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第62話『体にいい野菜』

■ 体にいい野菜


 飛行機の中で、地球一家はこれから訪れる星について話し合っていた。資料を片手に父が説明している。

「今日のホストファミリーは、農場の経営者のようだ。そして、新種の野菜を開発して売っている有名な方らしい」

 ミサが父に尋ねた。

「どんな野菜? 体にいいのかな?」

「まさにそのとおり。食べると病気にかからず、ますます健康になるそうだ」

「食べてみたいな。おいしいのかしら?」

「さあ、どうだろうね」


 ミサはここで、素朴な疑問を母に向けてぶつけた。

「体にいい野菜って、普通はおいしくないよね。私、昔から疑問に思っていたの。まずい野菜は必ず体にいいでしょ。どうしてかしら? それと、もう一つ。体に悪いお菓子って、例外なくおいしいでしょ。どうしてかしら?」

「それは簡単よ。表に書いてみましょう」

 母はそう言いながら、紙とペンを取り出して、2×2に4分割したマトリックス表を描いた。

「いい、ミサ? 世の中には4種類の食べ物がある。おいしくて体にいい食べ物。おいしくて体に悪い食べ物。まずくて体にいい食べ物。まずくて体に悪い食べ物」

「確かにそうね」

「さて、この4種類の中に存在しない物がある。どれだと思う?」

「まずくて体に悪い食べ物?」

「正解よ。そんな物、誰も食べようとしないから、存在価値がなくて生き残れないのよ」

「なるほどね」

「これでもうわかったでしょ。だから、体に悪い食べ物は必ずおいしいし、まずい食べ物は必ず体にいい。これが答えよ」

 そんな話をしているうちに、地球一家は星に到着した。そしてバスで農場に向かった。


 農場に到着すると、ちょうどHM(ホストマザー)が親戚たちと家族会議をしているところだった。

「地球の皆さん、ようこそ。夫がもうすぐ帰ってきますので、こちらでお待ちください」

「何やら、新しい品種の野菜を開発したことで有名な方だそうで」

 父がそう言うと、HMは濃い緑色の液体が入ったジョッキを指して答えた。

「光栄です。これですよ。今からさっそく、その野菜を召し上がっていただきます」

 彼女は、その液体をコップに一杯ずつ注いだ。

「ジューサーでジュースにしたんです」

 ジュースに口をつけた地球一家は、すぐに渋い顔になった。あまりにも苦いのだ。

「苦いですか? でも、とても体にいいので我慢して飲んでください」

 リコは鼻をつまんで飲んだ。全員が飲み終わると、HMは頼み事を口にした。

「地球の皆さんにお願いがあります。明日の午前中、テレビのトークショーに出演してもらえるかしら? テレビ局からさっき依頼が来たんですよ。地球のことを質問されるままに答えてくだされば、それでいいですから」

「わかりました。喜んで引き受けますよ」

 父が答えた。そこへ、外出していたHF(ホストファーザー)が戻ってきた。彼は地球一家に向かって会釈をすると、親族たちに向かって言った。

「お客様のいる前で済まないが、みんな、聞いてほしい。実は、この新種の野菜のことで問題が発生した。体にいいと言って売り出していたが、実はそれが間違いだとわかったんだ」

 HMが意外そうに尋ねた。

「何ですって? 体に悪いということ?」

「いや、体に悪いわけでもない。有益でもないが有害でもないということだ。健康に対する効果の数字に不審な点があったので、科学班に計算し直させたんだ。そうしたら、以前計算した数字に間違いがあることがわかった」

「そんな……。もうどうにもならないの?」

「ああ。今日計算した結果は、何度も検算したから確かなものだ。このまま隠し通すわけにも行くまい。すぐにでも記者会見を開いて、正直に世間に公表するよ。別に、野菜が有害だったというわけではない。今まで食べてくれた人も、怒り出すことはないだろう。幸い、あの野菜は我々親族だけで直接販売している物だ。供給側に迷惑はかからない」

「それもそうね」


 翌朝、地球一家はよそ行きの服装に着替え、テレビ出演の準備は万端に整った。

「それでは、我々はテレビ局に行ってきます」

 父がそう言うと、スーツ姿のHFが答えた。

「僕も、記者会見の発表があるので、後ほどテレビ局に行きます」

「野菜のことを公表するんですね」

 ジュンがそう言ったのに続き、歯に衣着せぬ物言いが時々出てしまうミサが言い出した。

「私だったら、それを聞いて怒るかもしれない。だって健康にいいと信じてあんなにまずい野菜をずっと食べ続けてきたんだもの」

「ミサ、余計なことを言うな。さあ、行くぞ」

 ジュンがミサを戒め、それを機に6人は玄関を出て歩き出した。


「あなたもそろそろ記者会見に出かけなきゃ」

 HMがHFの肩をたたくと、HFは少し考え込みながら言った。

「確かに、ミサさんの言うとおりだ。あんなまずい野菜、健康にいい野菜でもない限り、誰も食べるわけがないからな。きっとみんな怒るぞ」

「じゃあ、記者会見やめておく?」

「いや、手遅れだ。記者たちはもう集まってきている……。そうだ、記者会見の内容を変えよう。健康にいいというデータが誤りだったことは伏せておいて、今後はこの野菜を作らない方針を決めたことだけを話そう。あくまで、今まで健康被害はないんだ。これからはもうこの野菜を食べられない。市民はそのことだけを知れば十分じゃないか」

「まあ、それもそうだけど」


 テレビ局のスタジオで、地球一家に向けてのトークショーは、つつがなく行われた。記者会見を終えたばかりのホスト夫妻は、途中から入室して観覧席で見学した。

 トークショーの最後に司会者は、HFが経営する農家についての質問を父に投げかけた。

「ご一家は、例の新種の野菜で人気の農家に泊まられたんですよね。野菜は食べましたか?」

「ジュースにした物をいただきました」

「お味はどうでしたか? お口に合いましたか?」

 父が困って無言でいると、司会者は助け舟を出した。

「いや、ノーコメントで結構です。そういえば、さっき別のスタジオで記者会見をやっていましたよ」

「記者会見、終わったんですね。体にいい野菜ではないということがわかって、僕たちも残念に思っています」

 ところが、父のこの一言を聞いて司会者は顔色を変えた。いや、地球一家以外の全員の顔色が変わったのだ。

「どういうことですか? 記者会見の内容は、今後はあの野菜が出荷できなくなったということでしたが」

「そうなんですか?」

「詳しい事情をご存じのようですね。話してください」

「いや、それは……」

 父が言いよどんでいるのを見て、観覧席にいたHFが地球一家の元までやってきた。そして、テレビカメラに向かって頭を下げながら話した。

「私が正直に話します。皆さん、すみません。あの野菜は実は、健康にいいというのが間違いだと判明したんです」

 司会者は驚いて聞き返した。

「間違い? ということは、健康にいいと信じてあのまずい野菜を食べていたみんなはどうなるんですか?」

「誠に申し訳ございません。何とおわびしてよいものか」

 HFが深々と頭を下げた時、トークショーの質問者の一人である高齢男性が立ち上がって発言した。

「いや、それは違いますよ。私は医者で、健康管理センターのセンター長を務めています。市民のデータを集めて、健康状況も調べています。そしてあの野菜を食べているかどうかによって健康状況がいいか悪いかのデータ分析も長期にわたって行ってきました。あの野菜が健康にいいことは確実です。あの野菜を食べている人は病気にもならず、ますます健康になっていることは私が保証します」

「いや、そんなはずはないんです。あの野菜は無害ではないにせよ、体にいいことは一つもないのです」

「しかし、実際にデータが健康効果を示しているのです」

 これを聞いた母が、一言つぶやいた。

「これは、まるでプラシーボ効果ね」

 この一言をマイクが拾い、それを聞き逃さなかったセンター長がすかさず母に尋ねた。

「プラシーボ効果? それは何ですか?」

「地球ではそのように呼んでいますが、この星でも同じことが当てはまるはずです。つまり、有効成分の入っていない薬でも、病気に効くと信じて飲むと、その信じたことによって本当に病気が治るという効果があるんです。同じように考えると、体にいいと信じてこの野菜を食べたことによって、本当に体に良くなるということがあり得るのでは?」

「まさに、そのとおりでしょう。その野菜自身に何の効果もないとすれば、食べた人たちの心の問題というわけですね」

「視聴者の皆さんからコメントが届いています。さっそく紹介しましょう」

 横から口を挟んだ司会者は、コンピューターに映されている文を読み上げた。

「『私は10年間、あの野菜を食べ続けています。そしてセンター長の先生のお言葉どおり、野菜のおかげでますます元気です。野菜の効能が本当にあるのかどうかは関係ありません。結果的に自分が元気であることが、私にとって大事です。それについては感謝しきれないほどです』」

司会者は、複数のコメントを見比べながらさらに付け加えた。

「視聴者からのコメントが多数届いています。同じようなコメントばかりです。農家さん、本当にありがとう」


 トークショーは、このようにしてハッピーエンドで幕を閉じ、地球一家はその場でHFと別れの挨拶をした。父がHFに言った。

「僕の一言が命取りにならなくてよかったです」

「むしろ感謝していますよ。おかげで、私も野菜の生産をやめずに済みそうです。こんなに感謝されたのならば、これからも作り続けますよ」

「それがいいですね」


 地球一家6人はHFと別れ、空港のロビーに向かった。

「あの野菜、これからも売れるといいな」

 ミサがそう言うと、母はまゆをひそめて首を横に振った。

「出荷し続けると言っていたけど、全く売れないでしょうね」

「え、どうして?」

「プラシーボ効果が知れ渡ってしまったからよ。今までのことは感謝されたとしても、未来の話はまた別でしょ。野菜に何の効き目もないと知ってしまったんだから、これから食べても効果はゼロ。こんなまずい野菜、誰が食べるの?」

「確かにそうね」

 6人がお土産にもらった今日の分の野菜ジュースには、誰も口をつけようとはしていなかった。

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