第96話『負けない選手たち』
■ 負けない選手たち
地球一家6人は、空港のロビーのテーブルで待機していた。ホストファミリーと待ち合わせすることになっていたが、まだ到着していないのだ。
子供たち4人は、紙に色鉛筆で描かれたゲームに興じている。父がその様子をのぞきこんだ。
「楽しそうなゲームだな」
「僕が考えて作ったゲームだよ」
そう答えたのは、タクだった。
「へえ、どうすれば勝つんだい?」
「赤、青、黄色、緑の4つのエリアがあるでしょ。それぞれのエリアで一つずつ、ミッションをクリアするんだ。そして、早く自分の陣地に戻った人が勝ち」
次はミサの番だ。サイコロを振ると、6が出た。
「よし、次で私の勝ちが決まりそうね」
「エリアからエリアに移動する時は、1枚カードを引くのを忘れないで」
タクが注意すると、ミサは慌てて裏返しのカードの山から1枚引いてめくった。すると、それは悪魔の絵が描かれたカードだった。タクがうれしそうに叫んだ。
「残念、ミサ。そのカードが出たら負けだよ。そして、全財産没収」
「何よ、それ。もう少しで勝つところだったのに、突然ビリで終わったってこと? 極端すぎるわ、このゲーム」
ミサは憤慨したが、ジュンはタクを賞賛した。
「タク、このゲームはうまくできているよ。サドンデスがあるところも、スリルがあっていい」
「サドンデスって何?」
「突然死という意味で、怖い言葉だけど、要するに何の前触れもなく突然負けが決まるということだ」
ミサの気持ちの整理がつかないまま、残り3人でゲームを再開した。気が付くと、男の子が後ろからゲームをのぞき込んでいた。
「面白そうだね」
すると、男の子の後を追ってきた両親が息子の両脇に立ち、まずは父親が話しかけた。
「もしかして、地球の皆さんですか。こんにちは。今日は我々の家に泊まっていただくんですよ。こちらが、妻と息子のトポロです」
ホストファミリー3人がそろって挨拶すると、地球一家6人も挨拶を返した。
その後、全員で夕食をとってホストハウスに到着した頃には、空はすっかり暗くなっていた。
「今日はもう遅いから、外出せずに家でテレビでも見て過ごしましょう」とHM。
「何かいい番組あるかな」とHF。
「フェンシングの試合を見たい」とトポロ。
ホスト夫妻によれば、トポロはフェンシングクラブに入っており、試合を見るのも趣味の一つということである。
この星のスポーツの試合を見るのも楽しみだ。地球一家は、一緒にテレビで試合を見させてほしいと頼み込んだ。
テレビをつけると、ちょうど若い男性同士の試合の最中だった。
「ルールはどうなっていますか?」とミサ。
「15点先取すれば勝ちになります」とHM。
「地球のフェンシングと似ているけど、地球のよりも単純明快ですね」とジュン。
全員で試合を観戦しているうちに、両選手の実力の差が目立ち、一方的な展開となっていった。
「14対3だ。僕のひいきの選手なんだけど、もう無理だな」
トポロがそう言うと、テレビ画面の中で実況担当アナウンサーが声を出した。
「青コーナーの選手、投了です」
これを聞いて、地球一家は驚いた。ジュンがトポロに尋ねた。
「あれれ? まだ15点目を取られてないけど終わっちゃうの? 投了って何?」
「負ける前に、もう終わりましょう、もうやめます、ということです」
「確かに、地球でもボードゲームでは投了という言葉があるけど、スポーツではあまり聞いたことがないな。地球ではどんなスポーツでも勝ち負けが決まるまで諦めずに戦うんだよ」
「どうして?」
「どうしてと言われても、そういうものだから」
ジュンの説明を聞いて、HFが驚いて目を見開いた。
「信じられません。この星では全てのスポーツで、負けそうになった人が必ず投了します。だから勝ち負けが決まった試しがありません。投了した人が負けなのではなく、二人とも勝ち負けがつかないんです」
「ということは、全てのスポーツで、全ての選手の通算成績が0勝0敗ということ?」
ジュンの質問に対して、HMが答えた。
「そのとおり、誰一人、公式には勝ったことも負けたこともありません。その代わり、事実上の勝敗ははっきりしているわけなので、どの選手が強いということはみんなの目からはっきりしています」
「そりゃ、そうよね。もう少しで勝ちそうになったことが多い選手ほど強いもんね」とミサ。
試合終了とともに、テレビ画面の中は次の番組に切り替わった。
「今から、何して遊ぶ?」
タクが尋ねると、トポロは目を輝かせて言い出した。
「何か地球のゲームで、面白いのありませんか? そうだ。さっき、皆さんが空港でやっていたゲーム、楽しそうでしたね。あれを一緒にやりませんか?」
「あれは、タクが作ったゲームよ」とミサ。
「いいじゃないか。一緒にやろうよ」とタク。
ホスト夫妻とトポロは、ミサ、タクと一緒にゲームを始めた。5人でゲームを進めるうちに、トポロが圧倒的に有利な展開になっていった。
「ビギナーズラックというやつかな。僕が勝ちそうですよ」とトポロ。
「本当だ。今のところ断トツでトポロ君の勝ちだな」とジュン。
「トポロ君。今、エリアをまたいだでしょ。カードを一枚めくらなきゃ」とミサ。
「このカードですね。はい」
トポロがカードをめくって表を向けると、悪魔の絵が描かれたカードだった。ミサが笑いながらトポロに告げた。
「悪魔のカードが出たわ。このカードを引いたら、その時点で負けなのよ」
「僕の負け? そんな、突然……」
「これは、こういうゲームなのよ」
トポロは、目から大粒の涙をこぼしたかと思うと、やがて大声を上げて号泣した。どうして、こんなに大泣きするのか。たかがゲームなのに。
「生まれて初めて負けた。ボードゲームもスポーツも、一度も負けたことなかったのに」
トポロはそう言って、顔をあげられなかった。一度も負けたことがないとは本当か? 信じ難いことだ。泣いて顔を上げられないトポロの代わりに、HFが説明した。
「この星では、全員そうなんです。分が悪くなったら、負けが決まる前に投げ出すので、負けることがありません。それにしても、まさか、突然負けが決まるゲームがあるなんて思いもよりませんでした」
「これは僕が作ったゲームだけど、地球にはそんなゲームはいくらでもありますよ」
タクはそう言って説明した。
トポロは自分のベッドに駆け込み、そのまま泣き寝入りした。
「残りの4人でゲームを続けましょうか?」
ミサは続行を提案したが、ホスト夫妻は投了を宣言した。
「今すぐにも負ける可能性があるのなら、僕は投了するよ。突然負けるのは怖い」
「私も夫と同じく、ここで投了するわ。突然負けるなんて経験したことがないから、いつその瞬間が訪れるかと思うと、恐ろしくて仕方がないわ」
残されたミサとタクは、顔を見合わせて苦笑いした。
そして、翌朝になってもトポロは落ち込んだまま起きられなかった。
「困ったな。今日は大事な試合なのに」
HFは弱った表情で落ち着かないそぶりだ。大事な試合とは、どういうことだろうか?
「彼が所属するフェンシングクラブの試合の日なんです。テレビで中継されることも決まっているんですよ」
「テレビ中継? それはすごい。決勝大会ですか?」
ジュンが興奮して尋ねると、HFは首を横に振った。
「何度も言うように、誰も勝ち負けがつくまで戦いませんから、決勝という概念はありません。トポロはあくまで、レベルの高い選手として選抜されて招待されたんです。残念ですが、せっかくですからトポロは家に置いて、試合を見に行きましょう」
せっかくの機会ということで、地球一家はホスト夫妻と一緒にフェンシング大会の一部始終を生で観戦した。
やはり全ての試合において、14点入れられた選手がその時点で投了し、勝ち負けがつかないまま試合が終わった。勝負が決まるまで戦う選手など、一人もいないのだ。
あと少しでトポロの順番が回ってきてしまう。そんなギリギリの時刻となった頃、遠くのほうから走ってくる少年の姿が見えた。トポロである。
「遅くなってすみません。よろしくお願いします」
トポロが関係者に挨拶すると、HFは尋ねた。
「朝の練習をしてないだろう。いきなり本番で大丈夫か?」
「やれるところまでやるよ」
しかし、トポロはなかなか調子が出ずに相手にポイントを与え続け、3対14というところまで追い込まれた。
「さあ、そろそろ投了のタイミングだな」
HFはそう言ってみんなを諦めムードにさせたが、トポロは投了の合図を出さずに試合を続けた。
「あれ? まだ続けるの?」とミサ。
「14点取られているんだぞ。次に取られたら負けになるんだろ」とジュン。
「大丈夫」
トポロは、ここから気合を入れ、追い上げていった。そして、あれよあれよという間に14対14に追いついた。観戦している人々から興奮の声があがった。地球一家も応援に力が入る。
「すごい。タイに持ち込んだぞ」とタク。
「まさかの逆転勝ちになるかも」とミサ。
「この調子でがんばれ」とジュン。
ところが、このタイミングで相手の選手が頭を下げて投了し、14対14のまま試合終了となった。
「そうか。絶対に勝てないんだった」
ジュンが残念そうにつぶやいた。地球一家全員が同じ気持ちである。
テレビ局のアナウンサーの男性がトポロに近づいた。
「さあ、トポロ君にインタビューしてみましょう。投了しなかったなんて、誰も見たことがありません。事実上の引き分けというのも、史上初でしょう。どういう心境ですか?」
「最後まで諦めなければ14対14まで持っていける。そんな気がしたんです。地球の人に教えてもらった、このゲームのおかげで勇気づけられました」
トポロはタクの作ったゲームを持ってアナウンサーに見せ、テレビカメラに向けた。
「タクのゲーム、テレビ中継されて一躍有名になるね」
ミサがそう言うと、タクは苦笑を浮かべた。
「でも、この星で有名になっても、この名誉は地球に持ち帰れないからなあ」
アナウンサーの男性は、トポロに疑問を投げかけた。
「見たことのないゲームですね。どういうゲームですか? どうしてこれで勇気づけられたのかな?」
「実は、このゲームには悪魔が……」
ここで、タクがトポロにストップをかけた。
「待って。続きは僕が説明します」
タクはテレビカメラの前に立ち、緊張して声を震わせながらも説明を始めた。
「このゲームは、僕が作りました。ミッションをクリアしながら早く自分の陣地に戻るというゲームです。詳しいルールを理解する前に、まずどなたか、トポロ君と二人でやってみませんか? そうやってゲームの経験者を相手に対戦すると、勇気を手に入れられる可能性があります。でも、確実ではありません……」
タクの話を聞きながら、父が心配そうに腕を組み、母の耳元でつぶやいた。
「タクは大丈夫か。緊張しすぎているのか、言っている意味が全くわからないぞ」
「お父さん、あれでいいのよ。勝ちが目前でも突然負けてしまうことがあるゲームなんて、言わないほうがいい。悪魔のカードのことまで全部説明してしまうと、誰も最初からゲームをやりたがらないわ。昨日のホスト夫妻がすぐに投了してしまったようにね」
「確かに、負ける勇気を持つ人をこの星で少しずつ増やしていくには、タクが提案する方法に限るということだな」
インタビューが続く間、トポロが胸の前に掲げたタクのゲームがテレビカメラに大きく映し出されていた。




