5. 勇者レクスの休日は少ない
勇者レクスの休日は少ない。
魔王国との戦争中は寝る間も惜しんで戦い続けていたし、戦が終わってからは大量発生した魔物の討伐に各地を奔走していた。
ようやく一段落して王都へ戻れば、今度は積み上がった事務作業と、人材不足の穴埋めに駆り出される日々。
たんまりもらった褒賞金も、使う時間がなければただの置物である。
勇者なんて、絶対に憧れるべきじゃない。
『ガァァァアアアアアアアア!!』
……そう思わざるを得ない理由が今改めて、レクスの目の前で暴れていた。
Lv.40、人食い鬼。
人食い鬼なりのお洒落なのだろうか、筋骨隆々とした胸元に人間の頭蓋をいくつもぶら下げ、見せつけるように巨大な斧を軽々と振り回している。
発する威嚇のオーラは耐性のない者ならば即死級の一撃となるはずで、まさに百の軍勢に相応しき、魔物たちの首領といえるだろう。
……もっとも、彼の部下はレクスが皆殺しにしてしまい、肉片となって散らばっているのだが。
振り下ろされる豪快な斧を、レクスは軽々と躱した。
凄まじい衝撃音とともに地面が抉れ、城壁の上から戦いを見守る観衆たちが悲鳴を上げる。
勝利するだけなら簡単なのだ。
だが「勇者レクスの力を民衆に示せ」という王宮からの指示がある以上、あっさり決着をつけるわけにもいかない。
「勇者といえば、やっぱり炎かな」
レクスの呟きに、赤い光の粒たちが次々と集まってくる。
一人一人が強力な力を持つ微精霊で、本来ならこの程度の魔物相手に彼らの力を借りるのは申し訳ない。
しかし、王宮の意図にも一理ある。
微精霊たちにおそるおそる協力を頼んでみたのだが、先日働かせすぎてストライキを起こされてしまったため、とりあえず集まってきてくれたことに内心安堵した。
後できちんと労わなければならない。
「できるかぎり派手に、映える感じで!」
空中に跳躍し、右手を掲げる。
指先から生まれた炎球が、渦を巻きながら急速に膨れ上がり、轟々と唸りを上げる。
上位魔族でも防げなかった一撃だ、そこらの雑魚に防げるはずもない。
「敵を燃やし尽くせ!」
炎球が人食い鬼オーガの身体を一息に飲み込み、四方八方に眩い光を撒き散らしながら爆発する。
城壁の上からわっと歓声が上がった。
子供たちが「すごーい!」と無邪気に喜んでいるのが聞こえて、着地したレクスはほっと息を吐いた。
任務完了、やっと休日出勤が終わる。
城壁の方へ向き直り、手を振る。
城壁の方へ向き直って手を振る。
ヴァルメリオ王国には、強い勇者がいて、魔物は恐れるに足らない――。
これは、それを民に示すためのパフォーマンスである。
先日、南の小国が陥落したという凶報がもたらされてから、王都では不安の声が燻っていたのだ。
今回の一件で、暫くは落ち着いてくれればいいのだが……根本的な原因を特定し、早急に叩かなければならない。
消し炭となった人食い鬼の身体が、砂のように崩れて風に拐われていく。
ごとりと落ちた拳大の魔石を拾い上げ、レクスは眉をひそめた。
黄緑色の宝石にも見えるそれは、紛れもなく風属性の魔石だ。
人食い鬼は通常地属性だが、ごく稀にレベル上昇とともに別属性へ転化する個体がいる。
とはいえ他属性化は早くてもLv.40以降。
一般男性がLv.15前後であることを考えれば、王都のすぐ近くに出てきていい魔物ではない。
「勇者様?」
魔術師の女性が、怪訝な顔でレクスを覗き込む。
「これ、ゼノに解析を。あと、王子殿下に伝えてほしい。多分……」
言いかけて、レクスは口をつぐんだ。
誰かが、魔物を強化しているかもだなんて。
これからめちゃめちゃに仕事が増えるんだろうなと、レクスはバレないように小さく、溜め息を吐いた。
「レクス」
元老院に呼び出され、魔物の被害について散々説明させられ、疲れきったレクスを後ろから呼び止めたのは、祝福の鐘の音のごとき澄みきった声だった。
振り返らなくても誰かは分かる。
まるで、聖女という概念そのものが、人の姿を得たかのような女性がそこにいた。
淡く光を帯びた白金糸の髪は、揺れるたび角度によって薄桃色を含み、朝焼けの光を閉じ込めたように柔らかく煌めいている。
深い湖底に沈められた翠玉を思わせる瞳は澄み渡りつつも、人の心の奥底を静かに覗くような深さを湛えている。
「アリス! 久しぶり、帰ってきていたんだ?」
レクスが言うと、アリスはふわりと微笑んだ。
「ええ、久しぶり。……南拠点に寄っていたのに、挨拶ひとつしないで素通りしていった誰かさんのせいで、ね」
淑やかかつ穏やかな口調だが……何故か静かな圧を感じさせる彼女こそが、レクスたち勇者パーティが誇る聖女、アリス・リュミエールその人である。
「いや、あれには訳があって」
「私、翌朝お父様から知らされて、泣き崩れてしまったというのに。レクスはなんて冷たいんでしょう?」
次話は幕間。
ルサールカSideです。




