてぇな!
素人が白粉ぬって、舞台の上でギクリバッタリやるってなぁ
あまりいい形じゃねえ。
こちとら粋に舞台番に逃げたんだ。
番台:舞台番!
へぇ、あの旦那もまたずいぶん凝るねぇ。
しかし半さん、舞台番にしてはちょいとなりが地味じゃねえかい?
半次:へへ、確かになり地味よ。
地味だけど一箇所、派手な所があって、
そこでオチを取ろうってんだ。
おうおう、どうよこれこれこれこれ!
これを見てくれってんだよ!
よっ!
どうだよ、派手だろこれァ!
番台:おぉこら派手だ、真っ赤じゃねぇか。
見事なもんだ、こいつァ緋縮緬だな!
半次:おっ、分かるかい?
へへへ、町内広しといえども、これだけのものを持ってる奴ァいね
えだろ!
番台:ああ、いねえだろうな。
半次:物がいいんでよ、ずっしり目方がかかってんだ!
番台:たしかに、こいつはなかなか重そうだ。
半次:本物でぇ!
番台:おう間違いなく本物だ。
いい品だ、染め直せばヘコ帯にでもなる。
半次:俺ァ、女子供に見せて驚かしてやろうってんだよ。
物はしっかりしてるんだ、嘘だと思うんならちょいと咥えて
引っ張ってみてくんな。
チリチリっと音がして縮むからよ。
番台:嫌なこと言うね。
誰が咥えるってんだよ。
半次:おっそうだ、すまねえけど油っ紙貸してくんねぇか?
番台:いや、そんなもの置いてないよ。
どうしようってぇんだい?
半次:これだけの物だ、盗まれたら芝居に行けなくなっちまう。
油っ紙に包んで頭の上に括り付けるんだよ。
番台:そんな川越しみたいなことしなくても、
大事なものなら番台で預かってやるよ。
半次:おう、そうしてくれるかい!?
滅多なとこへ置いちゃいけねえよ。
うしろの神棚かどっかへ上げといてくんな!
番台:バカ言っちゃいけないよ。
そんなの聞いた事もねえ。
語り:なんてやってる間にも舞台の方では、半次が来るのを今か今かと
待っていた番頭さん、ついにしびれを切らして定吉を呼び立てまし
た。
番頭:定吉、定吉!
定吉:へーい番頭さん、ご用ですか?
番頭:ご用か何かじゃないよ、半次はどうなってるんだい?
まだ来ないんだ、お前もう一度行って見てきておくれ!
定吉:えっ、まだ来ないんです?
ほんとしょうがないですね、行ってきます。
【二拍】
まったくいい年して世話が焼けるなぁ。
どうしちゃったんだろう、来るって言ってたのに。
半さーん、半さーん!
あれ、留守だ。
あ、すいません、お隣のおばさん、半さん知りませんか?
えっ、手ぬぐいぶら下げてお湯屋行った?
あららら…ははは…色っぽいんだからなぁ。
あの顔、お湯で洗って綺麗になると思ってんのかな?
顔の造作間違っちゃってるんだからさ、どうしようもないんだよ。
そういう事が分からないんだよなぁ半さんて人は。
だから皆にバカ半、バカ半って呼ばれるんだよ。
あ、こんちわー!
建具屋の半ちゃん来てますかー?
番台:おぅ小僧かい。
跳ねっ返りの半ならほら、えーと、左から四つ目の、
般若の彫ってあるケツが、半次のおケツだ。
定吉:あ、あれが半さんのおケツ?
半さんのおケツで半ケツ?
毛むくじゃらの汚いおケツだよ。
山ん中で出したら鉄砲で撃たれちまうね。
これで痔でも患いかけてたら半”痔”のおケツだよ。
しかも男の癖に糠袋使って…おしゃれしてどうしようってんだろ。
って、じっくり観察してる場合じゃないや。
ちょっと半さん、何ぐずぐずやってんだよ!
早くしないと、みーちゃん帰っちゃうよ!
半次:!あっあっ、ダメだッ帰しちまっちゃあ!
す、すぐ行くからよッッ!
語り:さぁ半次、みぃ坊の名前がポーンと耳に飛び込むと、
慌てて湯からポーンと飛び出した。
体を拭く暇もあらばこそ、着物ひっかけてダーッと表に駆け出す。
肝心の番台へ預けてあるフンドシもすっかり忘れる有様。
半次:いけねぇいけねぇ、急がねえとッ!
兄貴:おう、半次じゃあねぇか!
どうした、頭から湯気ェ出してケンカか?
半次:あっ、こいつァ兄貴!
いや、ケンカじゃねえんですよ、店でもって芝居があるんでさァ!
兄貴:おう聞いてるぜ!
俺も後で行ってみようかなって思ってんだ。
てェ事ァ半次、おめえ役者かい?
半次:冗談言っちゃあいけねェよ!
兄貴の前だけどね、素人が白粉ぬって、
舞台でギクリバッタリやるのはあまりいい形じゃねえ。
こちとら粋に、舞台番と逃げたんだ!
兄貴:ほぉ舞台番か、オメェにしちゃあ上出来だな。
?おい、舞台番にしちゃあ、ちょいとなりが地味じゃねえか?
半次:確かになりァ地味ですよ、なりァ。
でもね兄貴、一箇所だけ派手な所があって、
そいつでオチを取ろうってんだ。
まぁまぁまぁ見てくれ見てくれよこいつを!
ぃよッ、とォ!!
どうだぃ兄貴、これよ!
派手だろ?
兄貴:ぉ、おいおいよせよ、そういうのを往来で出すのは。
半次:へへへどうでぃ、立派なもんだろ、兄貴!
兄貴:ま、まあその、立派、まぁそのだから、よくわかったから、
もうやめときな、そのぁ、早くしまえ。
半次:町内広しといえども、これだけのものを持ってる奴ァいませんぜ!
目方もあるんでさ!
兄貴:そ、そらぁ、町内どころじゃねえよな。
それだけのものったら、おめぇ、八丁まわり探したって、
いやしねえよ。
わ、わかったわかった、だからそういうのはしまっとけって…。
半次:んな事ァ言わねえでよう!
もっと顔を傍へ持ってきて、よく見てくれよ!
兄貴:だ、誰が顔持ってくかい!
半次:咥えて引っ張ってみてくれよ!
兄貴:バカ言うんじゃねえ!
誰が咥えて引っ張る奴があるかよ!
半次:こいつで俺ァ町内の奴らをびっくりさせてやるんでさァ!
兄貴:んなもん見たら、気の弱い娘は目を回しちまうぞ!
半次:わかったよォ!
へへ、兄貴、待ってるからねー!
【二拍】
兄貴:バカだねあいつァ!
ケツまくったまま駆けてったよ。
【二拍】
定吉:番頭さーん!
半さん連れて来ましたよー!!
大旦那:おぉやっと半次が来たか!
番頭:じゃあすぐ幕を上げとくれ!
語り:さあ最後の面子、半次は舞台に駆け込むや、隅に設置さ
れてる半畳に飛び乗り、小手かざして客席をぐるりと見渡す。
半次:みぃちゃんみぃちゃんみぃちゃんみぃちゃんみぃちゃんみぃちゃん
みぃちゃんみぃちゃんみぃちゃんみぃちゃん………、
【↑だんだん尻すぼみになっていく】
定吉:【つぶやく】
うわぁ…血眼になって探してるよ。
これ、バレた時にやばいんじゃないの…?
半次:…チッ、いねえや…帰っちゃったか…。
あんの与太小僧、あれほど帰しちゃいけねえって言っといたのによ
…!
何のために俺ァこんだけの苦労をしたんだかわからねえや、
ちきしょうめ、後で張り倒してやろうか?
くやしいが…まあいいや。
他の女の子に見てもらおうじゃねえか。
…ダメだ、みんな芝居の方を見てやがる。
ちったぁこっちを見ろっての、こっちを、ちきしょうめ。
こちとらァ、今日は色々と銭がかかってんでぇ。
ん”、ん”っ、ん”ん”ッ!
さぁさぁさぁ、あんま騒いじゃいけねえよ! 静かに静かにッ!
さぁさぁさぁ、さぁー静かに静かに、し ず か に!
客1:うーむ、いやぁなかなか見せてくれるじゃありませんか。
恐れ入りましたね。
客2:確かに、これだけ魅せてくれるってのは久しぶりだ。
大概どっかで、つまづいたりするもんなんですがね。
客1:役者がいいよ。
あの赤松満祐は、誰がやってるんです?
客2:ああ、駿河屋の若旦那らしいよ。
客1:えっ、駿河屋の!?
へええ、達者なもんだねえ。
玄人はだしってぇのはこの事だ。
じゃあこっちの天竺徳兵衛は?
客2:聞いて驚け。
…なんと源ちゃんだ。
客1:えっ源ちゃん!!?
源ちゃんがこんなに化けちゃったのかい!?
いや驚いたねぇこらぁ…、たいしたもんだよ、うん。
楽しませてくれるんだけど、ちょっと騒々しいね…なんです?
客2:ああ、舞台番が騒いでるんだよ。
客1:舞台番てな、客が騒いだり、子供が走り回ったりしたら静かにさせ
る役だろ。
客が静かに舞台をじーっと見てるのに、一人でぱーぱー騒いで
どうするんだ。
たしか、舞台番は…。
客2:建具屋の半次だよ。
客1:半次ィ? あんのバカ半!
呆れかえった奴だ、ほんと物が分からないんだからね、あれは。
……ん? んんん?
お、おい、ち、ちょっと、ちょっと見なさい舞台番を、
あの、バカ半を。
客2:いやいや、あんなもの見たってしょうがないよ。
客1:い、いやね、目の錯覚かね、ほら、ちょっと見なさいよ。
客2:なにが…っって、ぉおぉおぉお!!?
【三拍】
本物かね? あれ。
糝粉細工かなんかでこしらえたんじゃないのあれ?
あ、ほんもの…ぶっ、ははは…。
ははぁ、あいつぁアレを見せたいばっかりに、
さっきからぱーぱーぱーぱー騒いでるのかい?
客1:なるほどねぇ、あそこまでやるんなら粋なもんだ。
せっかくのご趣向だ、誉めてやろうじゃないか!
客2:いよッ! 半次!
客1:半ちゃん! ご趣向! 日本一!
客2:見事な鎌首ッ!
大道具ッ!
半次:おッ、やぁっと俺の了見が上がりやがったな!
へへへ、ありがたいねェ!
そうこなくっちゃあよ!!
語り:すっかり調子に乗った半次、
ズルズルズルズル前にせり出してくる始末。
さあ客席はざわつく。
笑い出すのもあれば女子供は逃げ出すのもいるで
すっかり混乱してしまうが、そこは素人芝居の悲しさ、
自分のセリフを言うのが精一杯で、なんで客席がざわついているの
か気が付かない。
それでも芝居はトントントントン進み、いよいよ忍術譲り場、
楽屋から大どろの太鼓が、
どろーんどろーんどろろろぉーんっと鳴り響く。
天竺徳兵衛役が精一杯気取ったんですが、肝心のガマが出て来ない。
大旦那:おい、ガマだよ、ガマガマ。
ガマが出て来なくちゃ幕が下ろせないよ!
早くガマを出しな!
番頭:しょうがないな、定吉は何をして…ってあ、
こんなとこにうずくまっていて、おいおい定、何をしてるんだい!
あたしが言っただろう。
どろどろっと大きく鳴ったら出るんだって!
今が出時だよ! 早く出なさい!
定吉:いぇ…出られませんん…。
番頭:そんなこと言ってないで、早く出なさい!
定吉:【↑の語尾に被せて】
いぃえ番頭さん、出られません。
あそこで青大将が狙ってますから。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
三遊亭小遊三
柳家小三治(十代目)
三遊亭圓生(六代目)
※用語解説
糝粉細工:うるち米を洗って乾かし、ひいて粉にしたもの。上質のもの
を上糝・上用粉という。