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第93話『逆うるう年のサプライズ』

■ 逆うるう年のサプライズ


 地球一家6人で住宅街を歩きながら、ミサが父に話しかけた。

「そういえば、今朝、妙にリアルな夢を見たわ」

「ミサは夢の話が好きだな。一応、聞いてあげるよ。どんな夢?」

「私たちのこの旅行、普段は同じ家に1泊ずつでしょ。ところが今日だけ同じ家に2泊する夢なの」

「確かにリアルな夢だな」

「私の夢、現実になることが多いのよ。旅程表を見せて」

 ミサが父に確認をせがむと、父は封筒から書類を取り出した。

「さすがに2泊はないよ」

 父はそう言いながら旅程表を確認し、目を疑った。

「あれ、まさかとは思ったが、ミサの言うとおりだ」

 滞在予定を見ると、到着日の欄に『2000年6月29日』、出発日の欄に『2000年7月1日』と書いてあった。タクがのぞき込んで興味を示す。

「ここでは、今年が2000年なのか。地球とずれていて面白いね」

「それはともかく、確かに間が2日空いている。どういう訳かわからないが、2泊するということだろう。この辺りには見所が多いのかもしれないな」

 父はそう言いながらキョロキョロと見回したが、特に目を見張る物はなく、平凡な住宅街が続いていた。


 ホストハウスに到着した6人は、ホスト夫妻と11歳の息子ヘキトの歓迎を受けた。リビングで挨拶を済ませると、さっそくヘキトが地球の子供4人を自分の部屋に招いた。

「今すぐ、見てほしい物があるんだ。僕の部屋に来て。さあ早く」

 子供全員がリビングから退出すると、残った大人4人はテーブルを囲んで父の持つ書類に目を通した。

「この書類によると、我々はここに2泊するようですね。旅行の日程としては異例のことです」

 父がそう言うと、HM(ホストマザー)が首を横に振った。

「いいえ、1泊ですよ。6月29日の次の日が7月1日です。6月30日はありませんので」

「あー、そういうことですか。この星では6月は29日までなんですね」

「正確に言うと、通常ならば6月は30日まであるのですが、今年は百年に一度の逆うるう年なんです」

「逆うるう年?」

「天文学によれば、百年に1日だけ調整しなくてはならなくて、それで6月30日をなくすんです」

「百年に一度なんて、忘れてしまいそうですね」

 母が尋ねると、今度はHF(ホストファーザー)が答えた。

「さんざんニュースでやっていますから、我々は気を付けていますが、息子はまだ知らないようです」

「教えてあげないんですか?」

「サプライズにしようと思っています。明日の朝、ニュースを見て気付くか、それとも新聞の一面に書いてある日付を見るか、それとも……」

「わかりました。じゃあ、私たちも子供には黙っていますね」


 そしてその頃、ヘキトは地球の子供4人に小声で相談を持ち出した。

「みんなに相談なんだけど。明日6月30日は両親の日なんだ」

「両親の日? 地球には母の日と父の日があるけど」とミサ。

「じゃあ、それを一緒にしたような日だな。子供は親に日頃の感謝を込めてプレゼントを贈る日なんだ」

「じゃあ明日、ヘキト君も両親にプレゼントを贈るの?」とジュン。

「うん。品物はもう決めているんだけど、デザインがいろいろあって、それをみんなに相談しようと思ったんだ」

「品物って?」とタク。

「バンダナだよ」

「どうしてバンダナにしようと思ったの?」とミサ。

「実は、今お小遣いがなくて、バンダナだったら無料キャンペーンをやってるんだ。ほら、これを見て」

 ヘキトは、一冊の雑誌を開いて写真入りの広告を4人に見せた。

「ペアのおそろいのバンダナだから、これを一つ注文すれば両親にプレゼントできる。一家族に一つ限定だけど、6月いっぱいは無料なんだ。明日まで6月だから、ちょうどいいだろ」

「無料か。僕たちもプレゼントできるかな」とタク。

「うん、そう思って。みんなも両親にバンダナをプレゼントしたらどうかな」

「グッドアイデアね。ぜひぜひ」とミサ。

 こうして、広告の写真を見ながら10分ほどかけて話し合い、ヘキトが一つ、地球一家で一つ、それぞれバンダナのデザインを選んだ。

「じゃあ、さっそく電話をしてこよう」

 そう言って広告に載っている電話番号をメモしようとしたヘキトは、顔をしかめておでこを平手打ちした。

「ああ、残念。電話受付の時間は9時から5時だ。今ちょうど5時を過ぎてしまった。でも、明日の朝9時に電話すれば一時間で届くはずだよ」

「なんだかわくわくするわ」

 ミサが興奮して言うと、ヘキトはくぎを刺すように言った。

「サプライズだから、品物を渡すまでは内緒だよ」


 その日の夜、地球一家が客間に集まっている時に、ミサは父に尋ねた。

「ところでお父さん、やっぱりこの家に2泊するのかしら?」

「いや、まさか。1泊だけだ。明日出発するよ」

「じゃあ、あの旅程表は間違いだったの?」

「まあ、詳しいことは明日話すけど、とにかく1泊なのは間違いない」

 父は、自分の子供たちにもサプライズにするため、日付の話題については苦し紛れな言い方でごまかした。


 そして翌朝9時になり、地球一家の子供4人に取り囲まれながら、ヘキトは注文の電話をかけた。しかし、相手の説明を聞くと、驚きの叫び声をあげて電話を切った。

「そんな馬鹿な。今日は7月1日だって」

 ヘキトの叫び声があまりに大きかったため、これに気付いたHFが駆け寄ってきた。

「どこに電話したんだい? やはり、まだ気付いていなかったんだな。今年は逆うるう年なんだよ」

「逆うるう年? 何、それ?」

「全く知らなかったか。そうだろうな。毎年、君は両親の日にプレゼントをくれるけど、昨日は何もくれなかったからな」

「そういえば、両親の日はどうなるの?」

「一日繰り上がって、昨日だったよ」

 騒ぎを感じて、地球一家の父母とHMも様子をうかがいに来た。ヘキトは涙で目をうるませながら、HFに広告のバンダナの写真を見せた。

「両親の日のプレゼント、最初から無料のバンダナだけをあてにしてたから、お小遣いが全く残ってないんだよ。どうしよう」

 事情を知ったHFは、ヘキトに提案した。

「よし、父さんがお金を出して買ってあげよう」

「いや、そういうわけには……」

「そうだ。電話じゃなくて、コンピューターを使ってネット通販で頼むことにしよう」

 遠慮し続けるヘキトをはねのけ、HFはコンピューター画面を検索すると、バンダナの通販のページをヘキトに見せた。

「うん、やっぱりそうだ。ほら、見てみろ。バンダナ、まだ無料だぞ」

「え、まさか。どうして?」

「ネットショップの日付を見てみろ」

 HFに促され、ヘキトは画面の隅にある日付を確認した。

「あれれ、6月30日になってる。父さん、これはどういうこと?」

「これは2000年問題だ」

「2000年問題って、去年の年末から今年の年始にかけてずいぶん騒いでたよね。コンピューター上でいろいろとトラブルが発生したって」

「うん、それが一つ目の2000年問題だった。1999年までは、コンピューター上では下2桁で年を表すことが多かったから、2000年になった途端にいろいろな所で異常が発生した。そして今、二つ目の2000年問題が起きている。逆うるう年のことを考慮し忘れたコンピューターシステムが、間違いを起こしているんだ」

 HFは、画面上の申し込みボタンを押した。

「よし。無料で買えたぞ」

 するとその数秒後、ネットショップの日付が7月1日に更新された。ヘキトが驚いてHFに指し示す。

「日付が7月1日に変わったよ」

「今、気が付いて直したんだろう」

「5秒の違いだったね。あと5秒遅かったら、無料じゃなかったよ」

「いや、おそらく我々の注文が入ったから気付いたんだろう」

「本当に無料で買えるかな」

「大丈夫。誤った値段の表示があった場合、注文があればその金額で販売しなければならないと決まっているから、先方には気の毒だが我々は無料で買えるんだ」

「あとは品物が届くのを待つだけだね」

 価格の誤表示があると、その金額で販売しなければならない? 地球一家の父母は、ホスト親子の会話を聞きながら、この星の商慣行は地球とはかなり異なるものだと悟った。


 地球一家が出発の支度をしながら宅配便を待ち続けるうちに、一時間が経過した。

「一時間たったけど、届かないな」とタク。

「そうか。2000年問題は物流の世界にも発生しているかもしれない」とHF。

「地球の皆さんは、もう出発しないといけませんね」とHM。

「バンダナはお気持ちだけ頂くということで」と父。


 地球一家6人がホストファミリーに別れを告げ、空港まで移動すると、空港は大勢の人でごった返しており、異様な空気に包まれていた。どうやら、出発予定の飛行機がことごとく出発できていないようだ。係員の女性を捕まえて事情を聞くと、女性は申し訳なさそうに説明した。

「いつ離陸できるかわかりません。管制塔のシステムにもコンピューターの2000年問題が起きてしまっているのです」

 なんということだ。6人が困っておろおろしていると、遠くから声が聞こえた。

「地球の皆さん!」

 家で別れたはずのホスト夫妻が、空港まで追ってきたのだ。

「会えてよかった。飛行機が遅れているというニュースが入って、駆けつけたんです」

 HFは、笑顔で父と母におそろいのバンダナを手渡した。

「これで無事にバンダナを渡すことができました。我々も一安心です。皆さんもほっとなさったでしょう」

 地球一家はホスト夫妻に頭を下げて感謝した。バンダナを受け取れるかどうかよりも飛行機に乗れるかどうかのほうがよほど心配だったのだが、その一言は飲み込んだ。

 そして、飛行機の出発の目処が立たないというアナウンスが再度入った時、地球一家はみんな心の中でつぶやいた。

「この星に2泊するというミサの夢のお告げが、ますます現実味を帯びてきたな」

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