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第72話『魅惑の化学実験室』

■ 魅惑の化学実験室


 地球一家6人はホストハウスに到着し、リコがドアを開けながら叫んだ。

「おじゃまします」

 すると、ホスト夫妻が玄関に出てきて出迎えた。

「ようこそ」

 ホスト夫妻にはアバサという名の11歳の娘がおり、化学実験室に行って不在とのことだ。

「実験室はすぐ近くにありますから、一緒に見学に行きませんか?」

 HM(ホストマザー)が勧誘すると、興味をもって手をあげたのはジュンとミサだった。二人がHMに連れられて化学実験室のある建物に入ると、複数の子供たちが防護服を着て実験室を出入りしていた。入口の受付にいた白髪の高齢男性が声をかけた。

「3名ですね。見学だけの方も、防護服の着用が必要です。大人用もありますよ。サイズを見て一着ずつ選んでください」


 3人は入口前のロッカーで純白の防護服を身にまとった。ミサがHMに尋ねる。

「ものものしい服装ですね。まさか、何か危険な実験をしようとしているのかしら」

「危険かもしれないし、安全かもしれない。それはやってみないとわかりません」

「どういうことですか?」

「子供たちは、今まで誰も試したことのない実験をしているからです。爆発しないとは限りません。だから防護服を着ています」

 その時、かなりの爆発音が聞こえ、地面が揺れるのを感じた。

「キャッ! 怖い」とミサ。

「爆発が起きたようですね」とHM。

「大丈夫ですか?」とジュン。

「たまにあることです。防護服を着ているので心配いりませんよ」とHM。

 そうは言っても……。


 そんな話をしていると、ホストの娘アバサが実験室から出てきた。互いに名乗って挨拶を交わすと、アバサはさっそくノートを広げて見せた。

「残念。今日も収穫はなかったわ。NAとCLを混ぜてみたけど、何も発生しなかった」

 ジュンはそれを聞いて、アバサに詳しく尋ねた。

「NAとCL? ナトリウムと塩素っていうこと? その二つを混ぜると、塩化ナトリウム、つまり塩ができるんじゃないか」

「いいえ、全く違います。地球とは元素記号が違うんでしょうね」

「それもそうだな」

「ジュンさん、地球上に元素っていくつあるんですか?」

「百を超える元素があるよ。新しい元素が時々発見されているし、正確な数は覚えてないけど」

「そうですか。この星には、一万を超える種類の元素があります」

「一万? そんなにたくさん?」

 アバサはバッグから化学の本を取り出して、元素周期表をジュンに見せた。一つのページに載せられる数ではなく、表は数十ページに及んでいた。

「確かに一万以上ありそうだね。これは驚きだ」

「だから、このうちの二つを混ぜてみるという実験だけでも、誰もやったことがない物がたくさんあるんです」

「そうすると、世紀の大発見が生まれる可能性もあるんだね」

「そうなんです。だから私は大発見を目指して、毎日ここに通って実験をしています」

「アバサさんは勉強熱心だな」

「それもあるかもしれないけど、名誉欲のほうが強いかな。新しい発見をすると、自分の名前が使われるから。どうしても名前を未来に残したいんです」

「それは立派な動機だと思うよ」

「でも、地球には百くらいしか元素がないということは、新しい実験なんてなかなかできませんね」

「そうだよ。この星の人たちと違って、地球の子供は新しい発見をするなんてことはまずないな」

「それはつまらないですね。それじゃ、科学の実験なんて誰もしたことがないんですか?」

「実験はするよ。学校の理科の時間に、必ず実験の時間があるからね」

「どうして? 何を実験するんですか? どの実験も、誰かが既に試したことがあって、本を読めば答えが書いてあるんですよね?」

「うん。確かに君の言うとおり、僕たちが学校でやる実験はどれも、本で調べれば答えが書いてある」

「そんな実験、やる意味がないじゃないですか。結果がわかっているのに、どうしてわざわざ実験するんですか?」

「そう言われると、確かにそうだな」

 ジュンが首をひねった時、ミサが話に割り込んでアバサに言った。

「でも、私は実験の時間が大好き。もちろん結果はわかっているけど、みんなでワイワイ言いながら実験器具を操作するのがなんとなく楽しくて、魅惑さえ感じるわ」

「その気持ち、全然わかりません」

「あ、そう」

「ミサさん、もし実験が好きなら、ここで一つやってみませんか」

「え、いいの? もし大発見したら、私のミサという名前が残るっていうこと?」

「そのとおりです」

「面白そう。でも、爆発する危険があるのは怖いわ」

「防護服があるから大丈夫ですよ。安心してください。私は宿題があるので、先に帰ってますね」

「お疲れ様」


 アバサが建物の出口に向かった後、HMはジュンとミサを誘導して入れ違いで実験室に入った。ミサは棚にある薬品を見渡した。

「あまりにも多すぎて目移りしちゃう。でも、お待たせしたら申し訳ない。早く決めてしまおう」


 ミサは、棚の一番端の二つの瓶を手に取った。二つのうち液体にはMI、粉末状の固体にはSAと書かれたラベルが貼ってある。

「この二つの薬品を混ぜてみたいと思います。でも、もう過去に誰かが試したかどうかって、どうすればわかるんですか?」

 ミサが尋ねると、HMは近くに置いてあるコンピューターを指した。

「そこのコンピューターに入力するんです。既に良い結果が発見されていれば、それが出てきます。良い結果が何も出なかった場合も、そのように書かれていますから」

「よし。では、MIとSAを混ぜる実験をします」

ミサは、コンピューターに『MI』および『SA』と入力して、実行ボタンを押した。結果は何も出てこない。

「つまり、まだ誰も試したことがないから登録されていないのね。ちょうどいいわ」

 ミサは、試験管を使って二つの瓶の中身をビーカーに入れ、おそるおそる混ぜてみた。

 その時、パーンというものすごい音の爆発音が聞こえた。

「キャーッ」

 ミサは大声で叫び、腰を抜かしてしばらく立ち上がれないでいると、防護服を着た二人の男子が笑いながら近づき、火のついた爆竹を見せた。

「もう。びっくりさせないでよ」

 HMは二人を追い払い、ミサに手を差し伸べた。

「いたずら少年たちよ。実験室によく出没して、爆竹を鳴らして驚かすのよ。この星の子供たちはいい子ばかりなのに、あの二人のせいでみっともないところを見せてしまったわ」

「でも、爆発じゃないとわかって本当にほっとしました」

 ミサがそう言うと、二人の少年は後ずさりしながらミサに向かって叫んだ。

「ほっとしたでしょ。よかったでしょ。僕たちに感謝してよ」

「何よ、そのへ理屈。どうしてあなたたちに感謝しなくちゃいけないの」

 ミサが言い返した時、ビーカーからは虹色の7色の気体が発生した。気体は美しく混ざり合いながら宙を舞った。

「やった! 大成功」

 HMも手をたたいて叫んだ。

「おめでとう、ミサさん。見事に、美しい虹色の気体が発生したわね。この気体には、ミサさんの名前が使われるわ」

 ミサが実験結果をコンピューターに登録している間に、美しい気体は実験室一体に広がった。男の子がせき込む声が聞こえてきた。声の方向を見ると、爆竹の少年二人が煙を吸い込んでむせていた。

「いたずらしたから、バチが当たったのよ」

 ミサは笑いながらそう言い、出口に向かった。


 一同が家に戻ると、アバサは勉強中だった。ミサは会心の笑みを浮かべて話しかけた。

「アバサさんにも見せたかったわ。実験に成功したのよ」

「本当に? おめでとうございます。成功する確率は低いから、ラッキーとしか言いようがないわ」

「どれを使うか見当もつかなかったから、棚の一番端っこにある二つの薬品を混ぜただけなの。MIとSAとかいう元素名の……」

「虹色の気体が発生したでしょ」

「どうして知ってるの?」

「私が昨日試したんですよ。棚の端のほうに置いてあったのは、私が使ったばかりだったから」

「実験に成功したのに、どうして登録しなかったの?」

「成功しても登録しなきゃいけないという義務はないんですよ。私は次の人にチャンスを残してあげたかっただけ」

「でも、せっかくアバサさんの名前を残せるチャンスだったのに」

「虹色の気体が発生したところで、実用的な価値は何もないですよね」

「そうかしら。とてもきれいで、とても楽しかったけど」

「私に言わせれば、つまらない実験です。私はもっと実生活に役立つような大発見をしたい。そして、それに自分の名前をつけたい」

 軽薄な考えしか持っていなかったことに羞恥を覚えたミサに向かって、アバサはさらに付け加えた。

「名前は一生で一回しか使えないんです。一つの研究成果に自分の名前をつけてしまうと、もう名前はつけられない。だから、未来の大発見のために名前は残しておきたいわ」

 アバサにはかなわない。ミサがそう感じた時、玄関のドアが開いた。


 ミサが玄関に行くと、実験室で爆竹を鳴らした少年二人組が立っていた。

「さっきは驚かせてしまって、すみませんでした。心から反省しています」

 二人はミサの目を見て声をそろえるようにして言った。アバサも玄関に出てきた。

「実験室によくいるいたずら小僧ですよ。ミサさん、知ってるんですか?」

「さっき会ったの。爆竹でいたずらされたのよ」

「災難でしたね。それにしても、いつも謝ったりしないのに、どういう心境の変化かしら」

 すると、少年二人の後ろから、実験室長の高齢男性が入ってきた。

「この少年たちが突然、ミサさんに謝りたいと申し出たので、お連れしました。どうやら、原因はあの煙のようです」

「実験で成功した虹色の煙のことですか?」

「いたずらや悪事などをした人が吸い込むと、改心する効き目があることがわかりました。もっとも、普通の人が吸っても何の影響もありませんが」

 そして、実験室長は尋ねた。

「記録によると、あの煙を作ったのはミサさんですね?」

「いいえ。発明したのは、アバサさんです」

 アバサがぼう然としていると、実験室長は高らかに声をあげた。

「すばらしい。世紀の大発見ですよ。実験は大成功です。実験台となる少年が現れたのも実に運がよかった」

 実験室長の抱擁を受け、アバサはまだ信じられないような表情を続けた。ミサは、いたずら少年たちに感謝の意を込めてほほえんだ。

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