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第55話『動物霊媒師』

■ 動物霊媒師


 地球一家6人が新しい星の空港に到着すると、一台のミニバンが近づいてきた。車から降りてきたのは、どうやら今日のホスト夫妻だ。HM(ホストマザー)が挨拶した。

「地球の皆さん、私たちが今日のホストファミリーを務めます。さあ、どうぞ乗ってください。私たちの村へ参りましょう」

 地球一家は、歓迎してくれたことに対して礼を言い、車に乗り込んだ。

「今日は地球の皆さんがいらっしゃるということで、村をあげての大歓迎会を行いますよ。盛大にやりましょう」

 HF(ホストファーザー)はそう言って、車のアクセルを踏んだ。


「お二人で暮らしていらっしゃるんですか?」

 母が尋ねると、HMは首を横に振った。

「いいえ、3歳の息子がいます。今日は、泊まり込みの3歳児保育に出かけています。3歳の子供の全員参加が義務づけられている研修のようなものです。百年以上前から続いていて、私たちも3歳の頃、参加したらしいんですよ。全く記憶にないですけどね」


 5分ほど経過し、車は速度を落とした。大きな公園に着いたようだ。

 HMが公園の奥のほうを指さした。

「公園の中に野外ステージがあります。そこで皆さんの歓迎会を今から始めます」

 野外ステージに到着すると、衣装を着た老若男女が百人以上集まっていた。全員がここの村人だということだ。HFが地球一家を村人たちに紹介した。HMがみんなを鼓舞する。

「これから歌や踊りなど、出し物も用意していますから楽しみにしてください」


 壇上にはグランドピアノが置いてあった。

「おや、ピアニストはどうした?」

 HFが尋ねると、若者が答えた。

「それが、まだ当分到着できないらしいんですよ」

「遅刻か。困ったな。誰かピアノが弾ける人はいないのか?」

「この村にピアノを弾ける人は、ほかに一人もいないでしょう」

「お母さん、弾いて差し上げたら」

 ミサが母をけしかけると、母は立ち上がり、HFに言った。

「私でよければ」

「本当ですか。じゃあ、お願いしようかな」

「何か楽譜はありませんか? この星の音楽があれば、できれば演奏してみたいので」

「楽譜集なら用意していますよ。この中からお選びください」

 HFは、一冊の楽譜集を母に手渡した。母は、パラパラとめくり始めた。

「この曲はちょっと難しくて弾けないかな。この曲も難しいな。これなら弾けるかな……」

 母は楽譜を開き、ピアノを弾き始めた。子供向けのメロディーのようだ。


 ミサがHFに耳打ちした。

「母は昔、小学校の先生をやっていたんですよ。だから、ピアノが弾けるといっても子供向けの曲だけです」

 HFはメロディーに耳を傾けながら、首をかしげた。

「これは何という曲かな? この曲を知っている人、いますか?」

 誰も手をあげない。タイトルが書いていないようだ。

「よく楽譜に載っていたな。こんな曲、誰も聞いたことがないぞ」

 HFが不思議そうに言うと、HMがほほえんだ。

「子供向けで、なんだか懐かしい感じのメロディーね」


 それからしばらくして、異変が起こった。会場に集まっている百人以上の人たちが、突然申し合わせたように、パオーンという象の鳴き声を出し、手で象の鼻を動かすまねを始めたのだ。

 象のまねは一瞬で終わった。そして、住民たちは顔を見合わせた。

「どうしたんだ? 突然、象のまねなんて始めて」

「自分にもわからない。体が勝手に動いてしまって」

「私もです」

 地球一家だけが、その様子を不思議そうに見ていた。

「信じられない。私たちは何ともないですよ」

 ミサが言うと、HFは腕を組んだ。

「星の住民たちだけに象が乗り移ったのでしょうか? こんなこと、生まれて初めてだ」


 さらに異変は続いた。住民全員がウサギのものまねを始めたのだ。その動作は完璧なまでにそろっていた。そして、やはりものまねはすぐに終わり、不思議そうに顔を見合わせた。住民全員にウサギの魂が乗り移ったようだ。

 そして、この異変は3分ごとに繰り返された。次はニワトリだった。住民全員がいっせいにニワトリになったように鳴き声とものまねを始めた。そして彼ら自身は、なぜそんなことが起きたのか全く理解できていない様子だった。


 その後、動物のものまねは、ゴリラ、虎、フラミンゴ、ライオンと続いた。地球一家はこの現象を不思議そうに眺めていた。これは、自分たちを歓迎するためのいたずら企画なのだろうか? いや、それはない。住民たちは心から不思議そうな顔をしているのだから。

 ピアノを弾き続けている母だけが、この異変に気付いていなかった。しかし、人々があまりにざわついていたので、母は演奏を止め、何事かを尋ねるために地球一家の元へ駆け寄った。


 HFが、一つの仮説を立てた。

「これはきっと、動物霊媒師の仕業でしょう。動物霊媒師とは、動物とコミュニケーションをとる能力を持った人のことです。つまり、過去に死んだ動物や行方不明になった動物の魂を人間に乗り移らせて、動物たちと話をする能力です」

「でも、こんなこと生まれて初めてよ」

 HMが疑問を呈すると、HFは地球一家に向かって言った。

「地球の皆さん。皆さんの中に、動物霊媒師がきっといるのです」

 地球一家は目を丸くした。父が反論する。

「僕たちの中に? 考えたこともなかったし、こんなことが起きたこともないですよ」

「元々、生まれつき持っていた能力が、突然よみがえったのかもしれません。6人全員が動物霊媒師なのか、それともこのうちの一人だけなのか」


 HMが頼み事を口にした。

「もしそれが本当なら、私、お願いしたいことがあります。私の飼っていた犬が、一年前に山で行方不明になってしまったんです。今も生きているかどうかわかりません。できれば、その犬と会話をしてみたい」

 それを聞いて、HFが父に言った。

「目を閉じて、念じていただけませんか。犬を呼び出してみてください」

「そんなこと、我々には無理ですよ」

「自分で気付いていないだけかもしれませんよ。とにかく、試してみてくださいよ」

 そう言われて、地球一家6人は目を閉じ、犬の姿を思い浮かべようとした。しかし、何もインスピレーションは浮かばない。


 すると、リコがゆっくり話し始めた。

「私は犬です。池に落ちました……」

 リコは、犬になりきったように一分ほど話し続けた。HFが感心する。

「すごい! 話が具体的だ。想像力で作ったとは到底思えない。リコちゃんこそが、動物霊媒師に違いない」

「リコ、本当なの? そんなこと考えたことあるの?」

 ミサが尋ねると、リコは答えた。

「考えたことないよ。でも今、頭に浮かんできた」

「リコにそんな能力があったなんて」

 いつの間にか、村人たちの人だかりができていた。HFが声をかけた。

「じゃあ、ほかに動物と話がしたい人はいませんか?」

 十数人が手をあげた。

「じゃあ、一列に並んでリコちゃんの前に立ってください」


 次の人は、以前に飼っていたニワトリと話がしたいようだった。

 リコが目を閉じてニワトリのことを想像した。しかし言葉にはならず、無言を続けるだけだった。ホスト夫妻は心配になってきた。

「リコちゃんが疲れてしまうだろう。少し休ませてあげないと」

 HFがリコを人々から引き離すと、HMがこう言い出した。

「そうだ、息子を見に行きましょう。地球の皆さん、ちょっと車で出かけませんか。3歳児保育の見学をしに行きたいんですよ。気晴らしに一緒にどうでしょう」

 地球一家はミニバンに乗り込んだ。リコも乗り込もうとすると、せっかく動物霊媒師がいるのにと、住民たちは残念そうだった。

「すぐにまた戻ってきますから」

 そう言いながら、HFは運転席でエンジンを始動した。


 3歳児集合保育の会場に着くと、HMが受付の女性に尋ねた。

「うちの息子の様子を見学したいんですけど」

「それはできません。ご家族の姿を見てしまうと、お子さんが興奮してしまったり、ホームシックにかかって泣いたりする場合があるからです」

「そうか、見学は禁止なんですね」

「後ろにいらっしゃる方も、皆さんご家族なんですか?」

「いいえ、後ろの6人は地球からの旅行者です」

「ということは、お子さんとは面識がないんですね?」

「はい、子供たちとは誰とも会ったことがないですよ」

「それならば、見学していただいて大丈夫です。どうぞお入りください」

「え、いいんですか?」

 HMは、地球一家に頼みこんだ。

「地球の皆さん、ぜひ見学してきてください。あとで様子を教えてくださいよ」


 地球一家6人が部屋に入ると、3歳の子供たちがお遊戯をしているところだった。先生がピアノを弾いている。

「あれ、この曲……」

 母がすぐに気付いた。さっきの野外ステージで、母が自ら選曲して弾いていたあの曲と同じだったのだ。そして、先生の指示に従いながら3歳の子供たちは、動物のものまねをしていた。

「はい。次は、象のまねですよ。さっきやったように、うまくできるかな。そして、象の次はうさぎ、その次はゴリラのように……」

 母が先生に話しかけた。

「子供たち、お上手ですね」

「もう昨日から10回以上練習していますからね。ピアノのどのメロディーの時にどの動物のまねをするかということまで、体で覚えてしまっているんです」

「この研修はもう百年も続いていると聞いていますが」

「そうです。百年間、全く同じプログラムでお遊戯も行い、歌や踊りもします」

 先生は子供たちに言った。

「さあ、みんな。最後はどうするんだっけ?」

 ピアノ曲は、ちょうどクライマックスに差し掛かっていた。すると、子供たちは二人一組になり、変な顔を見せ合った。そして、相手のおかしな顔を見て笑い合った。


 地球一家6人は研修所を後にして、ホスト夫妻の車に戻った。母がHMに言う。

「謎が解けましたよ。私たちは、動物霊媒師でも何でもなかったんです。私が弾いたあのピアノ曲が全ての理由でした」

「どういうことですか?」

「住民の皆さんは、あの曲を聞いたことがないとのことでしたが、一度だけ聞いたことがあったんです。3歳児保育の時に、あのピアノ曲に合わせながら動物のものまねをするお遊戯を経験しているんですよ」

「そうだったのか。だからみんな、ピアノに合わせて同じ動物のまねを」


 野外ステージに戻ると、壇上にピアニストの女性が立っていた。

「遅刻して申し訳ありません。今からでもピアノを弾きましょうか」

 HFはピアニストに、例の曲を弾くように頼んだ。

 ピアニストの女性が曲を弾き始めると、住民たちはやはりそれに合わせて同じ場面で象のものまねやウサギのものまねを突然始めた。彼ら自身は不思議そうにしているが、地球一家とホスト夫妻だけはその理由がわかっており、お互い顔を見合わせながらほほえんだ。

 ピアニストもまた、演奏を一瞬止めては一人で象のまねをした。


「そういえば、リコはどうして動物の話ができたんだろう?」

 ミサが不思議に思いながら、ふとリコのリュックサックの中を見ると、一冊の本があった。

「そうか。さっきリコが飛行機の中で読んでいた絵本! このお話を思い出しただけだったのか。すごい記憶力だわ」


 そして、ピアニストが奏でる曲がクライマックスに差し掛かった瞬間、住民たちは何かにとりつかれたように二人一組になり、にらめっこのように変な顔を見せ合って笑った。

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