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第86話『大きないびき』

■ 大きないびき


 地球一家が次の星に向かう飛行機の中で、父は疲れもあって、座席でうたた寝をしていた。何かのはずみでパッと目覚めて見回すと、家族は父の様子を心配そうに見ていた。

「どうやら、居眠りしてしまったようだ」と父。

「居眠りはいいんだけど、いびきがすごいね」とミサ。

「ここ一週間くらい、お父さんのいびきが大きくて眠れないことがあるよ」とジュン。

「前はこんなではなかったのに」とタク。

「そういえば、鼻の調子が悪いんだ」と父。

「そのせいかもしれないわ」と母。

 星に到着して空港の外に出ると、凍えるような寒さだった。父が手をこすりながら言った。

「ここは真冬だな。もし暖かかったら、みんなに迷惑をかけないように一人で家の外で寝ようかとも考えていたけど、ここではとてもじゃないが無理だ」


 ホストハウスに到着すると、リコがドアを開けて元気よく声を出した。

「おじゃまします」

 6人が玄関で待っていると、HM(ホストマザー)が息子と一緒に出迎えてくれた。

「ようこそ、我が家へ。夫は残念ながら今週いっぱい出張で、会っていただくことができなくて。この子は、18歳の息子デルボです。受験生で、ちょうど受験勉強で忙しくしています」

 HMがそう言ってデルボに挨拶を促すと、デルボは小声で挨拶をしながら、警戒したような神経質な顔つきで地球一家の顔色をうかがった。

 HMは、地球一家を玄関近くの大部屋に案内した。

「ここにはベッドのようなものはありませんが、ここに布団を敷けば6人寝られます。ちょっと狭いですけど、この広さがあれば大丈夫ですよ」

 ジュンは、持って回ったような言い方でそれに答えた。

「問題は、誰が父の隣に寝るかですけどね」

「ジュンさん、どういう意味ですか?」

「最近、父のいびきが結構うるさいんですよ。一番近くで寝る人は、眠れないかなと思って」

「いびきって何?」

 デルボが尋ねると、HMも知らないというそぶりで首をかしげた。いびきという言葉を知らない? もしかして、この星の人はいびきをかかないのか?

 これを見て、ミサが父の肩をたたいた。

「お父さん、ちょっとやって見せて」

「いびきを今かけって言うのかい? 起きているのに?」

「いびきのまねでいいのよ」

「よし。グー、グー、グー」

 父の下手ないびきのまねを聞いて、HMは不思議そうに尋ねた。

「寝ている間に、地球の人はそんな声を出すんですか?」

「全員じゃないですけど。うちでは今のところ、お父さんだけかな」

 ミサはそう答えると、父のほうを見てさらに意地悪そうに言った。

「でも、昨日のお父さんのいびきはもっと大きかったよ」

「本当かい? グー。このくらい?」

 父はさらに大きな音を出していびきのまねをしたが、ミサは否定した。

「いや、もっと、もっと」

「ちょっと待ってください」

 HMが部屋を出て行き、布にくるまった白い何物かを抱えてすぐに戻ってきた。

「この星の名物ともいえる物を持ってきました。安眠枕です。聞くところによると、我が星が地球と比べて唯一進んでいる発明品だそうです」

 手に持っている物は、何の変哲もない枕に見えた。

「これに頭を乗せて、ここで本当に寝てみてください。10秒で眠れますから」

 HMは、父に枕を差し出した。

「本当に?」

 父は、半信半疑の表情で枕を受け取り、何も敷かれていない大部屋の床板の上であおむけになった。

「皆さん、お静かに。さすがに騒がしい中で眠ることはできません」

 HMにそう注意され、横たわる父をみんなで取り囲んで静かにしていると、父は本当に10秒ほどで眠りに落ち、思い切り大きな音を立てていびきをかき始めた。

「これがいびきというものなんですね。どこから音が出ているんですか?」

 HMのこの質問には、母が回答した。

「眠ると喉の筋肉が緩んで、その狭くなった喉で息を吸うので、振動で音が出るんです。飲酒や肥満が原因になりやすいと言われますが、夫の場合は鼻づまりのせいだと思います」

「とにかく、びっくりです」

 HMは驚きながらそう言い、その横でデルボもあ然とした表情で父の寝顔を凝視した。

 ミサは、ひらめいたように頼んだ。

「その枕、今もう一つお借りできますか? お父さんの隣で眠れるか、今すぐ試してみたくて」

 ミサは二つめの枕を受け取ると、父がいびきをかいているすぐ横であおむけになり、目を閉じて試してみた。しかし、何秒たっても眠れる気配はなかった。

「駄目だ。全く眠れない。みんなも順番に試してみてよ」

 ミサの提案に従い、母、ジュン、タク、リコも枕を使って寝てみたが、誰も眠れなかった。これで、父のすぐ隣でも眠れる家族は誰もいないことが判明した。そろそろ、父を起こしたほうがよさそうだ。

「起きて、お父さん」

 母が父を揺り動かすと、父は何事もなかったかのように目覚め、みんなの顔を見回した。

 いつの間にかその場を外していたデルボが、部屋に戻ってきた。

「グーグー言う声が、隣の部屋まで聞こえましたよ」

 HMは困った顔で考え込んだが、すぐに笑顔で父に言った。

「そうだ、いいことがあるわ。夫はちょうど今週出張中です。夫の寝室が空いていますから、よかったらお父様お一人だけ、そちらでお休みください」

「それは助かります。ではお言葉に甘えて」


 しばらくして地球一家が大部屋に残り、HMがキッチンでお茶を入れていると、背後からデルボが声をかけた。

「母さん」

「あー、びっくりした。デルボ、急に声をかけないで。何?」

「あの、いびきって言うんだっけ。寝ながら大きな声を出すおじさん、父さんの部屋で寝るって本当?」

「いけないかしら?」

「絶対に嫌だよ。だって、僕の隣の部屋じゃないか。あんな音を出して眠られたら、僕は眠れないし、勉強もできない」

「一晩くらい辛抱してよ」

「いや、絶対に許さないからね」

 デルボは、捨てゼリフを残して玄関から外に出ていった。

 HMは、大部屋に行って地球一家に頭を下げ、父に謝罪した。

「申し訳ありません。寝ていただく部屋のことなんですけど。息子は今、受験を目前に控えて神経質になっていまして……」

「なるほど。そういう事情なら仕方ありません。6人ここで寝ますよ」

「いいえ、その必要はありません。いい方法があります。ホテルを一部屋借りましょう」

「そんなに無理なさらなくても」

「いえ、大丈夫です。地球の皆さんをおもてなしするためなら、役所に実費を請求できるんです」

「それは助かります。ホテルはこの近くですか?」

「バスに乗りますが、そこが一番近いホテルなんです」


 地球一家は身支度をすぐに済ませると、HMに案内されて、家からバス停に向かった。バスに30分ほど乗って降りた一行は、目の前にあるホテルに向かって歩き出した。

 ホテルのフロントに着いて空き部屋の有無を尋ねると、フロントの男性はすぐに端末を操作して確認した。

「今日は大変混み合っていますが、最後の一部屋が空いていました。301号室です。鍵をどうぞ」

 父が鍵を受け取ると、母はほっとしたように言った。

「一部屋空いていて、ラッキーだわ」

 地球一家5人とHMは、301号室に父を残して家に戻った。


 大部屋で一夜を明かした地球一家は、朝になってすがすがしく目を覚ました。

「おはよう。お父さんのいびきを聞かなくて済んだから、久しぶりによく眠れたわ」とミサ。

「お父さんには悪いけど、次の星でもホテルを一部屋用意してもらえるといいな」とジュン。

「そんな孤独なのは、かわいそうよ」と母。

「お父さん、もう起きてるかな。迎えに行こうよ」とタク。

 地球一家は、前夜と同じ路線のバスに乗って、ホテルへと向かった。


 ホテルに着いて3階に上がると、301号室のいびきの音が廊下にまで響き渡っていた。

「お父さんのいびきの音がすごいな。まだ眠っているんだね」とタク。

「地球のホテルの廊下で、こんな大きないびきを聞いたことがないよね」とジュン。

 母は、少し考えて子供たちに言った。

「この星には、いびきという言葉がないと言っていたでしょ。住人が誰もいびきをかかないから、防音がしっかりと施されていないのよ、きっと」

 ミサは、301号室の呼び鈴を鳴らした。

 3回ほど鳴らすと、そこでようやくいびきの音は止んだ。そして、父は寝ぼけ眼でドアを開けて外に出てきた。ミサは元気に話しかけた。

「おはよう。すごいいびきだったね」

「おはよう。部屋の外にも聞こえるのか。参ったな」

「301号室という端っこの部屋で、まだよかったよ。隣の302号室に泊まっていた人は、迷惑だったでしょうね」

「一言おわびしようか」

 父がそう言って隣の302号室の呼び鈴を押そうとすると、母が止めた。

「ちょっと待って。まだ眠っているかもしれないから」

 ところがその時、302号室のドアがゆっくりと開いた。足をふらつかせながら出てきたのは、ホストの息子デルボだった。地球一家は目を丸くして驚き、父は尋ねた。

「デルボ君。どうしてここに?」

「家にいたら眠れないだろうと思って、昨日の昼間のうちにここにチェックインして一泊したんです。そしたら、まさかこんなことに」

 デルボの目は、見るからに寝不足で真っ赤だった。

「朝まで一睡もできませんでした。家に戻ろうにも最終バスが行ったあとで、外は寒いし、どうにもならなかった……」

 その時、デルボの携帯電話が鳴った。

「もしもし」

 HMの大きな声が電話越しに聞こえてきた。

「デルボ。あなた今どこにいるの? 朝になっても帰ってないから心配したわよ」

「ホテルに泊まったんだ」

「ホテルに? それを昨日のうちに言ってくれれば、地球のお父様にホテルに泊まっていただく必要がなかったのに」

 電話を切ると、デルボはその場に座りこんだ。お小遣いをはたいて宿泊料を払ったのが無駄だった、いや、余計なことだったと察すると、地球一家は気の毒な気持ちでいっぱいになった。

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