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第61話『ゲーム機の起動』

■ ゲーム機の起動


 地球一家6人が悪天候の中ホストハウスに着くと、ホスト夫妻と9歳の息子が出迎えた。

「雨の中大変だったでしょう。どうぞお入りください」

 HM(ホストマザー)に案内され、6人は中に入った。この家には小さな店舗が併設されており、店の陳列棚を見ると、小さな画面が一つ備わったコンパクトなゲーム機が並んでいる。

「ここはゲーム屋さんか」

 コンピューターゲームの大好きなタクが目を輝かせた。

「こんな天気じゃ、外にも出かけられませんね。せめて、うちの商品で遊んでください」

 HF(ホストファーザー)はそう言い、店からゲーム機を3台持ってきてテーブルの上に置いた。さて、どんなゲームができるのだろうか?

「遊べるゲームが10種類くらい入っていますよ。説明書はこれです」

 HFは説明書を開き、ゲーム画面のサンプル画像をいくつか見せて示した。

「人気があるのはやっぱり、ミサイルで敵の飛行機を撃ち落とすゲームとか、ブロックを崩すゲームとか、レーシングカーのゲームですね」

 小さい頃にゲーム好きだったジュンも、身を乗り出してHFに話しかけた。

「すごい! 楽しみだな。地球でも昔、同じようなゲームが流行したんですよ」

「地球のゲームは、今はもっと進歩していると言いたいんだね。やっぱり、この星のゲームは遅れているんだな」

「いや、僕、けっしてそんなつもりじゃ……」

「いや、いいんだよ。そんなことだろうと薄々気付いていたからね」

「このゲーム機、まずはどうやってスタートさせるんですか?」

「簡単だよ。真ん中の赤いボタンがスタートボタンだから、それを押すだけだ。そのあとは、メニュー画面に従って進んでいけば、簡単にゲームができるよ」

 HFがここまで説明した時、父が困った顔で言った。

「ちょっと待った。せっかく旅行に来ているんだから、ゲームもいいけど、外に出かけようよ」

「でもこんなに大雨の中じゃ……。小雨になるまで待たない?」

 母がそう言うと、HFは一つの案を思い付いて口にした。

「天気予報を見る限り、今日は一日大雨ですよ。もしよかったら、車でどこかへご案内しましょうか? と言っても、小さな車なのであと3人しか乗れませんけど」

「お父さんとお母さん、外に行ってきたら? リコも一緒に」とミサ。

「ということは、ジュンとミサとタクが家に残ってゲーム?」と母。

「まあ、たまにはそういう日があってもいいかな」と父。

「やったー、ゲーム、ゲーム!」とタク。

「まあ、ちょっと待て。我々が出かけるまで待ってくれ」と父。

「じゃあ、早く出かけてよ」とタク。


 父、母、リコの3人は出かける準備を始めた。出かける前に父がミサにそっと小声で言った。

「タクはゲームを始めると止まらなくなるから、夢中になりすぎないように、ミサがよく見張っていてくれないか」

「わかったわ。いつもお父さんがやってるようにやればいいかしら?」

「うん、それでいいよ」


 ホスト夫妻が3人を連れて玄関の外へ出る音がした。ミサは3人分のゲームを手元に持ったままだ。タクがミサをせかす。

「ミサ。早く、早く。ゲーム、ゲーム、ゲーム。もう一秒も待てないよ」

「まだよ。みんなで一分待ちましょう」

「え、どうして?」

「タクがせかせかするからよ。一秒も待てないなんて言われたら、ゲーム依存症じゃないかと心配になっちゃう。だから、待つ練習をするの」

「そんなー。いつものお父さんみたいなこと言わないで」

「今日は私がお父さんの代わりよ」

「もう一分たったでしょ」

「駄目。まだ20秒。最初からやり直し! 私が60秒数えるわ。1、2、3、……」

「ちょっと、最初からやり直すなんてひどいよ。さっき20秒たってたじゃないか。それもいつものお父さんと同じ意地悪だ」

「だからこれは意地悪じゃなくて、ゲーム依存症にならないための訓練なの。催促せずに黙って一分間待てれば、渡すわ。1、2、3、4、……」

「あー、じれったいな。早く、早く」

「ほら。また1から。1、2、……」

 ミサとタクのやりとりを黙って聞いていたジュンが、我慢ならずに声をあげた。

「タク。黙って待っていてくれよ。僕まで巻き添え食ってるんだから。黙って待っていたら今頃もう始められていたぞ」

 これを繰り返し、タクは苦しい顔をしながらなんとか一分間を無言で耐えることができ、ミサからゲーム機を渡された。タクはため息をついてつぶやいた。

「やっとできる」


 3人はゲーム機を一台ずつ持ち、各自赤いスタートボタンを押した。ところが、機械は一向に起動する気配がない。

「おかしいな。ボタンを押したはずなのに」

 タクは待ちきれずにもう一度ボタンを押した。ジュンとミサも、ゲーム機が反応しないため、待ちきれず再度ボタンを押した。ところが、やはりゲーム機は起動せず、そのたびに3人ともボタンを押し直し、それでも画面は黒いままだった。

 その時、ホストの息子が部屋に入ってきた。彼も同じゲーム機を持っている。

「僕もここでゲームをしよう」

 彼も赤いスタートボタンを押した。どうなるのか、3人が様子を見ていると、ゲーム機は3分ほど経過してようやく起動し、彼は何食わぬ顔でゲームを始めた。ジュンが尋ねてみた。

「僕たちのゲーム機は、3台とも立ち上がらないんだよ。壊れているのかな」

「待たないと駄目だよ」

「待つって、どのくらい?」

「その時にもよるな。1分だったり、5分だったり。とにかく我慢して待つんだ。待てずにボタンをまた押しちゃうと、ゼロ秒からやり直しになっちゃうから」

 ああ、そういうことか。ジュンとミサは、事情がわかると大人しく機械が起動するのをじっと待った。ところがタクは、まだかまだかと言いながら、もう一度ボタンを押してしまった。ジュンがタクをたしなめる。

「ほら。そういうふうに気が短いから、始められないんだよ」


 やがて、ジュンとミサは無事にゲームを始められたが、タクのゲーム機だけは、タクが待ちきれずにボタンを再度押してしまうせいで、ずっと起動しないままだった。タクがゲームを始められたのは、ジュンとミサがゲームを始めてから30分もたってからだった。

「ふう、ひどい目にあった」

 タクは不平を言った。ジュンは首をかしげながら、ホストの息子に話しかけた。

「これほど起動するのに時間がかかるゲーム機というのも気になるな。ねえ、ドライバーがあったら貸してよ」

「いいよ」

 ホストの息子は、ドライバーを持ってきてジュンに渡した。ジュンはゲーム機の裏側のねじを外し、カバーを開けた。ミサが心配そうに言う。

「ちょっと、ジュン。壊さないで」

「大丈夫だよ。機械には慣れているから」

 ジュンはそう言いながらゲーム機の内部を調べていき、やがて膝をたたいた。

「なるほど、わかったぞ。相当古いタイプの半導体が使われているな。地球では一昔も二昔も前に使われていた物だ」

 タクがジュンに質問した。

「半導体って何?」

「半導体というのは、電気を通す物質と通さない物質の中間という意味なんだ。シリコンとかゲルマニウムという名前の物質を知ってるかい? 要するに半導体は、そういった物質で作られていて、ゲーム機のようなコンピューターを動かす重要な部品なんだ。地球では、何十年もかかって半導体の性能が向上してきたんだけど、この星ではまだ遅れているということだ」

「だから、スタートボタンを押してから起動するまで時間がかかるんだね」

「そういうこと。僕にはどうすることもできない。でも、スタートボタンを押し直すと初期状態に戻ってしまうというのは、また別の原因だ。単に作り方がうまくないだけだから、僕の技術で解決できる。今から直すよ」


 ジュンはゲーム機をいじり始め、20分足らずで直すことに成功した。

「よし、タク。できたぞ。試してみろ」

「もういいよ。ボタンを押して、ただ待てばいいだけなんだよね。大丈夫。僕、もう待てるから」

「なんだよ。せっかく直したのに、僕の腕前が試せないじゃないか」


 そして夜になり、外出していた一行が戻ってきた。ゲームを続けていた3人を見て、父が驚いて言った。

「今までずっとやっていたのかい? ミサまでも?」

「つい夢中になっちゃって。懐かしくて」とミサ。

「この懐かしい感じがいいんだよね」とジュン。

「言い換えれば、この星のゲームは遅れているということだよね」とHF。

「いや、そんなつもりじゃ……。ごめんなさい」とジュン。

「でも本当に楽しかったです。このゲームは、誰が作ったんですか?」とタク。

「僕だよ。そして、大量生産はしていない。見てのとおりの小さな星で、人口も少ないから、一台ずつ手作りしても十分足りるんだ」

 そう説明するHFの背後には、包装されていない状態のゲーム機が数多く積まれていた。


 その日の夜、タクは眠れずにベッドに横たわっていた。隣のベッドを見ると、ジュンも目を開いている。

「全く眠れないのか、タク? ゲームのやりすぎで目がさえちゃったんだな」

「もう一回ゲームをやりたいな」

「駄目、駄目。そうだ、どうせ眠れないなら、僕は今から一仕事しよう」

 ジュンは起き上がって店舗まで行き、積まれていたゲーム機をごっそり手に取って戻ってきた。タクが感心しながらジュンに言った。

「直すんだね」

「うん。起動中にスタートボタンを押し直すとやり直しになってしまうのは、やはりおかしいよ。一台ずつ直していく。やり方はわかったから、一台5分もあれば直せるよ」

 ジュンは作業を続けた。


 次の日の朝、HFがゲーム機の異変に気付いた時、ジュンのほうから話しかけた。

「スタートボタンを押し直すと起動し直しになってしまう問題、解決しましたよ」

「君が全部直したのかい?」

 HFは頭を抱え込みながらジュンに言った。

「あれは、わざとそうしていたんだよ」

「わざと? どういうことですか?」

「遊ぶ人がゲーム依存症になるのを防ぐための対策だったんだ。起動するのを待ちきれずにスタートボタンを何度も押してしまうのはゲーム依存症の始まりだから、辛抱強く待つ訓練をしてもらうつもりだったんだ」

「なあんだ。私が60秒数えてタクを訓練したのと同じじゃない」とミサ。

「すみませんでした。今から全部、元に戻します」とジュン。

「地球の皆さんはもうすぐ出発する時間だ。僕がやるよ」

 HFがそう言った時、女性客が店に入ってきた。

「店主、おはようございます。二台目のゲーム機を買いに来たわ。うちには子供が二人いるんだけど、兄弟で一台だと取り合いになっちゃうから」

「実は、そのゲーム機なんですけど、例のゲーム依存症を予防する機能が働かなくなっていて……」

「あー、あれなら大丈夫。うちの子たちはもう慣れていて、スタートボタンを押し直したりしないから」

「そうですか?」

「うちだけじゃなくて、近所のほかの子供たちも、もう大丈夫ですよ。みんな、とても辛抱強い性格になったわ。これもあなたの功績よ」

 女性に賞賛され、HFはまんざらでもない気分になった。父はジュンとタクに言った。

「機械を元に戻さなくて済みそうだね。でも、ジュンが直す前の物を一台買いたかったな。タクの我慢できない性格を治すためにね」

「その言い方はひどいよ」

 タクがふてくされると、父とジュンが笑った。

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