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第95話『究極の道案内』

■ 究極の道案内


 地球一家6人がある星の空港に着くと、出口付近で係員が声をかけた。

「私は、皆様の旅行を担当する係の者です。皆様に大切な連絡事項がございます」

 何だろう? 悪い知らせを予感した。

「大変申し訳ないことなのですが、この星で皆様を歓迎するための予算が大幅に削減されてしまいました。そのため、本日は皆様のお世話をするホストファミリーがいません。無人のホテルだけは用意しましたので、皆さん自身で歩いて行って泊まってください」

 父が係員に尋ねた。

「それは仕方のないことでしょうが……。ホテルは、歩いてここから近いんですか?」

「一時間以上かかります。残念ながら、皆様の交通費も出すことができなかったんです。この町を観光する場合も、歩いて回っていただくことになります」

「まあ、それも仕方ないですね。この町の地図をいただけますか?」

「紙の地図はないんですよ。住民たちは携帯端末で地図を見ますが、残念ながら皆さんに携帯端末を貸し出すことができない決まりでして」

「それは困ります。地図がなければ、僕たちだけで観光するのは無理ですよ。ホテルに行き着くこともできません」

「大丈夫ですよ。これがあれば」

 係員がそう言いながら見せたのは、金色に光る缶バッジだった。彼は同じ缶バッジを6個取り出し、6人の胸に付けた。

「これさえあれば、道に迷うことはありません。助けてくれる人が必ずいますから」

 これさえあれば? 助けてくれる?

「出口はあちらです。それでは、良いご旅行を」


 地球一家6人は、長い通路を通って空港の外へ出た。歩き始めたものの、次第に不安になってきた。地図がないから、右も左もわからない。誰かに聞こうにも人が通っていない。

 そう思っていると、背後から男性が話しかけてきた。彼は地球一家が胸に付けている金の缶バッジをのぞき込み、言った。

「道がわからなくて困っていますね。どこに行きたいですか?」

 みんなで少し悩んだ末、母が尋ねた。

「この街には、博物館か美術館はありますか?」

「とても立派な博物館がありますよ」

「行き方を教えてください。地図を描いていただけますか? あるいは、大体の方角だけでも教えてもらえれば助かります」

「博物館まで、僕が同行しますよ」

「え? 本当にいいんですか?」

「もちろん。お任せください」

 男性を先頭に、地球一家6人は歩き始めた。かなり時間がかかったが、30分も歩いた頃に博物館に到着した。

「じゃあ、僕はこれで」

 男性はそう言い、今来た方向に引き返そうとしたので、父が男性を呼び止めた。

「わざわざここまで来てくださったので、てっきり博物館のほうに御用があるのかと思いましたよ」

「いいえ。私は皆さんをご案内するためにここまで来ただけです」

「それは、こんな遠い所まですみませんでした」

「いいえ、問題ありません。それでは良いご旅行を」

 地球一家6人は男性と別れ、博物館の入口に向かった。ミサが母に言う。

「親切な人がいて助かったね」

「うん、これぞ究極の道案内ね」

「究極の道案内?」

「そう。私もいつもやってみたいと思っているんだけど、道を聞かれた時に、現地まで同行して案内するのよ」

「それ、私も学校からの帰り道に一回やったことがある。外国人の夫婦だったんだけど、駅まで行きたいと言われて、駅まで案内してあげたわ。私は駅には用事はなかったんだけど」

「外国人に親切にするなんて、ミサは立派だ」と父。

「単に外国語で道を説明できなくて、一緒に歩いて行くしかなかったのかな?」とジュン。

「まあ、ひどい」とミサ。

「まあ、こんな所でけんかせずに、博物館に入ろうよ」とタク。


 それから地球一家は、数時間ほど博物館をエンジョイして退館した。

 そろそろ暗くなってくる。ホテルに向かわなければ。その前に、ホテルまでの道を聞かなければ。誰に聞こうかな。博物館の周りに人が大勢いる。ミサが父に言った。

「そうだ。この缶バッジ! これを見せれば助けてくれるかも」

「どういうこと?」

「これを見て思い出したの。地球には妊婦さんが付ける缶バッジがあって、それを見た人が電車の中で席を譲ってくれたりするでしょ」

「そうか。確かに、さっきの男の人もこの缶バッジを見て、ここまで連れてきてくれたもんね。これを見ると人助けがしたくなるのかもしれない」

 地球一家は、金の缶バッジを見せびらかすようにしてしばらく辺りを歩いたが、反応してくれる人はいなかった。

 5分ほど経過し、この方法では駄目だと諦めかけていた時、遠くのほうから人影が足早に近づいてくるのが見えた。若い男性である。

「道がわからなくて困っていますね。どこへ行きたいですか?」

「ホテルに行きたいんです。ホテルの名前はこれです」

 父が紙を見せた。

「一緒に行きましょう。一時間くらいかかりますよ」

「一緒に歩いてくださるんですね」

「はい、お安い御用です」

 やっぱりそうだ。これは究極の道案内だ。

 ところが、30分ほど歩いた時に思いがけないことが起きた。道案内中の男性が、突然言い出したのだ。

「すみません。僕は今から外せない用事があって、ここまでしか同行できないんです」

 そこはちょうどバス停で、一台のバスが停車していた。

「ここで待っていてください。誰かがきっと、このあとの道を案内してくれますから」

「誰かって、誰が?」

 ジュンが尋ねると、男性は首を横に振った。

「それは僕にもわかりません。それじゃ」

 そう言い残すと、若い男性はバスに乗ってしまった。追いかける間もなく、バスは非情にもすぐに発車して目の前から姿を消した。6人はその場に取り残されて途方に暮れた。

「ひどい話だな。こんな所で置き去りにされても、周りには誰もいないぞ」

 ジュンが怒りながらそう言うと、父は一つの方向を指しながら冷静に反応した。

「とにかく、向こうから来たんだから、こっちに向かって進めばいいことだけは確かだ。歩き続けよう。誰かに出会うことを祈って」

 地球一家は真っ暗な中を歩き続けたが、人影をなかなか見つけることができなかった。たまたま見つけた人に缶バッジを見せても、何のことかわからない様子で、ホテルの名前も聞いたことがないという。


 6人だけで1時間近く歩き、どうしようか困っていたところ、一人の若い女性が小走りに駆け寄ってきた。彼女は金の缶バッジをのぞき込みながら言った。

「どこに行きたいですか?」

 父が、手元の紙に書かれたホテルの名前を見せながら答えた。

「助かります。このホテルまで」

「このホテルでしたら、もう通り過ぎていますよ。どんどん遠ざかっていらっしゃいました」

「えーっ」

「案内します。一緒に行きましょう」

「大丈夫ですか? 忙しくないですか?」

「大丈夫ですよ。私はこのあと何の予定もありませんから」

「最後まで、つまりホテルまで案内してくださるんですね」

「もちろん、そのつもりですよ」

 あー、よかった。彼女は約束どおり、40分ほどかけてホテルまで一緒に歩いてくれた。

「それでは、私はこれで。良いご旅行を」

 地球一家は女性に厚く礼を言い、頭を下げて感謝すると、女性は来たばかりの道を引き返していった。彼女もまた、この方角に用事があったわけではないのに、一緒に来てくれたということがわかった。

 6人は無人ホテルにチェックインして一夜を過ごした。


 翌朝、ホテルをチェックアウトした地球一家は、空港まで戻れるかどうかが心配だった。誰かが道案内してくれればよいが、そうでなければ自力でたどり着く必要がある。

「昨日は確かに、空港からホテルまでずっと歩いてきたけど、さすがに道を覚えていないな」

 父がそう言うと、タクも首を横に振って答えた。

「真っ暗な夜道だったしね。もしかして、リコは道を覚えてる?」

「大丈夫」

 リコは一言、自信ありげに答えたので、一家5人は感心した。

 ところが、ホテルの外に出ると、リコの記憶力を確かめる必要がないことがわかった。会ったことのない若い男性が、6人のほうに歩み寄ってきたのだ。

「さあ、どこに行きたいですか?」

「空港までお願いしたいです」

 父が慣れた口調で答えると、男性はオーケーの合図を手で示した。

「かしこまりました。一緒に歩きましょう」

 地球一家を引き連れて歩く男性は、途中で意外なことを話し出した。

「皆さん、昨日の夕方、バス停で待っているように言われたのに、待たなかったでしょう」

「どうしてそれを?」

 母が尋ねると、男性は答えた。

「僕がバス停に向かったのに、もう既に皆さんはいなかったんですよ。だから、ホテルまで道案内できませんでした」

「あー、そういうことだったんですか。あなたは、いったい……」

「僕たちは、ボランティア活動で道案内をしています。その缶バッジを付けている人のうち、誰からも道案内されていない人が屋外にいると、携帯端末の地図上に表示されるんですよ」

 男性はそう言って、みんなに見えるように携帯端末を高く持ち上げて見せた。6人は、あらためて胸元の缶バッジを各自眺めた。ジュンがうなずきながら男性に言った。

「そうか、この缶バッジがGPSのようになっているんですね」

「GPS? 地球ではそう呼ぶんですか。とにかく、その地図の場所まで行って、行きたい場所を聞いて案内しているんです。自分が付き添い始めると、地図には表示されなくなります。ただし、用事があって忙しい場合には、道案内の途中で別の人と交代することもあります。そんな時は、交代した場所に『引継ぎ希望』と表示されるので、近くにいる誰かが地図上でそれを見て引き継ぐんですよ」

 それを聞いて、今度はミサがうなずいた。

「あー。それで昨日の人は、バス停で別の人に引き継ごうとしたのか。連携プレーによる究極の道案内ですね。そうとも知らず、私たちが自分で歩き出してしまったんです」

「ボランティア仲間は大勢いますから、建物の外にいらっしゃるかぎり、10分も待っていれば必ず助けが来るんです」

 この男性の説明を聞いて、ジュンが不思議そうに首をかしげた。

「おかしいな。昨日はバス停に取り残された後、1時間歩いても助けが来ませんでしたけど」

「あー、やはりそうでしたか。バス停で皆さんに会えなかった僕は、『引継ぎ希望』の表示を解除して皆さんの現在位置が再び端末に表示されるよう試みました。しかし、初めて経験する操作だったので、やり方がすぐにわからなかったんです。そのうちにボランティア仲間が何人も集まってきて、みんなで方法を探したんですが、1時間近くかかってしまいすみません」

 男性に恐縮され、ジュンは首を横に振りながら答えた。

「いいえ。やっぱり僕たちが勝手にバス停から離れたのが原因だったんですね。そもそも、昨日会った人たちに詳しく聞けばよかったんですよね」

「でも、聞かなかったからこそ、ハラハラドキドキの時間を過ごすことができたんじゃない?」

 ミサがそう言うと、それに同意するように、地球一家全員がうなずいてほほえんだ。

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