1話 とりあえずは
ごめんなさい未完成です。内容に満足できないため放置しています。
ギトギトした店内。机を指でこすると摩擦を感じることなく滑っていく。こちらに来てから週一で通っているこってりラーメンの有名店「麺神」。いつもは一人で来ているが、今日は違う。俺の隣には一人の女の子がいた。粘度の高いスープに浸かった麺を一生懸命すすっている。どうしてこんなことになっているのか。それは今朝まで遡る。
「ふぁ~」
今日から新学期、ただいまアパートから学校へ登校中だ。春休み気分が抜けてないのかいつまでたってもあくびが止まらない。俺は、志望した高校が実家からかなり遠いため、高校から親元を離れて一人暮らしをしている。一人暮らしを始めて思ったことは、朝昼晩の食事、洗濯が意外と面倒くさい。親の存在の大きさに気付かされる毎日だ。二日に一回くらい母を召喚したくなってくる。高校二年生にもなり、この生活にも随分慣れてきて、時間に余裕ができてきた。二年生というと、そろそろ進路のことも考えておいた方がいい時期だ。学校に着くまでの間に少し考えてみることにした。すると脳裏に何か引っかかるものがあることに気付いた。考えれば考えるほどにそれは鮮明になっていき、ついにそれが何なのか見えてきた。
「俺は何をするためにこの学校に来たんだっけ?」
俺がわざわざ遠いこの学校を選んだ理由。何か大きな目標を持っていたような、ただただ一人暮らしに憧れていただけだったような。色々考えているうちに段々と思い出してきた。別に特段したいことがあったわけではないこと。得意なことが何もない俺には、明確な夢を持って生きている同級生たちがまぶしく見えていた。俺も意思を持って生きているんだと、親に、同級生に見栄を張りたかっただけだった。だから誰も志望しなそうな遠いこの学校を選んだんだ。それを思い出すと、受験生だった当時の自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。過去に戻ってボディーブローかましてやりたくなる。当分はやりたいことを、打ち込みたくなる何かを見つけることが目標になりそうだ。新学期という区切りはちょうどいい転換点になると思った。「変わってやる!」心の中で密かに決心して曲がり角を曲がると、突然見たことない光景が目に飛び込んできた。
「ク、クマの群れ?なんなんだこれは」
なぜか大量のクマのチャームが道のど真ん中に落ちている。そのゆるふわ感にあふれた空間に今にも決心が崩れ去ってしまいそうだった。
「なぜ?辺りには誰も…」
動揺しつつ、ふと道の先をみると、この辺りではあまり見ない銀髪ロングの女の子が歩いていた。そしてなんと彼女のカバンには大量のクマのチャームがついていた。
「犯人発見だなこれは」
俺はクマのチャームを一つずつ拾って歩き、彼女を追いかけ、声をかけた。
「おーい。これ君のかな」
俺の声に反応して彼女はこちらを振り返る。彼女の青く澄んだ瞳、整った目鼻立ちに少しドキッとしたがすぐに心を落ち着かせ、クマのチャームを手渡した。
「はい、これ」
「……。ありがとう…」
彼女は感情の見えない表情のまま、しかし優しい声でそう言った。クマのチャームをよく見てみるとほとんどは年季が入っていて何度も修復された跡が残っていた。
「大事なものはしっかりつけときなよ」
俺は似合わないセリフを吐き捨てるように言い残し、その場を去った。彼女には見た目以上に、何か不思議な魅力があったように感じられた。他の人とは違うような、そんなあいまいなものが…。
「く~、何言ってんだ俺は、恥ずかしい。それはそうと知らない制服だったけど、どこの学校だろう」
などと考えているうちに、時間が迫っていることに気付いた。新学期早々遅刻するのはまずいと思い、足早に学校へと向かった。
小走りで向かったため、時間に余裕を持って校門に着くことができた。深呼吸をして息を落ち着かせていたその時、何やらあわただしい足音が後ろから近付いてきた。
「よぉ樹!汗かいてんな、走ってきたのか?」
朝っぱらから大声で話しかけてきたのは幼馴染の|紫橋蒼斗だ。一年生の時最初にできた友達であり、親友でもある。蒼斗がどう思ってるかは知らないが、少なくとも俺はそう思っている。人と話すことがあまり得意じゃない俺にいつも付き合ってくれる良いやつだ。
「まあちょっとハプニングがあってな。遅刻するかと思ったんだ」
「そうか、そのハプニングについて詳しく聞きたいところだが、時間もないしとりあえずクラス分けの張り紙見に行こうぜ」
蒼斗にそう言われて、二人で新しい教室が張り出されている下駄箱へ向かった。
俺の通っている梵神高等学校は、学年ごとに六クラスに分けられる。去年は蒼斗と同じ一組だった。さっそく自分のクラスがどこなのかを確認した。
「一組かまた同じクラスだな樹。」
「だな、俺は友達少ないから蒼斗がいてくれて一安心だよ」
「樹はもうちょっと他人と仲良くする努力をした方がいいんじゃないか?」
「いや、俺は俺のことを分かってくれる人が数人いれば十分だ」
蒼斗からの意見を屁理屈でごまかし、引き続きクラスメイトの名前を眺めていた。しばらく眺めていると、クラスの人数が一組だけ39人で、他のクラスは40人であることに気が付いた。
「なぁ蒼斗、なんか一組だけ一人少なくないか?」
「ああ、俺らの学年は合計で239人だから。去年は六組が39人だったぞ。ていうか樹、目の付け所が面白いな。クラスの人数なんてどうでもいいだろ」
確かにその通りだと思いながら、蒼斗とともに教室へ向かった。
教室につくと、クラスには色々な人がいた。友達と同じクラスになれて嬉しそうな人。知り合いが少なく不安そうに座っている人。ドアの前でクラスを眺めていると、突然後ろから強く肩を叩かれた。
「おはよ!瑠璃川!」
俺の肩を叩いてきたのは、一年生の頃同じクラスで、俺の数少ない女子の友人である色咲彩華だった。
「いつも思うけど、あんたの名前って呼びにくいのよね、どうにかならないの?」
会って最初に言うことがそれか、と思う気持ちを抑え、色咲に挨拶を返す。
「おう、おはよう色咲。色咲も一組だったか。また一年間よろしくな」
「仕方ないな~、また一年間相手してやるか~」
なぜか色咲は顔を赤くしながら上から目線で、しかも全く違う方向を向きながら返事をした。
「色咲は朝から元気だな。そんなに樹に会えて嬉しいのか?」
蒼斗が煽り口調でそう言うと、色咲はさらに顔を赤くして反論した。
「うるさい紫橋!あんたのことは相手にしてやんないわよ!」
「ごめん冗談冗談、これからもよろしくな色咲」
相変わらず紫橋と色咲は仲がいいな、と改めて思った。二年生でもいつもの三人でいることになりそうだ。こちらとしてはありがたい話だ。
「そろそろ先生来るから席に座ろう、二人とも」
そうして俺たちは席を確認しに黒板へ向かった。本当は席を確認する必要もなく、俺の席はいつも窓際の一番後ろと決まっている。なぜなら、この学年には苗字の頭文字が俺より下の人がいないからだ。だが一応席を確認し着席する。しばらくすると背の高い男の先生が教室に入ってきた。おそらく担任だろう。
「はい、ホームルームを始めるので静粛にー。みんなおはよう。実は今日からこの|梵神高校に転校してくる子を紹介しようと思ったんだが…、まだ到着していないようなんだ」
先生の「転校生が来る」という発言にクラスがざわつき始めた。俺はというと、「これで40人でちょうどいいじゃん」などとどうでもいいことを考えていた。A型の性なのだろうか。その時、閉まっていたドアが音を立てて開いた。
「お、無事来れたみたいで良かったよ。今お前の紹介をしようと思ってたんだ。黒板の前に来てもらえるか」
彼女がクラスに入ってきた途端、またクラスがざわついた。可愛いだの美人だの様々な声が聞こえた。俺はどうかというと、彼女の顔をみて驚いていた。なんと今朝の登校中にクマのチャームを落としていた女の子だったのだ。
「彼女は雪柳美空、今年度より仄々高校からこの梵神高校へ転校になった。では雪柳、自己紹介を」
「…仄々高校から来ました雪柳と申します…。よろしくお願いします…。」
彼女は静かにそう名乗った。
「ありがとう。じゃあ雪柳は山田の後ろの席へ…」
俺は雪柳さんがこちらを見ていることに気が付いた。そして、
「先生…、私…彼の隣がいい…」
なぜか雪柳さんは俺を指さした。クラス中が「え、なんで?」というような反応をしていた。もちろん俺も先生も。だが蒼斗のやつだけは満面の笑みでこっちを見ていた。先生は戸惑いつつも…。
「お、おう。宮川すまんが雪柳と席変わってやってくれるか?」
隣の席の宮川は首を傾げつつもそれに応じていた。優しいな宮川は。
「ありがとう宮川。じゃあ雪柳は瑠璃川の隣の席へ」
「では、みんなそろったところで、一人ずつ自己紹介をしてもらう。まずは先生から。先生の名前は樋目野勇利……」
毎年恒例の自己紹介が始まった。俺は当然一番最後。自己紹介何言おうかなぁ、などと考えていると、隣の席になった雪柳さんに話しかけられた。
「ねえ…、朝、チャーム拾ってくれて、ありがとう」
「えっ、ああ気にしなくてもいいよ、たまたまだったし」
急に話しかけられてあたふたしてしまった。恥ずかしさを隠すように俺は雪柳さんに質問を返した。
「雪柳さんはなぜ俺の隣に?」
「早くお礼を言いたくて。…迷惑だった?」
「いやいや全然迷惑じゃない、迷惑じゃないけど理由が気になって…」
「それだけ、特に深い理由はないわ。…………名前は?」
「なっ、名前?俺は瑠璃川樹、別にこの後自己紹介するし今聞かなくても…」
「…いつき。これからよろしくね」
雪柳さんの急な呼び捨てと笑顔に、心臓を掴まれたような衝撃を受けた。鼓動が速くなり、動揺して言葉を返せないでいると、いつの間にか自己紹介の番が回ってきていた。
「次は、瑠璃川の番だぞ~」
「えっ、はい!」
急に先生に呼ばれて驚く。ずっと話していた雪柳さんの番が回ってきた様子もなさそうだったから完全に油断していた。
「瑠璃川樹です!えっとー、好きな食べ物はラーメンと寿司とごぼうの天ぷら…です。よ、よろしくお願いします」
何の準備もしてなかったが、変なこと言ってないだろうか、と心配していると、雪柳さんがニヤケ顔で話しかけてきた。
「へぇ、ごぼうの天ぷら好きなんだ」
「え、ごぼうの天ぷらおいしいよね??ってそんなことより雪柳さんの自己紹介は??」
「私は最初にしたから免除」
雪柳さんの自己紹介は最初にしたから飛ばされていたらしい。
「やっぱ、いつきは面白い人ね、ふふ」
雪柳さんは何を考えているのか全く想像できないから恐ろしい。でも悪い人ではなさそうだから、今後とも仲良くできたら、と思った。
こうして俺の高校二年生最初のホームルームはよくわからないまま幕を閉じた。
一時限目のホームルームが終わり、10分ほどの小休憩をはさんだ後、二時限目が始まった。
「では、二時限目はみんなが早く打ち解けられるように、アイスブレイクを行う。速やかに体育館に移動してくれ」
樋目野先生がそう言うと、クラスメイト達は移動を始めた。俺も蒼斗と色咲と一緒に移動しようと思っていると、雪柳さんに話しかけられた。
「いつき、私まだ体育館までの行き方分からないから連れていって」
「いいけど、俺が教えなくても人の流れに任せて進めば着くと思うよ」
「まぁまぁいいから、よろしく」
「はぁ、まあいいか」
蒼斗と色咲に一緒に行けないという旨を伝えてから、俺は雪柳さんを体育館へ連れていくこととなった。
体育館には二年生の全クラスが集合することになっていた。しばらくして先生の点呼も終わり、担任の樋目野先生がマイクを使って話し始めた。
「よしじゃあみんな集まったようだな、改めて、おはよう!これからはみんなにはドミノ倒しを行ってもらう。クラス間で競ったりはしないが、協力して素晴らしいものを完成させてくれ」
先生の話が終わると、クラスの人たちがどんなのを作るのか話し始めていた。俺も雪柳さんの意見を聞こうと思い振り返ると、彼女はすでにドミノを立て始めていた。
「雪柳さん!まずはクラス内でドミノの立て方の方向性を決めないと…」
と話しかけたが、彼女は黙々とドミノを立て続けていた。その様子を見たクラスメイト達はいくつかグループを作り、それぞれで立て始めてしまった。俺は蒼斗と色咲と合流し、雪柳さんの近くに立てることにした。
30分後、そろそろそれぞれが作ったドミノをくっつける頃合いかと思い、雪柳さんの方を見てみると、僕は思わず笑ってしまった。
「…雪柳さん、なんでそんなまっすぐ立てたの…?」
なんと雪柳さんはドミノをひたすらまっすぐに立てていたようだ。もう少し立てる時間があったら他のクラスのエリアに侵入していただろう。無表情でこちらを見る雪柳さんを見て、また笑いが込み上げてきたが、ギリギリでこらえた。
「何も考えてなかった、うまくつながるかしら。いつき、後は任せたわ」
「任せられても…。とりあえずみんなでそれぞれに作ったものをつなげていこう」
そう言って作業を進め、何とか時間内に全てをつなげることができた。周りを見てみるとどのクラスも完成しているようだった。他のクラスのドミノはいびつながらも、コンセプトは分かるぐらいには一貫性があったが、一組のドミノは良くも悪くも個性が爆発していた。
「雪柳さんの作ったところ、結構いい味出てるよ」
「そうでしょ」
「うん、カレーの隠し味のウスターソースくらいいい味出てるよ」
「それはよくわかんないけど、ありがとう」
良い例えだと思ったがあまり伝わらなかったようだ。少し残念な気持ちを抑えつつ、全クラスで一斉にドミノを倒すことになった。
「最後まで倒れるかしら」
「雪柳さんのところは安心だよ、直線だし」
結果として、どのクラスも途中で止まることなく最後まで倒れきった。最後のドミノが倒れた瞬間、みんな意外と盛り上がっていた。ドミノ倒しは子供っぽいと思っていたが、久しぶりにやるとなかなか面白かった。それにこういう広い場所と大量のドミノがないとできないと考えると、貴重な体験をしたような気分になれた。
「それはそうと、雪柳さんは一人で突っ走らずちゃんと周りを見ないと」
「なんで?私は私がやりたいことをやっただけよ」
「なんでって、クラスで一つのものを作るんだから、みんなで息を合わせないと」
「私、自分に嘘をつくのは嫌い。でも今回は私が悪かったわ、集中すると周りが見えなくなる時があるの。」
「確かにすごい集中力だった、話しかけても返事なかったし」
「」
こんな文章を最後まで読んでくださったあなたは神様です。誇ってください。