第76話『巨額の交際費』
■ 巨額の交際費
地球一家6人がホストハウスの玄関に到着すると、ドアが開いて3人の女性が出てきた。
「地球の皆さんですね。いらっしゃいませ」
3人のうち最年少の女性が、不思議そうな顔の地球一家に説明した。
「私たち3人とも、今日からここで働き始めた家政婦です」
地球一家がリビングに案内されると、中にいたHFに対して父が感心して言った。
「家政婦が3人とは、さぞかし裕福なんでしょう」
「いいえ、普段は全くそんなことありません。今回は、地球の皆さんのホストを務める特典として、政府から振り込まれたんです。ほら、銀行口座を見てください」
HFが差し出した通帳を見ると、『家政婦依頼費、30万トゥーカ』、『地球交際費、20万トゥーカ』と印字されていた。今度は母が尋ねた。
「この星の通貨のことがわからないのですが、どのくらいの金額なんですか?」
「家政婦依頼費は、家政婦を3年間雇える金額ですよ。ただ、政府の予算は年単位ですから、使用期限は今年いっぱいのはずです。補助金を別の目的で使うことは禁じられています。だから、一年契約で3人雇ったんです」
「その上に書いてある、地球交際費の金額もすごいですね」
「これは皆さんに関係します。皆さんのホストファミリーを引き受けたことで、政府から出た補助金です。市役所からビデオメッセージが届いていますので、見てみましょう」
コンピューターが操作され、市役所職員が話す動画がスタートした。
「地球の皆さん、ようこそ。直接お会いできなくて残念ですが、地球交際費という名目で、僅かながらの補助金をホストファミリーの口座に振り込ませていただきました。ホストの方は、これを地球の皆さんへのお土産代として有効活用してください」
HFは、メッセージの動画を途中で止め、自ら説明を加えた。
「僅かながらの補助金と言っていましたが、これは相当な金額ですよ。地球との交流を政府がいかに重視しているかがわかります。さて、この振り込まれたお金を使って、実はもう皆さんへのお土産は買っておきました。近所の空き地まで、一緒に来てください」
HFに連れられて、地球一家は空き地に向かった。そして、そこに置かれた物を見て驚いた。大型テレビ、掃除機、マッサージチェアなど、百点を超える品物がぎっしりと空き地を埋め尽くしていた。
「これらは全部、皆さんへのお土産ですよ。とにかく、お土産代に使えるお金が巨額だったので、何にしようか迷ったあげく、こんなにたくさん買ってしまいました」
父が困った顔でHFに言った。
「お気持ちはうれしいのですが、とても持って帰れません」
「そうですよね。そんな気がしていました。地球に送り届けられないものかな?」
「無理でしょう。それに僕たち、すぐに地球に帰るのではなく、この後も旅行を続けるのです」
「どうしたらいいんだろう。せっかくの補助金だから使い切らないともったいないし、ほかの目的で使うことは禁じられてるし。でも、とりあえずこの品物は全部、買った店にすぐに返品しますね」
「そんなことができるんですか?」
「この星では、どんな品物でもすぐに返品すれば返金してもらえますよ。ただし問題は、返金してもらった後、そのお金をどうやって使うかです」
「品物で頂くのではなく、この星で食事をしたり映画を見たりという使い方はできませんか?」
「なるほど。それならお荷物になりませんね。政府のヘルプデスクに問い合わせてみます」
HFは携帯電話を取り出し、通話を始めた。
「もしもし。地球交際費の使い方のことでお尋ねしたいんですが……」
電話を切った後、HFは笑顔で言った。
「できるそうです。では、まず食事に行きましょう。同行する私の食事代も、その費用から落とせるそうです」
そして、HFは地球一家を最高級レストランに案内した。
「有り余るほどの補助金がありますから、お好きな物をお腹いっぱい召し上がってください」
6人は遠慮することなく、おいしい食事を満腹になるまで楽しんだ。
「さあ、この後どうします? 映画だと、2時間見たとしても、あまりにも安上がりで、お金の使い出がありません。もっと時間あたりの値段が高い物を選ばないと」
「時間あたりの値段が高い物か……。我々は、そこまでぜいたくにお金を使った経験がないので、なかなか思い付きません」
父がそう答えると、HFは携帯端末を取り出し、検索して調べ始めた。
「最高級のサーカス見物はいかがでしょう。一時間見て一人3百トゥーカです」
地球一家は、提案に従ってサーカスを楽しんだ。終わった頃、HFは次のアイデアを出した。
「時間あたりの値段といえば、いいのを思い出しました。バンジージャンプをしましょう。たった5分なのに2百トゥーカもかかります」
6人はスリル満点のバンジージャンプを体験し、これまで味わったことのない恐怖感に絶叫した。何回やってもいいと言われたが、一回だけで目が回り、足がフラフラになった。
翌朝、地球一家が起きるとHFに声をかけられた。
「おはようございます。交際費がまだまだ余っています。今朝は何をしたいですか?」
今度は、タクが希望を出した。
「動物園に行きたいです」
「動物園は安いから、半日遊んでもそんなにお金がかかりませんよ」
「お金が残ってもいいから、動物園に行きたいんですけど」
「まあ、そうおっしゃらず、お金は使い切りましょう。そうだ。交際費の使い道は、別に娯楽に限る必要はありません。例えば、歯医者にも使えるようです。最高級の歯科医を紹介しますよ。通常の10倍の料金を払えば待ち時間なしで治療を受けられて、30分で虫歯が完全に治りますよ」
母は、虫歯があるタクとリコに、治療を受けるよう命じた。
「それから、会員制のジムに登録すれば、待ち時間なしでいろいろな運動ができますよ。一回だけのために入会金と年会費を払うのは、普通であれば馬鹿な話ですが、今回は事情が事情です。皆さんの名前で登録しておきましょう」
HFはそう言うと、次に母の顔を見て立て続けに提案した。
「それと、美容整形なんていかがですか? 30分もあれば本格的な整形手術も受けられて、百トゥーカ単位のお金を一気に消費できますよ。これはかなりお金の使い出があります」
「整形は、ちょっと遠慮しておきます。それより、最高級のエステサロンに行きたいわ」
「いいですけど、それほど高い金額にならないな。まだまだお金が余ります。最後に何か大きなことを」
「そういえば、昨日の夕食は一緒に食べましたよね。お友達なんかも誘って、もっと大人数のランチ会を開くことはできますか?」
「なるほど、その手があったか。最高級レストランを貸切りにして、パーティーをしましょう。私の知り合い百人を招待します。それなら、お金を使い切れそうです。地球の皆さんも、大勢に歓迎されてうれしいでしょ。さっそく予約を」
地球一家6人は、その後すぐに別行動を開始し、それぞれハイヤーに乗って家に戻ってきた。父、ジュン、ミサはジムで気持ちよく汗を流し、母はエステサロンを楽しみ、上機嫌だった。一方、タクとリコは歯の治療を終えて不機嫌な表情で帰ってきた。
「皆さんお疲れ様です。残るはランチパーティーですね。そろそろ支度しましょう」
HFがそう言った時、3人の家政婦のうち最年長者が声をかけた。
「玄関に、市役所の職員の方がお見えです」
玄関のドアが開き、市役所職員の男性が勝手に家の中に上がり込んできた。
「地球の皆さん、まだいらっしゃいますね。よかった。間に合った」
HFは、取り乱した様子の職員に向かって話しかけた。
「どうかなさいましたか?」
「申し訳ありません。先週、市役所のミスで誤送金をしてしまいました。つまり、地球交際費の金額を間違えて、おたくの銀行口座に振り込んでしまったんです」
「間違い?」
「2百トゥーカ振り込むべきところを、ゼロを3つ間違えて、20万トゥーカ振り込んでしまいました」
「3桁も違うなんて。なんということだ」
「お手数ですが、お金は市役所に返してください」
「返せと言われても、もう使っちゃいましたよ」
「あの金額を全部使った? 常識で考えて多すぎるってわかるでしょう」
「いや、わかりませんでした。地球との交際費と言われても、実感がわかなくて」
「お土産一つ分の金額を補助しただけだったんですよ。さあ、買った品物は、一つだけ残してお店に全部返品しましょう」
次に職員は、地球一家に向かって頭を下げながら頼み込んだ。
「地球の皆さん。そんな事情なので申し訳ないですが、お土産として受け取った品物は、お返し願いますか? 今からお店に返品すれば、返金してもらえますので」
「いや、本当にもう返せない状態なんですよ」
HFは横からそう言い、これまでのお金の使い道を全て市役所職員に打ち明けた。職員は頭を抱えた。
「全く、もう! 駄目です。なんとかしてお金は返してください。地球の皆さんへのお土産代として使うように、ビデオメッセージでちゃんと言ったじゃないですか。それを無視してそんな使い方をしたんですから」
「どうしよう。弁償したら我が家は破滅だ」
HFがしゃがみこむのを見て、父が助け舟を出した。
「ちょっと待ってください。品物以外にしてほしいと頼んだのは我々のほうなんです。どうか、お願いします。といっても、我々にも払える金額ではないのですが……」
「うーん、困ったな。元はといえば市役所のミスではあるし。私の一存では決められません。中央政府に掛け合ってみます」
職員はそう言って、携帯電話を取り出して電話を始めた。電話を切ると、HFに言った。
「今回は返金しなくていいことになりました」
「助かりました」
「そうは言っても、結局は市民の税金に頼ることになります」
「市民の皆さんに迷惑をかけたということですね……。おっと、ランチの予約の時間を過ぎているぞ。パーティーに行かなければ」
「まだ残っていることがあったのか。パーティーはキャンセルして、返金してください」
「いや、もう無理です。人数分の料理は出来上がっているので」
「全く、もう!」
レストランに着くと、百人の住民は来ておらず、代わりにテレビ局のスタッフがカメラを回していた。テレビ番組の女性司会者が語っている。
「ただいま、間違えて振り込まれたお金を使って開かれているランチパーティーの会場から中継しています。今さら返金することは不可能です。つまり、市民の税金が使われるのです」
「余計なことを言わなくてもいいのに」とHF。
「誤送金の件は、もうニュースになっていたんだな」とジュン。
「百人の住民が一人も来ないわ。せっかく最高級の料理が食べられるというのに」とミサ。
「テレビに映ってみんなから恨まれるのを恐れているんでしょうね」と母。
「市民の皆様。大切な税金を無駄遣いしてしまって、本当に申し訳ありません!」
父は、テレビカメラの前で深々と頭を下げた。
市役所職員は、スプーンとフォークを持って料理の前に立った。
「もったいないから、私もごちそうになろう」
彼が口の中に大量の料理を含んだ時、携帯電話が鳴った。
「もしもし……。そうか、やっぱり」
電話を切った後、市役所職員はHFを呼んで問い詰めた。
「さっき気になったんですが、あなた、家政婦を3人も雇っていますね」
「はい。家政婦依頼費が30万トゥーカも振り込まれたので、昨日から一年間の契約で……」
「不審に思ったので、調べたんです。それも我々のミスです。正しい金額は3百トゥーカでした。常識的におかしいと考えてくださいよ。地球の皆さんのホストを務めるのが大変だろうと思って、家政婦の派遣料一日分相当を振り込んだつもりでした」
「そうだったのか……」
「3人を今すぐ解雇して、お金は返してください」
「無理ですよ。3人には前の職場を辞めてもらって、一年契約で来てもらったんですから」
「全く、もう! なんてことだ」
市役所職員は髪の毛をかきむしった。それを見て、父が小声で子供たち4人に説教した。
「仕事上の数字のミスで大変な騒ぎになることもあるから、みんなも将来気をつけなさい」




