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第67話『欲しい物投票ゲーム』

■ 欲しい物投票ゲーム


 夜の8時少し前、地球一家6人は新しい星に到着し、ホテルに入った。今日はこのホテルのレストランで遅めの夕食をとることに決めていた。

 入口付近が込み合っている。出張中と思われるスーツ姿の男女グループが、先客として入店できるのを待っていた。彼らが株価予想の話をしているのが聞こえてくる。

「自動車メーカーの株をたくさん買っておいてよかった。今、軒並み上がっているぞ」

「私も株を買ってかなりもうけたけど、そろそろ潮時ね。全部売ることにするわ」

「僕も買っておけばよかったな」

 この会話を立ち聞きしていたミサが、父に尋ねた。

「お父さんは、株式投資に詳しいでしょ。どんな会社の株を買うともうかるかしら?」

「それがわかれば、苦労せずに大金持ちになれるよ。そもそも、株価の意味を知っているかい?」

 ミサが首を横に振ると、父は一家全員に聞こえるように話し始めた。

「会社の価値というのは、会社が発行した株式の値段、つまり株価で決まるんだ。そして、株価というのは、株を買う人が多いほど上がっていく。だから、多くの人が買いそうな株を買うと得をするんだ。これを美人投票に例えると、自分が美人だと思う人に投票するのではなく、大勢の人から美人と思われていそうな人に投票するということだ」

「美人投票って何? よくわからない」

 ミサの質問に対して、さらに父は説明を続けた。

「その名のとおり、誰が一番美人かを投票によって決めることだ。ただし、何百年も前に行われていた美人投票では、優勝者が賞品をもらえるだけではなくて、優勝者に投票した審査員も賞品がもらえたんだ。そうすると審査員は、自分が美人だと思う人に投票せずに、優勝しそうな人に投票しようと考えてしまうわけだ。これと同じことが、株式を買う時に起きているんだよ」

 ジュンとミサは父の講義を一生懸命聞いていたが、タクとリコは話についていけず、あくびを繰り返した。


 ビジネススーツの先客が入店すると同時に、レストランの係員がそばに来た。

「6名様ですね。お席にご案内できるまで、あと30分ほどかかります」

 仕方がない。ロビーのソファも混雑しているようなので、同じ階にあるバーにでも入って時間を潰すとしよう。

 薄暗いバーに入ると、4人がけテーブルが一つしか空いていなかった。困っていると、バーのマスターの男性が声をかけた。

「カウンターが2つ、横並びで空いていますよ。お二人、こちらへどうぞ」

 父がカウンターに向かったので、母もそれに続いてカウンターに向かおうとしたが、父はリコに声をかけた。

「リコ、こっちへおいで。お父さんと座ろう」

 母は、けげんそうな顔で父に言った。

「カウンターでは、みんなお酒を飲んでいるわよ。子供が座る雰囲気ではないんじゃない?」

「30分だけだ。問題ないよ」

 父はそう言って、リコを自分の隣の席に座らせた。

 バーのカウンターは円形に10席あり、残りの8席は全て大人の男性が座っている。マスターの定位置は、円形の中央部分だ。父はカクテルを、リコはジュースを注文した。


 時計の針が8時を指した時、マスターが言った。

「さあ、カウンターにお座りの皆さん。いつものとおり、ゲームの時間です。ふるってご参加ください」

「ゲーム?」

 父が聞き返すと、マスターはそばに来て説明した。

「お客さんは初めてですね。簡単に言えば、欲しい物投票ゲームです。私が10種類の品物を見せます。その中から、欲しいと思った物の名前を紙に書いて投票するだけです。そして、人数が一番多かった品物を書いた人全員に、その品物を差し上げるというすばらしいゲームです。チップとして紙幣一枚で参加できますが、どうしますか?」

「面白そうだ。参加しようかな」

 父は、腕組みをして考え込みながら、リコに言った。

「一番人気の品物を書いた人が当選というのは、まるで美人投票だな。でも、このゲームは簡単だ。欲しい物を紙に書けばいいだけだからな。リコも一緒に参加するか?」

「うん、する」

 ところが、父とリコの会話を聞いていたマスターは残念そうに二人に言った。

「すみません。お二人は親子ですよね。このゲームは、一家族につき一名しか参加できません。家族で参加すると、つい相談してしまう可能性がありますから。相談してしまうと成り立たないんですよ」

 確かにそのとおりだ。投票内容を見せ合ったり盗み見したりすることも、明らかに有利になるので反則行為だろう。

「じゃあ、お父さんはいいから、リコが参加しなさい」

 そう言いながら、父は席を立った。


 マスターは、体を一回りさせてカウンター席全員の表情をうかがった。

「ほかの皆さんは、全員参加でよろしいですね。それでは、始めましょう。品物を取ってきますから、ちょっと待っていてください」

 マスターは、トレイを持って隣接するギフトショップに行き、商品棚から10種類の商品を見繕ってトレイに乗せ、バーに戻ってカウンターにいるみんなに見せて回った。

 万年筆、ポロシャツ、黒のネクタイ、男物の財布、名刺入れ、電気ひげそり機、ウイスキー、ゴルフボールセット、……。

「しまった」

 父は思わずつぶやいた。大人の男性が欲しがりそうな品ばかりなのだ。

「リコには気の毒だったな。まあ、男性しかいないバーのカウンターでのゲームだから仕方がないか」

 マスターは父の思いを察して、再度ギフトショップに行き、熊のぬいぐるみと女の子の人形を一つずつ持ってきた。

「これも品物に追加しましょう。ぬいぐるみは羊毛を使った上等な品で、人形は髪型をアレンジできるので、どちらも値段的にはほかの品物と比べてもそん色ありません。さあ、全部で12種類になりましたよ。この中から選んで投票してください」


 父は、地球一家4人がいるテーブル席に近づいた。母が心配そうに言う。

「全部聞こえていたわ。リコの欲しい物は、ぬいぐるみか、それとも人形か……」

 それを聞いて、ジュンが立ち上がってリコのもとに行った。

「リコはどっちが好きなの? ぬいぐるみ? 人形?」

「熊のぬいぐるみが好き」

 リコは、カウンターの男性たち全員が聞こえるほどの大きさの声で言った。それを聞いて、マスターは慌てて制止した。

「駄目ですよ。自分が好きな物を口に出して言うのは禁止です。ほかの人の投票に影響を与えてしまいますから」

「しまった、そのとおりですね。すみません」

 ジュンが謝罪すると、マスターは少し考え込んでから言った。

「失格と言いたいところですが、それも気の毒なのでこのまま続けましょう。今後は気を付けてください」


 次に、マスターはカウンターにいる人たちに用紙を一枚ずつ配った。カウンターの男性客8人とリコは、無言で用紙に品物の名称を書いた。

 マスターは、用紙を回収するとすぐに言った。

「では、投票結果を発表します」

 彼は、投票用紙を一枚ずつ見ながら叫んだ。

「おっと、これは!」

 そして一呼吸置いて、書いてある品名を読み上げていった。

「ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ……」

 少しの間を置いた後、マスターは最後の一枚を読み上げた。

「ネクタイ」

 その場にどよめきが起こった。マスターは驚きながら発表を続ける。

「当選者は、ぬいぐるみと書いた8名です。こんなに一つの商品に投票が集中したのは記憶にありません。自分が欲しい物を言ってしまった人がいるという理由もあるかもしれませんが、でも約束は約束です。今日は大盤振る舞いだ!」

 そう言いながらマスターはカウンターを抜け出し、隣のギフトショップへ行って熊のぬいぐるみを8個抱えてバーに戻ってきた。そして、男性8人にぬいぐるみを渡していった。

 ぬいぐるみを手渡されなかったのは、リコだけだった。マスターはリコに言った。

「お嬢ちゃん、残念。ネクタイは当選しなかったよ」

 地球一家5人は顔を見合わせた。ネクタイと書いたのは、リコだったのか。


 リコが地球一家のテーブル席に来ると、ミサが尋ねた。

「どうしてリコは、ぬいぐるみと書かずにネクタイと書いたの?」

「ぬいぐるみは、誰も欲しがらないと思ったから」

「じゃあ、ネクタイを選んだ理由は?」

「お父さんに似合うと思って」

「そうか」

 ジュンが首をかしげながら言った。

「それにしても、男性たちはどうしてぬいぐるみと書いたんだろう? みんながみんなお子さんがいるわけではないと思うけど。リコに当選させてあげたいと思ったのかな」

 それに対して、いつの間にかすぐそばに来ていたマスターが答えた。

「他人を当選させてあげたいと思う人は、ここにはまずいませんよ。純粋に、ぬいぐるみと書く人が多いと思ったからでしょう。自分が欲しいと思わない品物でも、当選すると思えば、その品物に投票する習慣があるんです」

 なるほど、そういうものか。

 ふと気が付くと、父がその場からいなくなっている。見回すと、父はギフトショップから出てくるところだった。

「どうしてもお金を出して買いたい物があってね」

 父が手に持っていたのは、リコが選んだ黒いネクタイだった。

「リコ、プレゼントをありがとう」

 父はリコにほほえみ、リコも笑顔で応酬した。


 遅い夕食を済ませた後、地球一家6人は早々にホストハウスに向かった。その道中で、母が父にささやいた。

「お父さんの性格を考えると、自分のネクタイじゃなくて、リコのぬいぐるみを買うと思っていたけど」

「うん、最初はそうしようと思ったけど、ぬいぐるみはまだチャンスが残っていると思ってね」


 ホストハウスに到着し、玄関のドアを開けると、しばらくして男性が出てきた。

「お待ちしていました。お入りください」

 男性の顔を見て、父は母のほうを一瞬見てニヤリと笑った。バーのカウンターにいた男性客の一人だったのだ。父が小声でリコにささやいた。

「ほら。リコは運がいいな。きっとぬいぐるみがもらえるぞ」

 しかしその時、男性の後ろから娘と思われる幼い女子が、例の熊のぬいぐるみを抱えて出てきた。父が再びつぶやいた。

「いや、そんなにうまく幸運は転がっていないものだな」

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