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第98話『缶詰パニック』

■ 缶詰パニック


 今日のホストハウスに向かって歩く地球一家6人は、目が回りそうなくらいにおなかをすかせていた。

「私たち、朝起きてからから何一つ食べてないわね。どうしてこうなるの? もう限界だわ」

 ミサが怒りの矛先をどこにも向けられないまま叫ぶと、父がなだめるように答えた。

「機内食を楽しみにしておなかをすかせて飛行機に乗ったら、機内に食べ物が何一つなかったからね。旅行ではよくあることだよ。きっとホストファミリーにおいしい食事をごちそうしてもらえるよ」

「もし夕飯まで何も食べさせてもらえなかったら? 今のうちにパンか何か食べようよ」

 タクがつらそうにせがむ。母はあらためてバッグの中を確認した。

「こんな時にかぎって、手持ちの食料が何もないわ」

 母は、歩いている一人の女性に声をかけた。

「すみません。この近くに、食べ物を売っている店はありませんか?」

「飲食店はありませんが、食料品専門のコンビニエンスストアならばあります。そこの角を曲がってすぐですよ」

「助かりました。ありがとうございます」

「食料品しか売っていない店ですよ。大丈夫ですか?」

「はい、食べ物を買うだけですので」


 小さなコンビニはすぐに見つかり、6人は自動ドアから中に入った。客は誰もおらず、店内は静まりかえっている。そして、商品棚は全て目を疑うような光景だった。商品は全て缶詰なのだ。見渡す限り、缶詰、缶詰、缶詰である。ラベルに貼られた写真を見ると、それらは肉の煮物の缶詰、焼き魚の缶詰、野菜の缶詰、パスタの缶詰、スープの缶詰などさまざまだ。

「缶詰食品の専門店か。それにしても、地球では見かけないような缶詰もあるね」とミサ。

「パンが食べたかったんだけど、さすがにないかな」とタク。

 店員に聞いてみようとレジに向かうと、一人しかいない店員の男性はちょうど電話中だった。何やら深刻な表情で会話をしている。

「当分の間、缶詰が生産できないということですね。困ったな……。はい、工場が3日前から事故で操業停止になっていることは知っていますよ。でも、こっちもこのままでは売り上げが落ちて、死活問題です。いやそれどころか、全住民にとって大問題でしょ……」

 電話口で話す内容を聞くかぎり、何かしら必需品の缶詰が工場で生産できていないようだ。

「もしかして、パンが仕入れできなくて売り切れ状態なのかな?」

 タクが心配そうにそう言った時、商品棚を見ていた父が叫んだ。

「パンの缶詰らしき物が、ここにあるぞ」

 確かに、パンの写真だ。父は、パンの缶詰をかごに3個入れてレジに向かった。男性店員の電話は続いていたが、無言のまま商品とお金のやりとりをして購入することができた。


 店を出ると、すぐ近くにテーブルと椅子が備わった広場があった。6人は椅子に腰かけ、缶詰のパンを分け合おうとしたが、大問題があることにすぐに気付いた。

「この缶詰、缶切りがないと開けられないぞ」とジュン。

「さっきのお店に戻って、開けてもらってくるわ」とミサ。

「待って。大丈夫よ」

 母はミサに待ったをかけると、バッグの底のほうから七つ道具セットを取り出した。ミサが尋ねる。

「お母さん、そんな物を地球から持ってきていたの?」

「うん。いざという時に役立つかと思って。でも、いまだに一度も使っていなかったわ」

「ナイフも入っているわね。よく飛行機の機内に持ち込めたわ」

 母は、七つ道具をあらためて確認した。

「スプーン、フォーク、ナイフ、栓抜き、コルク抜き、リーマー、そして缶切り。缶切りは、遭難した時や災害の時に非常食の缶詰を開けることがあるかもしれないと思ったけど、こんな所で役立つとは思わなかったわ」

 缶切りによって3個の缶が開けられ、パンは無事に6人の胃袋に収まった。缶詰だと思って侮っていたが、意外にいける味であり、期待が良い意味で裏切られたとみんなで言い合った。


 地球一家は資料を頼りにホストハウスにたどり着き、リコが玄関のドアを開けた。

「おじゃまします」

 HM(ホストマザー)がすぐに6人を出迎え、ダイニングへ案内した。

「今すぐ食事をご用意しますね」

 到着早々に食事を用意してもらえるとわかっていれば、パンを買って食べる必要はなかった。それでも、6人でパン3個だけにしておいてよかった。

 地球一家の目の前に並べられたのは、いくつもの缶詰だった。ラベルに貼られた写真を見ると、コンビニで見た物と同じような、肉の煮物の缶詰、焼き魚の缶詰、野菜の缶詰、パスタの缶詰、スープの缶詰……。

 これを今から食べるのか? いや、まさか、と内心思っていると、HMは言った。

「もしかして、お客様に缶詰を振る舞うのは失礼だと思っていらっしゃいますか? 地球では、缶詰は非常食用に使われることが多く、お客様に差し出したりしないものでしょうか?」

 地球では確かにそのとおりだ。その旨を伝えると、HMはさらに付け加えた。

「そうですか。この星では、食べ物は全て、腐らないように缶詰に入っています。ごちそうするには缶詰を開けるしかないんですよ。中身はおいしいですから、期待していてください」

 そう言いながら、HMは缶切りで缶詰を次々に開け、中身を皿に出していった。確かにおいしそうだ。説明を聞いて、あのコンビニだけでなく、どの小売店でも缶詰ばかりが売られているんだろうなと想像できた。

「開けたばかりの缶詰ですから、新鮮そのものですよ。スプーンとフォークを持ってきますから、待っていてください」

 HMは、さらに新しい缶詰を持ってきて食卓に並べた。ラベルにはスプーンやフォークの写真が映っている。

「これらは全て、食器の缶詰です」

「食器が缶詰に入っているんですか?」

 母が驚いて聞き返すと、HMは答えた。

「そうおっしゃるところを見ると、食器の缶詰は地球には存在しないようですね。おそらく、地球と比較すると、この星では金属が腐敗しやすいんでしょう。スプーンもフォークも、缶詰を開けて取り出してから一週間もたつとさびて使えなくなります。だから定期的にこうやって缶詰を開けて、新しい物を用意するんです」

 食事でどうなることやら不安だったが、缶詰にしては申し分のない味で十分満足だった。

「さあ、一緒に観光に出かけましょう。新しいカメラを用意しますね」

 HMはそう言うと、倉庫から新たな缶詰を取り出してきた。今度はラベルにカメラの絵が描かれている。ジュンが尋ねた。

「もしかして、カメラの缶詰ですか?」

「ご名答。カメラも金属でできており、すぐに腐食します。以前使っていたカメラはもう使えないので捨ててしまいました」

 HMは、缶切りでカメラの缶詰を開けようとしたが、なかなかうまくいかなかった。缶切りの刃が立たないのだ。今度はミサが質問した。

「どうされました?」

「缶切りが腐敗したようです。使い物になりません。新しい缶切りを用意しなければ」

「もしかして、缶切りも缶詰に入っているんですね」

「そのとおりです」

「それは、この星で最も大事な缶詰じゃないですか?」

「そうですね。缶切りがないと我々は生活できませんから」

「では新しい缶切りの缶詰を……」

「残念ながら、うちには買い置きがありません。缶切りの缶詰はとても高いんです。缶切りを作れる会社が一つしかない独占状態なので、競争する必要がないから、どんなに高くても売れるというわけで、高値がついています」

「それでも、いつかは使う物なので、買い置きしておくほうが……。缶を開けなければ、長持ちしますよね」

「いいえ、それほど長持ちしませんよ。缶詰にはそれぞれ使用期限というものがあります。つまり、缶を開けなくても中身が使えなくなる日が来るんです」

「それはわかります。地球でもそうですよ。2年後とか3年後とか、食料の缶詰には賞味期限が書いてあります」

「この星ではもっと早いです。大抵の物は一年も持ちません。だから、あまり買い置きができなくて、その都度スーパーなどに買いに行くんです」

「では、缶切りの缶詰も今すぐ買いに行かなければいけないんですね」

「そうです。そして、近所の人に缶切りを借りて開けてもらうんです。よろしければ、スーパーに一緒に行きましょう」


 スーパーは家から歩いて3分の所にあった。店のドアを開けて商品棚を見ると、おおむね予想していたとおりだった。最初に訪れたコンビニと同じように、見渡す限り缶詰、缶詰、缶詰である。そして、コンビニとは違って食料や飲料だけでなく、食器などの日用品、機械、電気製品も、缶詰として陳列してあった。

「缶切りの缶詰は、こっちですよ」

 HMはそう言いながら地球一家を誘導したが、商品棚を見て目を丸くした。一つの棚ごと、商品が空になっているのだ。HMはすぐに店員を探して声をかけた。

「缶切りは品切れですか?」

 すると、店員から意外な返答があった。

「ニュースをご覧になっていないんですか? 缶切りを作っている工場が3日前に事故で操業停止になって、しばらく入荷の見込みはありません」

「何ですって?」

 3日前の事故と聞いて、地球一家はコンビニ店員の電話の意味がここでようやく理解できた。確かに、缶切りが世の中にないと小売店にとって、いや全住民にとって大問題だ。

 スーパーを後にしながら、HMが深刻そうにみんなに言った。

「近所の家で、缶切り自体を借りるしかありません。缶切りをすぐに買えない時には、今までもそうしていました。缶切りの貸し借りをするために、近所付き合いはとても大事なことなんです」

 地球一家を引き連れて歩くHMの足は、隣の家に向かっていた。

「でも、缶切りの寿命は、缶を開けてから一週間です。既に缶切りを失って困っているかも」

 近所の家を3軒回ったが、既にどこにも缶切りがなく、人々は困り果てていた。

「そうだ。私、缶切りを持っています」

 家に戻るなり、母がそう言ってバッグから取り出したのは、地球から持参した七つ道具セットだった。

「この星の気候のせいで、もう使えなくなっているかも」

 ミサは心配したが、母は不安のそぶりを見せずに缶切りをカメラの缶に当てた。

「大丈夫よ。さっきだって使えたじゃない。地球の金属で作られているから、おそらく半永久的に使えるわ」

 母は、カメラの缶を完全に開けて中身のカメラを取り出して見せた。

「すごい! 開いた、開いた」

 塀越しに近所の人々がその姿をのぞいていた。

「缶切り、うちにも貸してください」

「うちにもお願いします!」

 うわさはあっという間に広まり、家の前に人だかりができた。この様子を見たミサは、母に向かってほほえんだ。

「すごいわ。きっと、お母さんの缶切りが世界を駆け巡るわね」

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