第83話『音痴の合唱コンクール』
■ 音痴の合唱コンクール
地球一家6人がホストハウスに到着すると、ホスト夫妻に歓迎された。HMは中学校の音楽教師で、HFは大学の心理学の教授だという。
客間として案内された大きな部屋にはいくつかのテーブルと椅子が置かれ、天井を見ると監視カメラがあるのがわかった。これについて、HFがすぐに説明を始めた。
「地球の皆さんを監視するつもりは毛頭ありません。実はこの部屋は、私が心理学の実験のために使うことがあります。心理学とは、人の心に関する学問です。心理学の実験にはいろいろあり、例えば、知らない人同士が集まった場合に、何分後に世間話を始めるかなどの実験をしています。女性のほうが男性よりも早く打ち解けるという結果が出ましたよ」
「地球でも、同じような実験をしているのをテレビで見たことがありますよ」
ミサがそう反応すると、HFはうなずいて言った。
「実験の目的は伝えずに集まってもらって、監視カメラを使って、実験の様子を別室でこっそりと確認するんだ」
「なるほど」
次にミサは、HMに向かって尋ねた。
「奥様は、中学校の音楽の先生ですよね。お忙しいですか?」
「明日、学校対抗の合唱コンクールがあるので忙しくなります。今日は生徒たちが最後の準備をしていますよ。よろしければ、学校は近いので、練習風景を見に来ませんか?」
これに興味を示したのは、ジュンとミサだった。地球一家のほかの4人は観光に出かけた。
HMが中学校の音楽室のドアを開け、ジュンとミサが後について入室すると、男子生徒と女子生徒合わせて50人ほどが合唱の練習をしていた。
明らかに音程の外れた声が混ざっている。それがどうしても気になったミサは、HMを廊下に連れ出して質問した。
「この生徒たちは、合唱部員ではないのですね?」
「合唱部員ではなく、うちの全校生徒よ。全校生徒が参加することは、合唱コンクールに参加するための厳しい条件なのよ」
「ごく一部の音痴の人が足を引っ張っているみたいですね。それから、口を動かしているだけで声を出していない人がいます。自分が音痴だと自覚しているのかしら」
「ミサさん、よく気付いたわね。生徒は四つのタイプに分けることができる。1番目のタイプはオンピで、しかも自分がオンピだとわかっている人。普通にうまく歌っている人たちのことよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。オンピって何ですか?」
「正しい音程どおりに歌える人のことよ」
「それは、たぶん地球にはない言葉ですよ」
「あら。じゃあ、地球では何と言うの? ミサさん、音痴の対義語は何?」
「音痴の反対の言葉なんて、あるかしら」
「仕方ないわ。オンピと呼ばせて。それから、2番目のタイプは音痴で、自分でも音痴だと自覚している人。3番目のタイプは、オンピなのに自分は音痴だと勘違いしている人。この二つのタイプの人は、迷惑をかけてはいけないと思って小声で歌うか、または口パクをしている。そして最後に、4番目のタイプは、音痴なのに自分はオンピだと勘違いしている人。外れた音程で大声で歌っているのがその人たちね。合唱コンクールで優勝するためには、オンピの人には歌ってほしいし、音痴の人には歌わないでほしい。でもその自覚がない人がいる限り、そうはならないから困っているのよ」
「音痴の人は歌わないでほしいなんて、音楽の先生がそんなこと言っちゃっていいんですか?」
「勝つためには、何だってするわ」
「じゃあ、音痴の人に『あなたは音痴ですよ』と教えてあげればいいですよね」
「それはできないわよ。地球ではできるのかもしれないけど、この星では、人に向かって音痴だとかオンピだとかいうのは、とても失礼なことだから」
ここで突然、ジュンが話に割り込んでHMに提案した。
「音痴判定機のような機械があったらどうでしょうか? 機械の前で歌って、それで音痴かどうかを判定するというのは」
「いいアイデアね。『あなたは音痴です』とか『あなたは音痴ではありません』と機械が言うのなら、失礼にならない。でもそんな機械、作れるのかしら」
「コンピューターのハードウェアがあれば、僕には作れますよ。正しい音程の曲のデータをあらかじめ用意して、次に一人一人の生徒が歌う音程を録音して、その違いが大きければ音痴と判定すればいいんです」
「面白いわね。さっそく作ってもらえる?」
「一晩あれば作れますよ。そして明日の朝、生徒たちみんなに試してもらいましょう」
「それじゃ間に合わない。合唱コンクールは明日の朝一番に始まるの。今すぐ作れないかしら?」
「今すぐですか? 参考になる出来合いのプログラムがあればいいんですけど」
「ちょうどいいのがあるわ。今すぐ一緒に家に戻って」
HMは、ジュンとミサを連れて家に戻り、心理学の実験に使われている大部屋に入った。
HMは、コンピューターのプログラムを起動させながら言った。
「これは、夫がつい先日、心理学の実験で使ったプログラムよ。性格がきちょうめんか大雑把のどちらであるかを判定するもので、私の生徒たちが実験台になったわ」
開始ボタンを押すと、目と口のついたマツの木のキャラクターが出てきて話し始めた。
「はじめまして。僕はマツの木だよ。よろしくね。今から君に10個の質問をします。『はい』または『いいえ』で答えてね。では始めるよ」
「面白そうだな。僕が実験台になっていいですか?」
ジュンはそう言うと、マツの木が繰り出す質問に一つ一つ『はい』または『いいえ』で答えていった。
「質問は以上です。それでは、君はきちょうめんなのか、大雑把なのか、判定するよ」
数秒の間を置いた後、マツの木は結果を発表した。
「君はきちょうめんな性格だと判定しました。では、最後の質問だよ。君は、この判定結果が信じられますか?」
「僕は今まで、自分が大雑把な性格だと思っていたけど、機械にそう判定されると、やっぱりきちょうめんなんだろうな」
ジュンがそうつぶやくと、横からミサも言った。
「地球では大雑把でも、この星の人たちと比較するときちょうめんということもあり得るしね」
そこで、ジュンははっきりとした口調で答えた。
「はい、結果に納得しました」
「ご協力ありがとうございました」
最後にそう言って、マツの木は画面から姿を消した。
「どうかしら。このプログラムを作り替えることで、音痴判定機を手っ取り早く作れない?」
HMがジュンの顔をのぞき込むと、ジュンは笑顔で答えた。
「できそうですよ。正しい音程のデータをもらえれば、一時間でできます」
そして、ジュンは約束どおり一時間でプログラムを完成させた。
HMは、生徒たち全員を連れて心理学実験の大部屋の前に来た。生徒は、順番に一人ずつ入室してコンピューターの前に座り、開始ボタンを押して実験を始めた。マツの木のキャラクターが登場し、まず生徒に課題曲を歌うよう指示した。
そして、音痴の生徒が歌うと、マツの木は恐縮しながら答えた。
「ごめんなさい。君は音痴です」
音痴ではない生徒が歌うと、マツの木は胸を張って答えた。
「大丈夫。君は音痴ではないよ」
この様子を別室から監視カメラで見聞きしていたHMは、うれしそうにジュンに言った。
「すごい! ジュン君のプログラム、見事よ。オンピと音痴の判定が完璧にできている。しかも、一時間でこのプログラムを完成させちゃうなんて」
「土台となるプログラムを教えてもらったおかげですよ。あのマツの木のキャラクターも、せっかくだからそのまま使わせてもらいました」
「いいわね。生徒たちは実験台になったばかりだから、マツの木にまだ愛着を持っていると思うわ」
「でも問題は、生徒たちが判定結果を信じてくれるかどうかです。音痴と判定されても、それを疑われては何の意味もない」
ジュンが心配すると、HMは首を横に振って答えた。
「それは大丈夫。この星の住民は、機械の言うことを信じる特性があるの。心理学者の夫がつい先日そう言っていたから間違いないわ」
HMは、さらに胸を張ってジュンとミサに言った。
「これで、オンピの生徒だけが歌って、音痴の生徒は歌わない。明日の合唱コンクールは優勝間違いないわ。お二人もぜひ、見学に来てくださいね」
そして翌朝、地球一家は中学校に行き、合唱コンクール会場の見物席に腰を下ろした。
ジュンは、見物席の最前列にHFがいるのを見つけ、隣に座って話しかけた。
「教授、おはようございます。見学にいらっしゃったんですね」
「合唱コンクールは妻の大仕事だからね。妻は今朝、今年は優勝できる秘策があると自信満々に話していたから、楽しみにしているよ」
「教授、そういえば、マツの木がしゃべりながら大雑把かきちょうめんかを判定する心理テスト、面白いですね。僕もやってみましたよ」
「そうか、やってみたのか。では、ジュン君には教えてあげよう。あの心理学実験には、本当の目的が別にあるんだ」
「どういうことですか、本当の目的って?」
「最後の質問を覚えているかな? 『この判定結果が信じられますか?』という質問だ」
「確かにありましたね。どうしてあんなことを聞いたんですか?」
「あの実験の真の目的は、人が機械の言うことを信じるかどうかを検証することなんだ。そして、実はあのマツの木が伝える判定は、うそっぱちなんだよ。きちょうめんな人には『君は大雑把だ』、大雑把な人には『君はきちょうめんだ』と答えるんだ」
「え、そんな……」
「そして予想どおり、逆の結果を伝えたにもかかわらず、妻の生徒たちはみんな、機械が出した答えだからということで、すっかり信じてしまったよ」
「そういう実験だったんですね。実は、僕もだまされました。生徒さんたちは、今もだまされたままなんですか?」
「いや。その日のうちに、生徒たちを集めて種明かしをしたよ。あのマツの木はうそつきなんだよ、とね。もっとも、同じ実験を繰り返し使いたいから、誰にも教えないようにと口止めした。だから、実験の目的については、妻でさえ知らないんだ」
さらに、HFは笑いながら付け加えた。
「まあ、副作用として、生徒たちはマツの木の言うことは今後信じられなくなってしまっただろうがね」
まずいことになった。ジュンは血相を変えて立ち上がり、舞台の近くに立っていたHMのもとへ駆け寄った。
「先生、お願いです。今すぐ生徒たちを集めてください。話したいことがあるので」
「ジュン君、どうかしたの? もう時間がないわ。うちがトップバッターだから、今にも始まるところなのよ」
その時、幕が開いて生徒たちの姿が現れた。そして、指揮と伴奏に合わせて合唱が始まった。
HMは、すぐに異変に気付いた。
「これはいったい、どういうことなの! オンピの生徒はみんな歌わずに口パクしている。そして、音痴の生徒はみんな大声で歌っている。オンピがいなくて、音痴だけで、完全にこれは、音痴の合唱団だわ!」
合唱のあまりのひどさに会場の観客がざわつくのを見て、HMは取り乱して絶叫した。




