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第59話『世界文化遺産の村』

■ 世界文化遺産の村


 地球一家6人がたどり着いたのは、ある星の素朴で穏やかな村だった。田んぼや畑の周りに古い木造の民家が並んでいる。それ以外に目立った物は何も見えない。

「とても空気が澄んでいて、気持ちがいいわ」と母。

「さっきまで都会を歩いていたのに、急に昔の風景になったね」と父。


 旅行の資料によると、6人の目的地はこの村に一軒しかない食堂で、土産物屋も兼ねているらしい。あ、あった。あれだ、あれだ。

 ガラガラと戸を開けると、食堂の主人と思われる男性が奥から出てきた。

「地球の皆さん、お待ちしていました。我が星へ、そして我が村へようこそ」

「のどかな村ですね」

 父が賞賛すると、主人は自虐的な答えを返した。

「さびれた集落とおっしゃりたいんじゃないでしょうか。長年、食堂と土産物屋をやっていますけど、閑古鳥が鳴いていますね。でも、いつかこの村が世界文化遺産に登録されればと思うと、やめるわけにはいきません」

「世界文化遺産?」

 母が興味深そうに身を乗り出すと、主人は詳しく説明した。

「この星には世界文化遺産の登録制度というのがあって、それに登録されれば、一躍有名になり、観光客がわんさか訪れること間違いなしなんです」

「地球に似ていますね。地球にも、世界文化遺産とか世界自然遺産というのがあるんです」

「偶然ですね」

「この星の場合、それに登録される条件というのはどういうものですか?」

「条件はたったの二つです。一つは、歴史です。百年以上変わらない風景が続いていればそれでいいんです。そしてこの村は、実は歴史の条件は満たしているんですよ」

「では、もう一つの条件は?」

「もう一つの条件は、空気の美しさですよ。空気が汚れていたら、登録されないんです」

「空気か。ここの空気はとてもきれいだと思いますが」

「この星の政府は、きちんと機械的に空気質指数というものを測定していて、それが50を下回らないと駄目なんです」

 空気質指数と聞いて、今度はジュンが尋ねた。

「地球にも似た物があります。ここの空気質指数はいくつなんですか?」

「この家の前の指数なら、48ですよ。すぐそこの電柱に電光掲示板があるでしょ」

 見ると、電柱に取り付けられた板に48という数字が光っていた。

「50を下回っているじゃないですか」

「この村の全体的な指数が50を下回ってないといけないんです」

「平均指数ということですか……。ほかに50を上回っている場所があるということですね。残念だな」


 さて、地球一家6人は、この村にある唯一の旅館に宿泊することが決まっていた。食堂の主人は、地球一家を連れて旅館の入口まで歩いた。

 戸を開けると、年配の男性が立っていた。彼がこの村の村長で、この旅館の経営者だという。村長は語り始めた。

「この旅館は百年以上の歴史があり、昔と全く変わっていないんですよ。しかし、人気も知名度もなくて、宿泊客がなかなか増えません。そこで、少しでもこの村をアピールしようと思って、地球の皆さんが旅行に来ていることをテレビ局に伝えました。そうしたら、明朝9時に、一分だけのスポットニュースで取り上げてくれることになりました。明日の朝、ここで取材を受けてください」

 地球一家は、快く引き受けた。村長はさらに話を続けた。

「この村が世界文化遺産に登録されれば、一躍有名になって、宿泊客がもっと増えるのに……。地球の皆さんのお力で、この村の空気を一瞬にしてきれいにしてもらえないですかね」

 この頼みには、一同は苦笑いするしかなかった。父が首を横に振って答えた。

「無理ですよ。我々は単なる地球人です。魔法使いではありませんので」

「この村の平均的な空気質指数は今のところ、いくつなんですか?」

 ジュンがずばり尋ねると、村長は明確に答えた。

「政府が公表している数字は52なんです」

「50まで下がれば、世界遺産に登録されるんですね。惜しいな。もう少しなんですけど」

「いやいや。何十年も52のまま変わっていません」

「地球にも似たような指数がありますけど、そんなに簡単に数字が変わるものではないということは理解できますよ」


 翌朝、早く起きたミサがジュンを起こした。

「ねえ、ジュン。ちょっと散歩に行こうよ」

「どうしたんだ、こんなに朝早くに。僕を誘うなんて珍しいな」

「ちょっと気になることがあって」

「何?」

「昨日、この村の入口からここまでずっと歩いてきたけど、空気がずっと澄んでいた気がするの。村全体の平均的な空気質指数が50を上回ってるというのが信じられなくて」

「確かに、食堂の前の所が48だから、ずっと48くらいの気がするな。電柱の電光掲示板を見て回ってみよう」


 ジュンとミサは、朝の散歩がてら、電柱の電光掲示板を探した。すると、それは至る所にあった。そして、どこもかしこも47から49くらいを指していた。

「どこも50を下回っているじゃない。どうして基準をクリアしてないのかしら」

 ミサの疑問に対して、ジュンが推理した。

「どこかにきっと、極端に空気が悪い場所があるんじゃないか」


 ジュンとミサは、村じゅうの道を全て歩き回り、数字を確かめた。50を上回っている場所は一つもなかった。ミサは、あらためて地図を凝視し、一か所を指さした。

「残るは、この川ね」

 二人は、この村と隣の村の境となる川まで到達した。川の中にも電柱が建てられている。電光掲示板を見て、ジュンが叫んだ。

「見ろ、あの数字」

 そこに表示された数字は、543という驚くべき値を示していた。ミサがうなずいてジュンに言う。

「ここだわ。この川が汚染されているんだ」

「確かに、この匂いはひどい。工場からの排水や生活排水が全てここに集められているんだろう。この匂いが空気に移って、この悪臭が漂っているんだな」

「この川はちょうど村と村の境にあるけど、こっちの村の領域ということなのね」

「隣の村の物だったらいいのにな。変えることはできないかな」

「でも、もう朝ご飯の時間だ。帰らなきゃ」


 食堂の前に行くと、ちょうど主人が朝食の用意をしているところだった。ミサは明るく主人に声をかけた。

「この村の空気質指数を一瞬で改善する魔法のような方法が見つかりましたよ」

 主人は目を丸くした。ミサは、店の壁に貼ってあった村の地図の前に立ち、川を指しながら言った。

「この村の空気は基本的にどこもきれいです。ただ、この川の上の空気だけが汚れているんです。だから、この川を隣の村の領域にしてしまえばいいんですよ」

 ここで、父が口を挟んだ。

「確かにいい考えかもしれないけど、隣の村に許してもらえないよ」

 しかし、主人は思いがけず身を乗り出した。

「駄目で元々だ。村長に相談してみましょう。この村を世界文化遺産に登録させるためなら、村長は手段を選ばず何だってやるでしょう」


 朝食の後、主人と地球一家は身支度を終え、旅館へと向かった。

 旅館の入口で、村長は主人の話を興味深そうに聞いた。

「なるほど。川を隣の村の敷地にすればいいんですね。今なら、私の権限で、一瞬で変えることができます。なぜなら、隣の村の村長が病気療養中で、次の村長が決まるまで私が兼務しているのです。今すぐ、村役場へ行って手続きをしましょう。そして政府に掛け合ってみます」

「まさか私たちがいる今日、世界文化遺産に登録されるとは、記念すべき日ですね」

 ミサが素直に喜ぶと、父は言った。

「記念すべき瞬間までこの村にいたいところですが、そろそろ出発の時間なので、残念です」


 そしてしばらくして、前日予告されていたとおり、テレビ局のレポーターが到着した。

「地球の皆さんですね。一分間だけのスポットニュースになりますが、何か一言ずつお願いします」

 一分だけか。どうしようか。みんなが顔を見合わせていると、ジュンが叫んだ。

「まずは、この村の世界文化遺産登録、おめでとうございます!」

「世界文化遺産登録? そんな話聞いていませんよ」

 レポーターがきょとんとしているので、ジュンは説明を付け加えた。

「今日、条件が満たされるんですよ。僕たちがある方法に気付いて……」

 それを聞いて、村長が青ざめた顔で制止した。

「駄目! ジュンさん、言わないで!」

「中継を終わります。生放送だからもう流れちゃいましたよ」

 レポーターの一言で、カメラは止まった。ジュンは主人に尋ねた。

「どうして言ってはいけなかったんですか?」

「村の住民には内密で話を進めたかったんです。この村が世界文化遺産になることを喜ぶ住民なんて、誰もいないんですよ。私と村長を除いては」

「え、どうしてですか?」

「人が住んでいる場所が世界文化遺産になるという例は珍しいのです。もし登録されると、住民にとっていろいろと面倒なことが起きるんです」

「面倒なことって?」

「大きく分けて二つあります。一つは、文化遺産になると、村を保護するためにいろいろなルールを守らなければならなくなります。特に、この村の自然美を保てるよう、住民たちは気を遣わなければなりません。もう一つは、観光客が一気に押し寄せて、騒がれたり汚されたりするでしょう。村をきれいな状態に戻すのも住民たちの大変な苦労なんです」


 無言の地球一家に対して、主人は話を続けた。

「この村が世界文化遺産に登録されてメリットがあるのは、私たち二人だけなんですよ。私は食堂と土産物屋が繁盛します。そして村長は、旅館の宿泊客が増えてもうかります。でも、ほかの住民たちにはデメリットしかない。だから、彼らはきっと大反対するでしょう」

「そんなこととはつゆ知らず、テレビの前で余計なことを話してしまい、すみません」

 ジュンがそう言って頭を下げると、村長は笑って言った。

「どうぞ、皆さんは旅行を続けてください。私は住民たちが騒ぎ出す前に、村役場へ行って手続きを進めてしまいますから」

「間に合いますかね。じゃあ、私たちはこれで失礼します」

 父がそう言い、地球一家が旅館のドアを開けると、時既に遅し。『世界文化遺産登録、反対!』というプラカードを持った住民たちが、旅館の前の道を塞ぐように押し寄せていた。村長は、人垣を押しのけて進もうとしたが、通せんぼをされて前に進むことは全く不可能だった。

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