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第64話『宝石の価値』

■ 宝石の価値


 地球一家がホストハウスに到着すると、ホスト夫妻から最高の歓迎を受けた。まずHF(ホストファーザー)が、厳かな口調で伝えた。

「我々は政府からの指示を受けて、地球の皆さんを心からおもてなしいたします。まず、今晩は最高級ホテルに宿泊していただき、ホテルのレストランで最高級の食事を召し上がっていただきます。そして明日お帰りになる前に、我が星と地球の友好のシンボルとして、宝石をお渡しします。この星で価値の高い宝石を、びっくりするような方法でお渡ししますので、楽しみにしていてください」

 それは楽しみだ。地球一家は笑顔で話を聞いた。


 ホスト夫妻と地球一家は、ホテルに到着するやいなや、地下の宝石店に向かった。

「注文していた品を受け取りに行きますので、皆さんもよろしければ、お店にお入りください」

 HM(ホストマザー)はそう言いながら入店し、男性店員に話しかけた。

「ハードヘドロは入荷できなかったかしら?」

「申し訳ございません。手は尽くしたのですが……」

「仕方がないわ。では、代わりにスードダイヤの指輪をいただきます」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 HMと店員が話をしている間、地球一家はショーケースに入っている宝石を次々に眺めた。スードダイヤ、真珠、大理石、……。

 母がミサに話しかけた。

「宝石の種類が、地球とはかなり違うようね」

「え、お母さん、そうなの? 私は宝石の種類に詳しくないから、わからなくて」

「地球で人気のある宝石といえば、ダイヤモンドのほかに、ルビーやエメラルドやサファイアがあるけど、ここにはどれもないわね。真珠と大理石なら地球にもあるわ。それ以外は聞いたことのない宝石ばかり。この星と地球とでは、採れる鉱物が違うということね」

「ねえ、宝石の値段ってどうやって決まるの?」

「地球の場合の話だけど、やっぱり一番は美しさよ。それから、あと二つ要素があって、一つは希少性、つまり産出量が少なくて市場に出回りにくい宝石ほど高価だということ。そしてもう一つは硬度、つまり硬い宝石ほど傷がつきにくいから価値が高いということなの」

「なるほど。美しさ、希少性、硬度か。この星で一番値段の高いのはどれだろう?」

「値札を見る限り、あれが一番高いわ」

 母が指したのは、スードダイヤと書かれた宝石だった。

「スードダイヤ……。地球のダイヤモンドと違うのかな」

「変な名前。似ているけど偽物のダイヤっていう意味かしら。でもダイヤモンドと同じように美しいわ」

「ここにある全ての宝石の中で、このスードダイヤというのが一番美しいな。だからきっと、値段が一番高いんでしょうね」


 そこへ、ホスト夫妻が戻ってきた。

「お待たせしました。明日皆さんにお渡しするスードダイヤの指輪を手に入れてきたんです」

 HMがそう言うと、母がすぐに反応した。

「この宝石店にある中で一番高い宝石ですよね」

「そうですよ。なにしろ、地球との友好の象徴ですから。でも、ごめんなさい。この星で一番高価な宝石はハードヘドロというんですが、あまりにも珍しいのでなかなか手に入らなくて、ついに今日まで手に入れることができませんでした。2番目に高価なスードダイヤでお許しください」

「もちろん、もうそれで十分ですよ。あんなに美しい宝石がいただけるなんて」と母。

「美しいと感じられますか? よかった」とHM。

「私もここにある宝石の中で一番美しいと思う」とミサ。

「僕も」とジュン。

「気に入っていただけるようで、何よりです。美しさというのは感じる人によって違うから。スードダイヤが高価なのは、美しいという理由ではないんです」

 HMの説明に、地球一家は聞き耳を立てた。

「この星では、宝石の値段を決める要素が二つあります。一つは希少性です。なかなか採掘されない珍しい鉱石ほど価値が高いんです。もう一つは硬度です。硬質の鉱物ほど傷つきにくいですから、値段が高くなります。明日お渡しするスードダイヤは、希少性も硬度も第2位なんです。第1位のハードヘドロはあまりにも希少すぎて、手に入りませんでした」

 地球一家は、HMの説明を理解してうなずいた。


 宝石店を出た一同はレストランに入り、HMがウエイターに声をかけた。

「個室がよかったんですけど、空いていないかしら?」

「あいにく、ずいぶん前からの予約で埋まっておりまして。こちらのお席でお許しください」

「いいけど、隣がかなりにぎやかね」

「はい。結婚式の二次会のパーティーなんですよ」


 地球一家6人は、レストランの席でフルコースの食事を楽しんだ。

 すぐ横では、結婚式の二次会パーティーが佳境に入っており、声がよく聞こえてきた。ちょうどケーキが振る舞われているところだ。

 新郎と新婦は仲良くケーキを口にした。その時、新婦の口からガリッという音がした。慌てて口の中から吐き出した物は、宝石の指輪だった。

「スードダイヤの指輪は高かったでしょう。ありがとう」

 新婦が涙ながらに新郎に礼を言い、新郎はほほえんだ。ミサが興味津々な表情でHMに尋ねた。

「今のは何ですか?」

「この星では、ウェディングの会場でよくやる演出なんですよ。結婚相手にケーキを食べてもらう時に、ケーキの中に宝石の指輪を入れておくんです」

「それ、地球でもよくやりますよ」

 ミサがそう言うと、父がすかさず訂正した。

「ミサ、地球ではそんなことやらないよ」

「私、何度も見たことあるよ」

「ミサは映画やドラマの見すぎだ。ドラマチックな演出としてよく使われるけど、現実の世界でケーキに指輪を入れる人は少ないよ。宝石が口に入ってしまうのを好ましく思わない人も多いし」

「そうかしら。私だったらうれしいけどな」

 次に、母が不安そうにHMに尋ねた。

「歯でかんでしまって宝石が傷つかないかしら? そっちのほうが心配だわ」

「絶対に大丈夫よ。この星に存在する物質の中で、スードダイヤより硬い物はハードヘドロしかありません。歯でかんだところで絶対に傷つかないくらい硬いんです」


 そしてその日の夜、地球一家6人はホテルに宿泊した。

 朝になり、6人がロビーで待っていると、ホスト夫妻が駆けつけてきた。

「お待たせしました。朝食会場へ行きましょう」

 ホテルの朝食会場に到着すると、大きなケーキが運ばれ、ウエイターがカットした。

「朝からケーキか」

 ジュンがつぶやくと、HMが説明した。

「皆さん、ご出発が早いと聞いたので、どうしても朝食にケーキを食べていただきたくて」

 ミサがHMに言う。

「昨日の結婚パーティーで見たケーキと似てるわ。その残りかな」

「いいえ。ご心配なく。新しく注文したケーキですから」

「失礼なことを言ってすみません」


 6人はケーキを一切れずつ渡され、おいしく食べ始めた。

 すると、ケーキをかんでいる母の口の中で、ガリッという音がした。

「何かしら?」

 母が異物を口の中から出すと、それはとても小さく、黒くて醜い物体だった。

「キャッ! 何これ?」

 遠目で見ると汚い虫のようだったが、触ってみると非常に硬い石のようだった。

 HMが母に頭を下げた。

「驚かせてごめんなさい。ご覧になるのは初めてでしたね。これがハードヘドロという宝石です」

「これが?」

「お帰りになる前に、友好のシンボルとして宝石の指輪をお渡ししたいと申し上げていたでしょ。これがそうなんです。ハードヘドロは手に入らず、スードダイヤにするつもりだったんですが、昨夜遅くに宝石店から電話があって、ハードヘドロが入荷したということだったので、急きょ取り替えてきました」

「僕が洗ってきますよ」

 HFは、ピンセットでハードヘドロをつまみ、洗面所に向かった。

 母は、前日のことを思い出しながらHMに言った。

「それにしても、昨晩見た結婚パーティーのサプライズと同じ方法でしたね」

「この方法でお渡ししようと思った理由は、宝石が6人全員分ではなく一つだけなので、どなたにお渡しするか迷ってしまって、この方法なら公平かなと思いまして」

 指輪は母に似合っているので、母が引いたのは正解だった。地球一家全員、心の中でそう感じていた。

「でも、計算外だったのは、昨日皆さんが結婚パーティーを見てしまったことです。ケーキを見た時にサプライズが予測できたんじゃないかと」

 HMがそう言うと、母は首を大きく横に振った。

「いいえ、全く予想していませんでした。とても驚きましたよ。むしろ、ハードヘドロの外見のほうが驚いたわ」

「美しいと思いませんか?」

 HMはそう尋ねながら、地球一家の渋い表情を見て付け加えた。

「まあ、美しさというのは主観的なものですから。この星で一番高価な宝石はあくまでも希少性と硬度がナンバーワンのハードヘドロなんです」

 その時、HFが洗面所から叫び声をあげた。

「大変だ! 傷がついているぞ。ハードヘドロが傷ついているぞ!」

「そんな馬鹿な。ハードヘドロより硬い物なんてこの星にはないんだから。どうして傷がつくの?」

 HMはキツネにつままれたような表情になった。母は、自分の前歯を軽く触りながらHMに言った。

「もしかして、私の歯のほうが硬いのかも」

「まさか、そんなことって」

「地球にも、人間の歯より硬い宝石はあります。ダイヤモンドとかエメラルドとかサファイアとか」

「聞いたことない名前の宝石だわ。どれもこの星にはないわね」

「地球では、人間の歯より軟らかい宝石といえば、真珠とか大理石があります」

「真珠と大理石ならこの星にもあります。ちょうど人間の歯と同じくらいの硬さです」

「ということは、地球の人間のほうが、この星の人間よりも歯が硬いということね。そして、この星にあるどんな物質よりも、地球人の歯のほうが硬いというわけね」

「すみません。せっかくのハードヘドロだったのに、おそらくもう手に入らないわ」

 HMがあまりにも落ち込んだため、地球一家は慰めの言葉もかけられなかった。


 帰りの飛行機の中、光る指輪をつけてうれしそうな母をみんなで取り囲んでいた。そして、黒いハードヘドロの指輪の代わりに受け取ったのが、美しいスードダイヤの指輪だったのだ。

「お母さん、うれしいでしょ」

 ミサが尋ねると、母は答えた。

「この星の貴重な宝石を傷つけて悪いことしちゃったけど、やっぱり美しい宝石が一番だわ」

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