第65話『自分だけのサンドイッチ』
■ 自分だけのサンドイッチ
地球一家6人は、ホスト夫妻との待ち合わせのためホテルで待機していた。豪華なホテルだ。ここのレストランで一流料理を食べさせてもらえるのだろうか。
その時、ホスト夫妻が近づいてきた。
「お待たせしました。さっそく、夕食を食べに行きましょう」
地球一家を引率するHFは、ホテルに隣接するショッピングセンターに入った。
「今日、皆さんをご案内するのは、庶民的ですが、私が経営している飲食店です」
HFは、フードコートの中のサンドイッチ店を指した。
「あれですよ。バケットのサンドイッチを売っています。おいしいので、ぜひ召し上がってください」
ホテルで食事する当てが外れて少し残念そうな地球一家は、注文カウンターに一列に並んだ。カウンターにいた若い女性が元気よく挨拶した。
「いらっしゃいませ」
「あれ、新入りのアルバイトさんかな」
HFが尋ねると、女性は明るく答えた。
「社長、はじめまして。私はここのサンドイッチが大好きで、毎日食べに来ていました。今日からここで働きます。よろしくお願いします」
ジュンが疑問を投げかけた。
「毎日ここで食べていたというのは本当ですか?」
「はい。私、ここのサンドイッチの大ファンで、その愛着なら誰にも負けません」
「もしかして、一日3食ここに食べに来ていたとか?」
「いいえ、一日に一回だけです。ここのサンドイッチは一人一日一個しか買うことができないと決まっていて」
そんな決まりがあるのか。一個限りにしないと売り切れてしまうのか、それとも栄養が偏らないようにという配慮なのか。
「さあ、まずリコちゃんから注文しよう」
HFはリコの背中を押したが、注文はどうすればいいのか? リコがきょとんとしていると、HMがよどみなく説明した。
「まず、サンドイッチの種類を選びます。ローストビーフとかツナとか、ここに書いてあるとおり、16種類あります。次にパンの種類を選びます。パンは全部で5種類あり、それぞれ焼くか焼かないかも決めます。次に、7種類の野菜の量について、それぞれ普通でいいか、増量するか、減量するかを選びます。抜くこともできます。それから、チーズやポテトなど8種類のトッピングをするかしないかをそれぞれ決めます。最後に、ドレッシングを8種類の中から選びます。ドレッシングなしを含めて9通りあります」
「じゃあ、卵のサンドイッチ。パンは焼いてないはちみつパンで……」
リコがさっそく好みを言い始めた。
「味の好みを、細かく自分で決められるということですね」とジュン。
「そうです。まさに自分好みの、自分だけのサンドイッチが作れるんです」とHM。
「全部自分で決められるから、私、こういうお店、大好き」とミサ。
「僕も」とジュン。
母も同意してうなずきながらほほえんだ。
ところが、タクは違った。リコが注文している間、タクは頼りなさそうに後ろのミサに話しかけた。
「僕は、実はちょっと苦手で、地球にもこういうお店があるけどあまり入ったことがないんだ」
「タクは決めるのに時間がかかる性格だから、一つ一つ何でも決めていいとなると大変なことになるわよね」
「お客さんがほかにいなければいいんだ。でも後ろに人が並んでいて、僕が時間かかりすぎて後ろの人に舌打ちされたことがある。そうすると焦っちゃって、頭が真っ白になって。こういう性格だと、お店のおまかせセットみたいなほうが有り難いんだよな」
この会話を聞いて、HMが地球一家のみんなに言った。
「今日はせっかく選べるんですから、そんなことをおっしゃらず、自分で全部選んでください。ところで、サンドイッチの種類は全部で何種類になると思いますか?」
「一万は超えますよね」とミサ。
「もちろん。驚くなかれ、60億通り以上の種類があります」
60億通り?
「具材が16種類、パンが10種類、こうやって全部掛け算していくと60億になるんです」
「それはまさに自分だけのサンドイッチだ」とジュン。
「支払いはどうしましょうか?」
父が心配すると、HFは笑って答えた。
「ご心配なく。私が会計の所で一つずつクレジットカードで払いますから。皆さんは番号の書かれた受付票だけ受け取ってください」
次は、タクの番だ。カウンターのアルバイト女性がタクに話しかける。
「いらっしゃいませ。サンドイッチの種類からどうぞ」
「えーと、ローストビーフ、いや、チキン、うーん、どうしようかな……。すみません。おすすめってありますか?」
「おすすめはチキンサンドで、パンは焼いたゴマパン、レタス増量、トマト増量、ピーマン減量、たまねぎ普通、オリーブ抜き、ピクルス減量、グリーンペッパー抜き、クリームチーズと海老のトッピング、マヨネーズドレッシングです」
「すごい! どうしてそんなにスラスラ言えるんですか?」
「客として毎日来ていた時、いつも同じ物を注文していたからよ」
「もう一度言ってもらえますか」
「はい。おすすめはチキンサンドで、パンは焼いたゴマパン、レタス増量、……」
「あ、もういいです。そのおすすめと同じ物でお願いします」
「えっ、全く同じでいいんですか?」
「はい、全く同じで」
タクの後は、ミサ、ジュン、母、父が続いた。こうして6人の注文が終わり、印刷された番号札を持って各自テーブルについた。
HMは6人分のジュースを運んできて、地球一家に手渡した。
「サンドイッチは5分足らずで出来上がりますから、もう少し待っていてくださいね」
しばらくして、店員の女性がマイクで呼んだ。
「番号札1242963724130620番のお客様。お待たせしました。サンドイッチが出来上がりましたので、カウンターまでお越しください」
「ずいぶん長い呼び出し番号だな」
ジュンが笑いながら言うと、HFはリコの番号札をのぞき込んだ。
「リコちゃんじゃないか?」
「ほんとだ」
リコは立ち上がり、カウンターに向かった。ミサがHMに話しかける。
「こんなに長い番号、初めて見ましたよ」
「最初の10桁は、サンドイッチの種類です。種類が60億を超えると言ったでしょ。だから10桁なんです」
「一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億……。確かに10桁だ」
「そして、後ろの6桁は今日の日付です」
「本当に自分だけの番号なんですね」
「そりゃそうですよ。60億種類もあるんだから、ほかの人と同じになるはずがありません。もっとも、同じ人がいつも同じ種類を注文している可能性はあります。でも、一人一日一個しか買えないので、発行された番号は重複しない別々の番号になるんです。この番号はこの店舗だけではなくて、この星全体のこの店のチェーン店で共通する番号ですが、同じ番号になったことはありません」
「それで、一日一個までなのか」
リコがサンドイッチを持って戻ってきた。
「おいしいわよ。早く食べてみて」
HMがそう言った時、電気のブレーカーが落ちたようなガタンという音がした。そして、サンドイッチ店の照明が消えて真っ暗になった。HMは不安そうにHFのもとに向かった。
「何かしら? 停電?」
「停電にしては変だぞ。フードコート内のほかの店舗は電気が消えていない。サンドイッチ店だけで何かが起きたんだ」
店の社長でもあるHFは、店員のもとへ向かった。
「何が起きた?」
「機械も電気系統も、全て動かなくなりました」
「何だって?」
その時、HFの携帯電話が鳴った。
「もしもし。何? おい、うそだろ」
電話を切ると、深刻な表情でみんなに向かって叫んだ。
「この店舗だけではない。うちの全てのチェーン店で、同じシステム障害が起きている」
「システム障害で、照明まで消えることないのに」とジュン。
「残念ながら、今日はもうサンドイッチを作ることができません」とHM。
「食べたかったな。リコ、一口ちょうだい」とタク。
「いいよ」
リコはサンドイッチを細かくちぎり、みんなに一つずつ渡した。ミサとタクはパンを頬張りながら、おいしいと叫んだ。
HFは、フードコートの出口にみんなを誘導しながら、地球一家に言った。
「せっかくおいしいサンドイッチを食べてもらう予定だったのに、とても残念です。代わりと言ってはなんですが、ホテルのレストランでバイキングを食べていただきましょう」
バイキングと聞いて、地球一家はまんざらでもない表情だった。
レストランに入り、うれしそうに料理を皿に盛っているタクに、ミサが声をかけた。
「タク、バイキングなら大丈夫なの? 後ろの人にせかされるかもしれないって気にならないの?」
「バイキングなら大丈夫だよ」
地球一家6人が皿を持ってテーブルに戻り、ホスト夫妻と合流した時、近くに設置されたテレビ画面にニュースが流れた。
「ここでニュースをお伝えします。夕方6時頃、サンドイッチの大手チェーン店全てでシステムダウンが発生しました。ただいま復旧作業に追われていますが、システムが回復する見通しはまだ立っていません。さて、原因を調査したところ、全く同じ種類のサンドイッチの注文が2件、偶然同じ日に入り、そのためにシステム障害が起きたとのことです」
原因を聞いて、HFは腕を組んだ。
「そうか、たまたま同じ種類の注文が入ることもあるんだな。システムはそこまで想定して作っていなかった」
「でも、それでシステムダウンなんて大げさな」
ジュンがつぶやくと、HFが説明した。
「システムが一時停止すること自体は良いことです。クレジットカードともつながっていますから、誤った引き落としがされるのを防ぐためにはね。それにしても、どこの地域の店舗で起きたのかわかりませんが、そんなトラブルが、よりによって地球の皆さんが注文している最中に起こってしまうなんて、ついていません」
それを聞いて、タクが落ち込んだ表情でHFに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。きっと僕のせいです。何を注文すればいいか本当に迷ってしまって、全部アルバイトの店員のお姉さんが勧めてくれたとおりに注文したんです」
「あの女性のおすすめどおり? ということは、アルバイト女性は自分でも今日同じ注文をしていたということだな。だから同じになってしまったんだ」
「今まで本当に同じ種類の物が重なるという事例はなかったんですか?」
母が尋ねると、HMは答えた。
「一度もなかったですよ。こんなシステム障害、初めてですから。この星の人は、おすすめどおり注文することは絶対にありません。必ず自分のオリジナルの物を作りたがるんです」
「地球でも、タクのような性格はちょっと珍しいかな」
ジュンがそう言って意地悪そうな顔をすると、HFは逆に厳しい表情になった。
「とにかく、あのアルバイトの店員には厳重注意しましょう。店頭で働いている日は、仕事に専念するため、客として買ってはいけないという社内規定があります。おそらく、その決まりを破ったのでしょう」
すると、ここまで沈黙していた父が声を発した。
「ちょっと待ってください。彼女は規定を破っていません。実は、僕も彼女におすすめを聞いて、そのとおりでいいと言って作ってもらったので」
「え、そうなの? じゃあ、お父さんとタクが同じサンドイッチを注文したということ?」
ミサが驚いて言うと、父はタクの頭をなでながら、自ら頭をかいた。
「さっきはタクのことを笑っておきながら、全く面目ない」




