第77話『長縄跳びと綱引き』
■ 長縄跳びと綱引き
地球一家6人が目的の星に到着して道を歩いている時、父がタクに向かって突然言い出した。
「この星で流行しているスポーツって、何だと思う?」
「どうして僕に聞くの? そんなの知らないよ」
「長縄跳びだそうだ」
「うわー。僕の一番嫌いなスポーツだ」
ミサがタクに皮肉っぽく言った。
「タクはスポーツ全般が苦手でしょ。その中で一番嫌いなのがあるとは知らなかったわ」
「僕が嫌いなのは、長縄跳びのルールだよ。だって一人でも失敗したら、その時点で負けになっちゃうんだよ」
「確かに。そして、誰が引っかかったのか、犯人が誰の目にも明らかなのよね」
父もタクに同情した。
「タクの気持ちがわかるよ。学校のクラス対抗の長縄跳びは、きずなを強くしたり団結力を高めたりすると言いながら、結局は失敗した人が肩身の狭い思いをするだけなんだよね」
「うん。逆に、僕の一番好きなスポーツは綱引きだな。だって、下手でもばれないじゃないか。極端な話、力を入れていなくても大丈夫だ。負けても誰のせいだかわからない」
そんな話をしながら歩いていると、ホスト夫妻が待ち構えており、HMが話しかけた。
「地球の皆さん、ようこそ。家に向かう前に、ぜひとも皆さんに体育館に寄ってほしいんです。今から、ちょうど子供たちの長縄跳び大会があるんですよ」
タクは、嫌な予感を感じ始めた。
体育館に着くと、20人くらいの子供たちが集まっており、長縄を持って遊んでいた。タクが心配そうにHMに告げた。
「あのー、僕、ちょっと体がだるくて……」
「大丈夫。皆さんは出場しなくても、見るだけでいいですよ。見てもらいたいだけなんです。はるばるいらっしゃってお疲れでしょうから、のんびりなさってください」
「あー、よかった」
ところが、その数分後にHFが頭を抱えた。
「どうしよう。子供が一人足りないぞ。同じ人数にしたいのに、これでは10対9になってしまう……。そうだ。地球のお子さんに出場してもらおう」
「僕は、どこまでついてないんだ」
タクが絶望的な表情を浮かべると、ミサが優しくタクの背中をさすった。
「大丈夫。一人だけでいいんでしょ。私が出場するから」
「ミサ、ありがとう」
「礼には及ばないわ。だって、私は長縄跳びが得意で大好きだもん。さっきからやりたいなと思って、うずうずしてたのよ」
ミサは、タクの前で準備運動として体をほぐしてみせた。
「見てて。長縄跳びには、いくつかコツがあるのよ。コツその1、まっすぐ立って高く垂直に跳ぶ。コツその2、一定のリズムを保つ。そしてコツその3、みんなで掛け声を合わせる」
「いいや。僕、見るのもつらいから、外で待ってる」
タクは、そう言い残して足早に体育館の外に飛び出した。
長縄跳びは、ゼッケンの色によって赤組と青組に分けられた。ミサは赤組のメンバーとなり、ちょうど10人対10人になった。HMはミサに説明した。
「全員が失敗せずに、より多くの回数を跳べたチームの勝ちです」
「地球のルールと同じですね。私、得意ですから自信があります」
ところが、縄跳びが始まると同時に、体育館の壁と床に不思議な映像が映り、あたかも建物が揺れ動いているかのように感じられた。ミサはなんとか跳び続けながらも動揺した。
「ちょっと、これは何? バーチャルリアリティ? まっすぐ垂直に跳びたいのに、体育館が傾いて見えるわ」
ミサの体勢がどんどん不自然になっていった。
「まっすぐ立てない。どうしても目の錯覚で体が傾いてしまう」
そしてとうとう、ミサの足が縄に引っかかった。笛の合図と同時に全員がその場で止まり、先勝した青組が歓声をあげた。
「ごめんなさい。私のせいで」
ミサは周囲に頭を下げると、すぐに気を取り直した。
「さあ今度こそ。目の錯覚は、慣れていくしかない。何よりも一定のリズムで跳べば……」
縄跳びが再び始まった。すると、先ほどの映像に加え、異様な音楽が鳴り響いてきた。
「何よ、この音楽? リズムがバラバラ。これを聞いていると調子に乗れないわ」
ミサはそうつぶやきながら跳ぶも、またもや足を引っかけてしまった。
「ごめんなさい。また私の失敗」
青組の連勝だ。ミサは深呼吸して心を落ち着かせた。
「みんなで掛け声をかけたいわね」
ところが、縄跳びが再び始まると、体育館のスピーカーから謎の掛け声が聞こえてきた。テンポがバラバラである。
「駄目! この掛け声、偽物じゃん。これに合わせてたら跳べなくなっちゃう」
そして、やはりミサが足をひっかけて転んでしまった。青組が3連勝のストレート勝ちだ。ミサはこの状態に耐えきれずに、HMのもとに駆け寄った。
「次々に変な仕掛けが出てくるのは、何なんですか?」
「ごめんなさい。言ってみれば、これらの仕掛けは障害物です。子供たちはみんな長縄跳びが得意です。こういう仕掛けを作らないと、何百回でも跳び続けられて勝負にならないんですよ」
「あー、そういうことだったんですか」
HMは、体育館の子供全員に呼びかけた。
「さあ。では、チームのメンバーを変えてもう一回やりましょう。2チームに分かれるために、みんなでグーパーじゃんけんをします。二人一組になってグーとパーでじゃんけんをしてください。あいこになったらやり直し。そして、グーのチームとパーのチームに分かれるのです。
子供たちは二人組を作っていった。ミサの相手が見つからない。
「私と組みませんか」
ミサは片っ端から声をかけたが、ミサを見るとみんな逃げてしまう。
「どうしよう。私の長縄跳びが下手すぎて、みんなに嫌われてしまったのかしら」
気が付くと、ミサと男子一人が余っていた。HFが男子に向かって叫んだ。
「君、ミサさんと組んで」
「えっ、僕ですか。ちょっと、心の準備が必要で」
「おい、何を言ってるんだ。地球から来たミサさんに失礼だろ」
見るに見かねたHMは、方針を変更した。
「仕方がないので、チーム分けの方法を変えましょう。二人一組を作るのはやめて、体育館のこっち側と向こう側に分かれてください。こっち側から10人を赤組、向こう側から10人を青組とします」
HMが体育館の両端を指すと、子供たちはめいめい動き出した。ミサがどっちに行こうか迷いながら周囲を見ると、子供たちみんながミサに注目していることがわかった。そして、ミサが体育館の入口側に駆け寄ろうとすると、子供たちは全員ミサについて来てしまった。
「やっぱり、あっちにしよう」
ミサが体育館の奥のほうに行こうとすると、子供たちはゾロゾロとミサの後を追った。
「どういうこと? 今度は私について来るなんて」
「おいおい、子供たち。見苦しいからやめなさい」
子供たちに喝を入れるHFに、ミサは尋ねた。
「どういうことですか?」
「見てのとおり、子供たちはみんな、ミサさんと同じチームに入りたがっているんですよ。お気付きかもしれませんが、子供たちがミサさんと二人組になりたくなかったのも、ミサさんと同じチームに入りたいからなんです」
「あー、それで。でも私、長縄跳びがものすごく下手なのに、どうしてみんな私と同じチームに入りたがるのかしら?」
「ちょっと言いにくいことなんですが、怒らないで聞いてください。子供たちはみんな、自分のチームを勝たせたいとは思っていないんです。負けてもかまわないけれど、自分のせいで負けるのだけが嫌なんです。長縄跳びは、誰が失敗したかはっきりわかってしまいますから」
「なんだ、そうか。長縄跳びが自分より下手な人を同じチームに招き入れたいのね」
「はい。チーム分けを続けましょう」
HMが大声でそう叫んだ時、ミサが顔をしかめた。
「ちょっと待ってください。足首が痛むわ。さっき、縄に引っかかって転んだ時にちょっと傷めてしまったみたい」
ジュンが駆け寄ってきた。
「ミサ、大丈夫か? 選手交代しよう。長縄跳び、僕がやるよ」
「いや、もっとふさわしい選手がいるわ」
ミサは、少し足を引きずりながら体育館を出てタクを呼んだ。
「タク、来て。私の代わりに選手になって」
「嫌だ。嫌だよ」
「この星では、タクはヒーローになれるわよ」
「ヒーロー?」
「そう、ここの子供たちの救世主。縄跳びが苦手な人こそ求められているのよ」
タクは、意味がわからないまま体育館の中に入った。
「ここから先は、タクに交代します」
ミサはそう言いながら館内を見渡して目を疑った。長縄が片付けられて、その代わりに体育館のど真ん中に、綱引き用の綱が一本置いてあったのだ。すぐにHMが説明した。
「お見苦しいところを見せてしまったので、長縄跳びは終わりにして、綱引きに変更します。綱引きも、長縄跳びの次に子供たちに人気のスポーツなんですよ」
ミサは納得すると、タクの背中をたたいた。
「タク、よかったわね。綱引きよ」
「別によくないよ。スポーツの中では一番ましと言っただけで、やりたくなんかないよ」
「まあ、そう言わず」
「まあ、綱引きなら下手でも目立たないからいいか」
ところが、HFは想定外の説明を始めた。
「タク君、説明しよう。この星の綱引きのルールは独特だ。一対一でやるんだ」
「えーっ、どうしてですか?」
「大勢でやると、力を抜く人がいるからね。実験の結果も出ている。一人だと百パーセントの力を出していても、二人でやると90パーセントの力しか出さないというように、人数が増えれば増えるほど、みんな手を抜くんだ」
「その話、地球でも聞いたことがありますよ」
「一対一で30秒間綱引きをする。その間に綱の位置が動くから、次の二人はそこからスタートして30秒間。そうやって、10組が綱引き対戦をして、最終的に綱がどの位置に動いたかによって、勝利チームが決まる」
そして、対戦の組み合わせが決まると、タクは独り言を言った。
「僕は最後の組の対戦か。それまでに決着がついてればいいな」
試合が始まり、9組の対戦によって、タクが所属する赤組は大差をつけて勝ち進んでいった。最後はタクの対戦だ。しかし、相手の男子が大柄でいかにも強そうだった。
開始の合図と同時に、タクは綱もろとも一気に引きずられた。あっという間の出来事で、相手チームの大逆転勝利だった。
「最悪だ。こんな惨めな綱引きは初めてだよ。やっぱり出なきゃよかった」
タクが泣き出しそうになるのをミサが慰めていると、HMの声がかかった。
「さあ、慌ただしくてすみませんが、今から子供たちの懇親会を始めます」
体育館にテーブルが運ばれ、おやつが配られた。
懇親会ではタクは人気者だった。子供たちがタクを囲んで感謝した。
「タク君のおかげで、僕の下手な綱引きが目立たなくて済んだよ」
「タク君は僕たちの救世主だ」
タクがとまどっていると、すぐ横でミサが耳打ちした。
「ほらね、タク。私の言ったとおり、ヒーローになれたでしょ」
「こんなヒーロー、嫌だよ」
タクは涙をこらえて体育館を飛び出していった。




