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第53話『夫婦の穀物栽培』

■ 夫婦の穀物栽培


 地球一家がホストハウスへの道を歩いていると、どの家にも立派な庭があり、充実した家庭菜園が作られていた。

「庭で穀物を栽培している家が多いね。トウモロコシかな?」

 ミサが尋ねると、父が答えた。

「トウモロコシに似ている物も多いけど、少しずつ違っているな。おそらく、この星独特の穀物なのだろう。そして、作物の栽培が流行しているんだろうな」

 父が話すとおり、それぞれの家の庭には、トウモロコシとは似て非なる穀物が栽培されており、色や形など品種が少しずつ異なるようだった。


「おじゃまします」

 家に到着すると、リコが大声で挨拶した。ホスト夫妻が笑顔で出迎える。

 リビングに案内されるやいなや、父がHF(ホストファーザー)に穀物のことを尋ねた。

「ここまで歩いている途中で、穀物を栽培している庭を多く見かけましたよ。これはこの星の特徴なんですか?」

「よくお気付きで。この星の大きな特徴として、作物が急速に育つんです。今日種をまけば、明日には実りますよ」

「そんなに早く! でも、お見受けしたところ、この家には庭がありませんね」

「残念ながら、私たち夫婦には栽培の趣味がなくて。でも、種をまけば一日で実がなるというこの星ならではの魅力を、地球の皆さんにぜひ満喫してもらいたいと思いまして、特別なイベントを用意してあります」

 HFは、一枚の紙を取り出して地球一家に見せた。

「これです。このイベントに、私たちと一緒に参加しましょう」

 紙には大きく『夫婦の混合栽培』と書かれていた。

「民間団体がやっているイベントで、年に何回かしか行われていないんですが、今日たまたま行われると知って、すぐに予約しました。一つの土壌区画に夫婦が協力して種をまいて、どれだけ育つかを競争するイベントのようです。私たちも参加したことがないので、詳しくは行ってみてのお楽しみということで」

「それは楽しみですね」

 母がそう言うと、ミサが父と母の顔を見比べて言った。

「父と母は、とても仲がいいんですよ」

 これを聞いたHM(ホストマザー)が、大きくうなずきながら言った。

「はい。お二人のプロフィールを読んで、とても仲むつまじい夫婦だと感じました。一方、私たち夫婦は何かと気が合わなくて、やることなすこと全てちぐはぐで。だから、今回のイベントはきっと、あなたがたお二人の圧勝になると思います。せっかくはるばると地球から来てくださったのだから、ぜひ勝って、いい思い出にしていただきたい。そういう思いもあって、このイベントを選んだんです」

 いろいろと気を遣っていただいていることに、地球一家は感謝した。


 地球一家とホスト夫妻は、リビングでしばらくくつろいだ後、イベント会場へと向かった。イベント主催者の男性が出迎えた。

「お待ちしておりました。お二組が対戦していただく畑をご案内しましょう。こちらです」

 対戦って、どうやって?

「とても簡単です。こちらで用意する何百種類もの穀物の種の中から、お二人に一つずつ選んでまいてもらいます。つまり、混合栽培です」

 なるほど。夫婦の混合栽培同士の対決ということか。

「明日の朝には実がなります。どちらが豊作になるかという単純な勝負ですよ」

「わかりました。では、お手柔らかにお願いしますよ」

 HFはそう言いながらHMの横に並び、父と母に握手を求めた。

 タクがミサに小声で聞いた。

「混合栽培って、二毛作と同じかな? 学校では二毛作という言葉を習ったことがあるけど」

「違うわよ。二毛作というのは、同じ畑や田んぼで別々の時期に二種類の作物を栽培することよ。例えば、夏に稲を育てて冬に麦を育てるとか。今回は、同時に種をまいて一度に育てるわけでしょ」

「そうか、それで混合栽培と呼んでいるのか」


 主催者の男性は同じアルバムを2冊持ち、父と母に一冊ずつ手渡した。

「ここに穀物の写真がありますから、この中から一つだけ選んでください。お二人は相談してはいけません。それぞれの感性で一種類ずつ選ぶのです。選んだら、写真の下についている種の袋を取ってください」

 父と母は少し悩んだ末、それぞれ種の袋を一つずつ取った。

「じゃあ、僕はこれで」

「では、私はこの種を」

「はい。では、まずお父様から種をまいてください」

 主催者の男性は、父と母がそれぞれ種をまくのを確認すると、全く同じ手順でホスト夫妻にもそれぞれアルバムを手渡し、作物の種を選ばせた。一つずつ選んだホスト夫妻は順番に種をまいた。主催者は、全員に聞こえるように言った。

「あっという間に育ちますから、お食事の合間にでも観察してみてください」


 地球一家とホスト夫妻は、部屋に戻って小一時間くつろいだ後、作物の様子を見に畑へと向かった。

 父と母は、自分たちの畑の区画を観察し、さらに隣り合うホスト夫妻の畑の区画も見ると、首をひねった。父が母に言う。

「おかしいな。我々のほうは、あまり育っていないぞ。それに比べて、ホストのご夫婦の畑を見てみなさい。もうあんなに育っている」


 主催者の男性が様子をうかがいに来た。

「おやおや、ずいぶん育ち方に差がつきましたね」

 HFが声を荒らげた。

「これはいったい、どういうことだ。仲のいい地球のお二人のほうが育たず、全く気の合わない我々のほうが育っているなんて」

 これを聞いた主催者は、両夫妻を呼び寄せて言った。

「皆さん、ご存じないようですね。種明かしをしましょう。地球のご夫妻の相性は抜群です。なにしろ、全く同じ種を選んだのですから」

 主催者は、先ほどのアルバムを開いて二人に見せた。

「お二人とも、これを選びましたよね」

 確かに、本当だ。父と母は、目を丸くして顔を見合わせた。主催者は、感心したように話した。

「三百種類以上ある種の中から全く同じ種を選んだのですから、これ以上気の合うご夫婦はいないでしょう。すばらしいことです」

 だとすると、なぜ育ちが悪いのか?

「これは混合栽培の特徴なんですよ。性質の似た穀物の種同士を同じ畑にまくと、栄養分の奪い合いになったり、同じ病気にかかったりして、育ちが悪くなるんです。お二人の場合は全く同じ種を選んだわけですから、混合栽培でいえば、最も育たない組み合わせになったということです。逆に、ホストご夫妻の選んだ種は、全く正反対の性質をもつ種でした。かなり相性の悪いご夫婦ということでしょう」

 ホスト夫妻は、自分たち自身よくわかっていると言いたげに、うなずいた。

「でも、混合栽培ではとても大切なことなんです。性質が正反対の種を同時にまくと、養分や病気へのリスクが分散されて、最もよく育つのです」

「そうだったのか。知らなかった」

 HFはそう言って天を仰ぎ、父と母のほうを向いて頭を下げた。

「どうもすみません。せっかく地球から来ていただいたのだから、何か勝たせて差し上げたいと思ってこのイベントを選んだのに、全く逆の結果になってしまいそうです」

 父は、HFに言った。

「いいえ、全然かまいませんよ。私たち夫婦の相性が良いということが再認識できただけでも、うれしいことです」

「そう言っていただけると助かります。しかし、我々の圧勝になってしまうのは申し訳なくて……」

 主催者の男性は、話に割り込んできた。

「そんなに気を落とさないでください。安心していただくために、もう少し種明かしをしましょう。本当は明日まで内緒にしておくつもりだったのですが……。実はこの勝負は、最後には引き分けになるように私が仕組んであるのです」

 引き分け? ますますどういうことかわからない。

「私がこのイベントのために、なぜ今日という日を選んだのか想像できますか? それは、天気ですよ」

 今日の天気? 父が不思議そうにHFの顔を伺うと、HFは首を横に振った。

「天気予報は見ていません」

 あらためて主催者の男性のほうを見ると、彼はこう説明した。

「今日の夜中になると、天気が大荒れに荒れるのです。今はまだ穏やかな天気ですが、もうすぐ嵐が来ますよ」

 まさか、信じられない。空はこんなに穏やかなのに、嵐が来るなんて。

「さあ、お疲れでしょう。部屋に戻って、お休みになってください」


 主催者に促されて全員部屋に戻り、子供たちは眠りに落ちたが、父と母はなかなか寝付けなかった。やがて、激しい雨の音が聞こえてきた。二人は顔を見合わせた。

「雨が降ってきたぞ」

「風も強くなってきたわ」


 しばらくして、風の音が激しさを増した。

「嵐だ。完全に嵐になった。穀物は大丈夫かな? ちょっと見に行こう」

 父が母を誘い、傘をさして畑に向かおうとした。しかし、嵐があまりにも激しく、近づくことはできなかった。ホスト夫妻も心配そうに、窓から遠目に畑を眺めていた。

 父が部屋に入ろうとすると、待ち構えていたHFが話しかけた。

「最終的には引き分けになると言っていましたね。嵐で作物が全部やられて、どちらもボロボロになって引き分けというわけか。そんなのあんまりだ」

「そうですね。まあ、とにかく、部屋に戻りましょう」


 翌朝、全員が起きると嵐はすっかり去っていた。

 一足先に庭に出ていた父が、息せき切って部屋に戻ってくるなり叫んだ。

「お母さん! みんなも、早く見に来るんだ」

「どうしたの?」

 みんなで畑を見ると、穀物は嵐で傷んでいるどころか、豊作に実っていた。ホスト夫妻も駆けつけてきた。ホスト夫妻のほうの畑も、同じように豊作だ。


 主催者の男性が近づいてきた。

「これはいったい、どういうことですか?」

 HFが尋ねると、主催者は皮肉交じりに答えた。

「地球の皆さんがご存じないのも無理はありません。でも、この星の住人であるあなたがたも、何もご存じなかったのですね。嵐によって、穀物がとても実りやすくなるんですよ」

「そうか、知らなかった」

「嵐が来たことによって、どの作物も力強くなり、よく育ちます。そして、昨日の夜の時点では、あれだけ育ち方に差がありましたが、その差が関係なくなるくらい、両者とも嵐でよく育ち、どちらも豊作になったのです。つまり、この混合栽培の勝負は引き分けになったというわけです」

 この時、初めて全員そろって笑顔になった。

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