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第5話『食事の時間です』

■ 食事の時間です


 ホストハウスへ向かう道を、地球一家6人が歩いている。地図が載っている書類を見ると、『午前11時58分にお越しください』と書いてある。なぜそんなに細かい時間を指定しているのだろうか。11時58分に何かあるのかもしれない。

 そういえば、テレビ番組で実験していたことがあった。12時集合と言われると、10分も20分も遅れる人が大勢いるが、11時58分集合と言われると、一分も遅れてはならない気がして、誰も遅刻しなかったらしい。ということは、これは12時に遅刻してほしくないという意図で書かれたのかもしれない。まずい、遅刻だ! 家族6人は、地図が示す家に向かって一目散に走っていった。


 ホストハウスに到着し、リコが玄関のドアを開けて元気よく叫んだ。

「おじゃまします」

 すると、HM(ホストマザー)が出迎えてくれた。父がさっそく尋ねる。

「あの、11時58分集合と書いてありましたけど、大丈夫ですか? すみません、3分遅刻してしまったんですけど」

「あー、大丈夫ですよ。うちは、12時28分に昼食を食べ始めるので、その30分前を書いておいただけですから」

「12時28分に昼食ですか……」

 なんという細かい人たちなのだ。


 ダイニングに地球一家6人とHF(ホストファーザー)、それに娘のレムダが着席している。そこへHMが食事を運んできた。

「お待たせしました。さあ、食べましょう」

 時計の針が12時28分0秒を指し、みんなで食べ始めた。


「こちらでは、毎日時間ぴったりに食べ始めるんですか?」

 母が尋ねると、HMは首を横に振った。

「まさか。なかなかぴったりはいきません」

 そりゃ、そうだよな。

「5秒や10秒、しょっちゅう遅れますよ」

 たったの10秒? 地球一家が耳を疑うと、HMはさらに続けた。

「この星では、みんな食事の時間は毎日同じに決まっています。家で食べる時も、外食する時も、例えば昼食は12時28分。夕食は6時28分」

「でも、外食の場合には、みんなが12時28分にレストランに行ったら、混んでいて入れないじゃないですか?」

 ジュンがそう尋ねると、HMはすぐに答えた。

「大丈夫。うちは12時28分の家だけど、よその家は12時43分だったり、12時58分だったり、いろいろなんです」

 なるほど、と思いながらスープをすくって口にしたミサがつぶやいた。

「あれ、スープが冷めてる」

「この星のスープは、どこでもみんな冷めています。熱い物が苦手な人でも、ちゃんと時間どおりに食事が始められるように、どの料理もぬるくなっているんですよ」

 地球一家は、HMの話を半ばあきれかえりながら聞いた。

「でも、規則正しく食事をすることは、とても健康にいいのよね」

 レムダがそう言うと、HMはうなずいた。

「そうね。規則正しい食事のおかげで、我が家はみんな健康体。風邪も全く引きません。ただし、一人を除いて……」


 その時、玄関から若い男性が入ってきた。HMが紹介する。

「ちょうど帰ってきたわ。息子のソンドです。ソンド、地球からのご家族がいらしてるわよ」

「どうも、はじめまして」


 ソンドが着席して食べ始めると、HMは苦い表情で言った。

「息子だけは、いつも時間どおりに食べてくれなくて。今日みたいな休日もそうですけど、平日も不規則な仕事に就いているから、夕食も10分や20分平気で遅れるんですよ」

 たった10分や20分遅れるだけで不規則な生活とは、厳しい。

「しょうがないじゃん、そういう仕事なんだから」

 ソンドが口をとがらせると、HMは説教を始めた。

「今の仕事、ずっと続けるつもりなの? このままじゃ、ずっと結婚できないかもしれないわよ。今日の新聞記事、見たでしょ? 若い人へのアンケート結果によると、時間どおりに食事してくれる人が結婚相手に望む第一条件なのよ」

 HMの話を地球一家はあっけにとられながら聞いた。


 食事の後、6人は客間でリラックスした。

「びっくりしたわねえ。12時28分0秒、チーン、いただきまーす、だもん」

 ミサが笑いながら言うと、父がたしなめた。

「しかし、全て笑ってあきれている話ではないよ。この星の人たちを見てごらん。やせすぎの人や太りすぎの人を全然見かけないじゃないか。規則正しい食生活のおかげだと思うよ。我々もそれを見習って、うちに帰ったら、一分も遅れないでとは言わないまでも、もっと規則正しく食事することを心がけようじゃないか」


 さて、その日の夕方、食卓に地球一家6人とHF、レムダが着席すると、時計の針は6時25分30秒を指した。

「あと2分30秒で夕食開始ですからね。もう少しお待ちください」

 HMは、そう言いながら大きな鍋を抱えてテーブルに近づいた。

「お待ちどうさま。6人もゲストをお招きするのは初めてだから、シチューがものすごい分量で。10人分はとても重いわ」

 次の瞬間、鍋を持ったHMがよろけ、軽く叫び声をあげながら鍋をひっくり返してしまった。ちょうど真下に座っていたリコが、頭からシチューをかぶった。

「キャー、大変!」とHM。

「リコ、大丈夫? やけどは?」と母。

「大丈夫。全然熱くない」

 リコが平気な顔で言うので、ミサがリコの頭の上のシチューに触ってみた。

「ほんとだ、冷めたシチューだ」


 時計の針が6時28分を指している。

「ご飯、どうするの?」とレムダ。

「とりあえず、床を雑巾で拭かないと」とジュン。

「そんなことより、夕飯が先だ! どうする?」とHF。

「そうよ、ご飯、ご飯。おなかすいた」とレムダ。

「裏のレストランが開いていると思うわ。みんなで行きましょう。さあ、早く」とHM。

 リコは、シチューにまみれたまま立っている。母がリコに手を差しのべた。

「リコ、早くバスルームに! 私はリコを着替えさせてから行きますから、皆さんお先にどうぞ」

「じゃあ、遠慮なく。さあ、急ごう。腹が減ったぞ」

 HFはそう言うと、HMとレムダを連れて急いで部屋を飛び出した。父、ジュン、ミサ、タクも後に続いた。


 レストランに到着し、ドアを開けると中は満席だった。店員が声をかける。

「あいにく、満席です。おたく、裏の6時28分さんですよね。今はちょうど、6時43分のご家族が食べに来ていますので、もう席はいっぱいなんですよ。20分ほど待っていただかないと」

「20分? 無理、無理。そんなに待てないわ」とHM。


 7人は仕方なく外に出て、夜の道を小走りに進んだ。

「一キロほど先にあるラーメン屋まで歩きましょう」

 HMが提案すると、父が答えた。

「食べられさえすれば、何でもかまいませんよ」

「でも、どうしてそんなに急ぐんですか?」

 ジュンが尋ねると、HFが当然のように答えた。

「おなかがすいて死にそうだからですよ」


 それからまもなく、ホスト夫妻とレムダの3人は、みるみるうちに元気がなくなっていった。そして、とうとう道端に倒れてしまった。どうして? なぜ倒れてしまうのか? 不思議そうな顔をする子供たちに、父が説明する。

「我々だって、一時間や二時間食べなくても平気だが、何日も食事をしないとこうして倒れるだろう。この星の人たちは、普段は食事の時間が10秒も遅れない人たちなんだ。20分も食べられないと、同じくらい苦しい状態になるんだろうな」

 父がHFを抱えた。

「さあ、3人とも家に戻りましょう。ジュン、タク。抱えるのを手伝ってくれ」

 ジュンはHMを、タクはレムダを抱えた。少し歩いた所にスーパーがあるという。

「ミサ、頼む。何か食べ物を買ってきてくれ!」


 父の頼みを聞き、ミサは走り出した。ところがスーパーの前に着くと、シャッターに『本日臨時休業』の張り紙。

「えっ、お休み? どうしよう」


 その時、ミサは背後に人の気配を感じ、振り向くとホストの長男ソンドが立っていた。

「ミサさんじゃないですか。どうしました?」

「あ、ソンドさん! ご家族皆さんが、飢え死にしそうで大変なんです!」

「それは大変だ! 早く帰りましょう。ここに、ピザがあります」

 ソンドは持っている袋をミサに見せながら走り出した。

「今日は夕食の時間に20分以上も遅れちゃったんで、何か買って帰らないといけないと思って、お土産にピザを買ったところなんですよ」

「へえ、帰りが遅いおわびにお土産を買って帰るのは、地球でも同じです。でも、20分遅れるくらいじゃ、何も買って帰りませんけどね」


 二人はホストハウスに到着し、ピザを差し出した。先に帰宅していたホストファミリーの3人は起き上がり、ピザをガツガツ食べ始めた。

「自分たちだけ食べて、申し訳ありません」

 HMが恐縮して言うと、母が笑って答えた。

「何の問題もありませんよ。私たちは、一時間や二時間食べなくても平気なんですから」

 ピザを食べたそうな顔をしているリコに向かって、ミサが小声で言った。

「冷めたピザよ」


 しばらくしてホストファミリーの食事が終わり、HFはあらためてお礼を述べた。

「地球の皆さん、ありがとうございました。おかげで助かりました」

 続いて、HMがソンドに言った。

「あなたがこんなにたくましいなんて、お母さん知らなかったわ。今の仕事、続けてもいいわよ」


 ホストファミリーに見送られながら、地球一家は外に出た。行き先は、一キロ先のラーメン屋だ。

「ラーメン、楽しみだな」

 タクが期待しながら言うと、ミサがささやいた。

「冷めたラーメンよ」

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