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第78話『ステーキの焼き加減』

■ ステーキの焼き加減


 地球一家がこの日に訪れたホストハウスは、本格的なステーキ店だった。ホスト夫妻は、20歳の息子ボルゴと一緒に一つの大きなテーブルを囲んだ。夕方の開店前の時間だったため客はおらず、地球一家の貸切状態である。子供たちは、本格的なステーキレストランには地球でも入った経験がないので、興奮気味だ。

「さっそく召し上がっていただきましょう。肉の生加減はどうしますか?」

 HF(ホストファーザー)に尋ねられ、父が驚いて聞き返した。

「生加減? 焼き加減のことですか?」

「地球では焼き加減と言うんですね」

「そうです。生加減と言われると、ちょっと食欲が湧かなくて」

「それは失礼しました。では今後、皆さんの前では焼き加減という言葉を使います」

 焼き加減と言われても、ステーキを食べ慣れていない子供たちにはまだわからなかった。

「よく焼けたのをウェルダン、生に近いのをレアと言うのよ。そしてその中間がミディアム」

 母がそう説明すると、父は提案した。

「ミディアムにしておくのが無難だろう」

 母が納得し、子供たちもうなずいた。

「すみません。6人全員ミディアムで。ミディアムという言葉で通じますか?」

 父が尋ねると、HFが答えた。

「意味はわかります。ただこの星では、焼き加減は数字で表すのが常識です。50番としておきますね。さあ、ボルゴ。頼んだぞ。焼いてくれ」


 ボルゴはちゅう房に立ち、積み重なった3個のフライパンのうち際立って柄の長いフライパンを手に取った。それを見て、HM(ホストマザー)が地球一家に説明した。

「息子は特注のフライパンを使います。形から入るタイプなので、道具へのこだわりが強いんです」

 やがて、ボルゴは全員分のステーキを運んでテーブルに並べた。

「お待たせしました、50番が6人前です」

 6人はさっそく食べ始め、すぐに歓声をあげた。

「おいしい」とミサ。

「まさに、ミディアムのステーキだ」と父。

「この肉汁がたまらない」とジュン。

 6人が満足げに肉を平らげると、HFは皿を片付けながら説明した。

「実は、ボルゴはまだ修行中なんです。明日の朝、開店前に親戚一同を集めてテストをする予定です。合格したら、いよいよお客様のステーキを任せられます」

 ジュンはこれを聞いて、ボルゴに尋ねた。

「ボルゴさん、自信のほどはどうですか?」

「ばっちりですよ。僕はどんな焼き加減でも、1番から100番まで焼き分けて見せます」

「1番から100番? 百段階もあるんですか?」

「そのとおり。百段階の焼き加減を焼き分けてこそ一人前と言われます」

「ということは、焼き時間が一秒刻みくらいで違うということですか?」

 ジュンがそう尋ねると、ボルゴは感心して言った。

「ジュン君、鋭いね。そうだ、皆さんにクイズを出しましょう。百段階を焼き分けるのは簡単なことではありません。なぜなら、焼き加減を決める要素は、焼き時間だけではないんです。ほかに大きな要素が五つほどあります。わかるかな。リコちゃん、どう?」

「火の強さ」

「正解。タク君は?」

「肉の厚さ?」

「正解。さすが。肉の厚みは一様ではないから、焼き加減に影響が出る。さあ、ほかには?」

「肉の種類?」と父。

「その時の室温も影響するんじゃないかしら」と母。

「お二人とも、よく気付きましたね。どちらも正解です。答えていないのは、ミサさんだけだね。答えは残り一つだ。わかるかな」

 ボルゴに名指しされて、ミサは焦って心の中でつぶやいた。

「まずい。タクもリコも一つずつ正解しているのに、私だけ答えられないなんて」

 ミサが動揺しているのに気付き、ボルゴは冷蔵庫をミサに指し示した。

「ゆっくり考えていいよ。何だったら、ステーキ焼いてみる?」

「いいんですか?」

 冷蔵庫を開けると、ステーキの厚さに切られた肉が並んでいた。母がミサの背中を押した。

「ミサ、焼かせてもらったらどう?」

 ミサはうなずき、冷蔵庫から一切れの肉を取り出すと、地球一家に尋ねた。

「焼いてもいいけど、誰が食べるの?」

「ステーキをみんなで食べたばかりだから、今日はもう誰も食べられそうにないね」

 父にあらためてそう言われ、ミサは静かに肉を冷蔵庫に戻した。


 しばらくして、地球一家はリビングでボルゴを取り囲んで歓談のひと時を過ごした。母は、ボルゴの将来について根掘り葉掘り尋ねた。

「ボルゴ君は修行中と言っていたわね。この店の跡継ぎになるの?」

「はい。両親もそれを願っているし、とにかく僕は食べることが好きだから、食に関係のある職業に就きたくて」

「食べることに関係する職業の中からあえてシェフを選んだということは、料理の腕前に自信があるのかしら」

「食べることに関係のある職業って、ほかに何かありましたっけ?」

「いろいろあるわよ。栄養士とか料理評論家とかフードコンサルタントとか」

「どれも聞いたことがありません」

「もしかして、この星にはいないのかもしれないわね」


 そして翌朝、ホストファミリー3人がまだ寝ている中、地球一家は朝日の光で目を覚まし、ステーキ店のテーブルに集合した。

「クイズの答えがわからなくて、よく眠れなかったわ。やっぱり焼いてみればわかるかしら」

 ミサはみんなにそう言って、冷蔵庫から一切れの肉を取り出した。

「もうみんな、おなかすいてるよね。私が今からステーキを一枚焼くから、一切れずつ食べて」

 ミサは肉を丁寧に焼き上げ、地球一家に一切れずつ振舞った。

「お待たせ。ボルゴさんのフライパンを使ったら、柄が異様に長くて持ちにくかったわ」

「ミディアムだな。初めてにしちゃ、上出来だよ」と父。

「それで、このステーキの焼き加減の数字は何番?」とジュン。

「私にわかるはずがないでしょ。それに、クイズの答えもまだわからないわ」

 ミサがそう言った時、店の入口から5人の老若男女が突然入ってきた。

「もしかして、地球の皆さんですか? 今からボルゴ君のステーキを焼くテストを始めるんですよ。我々は審査員を引き受けた親戚一同です」

 こんなに朝早くから? 地球一家はホストの3人を慌てて起こしに行った。


 親戚一同がテーブル席につくと、HMが立ち上がってボルゴの肩をたたいた。

「では、テストを始めます」

 5人の親戚は、メモをとるボルゴに対して注文を始めた。

「じゃあ、私は32番のステーキをお願い」

「僕は48番だ」

「私は65番」

「私は73番をよろしく」

「僕は39番で」

 ボルゴが注文を聞いてガス台の前に戻るのを見送ったHFは、隅のほうのテーブルで心配そうに見守る地球一家に向かって言った。

「いろんな焼き加減がちゃんとできるかどうかを試すんですよ。でも、5人とも好みはミディアムのようですね」

 ボルゴは5枚のステーキを次々に焼き上げ、皿に乗せて親戚たちに提供した。どのステーキもおいしそうだ。親戚5人は、ステーキを味わいながら焼き加減を確かめていった。

 一息ついたボルゴは、ミサに歩み寄って尋ねた。

「ミサさん。クイズの答えはわかった?」

「いいえ、もう降参です。教えてください」

「ステーキの焼き加減に影響を与えるもう一つの要素は、それがその日何枚目に焼くステーキなのかということさ。フライパンに余熱が残るから、例えば1枚目と2枚目では、同じ時間だけ焼くと焼き加減が違ってくるんだよ」

「なるほど、確かに」

 ミサは、納得して答えながら、息を飲んだ。え? ということは、朝一番にミサが一枚焼いたことが影響してしまうということ?

 その時、ステーキを食べ終えた親戚たちが声を上げ始めた。

「ボルゴ君、残念だ。僕は48番を頼んだけど、これは53番だ」

「私は32番をお願いしたけど、このステーキは37番ね」

「私のは65番じゃなくて70番ね」

「僕は39番を頼んだ。結果は44番だ」

「73番を頼んだ私のは、78番になっているよ」

 これを聞いてミサは青ざめ、心の中でつぶやいた。

「全員分の焼き加減が5ずつずれたわ。私のせいだ」

 食事を終えた親戚たちがせわしなく店を出て行くと、ホスト夫妻はボルゴの前に立ち、厳しい表情で無言のまま首を横に振って不合格を伝えた。ボルゴは、やはり無言のままうなずいた。

 これを見たミサは、慌てて声を上げた。

「待ってください。私がいけないんです。皆さんが起きる前に、私が一枚焼いたんです。だから……」

「ミサさん、もういいよ。不合格は決まりなんだ」

 ボルゴはその一言を言い残し、自分の部屋に入ってドアを閉めてしまった。

「ボルゴさんのテスト、やり直してもらえませんか?」

 ミサはホスト夫妻に頼み込んだが、HFは表情を変えずに答えた。

「今日はもう満腹になってしまったからね。また後日だな。遠方から来た親戚もいるから、何か月先になることか」

 これを聞いて、ミサはますます自責の念にかられた。

 HMは立ち上がり、HFに言った。

「匂いを嗅いでいたら、私も朝からステーキが食べたくなったわ」

「僕もだ。ボルゴは部屋に行ってしまったから、僕が焼くよ。いつもの95番にしよう。君は?」

「私はいつもの7番で」

 焼き上がったステーキは、ウェルダンとレアが一枚ずつだった。そして、HFがレアを、HMがウェルダンを食べ始めた。ミサは、首をひねりながらHMに尋ねた。

「お二人のステーキ、逆じゃないですか?」

「いえ、これで合っているわ。1番に近いほどウェルダンで、100番に近いほどレアよ」

「勘違いしていました。普通、焼き加減って数字が大きいほどよく焼くという気がしたから」

「最初に皆さんに説明したとおり、焼き加減と呼んでいるのは皆さんの前だけで、普段私たちは生加減と呼んでいるのだから」

「そうか。そうでしたね。え? ということは……」

 ミサは立ち上がり、ボルゴが閉じこもった部屋の前まで行って叫んだ。

「ボルゴさん、お話をさせてください」

 ミサは部屋のドアをノックし、ドア越しに話を始めた。

「今やっと気付きました。ボルゴさんは、わざと失敗して焼いたんですね。私が先に一枚焼いたのに気付かなかったのならば、焼き加減、いや、生加減の数字は少しずつ小さくなるはずです。でも逆に大きくなっていました」

 ボルゴは、静かに部屋のドアを開いて廊下に出た。ミサはボルゴの顔を見て尋ねた。

「どうしてそんなことをしたんですか? シェフになりたいって言ってたのに。フライパンも自分専用のを特注したって」

「いや、元々僕は料理には向いていない。柄の長いフライパンを使っているのは、別に道具にこだわりがあるからじゃない。火が怖いし、油がはねるのも苦手だから、ガスコンロから少しでも離れて焼きたいだけなんだ」

 ミサが黙っていると、ボルゴは話し続けた。

「僕はただ単に、食に関係のある仕事に就きたかっただけなんだ。昨日、栄養士とか料理評論家とか、いろいろな仕事の名前を教えてもらって」

「でも、この星にはそんな職業ないんですよね?」

「なかったら自分で作ればいいんだよ。僕はどうしてもそれがやりたくなった」

「わかりました。それならば応援します。がんばってください」

 ミサが笑顔で激励すると、ボルゴは最後に余裕の表情で言った。

「手前みそだけど、僕は焼き加減には絶対の自信がある。フライパンの柄を握っただけで、朝一枚焼いた後の余熱があることがわかったよ。真面目にテストを受けていれば、どんな状況でも僕は合格していたさ」

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