第68話『勝者のスポーツドリンク』
■ 勝者のスポーツドリンク
地球一家6人が新しい星に到着して空港を出ると、ホストファミリーがワゴン車で出迎えてくれた。ホスト夫妻と二人の息子の4人家族のようだ。
「ようこそ、我が星へ」
6人がワゴン車に乗り込むと、車は動き出した。
地球の子供たちがおなかをすかせているのを察し、父はHFに尋ねた。
「この星には、何か名物の食べ物ってあるんですか?」
「名物と言えるような特別な食べ物はないけど、飲み物だったらあります」
「何ですか、名物の飲み物って?」
「スポーツドリンクです」
「それなら地球にもありますよ」
「この星のスポーツドリンクは、きっと格別だと思います。これだけは自信があります」
「それは楽しみだな。ぜひ飲ませてください」
「その前に、行く所があります。スポーツドリンクだから、飲む前に汗を流しましょうよ」
「汗を流すって、どこで?」
「もうすぐ着きますよ」
到着したのは、運動競技場のある広い公園だった。一つのコートでは、既に8人が4人一組の2グループに分かれ、中くらいの大きさのボールを使った球技を行っていた。
「これは、ハンドボールという我が星の代表的なスポーツです」
HMが、この球技の説明を始めた。
「ルールはとても簡単です。見てのとおり、ボールをパスしながらゴールネットに向けてシュートを投げるだけです」
これを聞いて、ジュンが得意そうに言った。
「地球にもハンドボールというスポーツがあります。チームの人数はもっと多いですけど、基本的なルールはほとんど同じようですね」
「本当ですか? じゃあ、話は早いわ。さっそく、家族対抗の試合をやりましょう」
地球一家は、とまどいながらも誘いに応諾した。
「うちは、ちょうど4人家族です。地球の皆さんは、6人の中から4人の選手を選んでください」
HFがそう言うと、タクがおたおたした様子で首を横に振った。
「僕はちょっとスポーツが苦手で、しかもハンドボールなんてやったことないし」
「リコは?」
ミサがリコを促すと、リコが笑顔で即答した。
「やってみたい」
タクが焦って止めた。
「リコ、そりゃないよ。リコが参加するのに僕が参加しなかったら、僕の立場がないじゃないか。選手はお父さん、お母さん、ジュンとミサでいいでしょ?」
タクが父を見ると、父はうなずいて答えた。
「じゃあ、ひとまずそうしようか。歳の順で」
タクがほっと一息つくと同時に、HFの掛け声が体育館の中に響いた。
「では、試合を始めましょう。勝ったチームはスポーツドリンクをもらえます」
「え、飲めるのは勝ったチームだけ?」とミサ。
「お手柔らかにお願いします」とジュン。
係員のホイッスルとともに、ホストファミリーと地球一家のハンドボール対決が始まった。
初めのうちは、決まったゴールの回数はほぼ互角だった。しかし、次第に地球一家のゴール数がホストを上回り、さらに引き離していった。中でも、母のプレイには光るものがあった。
ボールがコートの外に飛び出して試合が中断すると、その少しの時間を使ってジュンがミサに小声で話しかけた。
「お母さん、なかなかうまいな」
「本当にそうね。そういえば、お母さんって昔、ハンドボールやってたんだっけ?」
「学生時代の話だよね。まだ体で覚えてるんだね」
「お母さんのシュートは、正確かつ華麗ね」
「そして、お母さんはほとんど動いてないんだよね。移動距離があんなに短いのに、決めたゴールの数が圧倒的に多い。さすが効率的で無駄のない選手だ」
ジュンとミサの会話は母にも聞こえ、母が会話に割って入ってきた。
「そのとおり。ハンドボールの一つのコツは、いかに効率的に動くかということよ。無駄な動きをして早々に疲れてしまったら終わりだからね」
ボールはコートの中に戻り、試合が再開するも、ほどなく前半戦終了のホイッスルが鳴った。
「何対何だったのかしら?」と母。
「こっちが競り勝ってるんじゃないか」と父。
「スコアボードくらいあればいいのに。正確な点数がわからないわ」とミサ。
「もしかしてこの星の人たちは、頭の中でスコアを全部記憶してるのかな」とジュン。
しばらくして再びホイッスルが鳴り、後半戦が始まった。ところが、その僅か数秒後にアクシデントが起きた。母が足をひねってしまったのだ。なかなか立ち上がれない。地球一家もホストたちも、母の周りに集まってきた。
「大丈夫、お母さん?」とミサ。
「困ったわ。くじいたかもしれない」と母。
「どうしよう。お母さんがほとんど一人で活躍してたのに」とタク。
「では、選手交代でお母様の代わりにタク君が出場したらどうかしら」とHM。
「それがいい、それがいい」とHF。
「えーっ? 僕なんて無理ですよ」とタク。
「地球の皆さん、交代しないで、今のメンバーで続けてください」とホストの息子二人。
「いやいや。ここは、どうしてもタク君に出てほしいな」とHF。
「お母様は、どうぞ足を休めてください」とHM。
「そうですか。じゃあ、タク、頼んだわよ」と母。
かくして、母の代わりにタクがコートに入り、後半戦が再開した。
しかしタクは、ゴールシュートはおろか、ボールを奪ってパスやドリブルをすることさえできなかった。父やジュンは、意識的にタクにボールをパスしようとしたが、受けることができず、相手のボールになってしまうこともあった。
ジュンがミサにささやく。
「タクは、お母さんと正反対だな。無駄な動きばかり」
「そうね。全く役に立っていないのに、運動量だけはすさまじいわ」
タクはコート内を一生懸命走り回り、汗だくになっていた。ボールがコートから飛び出て試合が中断している間も、タクはコート内を走り回っていた。
「タクは不自然に動き回っている。やけくそなのかな」
ジュンが首をかしげると、父がうなずいた。
「思いどおりにならない時に自暴自棄になるのはタクの悪い癖だ」
やがて試合終了のホイッスルが鳴った。ミサがジュンにささやいた。
「この体育館を使い慣れている相手と違って、私たちはアウェーだから苦戦するのも仕方なかったよね。結局、何対何だったのかしら」
「わからないけど、きっと負けたよ。前半はお母さんの力で少し勝っていたと思うけど、後半は大きく負けていたな。リコ、そう思わないか?」
「点数、覚えてるよ」
リコは、頭の中で試合を思い出しながら、指を折ってゴールの回数を数え上げた。
「前半は6対4でうちの勝ち。後半は1対7でうちの負け」
「リコ、すごい! よく注意して観戦していたな。まあ予想どおり、前半と後半を合わせると僕たちの負けだ」
ジュンがリコの観察力に感心しながらそう言った時、HMがみんなに向かって叫んだ。
「それでは、試合の結果を発表します。さあ、どっちが勝ったかしら」
「結果は明らかですよね。僕たち、後半は1点しか入れられませんでしたから」
ジュンが当然のように言うと、HMは意外なことを言い出した。
「違いますよ。このハンドボールの試合の勝ち負けに関しては、決めたゴールの回数は関係ありません」
「ゴールの数は関係ない? じゃあ、どうやって勝敗が決まるんですか?」
「あちらのディスプレイを見てください。これは、天井に取り付けられたカメラが映した試合の様子を早送りした動画です」
体育館には大型ディスプレイが設置されており、再生された動画を見ると、コートの中で8人が目まぐるしく動く様子が天井から映し出されていた。そして、地球一家の4人からは赤い光線が、ホストの4人からは青い光線が出ており、赤文字と青文字で書かれた4桁の数字がどんどん大きくなっていった。HMが解説する。
「左側の赤い数字は、地球の皆さん4人の運動量です。試合中に動いた距離で測っています。前半戦では、お母様がほとんど動いておらず、ゴール近くの一か所でプレイしています。それが大きく響いて、低い得点となりました。右側の青い数字は、私たちホスト4人の運動量です。僅差ではありますが、私たちの勝ちとなりました」
地球一家があっけにとられながら画面を見ていると、HMは解説を続けた。
「そして、後半戦。おー、タク君の動きが、群を抜いてすごいです。タク君の貢献がものを言って、後半戦は地球の皆さんの勝ちとなりました」
そして画面は、数字の足し算を大きく映した。
「前半戦と後半戦を合わせると、ご覧のとおり、地球の皆さんの勝利です!」
ホスト4人が拍手でたたえた。
自動で動くカートが、液体の入ったボトル6本を運んできた。
「はい。勝利チームへのプレゼント。スポーツドリンクです」
HFは、地球一家にスポーツドリンクを配って回った。
「そういえば、ご夫婦は私からタクに交代することを特にしきりに勧めていましたよね」
母が確認すると、HMはうなずいた。
「はい。それはぜひ、地球の皆さんに勝ってほしかったからです。だって、はるばるこの星に来てくださったのに、スポーツドリンクを私たちが飲んでしまっては意味がありませんから。もっとも、うちの息子たちは、自分がスポーツドリンクを飲みたかったので、タク君に交代するのを嫌がっていましたけど」
「そういうことだったのか。思っていたのと逆だったな」とジュン。
「では、さっそくいただきましょう」と母。
「うまい! こんなにおいしいドリンク、初めてだ」と父。
「そうでしょう」とHF。
「おいしい!」とタク。
「タク君は、特においしさを感じたと思いますよ。なにしろ、スポーツドリンクは汗をかいた分の水分補給ですから」とHM。
「なるほど。運動量が多いチームの勝利というのは、理にかなっているわけですね」とジュン。
「そう。勝者へのご褒美がスポーツドリンクというのは合理的でしょ」とHM。
体育館の大型ディスプレイには、『この試合の最優秀選手』という文字とともに、スポーツドリンクを飲み干すタクの姿が大きく映し出されていた。




