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第85話『小さな勝負師』

■ 小さな勝負師


 地球一家6人が新たな星に到着し、空港を出て歩いていると、少し怪しげな雰囲気の男性が、棒のついたキャンディの入った籠を持ってリコに話しかけてきた。

「お嬢さん。キャンディはいかが? 一本ただであげるよ」

 リコが両親の顔色をうかがうと、父と母は、ただなんだからもらっておけばいいじゃないという意味を込めて無言でうなずいた。

「ありがとうございます」

 リコはお礼を言って男性からキャンディを受け取った。すると、男性はさらにこう言った。

「僕とじゃんけんしない? 勝ったらもう一本あげるよ。ただし、負けたらさっきの一本は返してもらうよ。あいこの場合はやり直し。さあ、どうする?」

 リコは、迷った様子で頭に手を当てた。男性が判断をせかしてくる。

「その一本をもらって帰る? それとも2本目に挑戦する? あなたが決めていいよ」

「挑戦する」

 リコはそう答え、じゃんけんの構えをした。

「じゃんけんぽん」

 二人同時に叫び、手を出し合った。リコの勝ちだった。男性はリコに2本目のキャンディを手渡しながら、さらに言った。

「3本目に挑戦してみない? じゃんけんに勝ったらもう一本あげるよ。ただし、負けたら今までの2本はすべて没収してそこで終わり。どうする? ここでやめておけば、2本持って帰れるよ」

 リコは少しだけ悩んだが、すぐに答えを決めた。

「もう一回やります」

 そして二人は再びじゃんけんをし、またリコが勝った。リコが3本目のキャンディを受け取ると、またも男性が言った。

「次はどうする? ルールは同じだ。勝てば4本目をもらえる。負ければゼロ。やめれば3本だけ持って帰れる」

 家族のみんなが心配し始める中、リコは今回も挑戦し、またじゃんけんに勝った。

 そして、男性はリコに5本目のキャンディの挑戦を相談し、リコはそれに挑んだ。見ていたミサとタクは苦笑いしながらジュンの顔をうかがい、ジュンはそれに応じてうなずいた。

 リコは結局じゃんけんに4連勝し、5本目を手に入れた。そして、次のじゃんけんが6本目への挑戦だ。タクが小さな声でリコに言う。

「もうやめておいたら? 明らかに損な賭けだよ。勝っても1個しか増えないのに、負けると全部失うんだよ」

「いいよ」

 リコは一言そう言って、男性とのじゃんけんを続けた。すると、今度はリコが負けた。男性は、にやりと笑って言った。

「残念だったね。約束どおり、キャンディは全て没収だ。じゃあ、また会おうね」

 男性はそう言うと、リコから5本のキャンディを受け取って去っていった。


 家族6人は、再び道を歩き出した。タクがリコをからかう。

「ほら、やめておいたほうがいいって言ったのに」

 ミサは、真面目な顔つきでリコに尋ねた。

「リコもそれくらいわかってたよね。じゃんけんを続けたかった理由があるんじゃない?」

 リコは、ようやく答えた。

「キャンディが6本欲しかった。家族6人だから」

 それを聞いてミサはうなずいた。

「なるほど。確かに、人数分ないとけんかになっちゃうかもしれなかったね」

「うん。きっと、食べたことない味だから」

 すると、ジュンも納得して言った。

「算数で考えてみるとわかる。負けると全部失うのであれば、勝った時にキャンディが少なくとも2倍にならないと、割に合わない。でも、人それぞれ、算数では説明できない事情があるということだな」


 そんな話をしているうちに、6人はホストハウスに到着した。彼らを出迎えたのは、HF(ホストファーザー)HM(ホストマザー)、それに9歳の長男ヒブロと7歳の長女エムナだった。

 リビングで少し休憩した後、全員で近所の公園に向かった。毎日同じ時間に、子供たちがじゃんけんで挑戦する無料のイベントがあるというのだ。

 公園に着くと、イベントは既に始まっており、大勢の子供が列を二つ作って並んでいた。

 一方の列は、じゃんけんのお兄さんと呼ばれる男性とじゃんけんをする列で、勝てばコンピューターのゲームカセットをもらえるらしい。兄のヒブロはこちらの列に並んだ。

 もう一方の列は、じゃんけんのお姉さんと呼ばれる女性とじゃんけんをする列で、勝てば動物のフィギュアをもらえるようだ。妹のエムナは、こちらの列に並んだ。


 まず、ヒブロの順番が来た。お兄さんとじゃんけんをすると、さっそく勝ってゲームカセットを手に入れた。すると、迷わずに第2回戦に進むことを決めた。続けて勝てば2個目がもらえるという。そして、ヒブロは連勝し、2個目をもらった。

 エムナの順番も来た。お姉さんとじゃんけんをして勝ったため、ウサギのフィギュアを手に入れた。そして迷わずにもう一度列に並んだが、次のじゃんけんに敗れ、ウサギのフィギュアは没収されて両親と地球一家が見守るベンチの所に戻ってきた。

 一方、ヒブロは当然のように3個目に挑戦すると言って列の最後尾にまた並んだ。5人くらいの子供が並んでいたが、よく見ると、途中でやめてゲームをもらって帰る子は一人もいない。敗退して手ぶらで戻るか、勝ち進んで1個ずつ手持ちのゲームを増やしているかのどちらかだ。

 ヒブロを除く全員は何回目かでじゃんけんに負け、手ぶらでその場を離れた。そして、ヒブロだけが7連勝。そして、7個のゲームを抱えたヒブロは、8度目のじゃんけんで敗退し、全てを失った。

 公園の中で、地球一家はホストファミリーと一緒にじゃんけんの一部始終を見守っていた。ジュンは、心配そうな顔つきで家族に言った。

「さっきのリコは、リコなりの思いがあってじゃんけんを続けたと思うけど、ここの子供たちはどうだろう? 単に損得勘定がわかっていないだけじゃないのかな」

 ミサもうなずいた。

「そうね。7回も8回もじゃんけんを続けるべきじゃないわ」

 タクがジュンに提案した。

「みんなに算数を使って教えてあげたらどうかな」

「それはいいね」


 ジュンはさっそくホスト夫妻に提案し、彼らの協力もあって、公園にあるテーブルを使ってジュンの算数教室が始まった。じゃんけん大会を済ませた約10人の子供たちが集まった。

 ジュンは、ホワイトボードに図や絵を描きながらわかりやすく、確率の考え方を使って、じゃんけんを続けることが合理的でないことを説明した。子供たちは真剣な表情でジュンの授業を聞いた。

 地球一家は、その様子を見て笑顔を浮かべた。何よりも、自分たちがこの星の子供たちの役に立ったと考えるとうれしかった。

 ところが、最後にミサが女子の一人に授業の感想を尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。

「ジュン先生が教えてくれた話は、私たちはみんな、一年生の時に習って知っています」

「え、そうなの?」

 ほかの子供たちも、女子に合わせてうなずいた。

 ジュンが不思議そうにしていると、HFはジュンのもとに歩み寄り、卓上にあった紙に鉛筆で、丸と四角の記号を一つずつ書き込んだ。

「いいかい、ジュン君。ここに、2個のゲームカセットがある。タイトルはそれぞれ『巨人』と『宝島』だ。これらを持っていると、何種類のゲームが楽しめると思うかな?」

「そりゃ、2種類ですよね。『巨人』と『宝島』」。

「いや、3種類ある。その二つのカセットを両方ともセットすれば、『巨人の宝島』というゲームにもなるんだ」

「へえ」

「じゃあ、ジュン君。次にじゃんけんに勝って、3個目のカセットを手に入れたとしよう。タイトルは『ボートレース』だ。遊べるゲームの種類は何種類になるだろうか?」

「え、ということは……、7種類ですか」

「さすが、計算が速いね。そう、『巨人』、『宝島』、『ボートレース』、『巨人の宝島』、『巨人のボートレース』、『宝島のボートレース』、『巨人の宝島のボートレース』の7種類。3種類から7種類に増えたんだ。じゃんけんに勝って、ゲームの種類は2倍以上に増えたんだよ」

「なるほど」

 ここで、ミサが首をかしげた。

「ゲームのカセットのことは、それでわかりました。じゃあ、動物フィギュアのほうはどうなんですか?」

 この質問には、HMが答えた。

「ゲームと同じことよ。子供たちはフィギュアを使って、自分たちの空想の世界を作るの。例えば、ウサギのフィギュアがあれば、ウサギの世界」

「へえ、空想の世界か」

「フィギュアが一つ増えて、サルのフィギュアだとするわね。そうすると、ウサギの世界、サルの世界、そしてもう一つ、ウサギとサルの両方が住む世界を作って、創造的な遊びができるのよ」

「3種類の世界を使い分けて遊べるんですね。そして、例えばもう一つ、クマのフィギュアがあれば、ウサギ、サル、クマ、ウサギとサル、ウサギとクマ、サルとクマ、ウサギとサルとクマ、全部で7種類の世界か」

 ミサが指を折りながらそう言うと、HMはほほえんでうなずいた。

「もちろん、じゃんけんに負ければゼロになってしまうけど、勝てば2倍以上になる。みんながじゃんけんを続けたのは無謀ではなく、ちゃんと理にかなっているのよ」

 この説明を聞いて、ジュンは目を輝かせた。

「僕のほうが勉強させてもらった気分です。同じ理屈で考えると、この星での経験が、今まで僕が訪れた星の経験と結びついて、経験が一日分増えただけではなくて、一気に倍増した気がしますよ」

 ヒブロとエムナが戻ってきた。両親は二人の頭をなでた。


 そして翌日、ホストファミリーと別れた地球一家が道を歩いていると、キャンディの籠を持った男性がまたも現れ、リコに話しかけた。

「どう? 今日もキャンディをあげるよ」

 籠を見る限り、キャンディは一種類だけだ。ということは、公園でやっていたイベントとは違って、じゃんけんをすると割に合わないはずだ。

 リコは喜んでキャンディを受け取り、お礼を言った。

「さあ、じゃんけんをしようか」

 男性がリコにけしかけたものの、今回は応じなかった。

「今日はこの一本を持って帰ります」

 リコはキャンディを持って歩き出した。何色にも層ができている不思議なキャンディだ。しかも、甘くていい匂いがする。ジュンとタクが興味を示したところ、ミサも匂いにつられてキャンディに近づいた。

「誰が食べる? じゃんけんしようか」

 既に一触即発の雰囲気になり始めていた。ジュンがつぶやく。

「確かに、一本しかないと争奪戦になっちゃうな」

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