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第60話『忙しさ測定ヘルメット』

■ 忙しさ測定ヘルメット


 地球一家6人が空港を出て歩いていると、道行く人々はみんな同じヘルメットをかぶっていた。そして、ヘルメットの頭上部分にはランプが付いており、ほとんどの人は緑色のランプだ。時々、黄色や赤のランプの人がいる。赤いランプの人は、急ぎ足のようにも見える。


「おじゃまします」

 6人がホストハウスに到着してリコが叫ぶと、隣接した町工場から同じヘルメットをかぶったHF(ホストファーザー)が出てきた。

「地球の皆さん、いらっしゃい」

「唐突ですが、この星の皆さんはヘルメットをかぶってらっしゃいますね」

 父が挨拶代わりに尋ねると、HFはすぐに答えた。

「お気付きになりましたね。皆さんの分のヘルメットも用意してありますよ。さっそくかぶってください」

「このヘルメットは何のための物ですか?」

「今から、僕が働いている工場にご案内します。工場での作業を見ていただくと、ヘルメットの目的がわかると思いますので」

 6人はヘルメットをかぶった。HFと6人のヘルメットは、全て緑色のランプが点灯している。


 地球一家が工場に入ると、大勢の作業員が機械を使って作業に没頭していた。やはりヘルメットは全員同じ物だ。

 ジュンがHFに尋ねた。

「工場が危険だから、みんなヘルメットをかぶっているということですか?」

「いや、それは違います。この星の住民は全員かぶっていますよ」

「確かにそうですね」

「これは、忙しさ測定ヘルメットです。かぶっている人が忙しいかどうかがわかるんですよ。赤いランプが点灯している人はとても忙しいので、話しかけてはいけません。黄色いランプの人もほどほどに忙しい人です。緑色のランプの人は暇で手持ち無沙汰なので、話しかけられるのを待っています。ぜひ話しかけてあげてください」

 これを聞いて、ジュンが感心して言った。

「なるほど、便利なヘルメットですね。僕は機械の工場に興味があるので、誰かに話を聞いてみようと思ったんですけど、緑色のランプの人に聞けばいいんですね。とてもわかりやすいです」

 ジュンは緑色のランプの人を探し、さっそく話しかけた。


 次に、ミサがHFに尋ねた。

「私たちのヘルメットはみんな緑色ですね。黄色や赤にする時は、自分で操作するんですか?」

「いいえ。このヘルメットが頭の中を測定して、自動的に黄色や赤に切り替わります」

「それはすごい」


 その時、15歳くらいの男子が誰かを探す様子で入ってきた。HFが呼び止め、地球一家に紹介した。

「皆さんに紹介します。息子のケルトです」

 ケルトは会釈をした。彼も緑色のランプが灯ったヘルメットをかぶっている。

「父さん。今、母さんから電話があったよ。弁当作りのパートタイマーの人が一人、急に休んじゃって、誰か一人応援を頼みたいんだって」

「応援と言われても、僕も君も料理は全くやったことがないからな」

 HFは困った顔をして、地球一家に救いを求めた。

「地球の皆さん。来ていただいた早々にすみませんが、どなたか一人、妻を手伝ってもらえませんか? 妻は今、仕出し弁当屋で働いています。その弁当作りを手伝ってほしいんですよ」

「どうしましょう。私たち、料理のプロじゃないんで」

 母が心配そうに言うと、HFは答えた。

「問題ありません。調理はほとんど終わっている時間ですので、おかずを切ったり、箱に詰めたり、その程度でしょう」

「だったらミサ、どうかしら?」

「そのくらいならできます。とても興味があります。ぜひ私に行かせてください。お弁当屋さんはどこにあるんですか?」

 ミサが積極的にそう言うと、HFがケルトの腕をつかんで言った。

「ここからバスに乗って行く必要があります。ケルト、案内してあげなさい」

「じゃあ、僕と一緒に行きましょう」

 ケルトがミサに同行を申し出ると、二人はすぐにバス停に向かって歩き始めた。


 二人が弁当屋に着くと、中では男女二人ずつが大量の弁当を作っているところだった。そのうちの女性一人は、黄色いランプの灯ったヘルメットをかぶっていた。そして、残り3人のランプの色は赤だった。

 ミサは彼らの調理作業の様子を見て、不思議そうにケルトに言った。

「ランプの色が逆じゃないかしら。あの黄色いランプの女性は、片手で火を使いながら片手で味付けをして、電話まで受けている。一方、赤いランプの人たちは各自一つの作業をやっているだけ。どう見ても、黄色いランプの女性が一番忙しいでしょ」

「ミサさん、『忙しい』ってどういう意味だかわかる?」

「それはもちろん、終わらせるべき仕事や勉強をたくさん抱えていることですよね」

「ちょっと違うよ。このヘルメットが示す忙しさというのは、そういう意味じゃない」

「違うんですか?」

「忙しいというのは、余裕が全くなくて、誰からも話しかけないでほしいという精神状態のことだよ。あの赤いランプの人たちはパートタイマーで、弁当作りにそれほど慣れていないから、一つの作業をやるだけで手いっぱいなんだ。逆に、あの黄色いランプの女性は僕の母さんだ。ここの弁当作りの責任者で、経験が長い。だから、あれだけの作業を一度にやりながらもまだ精神的に余裕があって、話しかけても大丈夫ということだ」

「確かに、そういう意味じゃないと、このヘルメットをかぶる意味がないですね」

「そういうわけだから、今からミサさんに仕事の指示を出せるのは、母さんだけなんだ」

「じゃあ、私、がんばってきます」


 ミサは、ケルトの母親、つまりHM(ホストマザー)に話しかけた。

「よろしくお願いします」

「ミサさんね。こちらこそありがとう。よろしくね」

「どれもおいしそう。全部手作りの出来立てですか?」

「そうよ。それが私のこだわりなの。奥の冷凍庫に冷凍食品も入っているけど、それはあくまでも非常用よ」

「さすが。自分でお弁当を作る時はいつも冷凍食品で済ませているような私に、お手伝いができるかしら」

「なるべく簡単な作業をお願いするようにするから。まず、サラダをお弁当一つずつに盛り付けてくれるかしら」

「はい、わかりました」


 ミサは、言われたとおりの作業をさっそく始めつつ、ガラスに映る自分の姿を見てはっとした。ミサのヘルメットのランプが赤色になっていたのだ。自分が未熟者だということが客観的に証明されているような気がした。たったこの一つの作業をやっているだけで、手いっぱいで余裕がないということなのだろう。


 ミサは、空になったボウルを指して、HMに声をかけた。

「このサラダ、全部なくなりました」

「サラダはこっちのボウルにも入っているから、続きをお願いね」

「かしこまりました」

 ところが、ミサがサラダで満たされたボウルを運ぼうとした時、パートタイマーの一人とぶつかってよろけ、サラダを全て床にぶちまけてしまった。

「すみません。ごめんなさい」

 驚いたHMのヘルメットのランプは、黄色から赤に変わった。

「サラダ50人分が台無しだわ。すぐに作り直すわね」

「本当に申し訳ありません」

 ミサは平身低頭で謝りながら、心の中でつぶやいた。

「どうしよう。あんなに落ち着きを払っていたおばさんのランプが赤に変わるなんて。今まで誰も経験したことのない失敗を私がやらかしてしまったということだわ」


 その時、電話が鳴った。HMは取り乱したような声で叫んだ。

「ケルト、ちょっと出てちょうだい」

「もしもし、はい。お弁当520人分、30分後に受け取りに来られるんですね。予定どおり、今作っています……」

 ケルトは電話口で答えながら、HMのほうを向いて確認をとった。

「そうだよね、母さん」

「520人分? 250人分の間違いでしょ?」

 HMは驚いた顔をして背後のホワイトボードを確認すると、確かに520と書いてあった。HMは、途端におろおろし始めた。

「間違えた。520人分だった……。どうしましょう。準備中のお弁当は250個しかないわ。あと30分で取りに来るというのに」

「どうします?」

 ミサが話しかけると、HMは既に顔が青ざめていた。

「無理、無理、絶対無理!」

 HMが絶叫するのを聞いて、パートタイマーの3人も声をそろえて叫んだ。

「もう駄目だ……」


 ヘルメットを見ると、HMもパートタイマーの3人も、ランプが消えていた。それを見て、ケルトが叫んだ。

「ランプの光が黒に変わった!」

 ミサはケルトに言い返す。

「黒い光なんてありませんよ。光が消えたんでしょ」

「いや、この星ではこれを黒いランプと呼んでいる。もっとも、僕が見たのは初めてだ。しかも、母さんが黒になるなんて」

「ケルトさん、黒いランプってどういう意味ですか?」

「忙しい状態を通り越して、パニック状態になったということさ。思考停止になって、体も動かない。だから、何もできない」

「そんな……」

 ケルトはHFに電話をかけた。

「父さん、こっちで大変なことが起きちゃって。誰か応援に来られないかな?」


 黒いランプの4人は表情を固まらせて座り込んだまま、びくともしていなかった。

 ミサは、ガラスに映った自分の姿を見た。ランプの色はまだ赤だった。黒にはなっていない。それに気付いたミサは、歯を食いしばって言った。

「今から応援を呼んでも間に合いませんよ。私がなんとかするわ。そうだ、奥に冷凍食品があるって言ってたっけ。ケルトさん、手伝ってください」

 ケルトのランプの色は、相変わらず緑である。ミサは、その緑色を指して嫌味っぽく言った。

「ケルトさん。あなた、手伝う気が全くないでしょ。私一人では無理です。お願いします。手伝って」

「何をすればいいの? 僕、料理なんてしたことないんだよ」

 困った顔をしたケルトのランプの色は、黄色を通り越して赤に変わった。

「冷凍食品を温めていくだけだから大丈夫ですよ、ケルトさん。私が指示を出します」

「でも、母さんは非常事態でもない限り冷凍食品は使わない主義だって……」

「今がまさに非常事態なんですよ。さあ、早く!」

 ミサとケルトは、沸騰した鍋の湯に冷凍食品の袋を次々に放り込んでは取り出し、開封して中身を容器に盛り付けていった。


 HMが目を覚ました。

「ケルト。あなたがキッチンに立っている姿を初めて見たわ」

 HMのランプの色は、黒から赤に変わっていた。

「ミサさん。私は何をすればいいかしら? お恥ずかしながら、冷凍食品を使ったことがないので、段取りがわからないのよ」

「大丈夫です。私が指示を出しますので、従っていただけますか」

 頼もしい声でそう答えたミサのランプは、赤から黄色に変わっていた。


 そして30分後、520個の弁当は時間ぎりぎりに全て出来上がった。引き取りに来たトラックが去った後、ミサに疲れがどっと押し寄せ、HMとケルトに支えられながら弁当工場の外に座り込んだ。間に合ってよかった。パートタイマーの3人も起き上がって出てきた。全員のランプが緑色に輝いている。


 バスが到着し、HFと地球一家が心配そうに降りてきた。

「大丈夫か?」

 HFと父が同時に声をかけると、HMとミサは同時に笑顔で答えた。

「大丈夫よ」

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