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第71話『アイデアは土の中』

■ アイデアは土の中


 地球一家6人が次の星に向かう飛行機の中、タクがふと気が付くと、ミサがタクの日記を勝手に読んでいた。

「タクって、旅行中に出会った女の子のことばかり日記に書いてるのね」

「見ないで。恥ずかしいよ」

 タクはミサから日記帳を取り返すと、独り言のようにつぶやいた。

「次の星に着いたら、ゴミ箱に捨てよう」

「せっかく書いたんだから、捨てなくてもいいのに」

「見られるくらいなら、ないほうがましだよ」

「入れた瞬間に溶けて消えてしまうような、不思議なゴミ箱があるといいわね」


 6人は星に到着すると、すぐにホストハウスに向かった。

「おじゃまします」

 リコがドアを開けると、長男のナバトと長女のネルサが地球一家をリビングに招き入れた。二人とも自宅の部屋で働いている成人だ。

 タクは、さっそくゴミ箱を探してキョロキョロと部屋を見渡したが、見つからない。

 リビングの窓からは、広い庭が見える。父が感心してナバトに言った。

「庭の土が柔らかそうですね。何かあそこに植える予定なんですか?」

「いいえ、何も植えませんよ。言ってみれば、あれは我が家のゴミ箱なんです」

「庭の土がゴミ箱?」

「土の中にゴミを埋めると、自然に分解されて土に帰っていきます。環境にとても優しいんですよ」

 なるほど。よく見ると、赤い土と黒い土に分かれている。ジュンが得意顔で話した。

「左側が赤土で、右側が黒土ですね。赤土のほうが粘土質で、黒土は有機物が多く含まれている。学校で教わりました」

「地球ではそうなんですか。この星の場合は、赤い土も黒い土も成分は同じです。ただし、赤い土にゴミを埋めると、一時間後にゴミは消えてなくなります。一方、黒い土にゴミを埋めると、消えてなくなるのは一年後です。だから何日もたった後に、やっぱり捨てなければよかったと思ったら、黒い土の場合には掘り返すことができるんですよ」


 土の話は一段落し、一同はテーブルを囲んで着席した。

「ところでお二人は、家でどんなお仕事をしているんですか?」と母。

「僕は、あまり売れていない小説家です。小説の中でも短編小説ばかりですよ」とナバト。

「私は、あまり売れていない漫画家です。漫画といっても読み切りの短編だけ」とネルサ。

「じゃあ、お互いにアイデアを出し合うこともできるんじゃないですか?」とミサ。

「いいえ。ジャンルが違うとはいえ、ライバル同士の兄と妹です。アイデアの話を口にすることはしません」

 ナバトがそう言ってネルサを横目で見ると、ネルサは軽くうなずいた。


 一同がいったん解散した後、ミサがジュンに話しかけた。

「庭の土は、ゴミ箱と考えれば不思議ね。地球ではあり得ないわ」

「これがコンピューター上のゴミ箱だとすれば、発想としては不思議ではないな。コンピューターの作業中にファイルなどを削除すると、ゴミ箱に入る。ここの赤い土や黒い土のように、期限を設定して一時間後とか一年後に中身を空にするというゴミ箱もあるんだよ」


 その頃タクは、周りに誰もいないことを気にしながら、こっそりと赤い土の中に日記を捨てた。しかし、一瞬ためらった後にすぐ掘り出し、迷いながら黒い土のほうに捨てた。


 ナバトとネルサは、向かい合った机に腰掛けて仕事をしていた。漫画を描いているネルサの背後から、ミサがのぞき込んだ。

「面白い漫画ですね」

 ところが、ネルサは紙をクシャクシャと丸めて立ち上がり、窓を開けて黒い土の中に丸めた紙を放り込んだ。柔らかな土は一瞬で紙を中に沈めた。ミサは残念そうな表情を示した。

「もったいない。面白かったのに」

「駄目。あんなアイデアじゃつまらない。面白いと言ってくれたのはうれしいけど、自分で納得できる物を描かなきゃ」

 ネルサは自分に厳しい態度をとった。すると、今度はナバトが書きかけの小説を丸めて立ち上がり、窓を開けて赤い土の中に放り込んだ。ジュンが残念そうに声をかけた。

「せっかく小説を書きかけていたのに」

「いや、つまらないからボツだ。いいアイデアはそんな簡単に浮かばないものだよ」

「でも、赤い土に投げ込んだら一時間後には取り戻せなくなるのに」

「いいんだ。自分で一度読んでつまらない物は、どうせ何度読んだってつまらないよ。僕はいつも赤い土を使っている。後悔したことはないよ。さあ、新しいアイデアを練るとしよう」

 これを聞いて、ネルサが立ち上がってナバトに言った。

「私は逆に、ボツにした紙を捨てる時は、いつも黒い土を使っているわ」

「土を掘り返して紙を取り戻したことなんて一度もないんじゃなかったっけ」

「そうなんだけど、捨てる瞬間はやっぱり不安なのよ。あなたみたいに思い切りよく赤い土に捨てることができないわ」

 話を聞いていた地球一家は、二人の性格の違いがよく現れていると感じていた。


 そして夕食後、地球一家6人とホストの兄妹がリビングでくつろいでいる時、ミサが父に言った。

「ネルサさんの描く漫画、特にウサギがとてもかわいくて、私は大好き」

「へえ」

 父はネルサに頼んだ。

「僕にもウサギの漫画を見せてくださいよ」

「あんなかわいい絵柄の漫画は、普段はあまり描かないんだけど、今日描いた分は全部ボツにして捨てちゃいました」

 ミサが立ち上がった。

「えー、あの絵、もうないんですか。ちょっと私、掘り起こしてくる」

 ネルサが止めようとするのも聞かず、ミサはスコップを片手に庭に出て、黒い土を掘り始めた。ネルサは心配そうにその様子を見守った。

「そんなに簡単に掘り起こせないと思うけど」

 ミサは、スコップが何かを掘り当てたのを感じた。拾い上げてみると、木でできたおもちゃの人形のような物だった。

「こんな物が出てきました」

 ミサが庭から叫ぶと、ネルサが応答した。

「あ、それも私が捨てたの。木片を使って、自分の漫画のキャラクターグッズを作ってみたんだけど、出来上がってみたら気に入らなかったから捨てちゃった」

 父が呼び止めた。

「それはなかなかいいじゃないか。ミサ、見せてみなさい」

 父はミサから木の人形を受け取ると、優しくなで回しながら話した。

「僕は、地球でキャラクター商品を作る企画の仕事をしていたことがあるんです。これはなかなか愛くるしくていいと思いますよ」

 父の賞賛の言葉に、ネルサは自分の木工作品をしげしげと見返した。

「そう言われてみると、確かに悪くないわね。これを捨てたのは何か月か前だけど、その時は全然いいと思わなかったわ」

 父は、ネルサに矢継ぎ早に質問した。

「ネルサさんは、それを作ったその日に、すぐに捨てたんですか?」

「そうです。その日に気に入らなかった物を次の日に気に入るわけがないと思って」

「そんなことはないですよ。僕は、アイデアは何日か寝かせたほうがいいと思っています」

「アイデアを寝かせる?」

「そうです。出来上がったその時は良いと思わなくても、日にちが経過してから見直すと、良いと思えることもあります」

「それは、どうしてでしょう」

「何日かたつと、それを作ったことを自分が忘れるからです。そして、作者の視点ではなく他人の視点から客観的に見直すことができるんです」

「なるほど」

「僕自身もこういうことがよくあるんですよ。アイデアを練っているうちに見慣れてきて、飽きてしまうんです。だから、だんだん良いと思えなくなる。でも、何日か置いておくと、アイデア自体のことを少し忘れて、その状態で見直すと、とても良く見えるんですよ」

「もう少し掘り起こしてみよう」

 今度は、ジュンが立ち上がった。ジュンがスコップを持って黒い土を掘り返すと、丸めた紙が何枚か出てきた。

「ネルサさん、漫画を見直してみてください」

 ネルサはジュンから紙を受け取ると、少し眺めて叫んだ。

「まあ、面白い! これを私が捨てたなんて。アイデアって、寝かせるものなのね」

「もっと掘りますか?」

「はい」

 ネルサは家の奥まで行ったかと思うと、スコップを7本持って戻ってきた。

「皆さん、手伝ってください。過去一年分のゴミを全部掘り起こしたいんです」

 ネルサとナバトは地球一家6人と一緒に、顔と服が黒く薄汚れた状態になりながら、黒い土を掘り返す作業を続けた。


 それから一時間後、みんなは全身真っ黒な状態で、疲れて息を切らしながらリビングの床に座り込んだ。一番黒く汚れたリコは、仰向けになって眠り始めていた。そして、床には丸められた大量の紙ゴミが散らかっている。

「地球の皆さん、遅い時間まで掘り起こし作業をありがとうございました」

 ナバトがそう言いながら横目で見ると、ネルサは自分の描いた漫画を夢中になって読んでいた。

「面白い! これも面白い! アイデアは寝かせるべきなんだと、初めてわかりました」

 それを聞いたナバトが、少し悔しそうな表情になった。ミサが同情して声をかけた。

「ナバトさんも、黒い土のほうに捨てておけばよかったですね。ナバトさんのアイデアは、全部消えてしまって復刻できませんよね」

「いや、もういいんだ。そんなことより……」

 そして、ナバトはネルサに向かって頭を深く下げた。

「ネルサ、すまなかった。僕が君の漫画の原稿を読んであげればよかった。そうすれば、他人の視点から面白さにすぐ気付けたはずだ。今からでもいい。読ませてくれ」

 ナバトは、まだ散らかっていた紙くずを一つ広げて、漫画を見た。

「あれ?」

 漫画を見て不思議そうな顔をするナバトの後ろから、ジュンがのぞき込んだ。

「うん、やっぱりこの漫画も面白いですね」

「確かに、すごく面白い。だが、この漫画のストーリーは、僕が書いた小説のアイデアだ」

 これを聞いて、今度はネルサがナバトに頭を下げた。

「ごめんなさい」

「どういうことかな?」

「あなたの小説のアイデアをちょっと拝借しちゃったのよ」

「いつの間に?」

「どうせ赤い土に捨てたんだからと思って、いつも一時間以内にこっそり掘り起こしていたわ。でも、やっぱり使っちゃいけないと思って」

「すると……」

 ナバトは、床に散らかった紙くずの中から文章の原稿を次々に探し出した。

「こっちは僕の小説の原稿だ。赤い土の中から掘り返した後で、黒い土のほうに捨てたんだな。これも僕のアイデアだ! これも! これも!」

「本当にごめんなさい」

 謝罪するネルサに対して、ナバトは笑顔で答えた。

「いや、お礼を言いたい。ありがとう。おかげで僕のアイデアは、消えずに全てここにある!」

 感動的に握手をする二人を横目に、ミサは何やら別の物を読んでいた。母がのぞき込む。

「ミサ、何を読んでるの?」

「タクの日記よ。私はこっちのほうを読みたいわ」

「これも掘り起こされたのね」

「タクは思い切りが悪いんだから。どうして赤い土のほうに捨てなかったのかしら」

 タクははっと気付いてミサから日記を取り返そうとしたが、ミサは笑いながら家の中を逃げ回った。

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