表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/100

第92話『Tシャツの洗濯』

■ Tシャツの洗濯


 地球一家6人は、空港を出た途端にマスコミの人々に取り囲まれた。

「地球の皆さん、こっちを向いてください。地球に住む家族がついに我が星にやってきました。新聞の号外を発行する予定です」

 どうやら、新聞社のようだ。突然のフラッシュの光に、6人はまぶしくて目を閉じそうになった。写真家は、撮影した画像をチェックしながら満足そうにうなずく。ジュンとミサは写真の出来栄えが気になり、横から画像をのぞかせてもらった。

「よかった。美男子に撮れているぞ」

 ジュンがうぬぼれて言うと、ミサは顔をしかめた。

「私たちの顔の写りは悪くないけど、リコが変な顔になってしまったわ」

 確かに、写真に写ったリコは唇をとがらせ、にらめっこの時につくるような面白おかしい顔をしている。リコがわざとこんな顔をつくるとは信じ難い。偶然にできてしまった顔なのだろう。リコも近づいてきて写真を見たが、全く気にしていない様子だった。

 その後、6人は道を歩くとすぐに汗ばんできた。気温が高いうえに、湿度も高い。最も汗をかきやすい気候なのだ。着替えのシャツは何着も持ってきているので、ホストハウスに着いたらすぐに着替えさせてもらおう。


 この日のホストハウスは、ホスト夫妻が経営する小さなホテルだった。ホテルに泊まれるのは、部屋を広々と使えるので助かる。

「家族みんな、汗びっしょりなので、まずは部屋で着替えさせてください」

 父が頼むと、HF(ホストファーザー)はさっそく6人を部屋に案内し、水色の無地のTシャツを一着ずつ手渡した。

「このTシャツを着てください。皆さんの身長を見てサイズを決めましたから、ちょうどいいと思いますよ」

 6人全員がTシャツ姿になったところで、ミサがHFに言った。

「サラサラしていて、とてもいい着心地です」

「それはよかった。でも、本当の着心地の良さは、これからわかりますよ。今から皆さん、たくさん汗をかくと思いますが、このTシャツが汗を全部吸い取ってくれるんです。これを着ているかぎり、汗で気持ち悪いということがありません。この地域の特徴である高温多湿の気候にあった特製Tシャツなんですよ」


 地球一家6人は、おそろいのTシャツ姿で日が暮れるまで観光を楽しんだ。天気が良かったので、屋外の活動が中心だった。ひとしきり汗をかいたが、Tシャツが全て吸い取ってくれたので、ずっと着替えずに済んだ。

 観光の途中で、4人組の若い女子グループがリコに話しかけてきた。

「リコちゃんですね。写真を撮るので、一緒に入ってくれない?」

 リコは快諾し、ジュンはカメラを借りてシャッターを押す係を引き受けた。リコが女子たちと一緒にカメラに向かってポーズをとろうとしていると、女子の一人は頼んだ。

「ねえ、あの面白い顔をやってよ。ほら、これと同じ顔を」

 女子は、バッグから新聞の号外を広げ、地球一家が写った写真を指し示した。リコは不満そうな様子もなくこれに応じ、唇を突き出した。

 しばらく歩くと、リコはまたもや別のグループから声をかけられ、写真撮影を依頼された。号外をきっかけに、リコは知らない間に人気者になっているようだ。


 地球一家6人がホテルに戻ると、ホスト夫妻が再び出迎えた。

「お疲れでしょう。さあ、ホテルのクリーニング室で、皆さんのTシャツを洗濯しましょう」

 HM(ホストマザー)はそう言って6人に着替えを勧めた。父は言葉を返す。

「とても着心地のいいTシャツで、今も全く気にならないんです」

「そうは言っても、汗をたっぷり吸い込んでいます。今晩洗濯しておけば、明日もう一度着られますよ。サイズ別に分けて、籠に放り込んでおいてください」

 HMが地球一家を案内したクリーニング室にはサイズ別の籠が置いてあり、全て空っぽだった。

 HMが退室した後、ジュンが父のTシャツを指して言った。

「このままTシャツを籠に入れたら、僕とお父さんは同じサイズだから、明日の朝どっちがどっちだかわからなくなるね。いくら洗濯するからといっても、お父さんの汗をたっぷり吸い込んだTシャツは着たくないよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。僕だってジュンが着たTシャツは勘弁だ」

「そこにサインペンがあるね。名前を書こうか」

 ジュンがTシャツに名前を書こうとしたので、ミサが心配した。

「大丈夫かしら。このTシャツ、もしも返せって言われたら?」

「さすがにそれはないだろう。一度着たシャツをほかの人が着るってこと? どう考えても、プレゼントしてくれた物だよ。名前を書こう」

「サインペンでシャツに名前を書くなんて、小さな子供みたいでかっこ悪いわ」

「でも、書かないとお父さんとの区別がつかない。普通に名前を書くからかっこ悪いんだ。サインにしよう」

「私も同じことを考えた。有名人のサインみたいにかっこよく書こう」

「いきなりかっこいいサインなんて書けないよ。自分のシャツだとわかればいいんだ。目立ちすぎないように小さく書こう」

 こうしてジュンとミサが順番に、Tシャツの肩の部分に小さなサインを書くと、父、リコ、タクも続いてサインを書いた。タクが母にサインペンを渡すと、母は受け取ろうとしない。

「お母さんは書かないの?」

「やめておくわ。ほかの5人が書くのなら、私だけ書かなくても区別がつくから」

「なるほど、それもそうだね」


 そして翌朝、HMが地球一家に声をかけた。

「おはようございます。Tシャツは洗い終わっていますから、クリーニング室の籠の中から取ってください。新品と見分けがつかないにくらいパリパリですよ」

 6人がクリーニング室に行くと、籠の中には、折り畳んではいなかったが、新品と見分けのつかないTシャツが入っていた。ところが困ったことに、地球一家6人が着ていたTシャツだけでなく、さらに30着ほどのTシャツが籠に一緒に入っていたのだ。

「うそでしょ。ほかの宿泊客のTシャツと混ざってしまったわ」とミサ。

「名前が書いてあるからわかるよ」とタク。

「そうだった。油性のサインペンでサインを書いたからわかるね」とジュン。

 名前など何も書かれていないTシャツの中からサイン入りのTシャツを見つけ、これだこれだと言いながらみんなで籠の中をあさっていると、母だけが困った表情で立ちすくんだ。

「どうしよう。私だけサインをしなかったから、自分のがわからないわ……。でも、ほかの人も名前を書いていないということは、この星の住民はどれが自分のTシャツだかわかるということかしら」

 母の推理に、ジュンが賛同した。

「確かに。ということは、ここの宿泊客が自分のTシャツを取りに来た後、最後に残った一着がお母さんのTシャツということだ」

「全員が取りに来るまで待つのか。気が長い話だ。下手するといつまでも出かけられないぞ」

 父がそう言って腕時計を見た時、ちょうど宿泊客が30人ほど入ってきた。家族や親戚による団体のようだ。彼らは、目にも止まらぬ素早い動きでTシャツを一着ずつ取って出ていった。籠に残ったTシャツは一着だけだ。

「わずか一秒で自分のTシャツを取っていったぞ。すごい観察力だ」

 ジュンが感心する。母は、残った一着を手にしながら言った。

「本当に新品同様だわ。自分が昨日着ていたのかどうかもわからないくらいね」


 この日の午前も、短時間ではあったが、6人はTシャツを着て屋外の観光を楽しんだ。

 出発の時間が迫り、HMに空港まで見送ってもらえることになった地球一家は、ホテルの部屋を出る間際にHFに別れの挨拶をした。HFは、慌てた声で言った。

「そうだ、忘れるところでした。皆さんにお貸ししたTシャツを返却してください」

 返さなければならないのか。意外に思った母が、HFに返答した。

「てっきりこれは頂いた物だと思っていました」

「差し上げたいところなんですが、この星の技術を結集したTシャツです。値段がすこぶる高いので、とても6人分買って差し上げる余裕はありません。今から6着回収して、もう一度洗って中古品店に売りに出す予定です」

「そうだったんですか。ということは、これは昨日私たちがお借りした段階で、既に新品ではなく中古のTシャツだったということですか?」

「そのとおりです。でも、洗濯したので新品と区別がつかないくらいだったでしょ?」

「確かにそうですが、見ず知らずの人の汗を吸い込んでいたと考えると……」

「そんなことを気にする人は、この星にはいません」

 今朝のクリーニング室を思い返してみると、30人の団体が異様に速くTシャツを取っていった理由がようやくわかった。どれが自分のシャツかなんて気にしなかったということだろう。


 それから一時間後、地球一家6人に空港まで付き添ったHMは、携帯電話の着信を受けて話し込んだ後、電話を切って父に話した。

「夫からの電話でした。皆さんが着ていたTシャツ6着のうち5着、油性ペンでサインを書いたようですね」

「あ、はい。やはり、いけませんでしたか?」

「油性ペンで書いた字は消えません。そのせいで、買い取りに出しても売れなかったと連絡がありました。うちにとっては大損害です」

「何とおわびしていいものか……」

「今となっては、どうにもなりません」

「いや、何とかして弁償する手段を考えます」

 父にそう言われても何の手立ても思い浮かばず、HMが困っていると、再び携帯電話のベルが鳴った。HMは、今度は話しながら笑顔になり、電話を切った後でこう言った。

「夫からの再度の電話でした。今度は朗報です。弁償のことは考えていただく必要がなくなりました。リコちゃんが着ていたTシャツが、高値で売れたんです!」

「リコが着たTシャツが高値で売れた? まさか、買ったのは男の子? 嫌だわ」

 ミサが苦虫をかみ潰したような顔でそう言うと、HMは首を横に振った。

「いいえ、誤解しないでください。ちゃんと洗濯して売りに出しましたから、新品同様ですよ。高値で買い取ったのは、有名人のサイン入りグッズなどを販売する業者です。皆さん気付いていないかもしれませんが、リコちゃんは今や我が星のちょっとした有名人です。あの新聞に載った変な顔のせいでね」

 リコのサイン入りTシャツは、Tシャツ5着が買えるくらいの値が付いたらしい。これを聞いて、地球一家は安どの笑顔を見せた。そして、もっといろいろな物にリコがサインしておけばよかったなと、ちょっぴり後悔の念も起きていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ