第79話『天気の決め方』
■ 天気の決め方
地球一家6人がホストハウスの最寄りのバス停でバスを降りると、ホスト夫妻と10歳の娘が迎えに来てくれていた。
「今日は、とてもいいお天気ですね」
父が空を見上げながら挨拶代わりに言った。確かに、雲一つなく太陽がまぶしいほどの快晴だった。
畑に沿って道を歩いていると、土がひび割れしているのが気にかかり、母がHMに尋ねた。
「日照りが続いて水不足のようにも見えますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。干ばつのような現象は起きていません。一年のうちの十分の一、日数でいえば36日は雨が降りますので、作物が枯れたことはありません」
「それならば安心ですね」
「あそこの丘の上にある広場を見てください。明日、皆さんの出発前に、この星の住民がみんな集まって、皆さんの送別会をやることを予定しています。本当は今日、歓迎会をしたかったのですが、皆さんの到着時刻がわからなかったものですから」
送別会の企画について、地球一家は感謝の言葉を述べた。
さらに歩き続けながら、母が気持ちよさそうに言った。
「本当にいいお天気だわ。私たちの旅行をお天道様が味方してくれたようね」
すると、ホストの娘は意外なことを言った。
「天気を決めるのは神様じゃないよ。私たち人間が決めるの。今日の天気は、昨日みんなの多数決で決めたのよ」
多数決で? どういうこと?
「パパ、ほら、お天気を投票する端末を出して見せて」
娘にそう言われて、HFはバッグの中からコンピューター端末を取り出した。画面には、晴れを意味する太陽の絵のボタンと、雨を意味する水滴マークのボタンのみが描かれていた。
HFは、二つのボタンを指しながら説明した。
「この星の住民全員の毎日の日課として、明日の天気を晴れか雨かで投票するんです。明日の天気は、その多数決で決まります」
「天気って自然現象ですよね。人間が決めることなんてできるんですか?」
ジュンが尋ねると、HMが答えた。
「10年前からできるようになったんですよ。科学の進歩のおかげです」
「でもここには、晴れと雨のボタンしかありませんよ。曇りとか雪とか、ほかの天気はないんですか?」
「この星の気温は氷点下にならないので、雪は降りません。それから、曇りという天気もありません。雲ができると必ず雨が降るので、晴れるか雨が降るか、どちらかなのです。私たちの投票は、晴れか雨かの二択になります」
その日は一日中よく晴れた。地球一家は、太陽が沈むまで観光を満喫し、夜になって家に到着した。
リビングに集まった地球一家の目の前で、HFが妻と娘を呼び寄せ、コンピューター端末を見せながら言った。
「さあ、明日の天気を投票する時間だよ」
「あら、明日は投票しなくても結果が決まってるんじゃなかった?」
娘が不思議そうに尋ねると、HFは答えた。
「そうなんだけど、毎日投票することは住民の義務なんだ」
そして、3人とも慣れた手つきで晴れのボタンを順番に押した。
地球一家が寝室に入ると、ミサが首をひねりながら疑問を口にした。
「さっきの娘さんの、明日は投票しなくても結果が決まってるというのはどういう意味なのかしら」
みんなで頭をひねった後、ジュンがひらめいたように膝をたたいた。
「明日は、住民のみんなが僕たちの歓迎会を丘の上の広場でやってくれると言っていたよね。だから、みんなが晴れに投票するに決まっていて、自分たちが投票するまでもないという意味なんじゃないかな」
「確かに雨が降ろうものなら、あの丘は泥がぬかるんで送別会どころではないわね」と母。
「きっと、満票に近い形で晴れに決まるだろう」と父。
「送別会、楽しみね」とミサ。
地球一家は、翌日のことで胸を躍らせながら眠りについた。
ところが、朝になって目が覚めると、大きな雨音が聞こえた。窓を開けると、外は土砂降りの雨だった。
6人が起き上がってリビングに集まると、ホストの3人も既に集まっていた。HFが頭を深々と下げた。
「申し訳ありません。今日が雨になることは、昨日からわかっていました。でも、どうしても言い出せませんでした」
「住民の過半数が雨に投票したということですよね。まさか、私たちの送別会をしたくないということかしら」
母がそう言うと、HFは否定した。
「いいえ、それは断じて違います。そもそも、今日の雨は投票の結果ではないのです」
ここから先は、HMがみんなに説明した。
「今から10年前、毎日の天気について、政府は次のように方針を決めました。毎日の天気を星の住民の多数決で決めることとする。ただし、雨の日数が極端に少ないと、ダムの水が減ったり干ばつが起きたりして、悪影響が大きい。最低でも10日に一度の割合、日数でいえば年間36日の雨の日が必要である。そこで、もし雨の日数が不足する場合は、多数決の結果に関係なく、政府が強制的に雨の日を設けることとする」
なるほど。
「そして、毎日の天気を多数決で決めると言いましたが、実際に多数決で雨になったことは一度もないのです。多数決で決めると、必ず晴れになるのです」
まあ、それは容易に想像できることだ。雨に投票する人などめったにいないだろう。
「もちろん、日照りが続くのは良くないとわかっていますので、外出する予定がない時などに、雨に投票してみたこともあります。それは、ほかの住民も同じです。でも、それで半数の人が同じ日に雨に投票した例は一度もありません。そして今日は、この星の暦では11月26日なのです」
11月26日? 何か特別な日なのだろうか?
「毎年11月26日は、年間の残り日数が36日となる日です。そして、年間36日の雨の日を確保するために、11月26日から12月31日まで、ずっと雨の日になるんです。皆さんの送別会を今日実施することが決まってから、なんとか一日だけ雨の日を設けたいと思っていたのですが、どうにも住民全員の利害が一致せず、今年も例年どおり、昨日まで全ての日が晴れの日になってしまいました。したがって今日からは、政府の方針どおりの雨になります」
多数決で決めるというのは、やはり無理があったということだろう。
「今になって、ようやく政府は方針を改めることになりました。来年からは多数決ではなく、雨の日を政府が決めることになっています」
HMの長い説明を聞いているうちに、送別会の時間が近づいた。
ホストの3人と地球一家6人が外に出て歩くと、傘をさしても服がぬれてしまうほどの豪雨だった。丘のふもとまで歩いて見上げたが、この悪条件の中で住民は誰一人集まっていなかった。
「この星では、小雨というものはありません。降るとなれば本格的なのです」
HFがそう言った時、コンピューター端末がピーピーピーという音を発信した。
「政府から連絡が入りました。今すぐ住民会館に全員集合です。地球の皆さんも一緒に来てください」
ホストの3人と地球一家は、急いで住民会館に向かった。到着して中に入ると、住民が既に大勢集まっており、満席状態だった。
壇上で高齢の女性がマイクを握って挨拶をした。
「住民の皆さん。急にお集まりいただき、ありがとうございます。私はこの星の天気をコントロールしている環境大臣です。皆さんご承知のとおり、来年から政府が雨の日を決定することになりました。ところが、私たち政府に裏でお金を払って雨の日をいつにしてほしいと依頼してくる人が現れ、問題視しています」
これを聞いて、父がホスト夫妻に向かって小声でつぶやいた。
「それって賄賂じゃないですか。地球では収賄や贈賄は、れっきとした犯罪で罰せられるんですよ」
環境大臣は話を続けた。
「そこで、政府は厳正に雨の日を決めることを今あらためて約束し、それを証明するために、今ここで、皆さんの目の前で日付を決めていきたいと思います。ルーレットやサイコロなど、いろいろ持ってきました。どの方法で決めましょうか?」
ところが、住民側から不満を示す発言が飛び交った。
「そのルーレットやサイコロが本物だという証拠はあるんですか?」
「よく見てください。本物ですよ。それに私は大臣であり、魔術師ではないのですから、インチキなどできません」
「とにかく、我々一人一人が利害関係者です。どの日に雨が降るかによって我々の損得は大きく変わりますから、公正に決めていただかなくては困ります」
ここで、HFが手を挙げた。
「環境大臣。提案があります。今ここに、地球からの旅行者の皆さんが来ています。地球の皆さんに決めてもらったらどうでしょうか。彼らはもうすぐ飛行機に乗って旅立ちます。どの日付になろうとも、利害はありません」
「それは確かにいい方法ですが、地球の皆さんに好きな日付を伝えた人はこの中にいませんね? 神に誓えますか?」
住民たちは全員うなずいた。父もこれに合わせて言った。
「我々は、誰とも話をしていませんから大丈夫ですよ」
「この星の住民は、神に誓って絶対にうそはつかないと信じています。では、地球の皆さんに決めてもらいましょう」
環境大臣はそう言うと、壇上から降りて地球一家に近づき、タクに紙と鉛筆を渡した。
「あなたにお願いしましょう。この紙に36個の日付を書いてください。その日を雨の日とします」
「え、僕が?」
タクは紙と鉛筆を持ち、とまどいながら横にいたHMの顔を見た。
「迷っちゃうな。どの日にしようかな」
「迷わず決めてちょうだい。どの日でもいいのよ」
「そう言われると、ますます迷ってしまって……」
タクが日付を一つも書けずにもじもじしていると、環境大臣はしびれを切らした。
「じれったいわ。じゃあ、こうしましょう。地球の皆さんは6人ですから、一人6個ずつ日付を書いてください」
大臣は、地球一家に紙を一枚ずつ渡した。タクは少し安心した。
「6個くらいなら、迷わずに書けそうだ」
6人は、おのおの6個の日付を書いて大臣に渡した。大臣がすぐに発表しようとしたので、HFが制止した。
「大臣、待ってください。どの日に決まったとしても、必ず不平を言う人が現れます。地球の皆さんが罵声を浴びせられたりでもしたら、見るに忍びません。まず地球の皆さんには、ここから退散してもらいましょう」
「それもそうですね。地球の皆さん、ご協力ありがとうございました。良いご旅行を」
地球一家6人は退場し、次の星に向かう飛行機に搭乗した。
「今頃、住民の皆さんは雨の日が発表されて一喜一憂しているかしら」
ミサがそう言うと、ジュンが深刻な顔つきになった。
「あー、しまった。やっぱりタクが一人で36日分を決めるべきだったな。どうして気付かなかったんだろう。6人が6個ずつ日付を書くと、重複する可能性が出てしまうよ」
タクは、ジュンに確認した。
「つまり、誰かと誰かが一つでも同じ日付を書いてしまうと、36日そろわなくなるということだね。でも、日付は365種類もあるんだから、その可能性は低いんじゃない?」
「とんでもない。実際は可能性が高いのに低く感じることを、確率のパラドックスというんだ。今計算してみたら、一つでも重複が起きる可能性は70パーセントを超えるんだよ」
「え、そんなに?」
その時、父が横から口を挟んだ。
「可能性はもっと高くなるかもしれないな。日付を6個書けと言われて、僕はとっさに思い付かず、我々6人の誕生日にしたんだよ」
すると、他の5人は慌てたような顔で父を見た。
「何? まさか、みんなも同じなのか?」
5人は静かにうなずいた。




